咲かない花のようなひとだと思っていた。


 いつでも穏やかで優しく、寛容で善意に満ちた笑みをうかべる。その身にはきっと、怒りも憎しみも狭量きょうりょうさもあり、悪意さえ内包しているはず。だって、私たちは同じように、同じ場所で生まれてきたのだから。

 けれどけして、それを見せようとしない。ありとあらゆる美しいものを目に入れないし、綺麗な鳥の唄も聴かない。花の香りも知らないし、蜜の甘さも知らない。なにも感じようとせず世界に閉じこもっている。まるで花びらをひらいて空を見ることを、世界に咲くことをかたくこばつぼみのように本心を見せない。

 ずっとただ笑っている。美しいものを見れば、綺麗な鳥のさえずりを聞けば、花の香りのかぐわしさを知れば、甘い蜜のもたらす幸福を知れば、あなたは世界を好きになる?

 わたしと同じ世界に咲き誇り、本当のあなたを見せてくれる?

  

 この想いは罪なの?

 共に生きたいと願うのは、いけないこと?


 日に日につのる想いはあふれて、とめどなかった。

 あなたにわたしの愛した世界を知ってほしかった。

 ただ、ただそれだけのことだったのに。


 ――お前は咲こうと時を待つ蕾の花びらを、無理にこじあけるのか?

 だって、ずっと閉じこもっていてはなにも知らないままじゃない。

 こんな素敵な世界があるのよって、教えてあげたいだけよ。

 ――蕾は知ることを、望んでいるのか?

 知れば、きっと喜ぶはずよ。だって、すべてわたしが愛したものばかりだもの。

 ――なぜそうするのだ?

 だって、わたしはあのひとの本当の姿が見たいの。ほかでもないあのひとだから、もっともっと世界を、わたしを、好きになってほしいのよ。

 ――果たして、それはうまくいくだろうか。

 あなたさっきから、文句ばかり。じゃあどうすればいいの。あなたなら、あのひとの望むことを知っているみたい。あなたはあのひとじゃないのに、どうしてそんなことがわかるの?


 いつも傍観ぼうかんばかりの、私たちの一人。草木ばかりを相手にする変わり者。大地に根を張る自然を造りあげて育てる。そしてわたしは、自我を持ち世界を構成する生き物を造りあげて産み出す。大好きなあのひとは、相反するすべてを持ちながら、そこにあるだけの存在。なにができるのかは教えてくれない。なにをしているのかもわからない。けれどその謎にとてつもなく惹かれる。

 それぞれ役目を持って生まれたわたしたちなのだから、仲良く協力したいのに。


 ――私はあのひとを知らない。だが、植物を育てるということに関しては、あなたの知識を上回る。そして育てるということになにが必要かわかるか?


 そんなこと、知るわけがない。わたしができるのは、産みだすことだけ。

 すこし早く生まれただけで、草木ばかり相手にしているくせに、なにもかも理解しているといった風情が気に入らない。


 ――愛情だよ。情をい求めたところで、花はけして育たない。そして愛情を持って育てるということは、咲くと信じ、辛抱強く待つことだ。そうすれば、やがてきっと花は愛に応え、可憐な花を咲かすだろう。

 いつまで待てはいいの。わたし、もうとっくに待ちくたびれたわ。こんなにも愛しているのに。


 ――わかってないな。無理に咲かせた花など美しくもない。ひたすらに耐え忍んだ先にようやくいかずちのような生命力で花びらを拓く瞬間の美しさをお前は知るまい。待ちに待った蕾の花こそ、より愛おしいものなのだから。



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蕾花を待つ 至 観希 @miruki

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