風の冬 一陣

 定位置に腰掛け腕まくりをしているロキに、そういえば、と片桐は声をかけた。


「蹴落とすっつったって、お前一人でどうすんだよ」

「一人?」


 心外そうにそう言い、ロキは何かのスイッチを押したようだった。


「こちらロキ、円卓には今誰がいるのかな?」

「円卓?」


 片桐の問いにロキが答えるより前に、スピーカーから麗しい女性の声が答える。


『こちらスルト。いつでも、何なりとご用命ください』

『あー、フェンリル。こっちもいつでもOKだぜ』

『当然ながらミド様待機中〜』

「全員揃ってるね。じゃあ、これからの流れを」

「待て待て待て待て!」

「何さ、オジサン」


 片桐を無視して話し始めたロキを思わず止める。話を遮られたロキに不機嫌な顔を向けられるが、今はそれどころでは無い。


「フェンリルって……! 何でお前がそこにいるんだよ!

 斎木!」


 長い付き合いになる、所謂『幼なじみ』

 それは、もう一人いた。


「ミドってことはミドガルズオルムかっ! 笑ってるけどな、お前もだ!

 加藤!」

「福井だっつってんだろバ片桐!」


 何故二人がそこにいる。こんなアングラな所に。斎木は分かる。公安という立場から潜入捜査でも何でもするのだろうから。だが、福井は警視庁の鑑識課だ。しかも妻子持ちだ。家庭を持つ者がどうして……こんなこと、関わる必要などないどころか、どういう経路で知り合ったのかすら分からない。狼狽える片桐を置き、二人はケタケタと笑う。


『お前、ロキにオジサンとか言われてんのかよ! クッソウケる!』

「うっせぇわ! お前だって同い年だろうがよ!!」

『うっせぇうっせぇうっ『福井、それ以上はJ〇CCSに〆られるぞ』


 こうして話していると、普通の、今まで通りの二人なのに。見上げればそこにロキがいる。ただそれだけで日常は非日常に変わる。


「加藤、まさかとは思うがお前……」

『ロキがそんな事する奴じゃないのは、一緒にいるお前がよーく知ってると思ったんだけど?』

「……だよな。危うく人間不信になるところだった」


 まさかロキが妻子を人質にとるなど……考えただけで人間不信になりそうだ。そして気付く。自分がそこまでこの少年に心を移していると。

 上にいるロキを見る。いつの間にか赤い目に戻り、「どうかした?」と首を傾げる頑是無い少年。片桐に子はいないが、居たとしたらちょうどこのくらいの歳だろう。そこまで考え、首を振る。これから大事な局面に入る。感傷に浸っている場合ではない。

 何も答えない片桐に、些事と判断したのかロキはどこにあるのかも分からないマイクに向かって語り出す。


「まずは、スルト。フレイヤのメインサーバーにアクセスして、取れる情報根こそぎ取ってきて」

『拝命致しました』


 女性——スルトはそう一声置いて沈黙した。だが、ロキの数多あるディスプレイのひとつが、故障したかのようにゼロと一しか流さなくなった。それを見て、ロキは満足気に頷く。


「スルト、引っ張った情報は全部ロックして。監査が入った時に逃げられないように」

『かしこまりました』

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裏切りのカミサマ 月野 白蝶 @Saiga_Kouren000

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