最終話 あな婚だ。~あなたの目の前に野生の婚約者候補(フィアンセ)があらわれた!入力コマンドは!?……だがしかし、コントローラーにシカトされてしまったようだ。~

 運命のその日は家のチャイム音から始まるのだった。

『ピンポーン♪』

「ぐぅ~……むにゃむにゃ……んっ? だ、誰か来たのかよぉ~。ふぁあ~っ……ってまだ朝の5時だぞ!? 一体誰だよこんな時間に……」

 未だ夢の住人の俺は毛布を被ったまま片目を開け、スマホで時間を確認するとまだ朝の5時だった。


『ピピピピピポーン♪ ドンドン! ドンドン!』

 誰も出ない事に苛立っているのか、滅茶苦茶早くチャイムのボタンが押された挙句借金取りドアを何度も叩かれけたたましい程の騒音と軽く頭に響く騒音で完全に目覚めた。


「はい、はーい! 今すぐ出ますってばっ!! ふぁあ~~い。どちらさん?」

 埒が明かないと眠い目を擦りながら玄関へと向かい、まだ覚醒しない頭で誰がどんな用件なのかを確認する。


「タチバナユウキさんオタクでしょうか?」

「はっ? お、オタク? オレが???」

 一瞬『お宅』という所をカタカナの『オタク』と間違えたのかと思ったが、その言葉の前に『は』と付いていたため、間違いでないことを嫌でも理解してしまう。


「え、え~っと……」

(確かにオレは傍からオタクかもしんねぇけどさ……何でバレたんだ?)

 俺は何て返答すれば良いのか戸惑い言葉を詰まらせてしまう。


「あっしっかりと・・・・・間違えてしまいました~。すみませ~ん」

「しっかりとって……ほぼワザとじゃねぇかよ。で、何の用なんですかこんな朝っぱらから?」

 まったく反省していない声の主にツッコミを入れ、やや怒りながら再度用件を訪ねる。


「あっはい。実は宅配会社の者なんですが~貴様宛の荷物が届いているのですよ~」

「はぁ荷物ですか? って貴様宛・・・って何だよ、あまりにも無礼すぎんだろ……」

 俺は宅配会社がこんな朝っぱらから宅配業務を開始していることに驚き、また荷物が届く宛てもないのになぁ~っと気のない返事をしてしまう。


「どうやら受け取る気ないようなので~、そこらのネギ畑に植えて不法投棄してもよろしいでしょうかね~?」

「何でネギ畑限定で宅配物を投棄する気満々なんだよ……ったく」

 仕方なしに渋々ながらドアロックを外してドアを開いた。


「あっ、おはようございます。タチバナユウキさんご本人さんですよね? どうも当たり屋運輸の者です!」

「……いや、それはさっき聞いたからさ。って聞いたことねぇ運送会社だな」

 見ればお姉さんの後ろにあるトラックは所々ボコボコになっていたのだ。


「ええ、そうですね。主な業務は一応お客様からお預かりした品物を運びつつ、そこらにいる気の弱そうなドライバーに当たり屋して、金を毟り取るまでが本来の仕事ですかねぇ~。あっ、ちなみに給料は歩合制でしかもお休みの日には入院し放題ですから安心して下さいね♪」 

「だから給料制度と福利厚生については聞いてねぇっての。何で俺をその道に引きずり込む就職させる気満々に話してんだよ。ってかお姉さん、随分ヤクザな商売を生業にしてんだね」


 その冗談も本気とも思えぬ物言いに対し、不機嫌な顔つきで目の前にいるお姉さんと受け答えをする。宅配のお姉さんは若いのか、俺よりもやや身長が低く胸も無かった。一応宅配業者の制服を着て深深ふかぶかと帽子を被っていたが、肝心の顔がよく見えない。だがその容姿と声から美少女ないし美人さんだと推測できる。


「にしても来るの早すぎません? まだ朝の5時になったばかりなんですけど……」

 薄暗い外を指差しながら『宅配業者の人、早く来過ぎ問題』を抗議してみる。

「実はあと一時間早く来ようと思ったのですが道が混んでまして、それでこんな時間になってしまったんですよ」 


「い、一時間早くって……築地のセリ市じゃねぇんだぞ」

(どうせだったらもっと道が混めば良かったのに……)

 そんな事を目の前にいるお姉さんに聞こえぬよう、心の声として突っ込む。


「最近は留守の家も多いですからね。なるべく再配達業務が生じないよう、お客様が確実に在宅していると思われる時間帯を狙い撃ちしながら各家々を回って宅配いるんですよ」

「ね、狙い撃ちしてたのかよ。そりゃ朝の5時にはみんな家にいるだろうけどさ、それにしても早すぎだろうが……」

 確かに昨今では宅配ドライバーさん不足と再配達が重荷になってるとは聞いていたのだが、まさか自分のところにそのしわ寄せが来るとは思いも寄らなかった。


「あれ? 受け取ってくれないのですか? そうですか……ならこの荷物は水田に放り投げて水没させておきますね♪」

 クルリっとお姉さんは回れ右をするとそのまま帰ろうとしていた。


「待て待て待て!! 誰も受け取らないなんて言ってないだろうがっ! しかも何で畑とか水田とか農業推しばかりしてんだよ。しかもお姉さんさ、さりげな~く器物損壊と環境破壊しようとしているよね?」

 どうにか帰ろうとするお姉さんも必死に引き止める。


「ちっ……なら文句ばかり言ってないで、さっさと早く受け取ってくださいよ。ワタシも忙しい身なんですからね!」

「おっとと!?」

 お姉さんはこれ以上の問答が面倒になったのか、小包を俺の胸に押し付けるときびすを返してそのままトラックに乗り込み走り去ってしまった。


「えっ? 今の人どこかで……」

 お姉さんが振り返った瞬間、帽子が少しずれてしまい束ねてあった後ろ髪が解けると、長く美しい黒髪が風で靡きどこか懐かしい匂いを思い出させてくれた。その匂いを確かに知っていた。だが匂いフェチ非属性の俺では誰の匂いだったかまでは思い出せない。そしてふっと気付くとどれくらい外に突っ立っていたのか、いつの間にか辺りが明るくなっていた。


 誰だったかなぁ~っと首を捻りながら、家の中に入り小包の宛名部分を見てみることにした。明細には『本一冊同封』とだけ記されたシールが貼られているだけで宛先も、また宛名も記されてはいない。そもそも宅配物だというのにハンコどころかサインすらしていないことに今更ながらに気付いた。


 そしてその本が一冊入っているという小包とやらを開けてみる事にした。外は茶色の厚手包み紙で止め所は紙のガムテープで止められていた。

 ベリッ。ガムテープ特有の剥がれ音と粘着部分に少し剥がれた包み紙がくっ付いてしまう。


「普通こうゆう本とかってダンボールに入れて送るよな?」

 文句を言いつつも幾重にも巻かれた包み紙を剥がしてその本とやらが顔を見せた。


「これは……小説ライトノベルなのか?」

 表紙には可愛らしい女の子が二人えがかれており、赤い髪をした勇者と共にあの人が描かれていた。


「これってもしかして……静音さんか?」

 そこには長い黒髪に全身黒のメイド服を着て魔女が被るような大きめの帽子を被り、そして右手に持っているモーニングスターで男の人をぶん殴っていた。


「ははっ……これ・・が俺なのかよ。ったくいつもながら酷い扱いだよなぁ……」

 そうそのモーニングスターの餌食になっていたのは何を隠そう俺自身だった。よくよく表紙を見れば端っこにジズさんやもきゅ子、サタナキアさんまで描かれていた。そして裏返すとそこにはアルフレッドのおっさんやジャスミン、門番のおっさんら二人とあのメインヒロインに成れなかったクラスメイトなど、あの異世界で出逢ったすべての人が描かれ、みんな楽しそうに笑顔となっていた。


「ぐすっ……なんだよこれ……っ」

 そして本の中身を確かめるように1ページ1ページ読んでゆく。そこに描かれていた物語はすべて俺が体験した内容だった。入学式に天音や静音さんと出逢い婚約宣言プロポーズされ、次の日学校に行くと異世界に転移させられて……。


 そしてふと気が付くと読んでいるそのページに小さく丸いシミのようなモノ付いていたのだ。最初『新品なのに汚れてるのか?』っと思い指でなぞっているとまた一つまた一つっと、そのシミは序々に数を増やしていく。


「俺は……泣いているのか?」

 そこで初めて自分が泣いている事が気が付いた。それは悲しさからくるものなのか、それとも懐かしさからなのか、はたまたその両方なのか……自分自身の事なのにそれすらも分からない。そのまま時間も忘れその本を読むことに没頭してしまう。そして今現在俺が置かれている状況のページまで差し掛かるとある事に気が付いた。


「まだページが……続きがあるっていうのかよ!?」

 俺は現実世界に帰って来るまでが描かれているものとばかり思っていたのだったが、その後には数ページ程残されていたのだ。そしてこれから起きるであろう未来の出来事が書かれているそれを読んでいき、そして……。


「ぐっ……チクショーッッ!!」

 まだ続きがあるそのラノベを閉じると乱暴にも抱き掴み、パジャマのままだというのに靴も履かず外へと飛び出してしまう。


「はぁはぁ、はぁはぁ……ふふっ……あはっはっ。マジかよマジかよ。ほんとにも~うアイツら!!」

 全速力で走ったせいか数分もしない内に息が上がってしまう。顎が上がり口を開き酸素を欲しているせいなのか、喉がカラカラに乾いてしまい唾を飲み込むとまるで針でも指されているような痛みを引き起こす。


 だがそれほど苦しいというのに俺は笑っていた。傍から見たらさぞ変なヤツに見えるだろうが、決して頭がおかしくなったわけではなく、これから行く場所にアイツらが待っていると知っているからこそ喜び笑っているのだ。


「っわぁ~っと!? や、やっとで着いた」

 そして転がるように桜の花びらが咲き乱れる校門の前に倒れた。去年と同じく地面には散った桜の花びらで埋め尽くされていた。


「みんなはどこだ!?」

 俺は本に書かれていたとおりの行動を取ったのだが、何故だかそこには誰もいなかった。そして再度その内容を確かめるため、あの小説ライトノベルを開いていると目の前から影が伸び読む邪魔をする。


 その影があの人だと思い、顔を上げてこう叫んだ。

「静音さ……じゃないですねー、はい」

 やや笑いを浮かべている俺の目の前に居たのは真っ赤な色のドラゴンだった。奇しくもお腹が空いているのか、口を開け涎を垂らしながらオレの事を見ていた。


「いやぁ~あの人違いのようでした……はははっ」

「があぁぁぁぁぁっ」

 ジョークも目の前にいるドラゴンには一切通用しないようだ。俺は咆哮と共に排出された唾液まみれとなってしまう。


 ダンダンダン……。大きな足音がすると巨大な咆哮と共にソイツらはやってきた。

「ゴオオオオッッッッ!!」

「おや、アナタ様にしては随分お早いのですね。もしかして待たせちゃいましたかね?」

「静音さん……何に乗っていらっしゃるの?」

 そう現れたのは俺が捜し求めていたあのクソメイドその人だった。しかもご丁寧にも白色が目立つドラゴンの頭に載ってのド派手なご登場である。


「ああ、これですか? これはもきゅ子役です。で、こっちの赤いのが天音お嬢様役ですね」

 静音さんは何事も無かったかのように白色のドラゴンはもきゅ子、赤色のドラゴンは天音だと言い張った。


「ぎゃあああああっ……ぼわぁ!」

 赤色のドラゴンは自分が呼ばれたと勘違いしたのか、狂ったような鳴き声をあげながら炎の息ファイヤーブレスを吐いて傍にあった桜の木を燃やしている。


 メラメラメラッ。おい桜の木燃えまくってんぞ。アレはいいのかよ……。そんな些細な出来事よりももう一つ気だけになる事があり聞いてみる事にした。

「静音さん一つだけ聞きたいんだけどさ、いいかな?」

「あ、はい。どうぞ」

 紛いなりにも頭を使い状況分析するため静音さんに質問をする。


「こっちの赤くて桜の木燃やしまくってるドラゴンが天音役ってことなんだよね?」

「はい」

「ぎゃあああああっ……ぼわぁ!」

 再び自分を呼ばれた勘違いした赤いドラゴンは、またまた炎の息ファイヤーブレスを吐いて今度は反対側にあった桜の木を燃やす。もはや学校にあった桜の木はすべて燃え、地面に敷き詰められた花びらにも燃え移り学園全体が火の海と化していた。


「この白いドラゴンがもきゅ子なんだよな?」

「ええ」

「ゴオオオオオッッッ!!」

 パリンパリン。こちらも赤いのに負けてまいと咆哮している。何か学校の窓ガラスが全部割れた気がするんだけど、気のせいだよね?


「で、もきゅ子役の上に乗っているのが静音さんで合ってんだよね?」

「ええ、そうですね。一体何なのですか?」

『何? この期に及んで文句でもあるのかよ?』っと言いたげに少し顎を引き渋い顔をしている静音さん。


「いや、ね。ならこっちの方は……一体どなた役なんでしょうか?」

 そして俺は静音さんの登場以来ずっと無言を貫いているお方を指差して聞いてみた。


「…………」

 そう一切喋らずちゅうに漂い、まるで死神の鎌を持ったような方がいらっしゃったのだ。そもそも天音ともきゅ子をドラゴンに挿げ替えるのはこの際だから由としよう。でも何で静音さんが居るのにこんな死神チックな方が余計にいるのか、そこが問題だ。


「ああ、この方ですか? ここに来るまでの間、何故か寂しそうに空に浮いていらっしゃったので『貴方も来ますか?』っと訪ねたら勝手にくっ付いて来たんですよ。ワタシのファンか何かですかね???」

「そ、そうなんだ……」

(いや、ファンとかそうゆう類じゃなくて普通に死神さんだろ? 大丈夫なのかよ、そんなの引き連れて来て)


「さぁアナタ様! 気を取り直して新たな仲間と共に新しい冒険の物語を紡ぎに参りましょう♪ 準備はいいですね?」

「ま、マジかよ。今度はコイツらがヒロインなのかよ……」

 そして俺は新しい仲間だと言う連中に目を向ける。


「がるるるるるる」

「しゃあああああ」

「…………」

 新たな仲間を得て各々喜んでいるのか、獲物を威嚇していた。


「ちなみにここにいる皆さんはアナタ様の『婚約者候補フィアンセ』でもあります。まぁそこらをうろついていた『野生』ですけどね(笑)」

 静音さんがそんなことを付け加え、タイトル回収をはかっていた。

「まさかまさか、最後の最後でタイトル回収が入るとは思わなかったぜ。おいこれを読んでる読者さんよ、俺は一体どうすりゃいいんだ? どれか選択肢を選んでくれやぁぁ!」


『だが無常にもコントローラにシカトされてしまったようだ!』


 空しくも読者からは無視され、コントローラーにすら馬鹿にされているのかシカトされてしまい、迫り来る命の危機に対し何も出来ず、俺の目の前には新たな野生の婚約者候補フィアンセが目の前に現われた!



もしかしたら俺の物語はここから始まるのかもしれない…… 



『あな婚だ。~あなたの目の前に野生の婚約者候補(フィアンセ)があらわれた!入力コマンドは!?……だがしかし、コントローラーにシカトされてしまったようだ。~』


fin

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あな婚だ。~あなたの目の前に野生の婚約者候補(フィアンセ)があらわれた!入力コマンドは!?……だがしかし、コントローラーにシカトされてしまったようだ。~ 月乃兎姫 @scarlet2200

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