第一の手紙
このような書き置きを残すことを申し訳なく思っています。凡てを読んでもらえなくても構わない。それでも私は、少しばかりのことを記しておかずにはいられないのです。
先ずは、平成3X年5月7日のことから書き出さなければならないでしょう――。
こんなに面白可笑しく暮らしているのに、私は愛媛川十三の影を見た。きっとそうだ。あの縁はそうに違いない。
「水、らしいですね。昨日、左端が云ってましたよ」
「ああ、汗と黴の混じったものだったがな」それは最早、水ではないような気もするが、ここは髙﨑に合わせておこう。しかし、左端もいい加減なことを云うものだ。後で少しだけ注意しておかなくてはいけないかも知れない、と私は留保を重ねた。
「左端とどこで話したの、昨日?」どうでもいいことを訊いてしまった。まぁ、いいか。
「え、あー、昭島のシネコンですよ。丁度入れ違えで」
「そうか」……入れ違え? 別に深追いすることもないか。
私はそこで漸く、髙が何かを隠そうとしている素振りに気づいた。きっとあの後ろに回している右手に、見られたくないものでも持っているのだろう。気づいても気にはならないので、私は自分の作業に戻ることにした。髙にとっても、その方がいい筈だ。
「じゃあハシゴダカ、また昼……食堂で」
「ツチヨシさん、たまには外行きましょうよ。皿うどんとか」
𠮷か。そう呼ばれるのも今日が最後かも知れないな。
幻のアメリカ 岸田解 @belacqua
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