終章・・・種を植えよう
さつきも一睡もできなかった。
既に息絶えていると分かっているかおると共に救急車に乗って彼の両親と病院で遭った。
頭が膝につかんばかりに体を折り曲げて詫びるさつきに両親は言った。
「いじめに遭っていた時、かおるは自殺未遂をしています。さつきさん。あなたなはあの子を救ってくれた。感謝こそすれあなたを責める気持ちなど、毛ほどもありません」
かおるのいなくなった選挙事務所でさつきはひとり礼服を着て佇んでいた。
朝日が彼女の目を射る。
投票などもはやどうでもよいと思った。
今夜は選挙速報や路地裏の支援者の人たちを無視して、かおるの通夜に参列するつもりだった。
事務机の上に置きっぱなしにしたスマホが振動する。
坂田からだった。
「さつきさん、テレビをつけてご覧なさい」
「宮司様。わたしはもう・・・」
「いいから、つけてご覧なさい」
選挙特集の報道ワイドショーだった。
いつも軽いタッチで番組を進める司会者の男性タレントが厳かな表情をしている。濃いグレーのダークスーツにやはり濃いグレーのネクタイをコーディネートしている。
そして、口を開いた。
「報道に携わる人間として、わたしは中立公正な立場を貫くべきなのかもしれません。ですが、今、この国の正義が揺らごうとしています」
そう言って、新聞の一面を画面に示す。
『さつき候補、パートナーを見殺し』
「わたしはこの新聞報道をどうしても信じることができません。いえ、これは全くの事実誤認だと伝える義務が私にある。そして、私はこう言わざるを得ない。心ある有権者の皆さん、あなたの良心に従って投票してください」
スタジオの舞台裏が騒然としている雰囲気が伝わってくる。おそらくタレントの独断によるコメント。
別の局に変えても、どの番組の司会者も同様のコメントをしていた。
そして、ニュース速報が流れる。
『与党第1党の候補者を含む大規模な選挙違反が判明』
テロップと同時に画面が切り替わり、選挙管理委員会の緊急会見の場面となった。
「今日未明までの調査で次の候補者の選挙違反が確定しました。この候補者達への投票は無効票となりますので、有権者の皆様はご注意ください。読み上げます・・・」
与党第1党から二十名、第二党から十二名。野党の候補も何人もおり、全部で三十名、しかも投票日当日に選挙違反による失格という前代未聞の事態となった。
正義は、取り戻された。
結果、さつきは出口調査で圧倒的な得票数。
かおるの通夜開始の時刻を待たず、早々と『当選確実』を決めた。
・・・・・・・・・
国会への初登院の日、さつきはディベートの時に着た一張羅のスーツを身にまとっていた。
さつきが『退場』することを望んでいた与党第1党の重鎮は選挙違反で失職しただけでなく、在職中の背任行為が刑事訴追の対象となっていた。
それは、『売国』のレベルにも及ぶ、国益を大きく損なう重大なものであったことが後に明らかになる。
さつきは一年生議員を代表して所信表明演説を行うことが認められた。
登壇し、マイクを掴んで手に持った。
「わたしは国政に携わる者として、次のことを国民の皆さまに誓います。
ひとつ、単なる健康寿命ではなく、天寿を懸命に生きることのできる社会を作ります。
ひとつ、いじめを含む、あらゆる差別を根絶いたします・・・・」
良き種は撒かれた。
少年と少女の手によって。
お日さまの光と、お月さまの露とで大切に育てよう。
花開くその日まで。
おしまい
未成の種 naka-motoo @naka-motoo
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