破壊力のあるおばちゃん
蘇来 斗武
第1話 破壊力のあるおばちゃん
それじゃあ、どうして俺がこんな怪我をして、入院なんてしているかを話そうか。
あの日、俺はバイトに行こうと家を出た。空は雲ひとつなく澄んでいて近くの山から先週咲いたばかりの桜の花びらがくるくると舞いながら落ちていた。その様子を家から出てすぐ、自宅の鍵をかけるときに見てしまった俺はその日のバイトが物凄く、とてもとても、たまらなくダルかった。今すぐにでも昼寝がしたい。
キラキラと眩しい日差しに目を細めるが時刻は正午を過ぎたばかりで、頭の上にある太陽からはどうしても逃げられず、諦めた俺は家から徒歩30分ほどの場所にあるコンビニに向かった。
こんな春の暖かく穏やかな日に道路の端をトボトボと歩いていた俺はまるで魂を抜かれているように見えるかもしれないな。
そんな中、俺がそれを見たのは道を歩き続けコンビニまで半分を越えたところだった。
大きな音がする。その上足下も揺れている?それらの情報から最初に推測したのは地震だった。が、もしそうなら今頃、俺かその周囲にいる人の携帯電話からあのなんとも言えないメロディーが鳴っているはずだ。
俺は事態を確かめるため視線を上げた。その時だ。俺は18年生きてきたなかで、一番恐ろしいと言っても過言ではない光景を見た。
俺の目の前──五メートル前には猛スピードのおばちゃんが走っていた。それも鬼のような形相でこちらへ向かって。
「······っ!?」
その時俺は声を発することすら出来ず、立ち尽くした。
瞬間、視界に入る全ての物がスローモーションになる。
空を飛ぶ鳥、こちらを見る人、そして尚も目の前のおばちゃんは迫り続ける。
接触する3秒前──おばちゃんが迫る状況に疑問を抱き、
接触する2秒前──それさえ止めて死を覚悟する。
接触する1秒前──こんな穏やかな日に俺は死ぬのか、せめて天気がいい日で良かった······わけないだろ!!こんな文字通りの平和な日に、バイトに行くために死ぬなんて、そんな事、認めない!!何より俺はまだ、死にたくねえ!!
理性で、本能で、決死の覚悟で、足に力を込め、左側に一歩踏み出す。
「うおおおおおぉぉぉッ!!」
しかし、俺はぶつかった。しかし、正面からではなく、右肩で。
俺の決死の回避行動は成功した。無傷じゃないから意味がない?
なに言ってんだ、死ななきゃいいんだよ。
接触したときの痛みったらヤバかった。言ってなかったかもしれないけど、おばちゃんは太ってた。少なくともモデル体型では無いことは保証する。
そのおばちゃんの全身の脂肪を一点に集めて肉塊を作り、急速でぶつけられたらこんな痛みなんだろうなって、近所の監視カメラの映像を見て戦慄したよ。
こんなもんか。俺が話終えた時、タイミングよくノックされた。返事をすると入ってきたのは看護師さんだった。
「またその話してるの?君はいつも言い忘れてるわよ。それだとただの恐いおばちゃんの話でしょ(笑)おばちゃんが車に乗って走ってきたんだから大怪我して当然よ」
「あれ?もしかして部屋の外で聞いてたんですか~?」
破壊力のあるおばちゃん 蘇来 斗武 @TOM0225
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