僕と桜と青春

木立 千羽桁

第1話

「綺麗だ」

僕はそう思った。いや、口に出していたかもしれない。


それは暖かな日差しの、春の始まりの日のことだった。

同時にその日は王立第一学園の入学式で、彼は少々早く学園に来てしまったため。校舎なんかを見学して時間を潰していた。


学園は広場を囲むように正方形に造られている。広場の真ん中には1本の木が生えており、僕はその花に見とれながら佇んでいた。


その花は独特の色をしていた。

ピンクと言うには少しばかり主張が足りず、薄紫程のいやらしさはない。かと言って白色と呼べるほど無垢でもない。

そんな色だった。

でも、どこか優しいその色は、僕の好みにぴったりだった。

動植物の知識にはある程度の自負があるが、僕はその木の名前を知らなかった。


「フリード、何をしてるんだ?」


突然後からかけられた抑揚のない声に僕は驚かない。

それは聞きなれた父の声だった。


入学式に際して顔を出すために、僕と一緒に登校していた。王立学園入学ともなれば少なくとも14歳以上(受験資格が14歳なのでそれ以上の人もいる)。かく言う僕も15歳なのを考えてほしい。ほぼ成人と言っていい歳の息子にしてみれば学校行事に親が参加するというのは少しばかり恥ずかしさがあるのだ。


そんなことを言えばきっと


「子供はいくつになっても子供のままだ」


とかなんとか、また抑揚のない声で言うのだろう。


幾度となく会話を交わしたおかげで、父のある程度の感情は読み取れるようになったが、この人が社会に適応出来ているというのが未だに信じられないくらいの棒読みっぷりだ。せめて表情が豊かならマシなのだが、未だかつて父の表情筋が動いているのを見たことがない。


「ねえ、父さん。この木の名前知らない?」


父に尋ねた。僕に植物の知識を与えたのは他でもない父なのできっと知っていると思ったのだ。


「さてな、そろそろ親離れの時期だから今回は教えてやらん。お前ももう学園生だ、疑問を恥じずに人に尋ねられるのは美徳だが、これからの学園生活では自分で調べることに重きを置くといい。この木の名前はその初課題としておこう。」


「ほんとは知らないとか?」


「ははっ。それはフリードの想像に任せるよ。名前が分かったら教えろ、答え合わせくらいはしてやろう。」


言葉の上では笑っている。しかし、その表情は全く変わらない。いつも通りだ。


「それ、結局父さんがこの木の名前知らなくてもどうにかなるよね?」


「俺は息子に嘘はつかんよ」


それきり、会話が途切れた。

僕としてはこの木の名前が気になって仕方がないが、父は基本的に1度言ったことは覆さない。仕方がないので木の名前に関しては保留にすることにした。


「それで、何か用があったんじゃないの?」


父とは入学式の時間に会場にて落ち合うことになっていたので、きっと用事か伝言があったんだろう。


「ああ、なんでも新入生は教室で待機になったらしいんだ。西校舎の3階第三教室で待機だとさ。」


「そうなんだ、伝えてくれてありがとう。ちなみに僕何クラスだったがわかる?」


期待と不安を胸に僕は父に尋ねた。








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