前書き

 嘘吐きと人殺しの話をした。嘘吐きは人を殺す気持ちが判らない、と云った。私もよく判らなかったので、人を殺す動機を尤もらしく書くことが出来ない、と云う悩みを告白した。人殺しでなくても、甚だ深刻な犯罪へと向かう心の動きをどれほど真に迫って描けるか、と云うことはミステリーを書く上で常に厄介な問題であった。

「嘘を吐くのに、理由なんかないのにねぇ」

「はぁ」と、半ば呆れたような声を出したのが私である。

「『嘘吐きは泥棒の始まり』の世界だと、何は人殺しの始まりなんだろうか?」

 嘘吐きには嘘吐きなりの答えがあるような顔をしていた。私は何も思い浮かばなかった。「さぁ」

「……やはり『嘘吐き』かも知れないね」

 それではどうにも納得がいかない——と云う目で、私は嘘吐きを見返した。

 嘘吐きは話を変えたがっているようだった。400円ライターに手を伸ばしたので、テーブルの隅にあった灰皿をそっと嘘吐きの前に滑らせた。嘘吐きはを一本、手に取った。

「人を殺したことがある、と云ってもいいかい」

「ええ、貴方は嘘吐きですからね」

 煙が微かに、私の鼻先まで届いた。

「私は嘘を吐いたことがある」

「それは酷い」

「これも嘘だ」

「勿論、そうですよ」

「この長さで『長篇』とは、如何にもふざけた嘘だな」

「と云うことは、もうそろそろこの辺で……」

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