エピローグ

 小衣は初めて魔法を使ったせいか、助手席で眠りこけている。

 俺はハンドルを握りながら窓の外に目をやった。


 ほんの半世紀前まで高層ビルが立ち並んでいた街、銀座。

 今は荒れ果て、廃墟や荒れたアスファルトばかりが目に付く。


 ある日目覚めた魔法使いどもは日本をめちゃくちゃにしてしまった。

 

 俺は悪事を働く魔法使いを皆殺しにするまで戦い続ける。





 市ヶ谷の高級住宅地についた。

 自衛隊の駐屯地があったこの辺りは治安が良く、金持ちがこぞって移り住んだのだ。

 ギアをニュートラルに入れ、サイドブレーキを引いてから声をかける。


「おい、起きろ。着いたぞ」


「んんぅ……」


 起きない小衣の頬を手の甲でぺしぺし叩く。

 ブサイクなしかめっ面でようやく目を開いた。


「……何?」


「何? じゃねえ。お前の家だよ」


 ボーっとした顔のまま、小衣は首をかしげた。


「お母さん、戻ってると思う?」


「ああ。だけどお前の親父がいるところじゃ無茶はしないだろう。しばらく親父さんにひっついてろよ」


 小衣はのろのろと体を起こし、『ちーちゃん』を入れたケージを足元から拾い上げて車のドアを開け、外に出た。


「じゃあな」


 車を発進させようとしたが、小衣がドアを閉めない。

 まさかお嬢様は自分でドアを閉めねえのか? といぶかしんで振り向くと、


「ありがとね」


 俺は首を鳴らした。


「金のためだよ。支払いは振込みで頼むぜ。口座番号はそのケージの中だ」


 そういって手を伸ばし、自分でドアを閉めてから車を発進した。

 角を曲がって見えなくなるまでバックミラーには小衣が映っていた。






 数日後、俺はいらついていた。

 あのクソガキが金を振り込まないのだ。

 それを当てにして、帰って来た日に高い酒を買ってしまったため手元にはもう210円しかない。このままでは飢え死にしてしまう。


「キャッシュで用意したっつってんだから、金はあるはずだ。何故振り込まない? 冴子に止められているのか? くそっ、だったらこっちも警察に駆け込んで――」


 がす、がす。誰かがインターホンを押している。

 イラついていたので俺は無視を決め込んだ。どうせ数万円を支払うだけの小口の客だ。80万円が振り込まれるかどうかの瀬戸際でそんなやつにかかわる心の余裕はない――。


「ちょっと! インターホンまだ直してないの!? 早く開けなさいよ!」


 慌ててドアに飛びつき、押し開けた。

 そこには金髪をふわふわと揺らす、小衣の姿があった。


「おい、金は振り込めといったはずだ……。が、まあいい。入れよ」


 ようやく金を払う気になったかと胸を撫で下ろしながら小衣を招き入れた。

 何故かきょろきょろと事務所内を眺め回している。


「なにしてんだ」


「この事務所、ちゃんとお掃除してるの?」


 そういって皺がよったソファーに指を這わせている。何故皺がよっているかというと俺が寝床にしているからだ。

 指に付着したほこりを見て、小衣が顔をしかめた。


「やっぱり。してないみたいね」


 そういって鞄からはたきを取り出すと、ぱたぱたやり始めた。


「大きなお世話だ。金を払ってとっとと……」


 捕まえようとした俺の手が空を切る。

 ひらりと身をかわした小衣は、奥のドアに手をかけて開け放った。


「うわっ、なにこのニオイ!?」


 そこは俺の銃をしまっている部屋だ。ガングリスの臭いに鼻をつまんでいる。


「勝手にあけるなって。一体どういうつもりだ、俺の秘書でもやる気か?」


「そうよ」


「……は?」


 腰に手を当て、小衣は笑顔で振り向いた。


「秘書兼、強力な相棒ってところかしらね」


「……は?」


 小衣は察しが悪いわね、とぶつぶついいながら鞄から何かを取り出して俺に突きつけた。1枚ぺらの書類だ。

 その書類の上部には『目羽 小衣』と記載され、写真が添付してある。


「履歴書?」


「そう。雇われてあげるわ。可愛くてとんでもなく強い魔法使いのあたしが」


 俺は履歴書を奪い取り、小衣にデコピンをかました。

 ぱちん! といい音がした。


「いっったいわね! 何すんのよ!」


「なにすんだはこっちのセリフだ! 雇うだあ!? 俺に目羽製薬から追われる身になれってのか!?」


「大丈夫よ! パパの指示だから!」


「はあ!?」


 詰め寄ろうとする俺から逃れ、小衣は俺の武器庫へ入っていった。

 慌てて追いかけると、クソガキは机に置いてあったグロックを取って銃口を俺に向けてきた。

 舌を出したいたずらっぽい顔で笑っている。


「ばーん! なんちゃって」


「冗談でも俺に銃を向けるな。次は腕をへし折るぞ」


「うっ……。マジの顔ね。ごめんなさい」


 素直に銃を戻している。なんだってんだ?


「……つまりね。お母さんのやったこと、パパにばれたってわけ」


「それで?」


「それで、何ていうか……。洋太郎みたいな腕の立つ人間の近くに置いておいた方が安全だって思ったみたいなの」


「警察に届けたほうが早いと思うがな」


 小衣は勝手に椅子に座り、足を組んだ。一瞬パンツが見えた。見てしまった自分に腹が立つ。


「それだけはできないって。……やっぱりママを愛してるからだってさ」


「アホちゃう?」


 呆れて頭を掻いてやると、小衣が俺に近寄りながら鞄を漁り出した。


「あたし結構役に立つと思うよ! 銃は撃ったことないけど、撃たれても死なないし!」


「囮に使っていいならいいぞ」


「後はね、これ」


 箱を取り出して俺に差し出してきた。そこから、抗いがたい欲求をかきたてる禍々しいオーラのようなものが漂ってくる。


「お弁当。ロクなもの食べてないでしょ?」


 俺は背を向け、ソファに腰掛けて弁当のフタを開けた。


「ふこひはへふはっへはうあ、おおいあああはっはあふふいおいあうお」


「一気に口に詰め込みでしょ!? あっ、もう半分消えてる! しかも手づかみ! どんだけお腹すいてたの!?」


 とりあえず、銃の撃ち方から仕込んでやるか。

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魔法使い狩りのPMC わしわし麺 @uzimp5

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