第2話

 この王立第一学園には入学時のテストの点数によるクラス分けがある。

 その中でも最たる特徴が国内の3つの王立学園にのみ存在する、宮廷選抜コースだ。

 これは入学し卒業すれば将来が約束されると言われているクラスで、通常受験の点数上位20人のみがクラスに入ることができ、そこには身分の優劣なんかの介入の余地がない。

 さらに、宮廷選抜コースは4年に1度しか募集がかからないので、その為に受験を1年や2年見送るなんて話もざらである。

 というか、僕がそうなのだが。


「それなんだが、おめでとうフリード。見事に宮廷選抜コースに選ばれていたよ。」


「そっか、それはよかった。」


「なんだよ、もう少し喜んでもいいんじゃないのか?」


「まだ実感がなくてさ、今夜あたりには浮かれてる予定かな。それに、」


「それに?」


 実はテストの出来は自信があったのだ。僕の心としては、受験日にテストを終えた時点で宮廷選抜にはえらばれていると半ば確信していた。

 だが、いくら父とはいえ。「そうだと確信していた」なんて言うのは流石に不謹慎だろう。


「何でもないよ。」


「そうか、ならいいんだ」


 父が相変わらずの声と顔でいう。

 でも少しだけその声が嬉しそうな気がしたのは、僕の気の所為だろうか。

 そんなことをふと思った時ちょうど、父が僕の肩にいつも通り手を置いて言った。


「これから楽しみか?」


「うん、まあね。いままで周囲に同じくらいの子がいなかったから。同年代近い人達と2年も過ごすのかと思うと楽しみだけど、ちょっとだけ不安かな。」


「そうか、それは何よりだ。じゃあ、俺からのありがたい言葉を一つやろう。聞きたいか?」


「聞きたくないって言ってもどうせ言うんでしょ?もったいぶらずに早く言いなよ。」


 大抵の人間に言えることだが。前置きに「ありがたい〜」とか「面白い〜」なんてつけた言葉がその通りになることは無い。


「釣れない奴だな。まぁ、それがフリードか。じゃあ言うぞ。

『女遊びは程々に。』」


 ほら来た。


「やっぱり聞かなくても良かった。」


 心に留めておくはずの言葉が思わず口からこぼれてしまった。


「冗談だよ。『前途多難は楽しい人生の入り口』少しくらいは不安だったりした方が、案外楽しかったりするものさ。」


「ほんとに、それっぽいこと言うのは得意なんだからさ。」


「俺の体は8割の水と1割ずつの嘘と偽りで出来てるからな。こんな大人にはなるなよ?」


「なってたまるか。」


 口ではそう言ったが、実はこんな父を尊敬している自分がいるのを、僕はちゃんと気づいてる。


「ならばよし。それじゃあそろそろ教室に行ってこい。これから始まるワクワクドキドキの学園生活に夢でも馳せておけ。」


 そう言って父は僕の背中を押した。

 押されるがまま踏み出したその足で僕は教室に向かっていった。決して振り返らずに、僕は歩いた。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 フリードは自慢の息子だ。

 俺は一点の曇も恥じらいもなくそう言える。とはいえ貰っている貴族身分だが、フリードには差別意識もなければ貴族ということへの劣等感、優越感が多分ない。

 こういう奴が増えればきっとこの国は良くなっていくと思うのだが。そうもいかないのが国というものだ。


 一点の曇も恥じらいもなくそう言えるが、その短い一つの文には既に嘘が入り込んでいる。

 俺は自分の手袋をちらりと見て、少しだけ。ほんの少しだけ悲しくなる。


 でも、大丈夫。俺は今とても幸せだ。

 自慢の息子の晴れ姿をこれから見れる。

 それだけで、たったそれだけの事で今日まで生きてこれた、これからもフリードの成長を見るためだけに俺は生きるだろう。


「依存」


 先日、この話をした知人にその単語を投げつけられた。

 その通りだった。でも、仕方がないのだ。

 だって俺はもう、

 自分の為になんて理由では、到底生きてはいけないのだから。





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僕と桜と青春 木立 千羽桁 @takeniku

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