第38話 現実世界に帰って来た、その後に……

「天音!」

 嬉しくなり思わず声をかけてしまったが、次の瞬間後悔してしまう。

「うん? キミは誰だ? 何故私の名前を知っているのだ?」

「あ……まね? 俺の事覚えていないか? 何でもいいんだ!!」

 天音は俺の事を忘れているような態度を取ったので、必死に天音へと詰め寄る。


「何をしている貴様!!」

 天音のボディーガードだろうか、黒のスーツを着た男達が何人も現われると俺を地面に押し付けられ組み伏せられてしまった。


「放せよ! 放せってんだっ!!」

 俺は必死に抵抗するが、体格差もあり身動き一つ取れない。


「ああ、思い出した。確か入学式の日に遅刻して桜の花びらで転び、入院した生徒だったな。あれは最高に笑えたぞ! まさかあのように見事に転ぶとはなぁ~。はっはっ」

 どうやら目撃した生徒とは天音の事だったようだ。地面に押さえつけられている俺をまるでゴミでも見るような視線を送り笑っている。


「天音! 俺だよ俺っ!! ユウキだ!」

「ふん!」

 俺が叫ぶのも構わずに『私には関係ないことだ』っと左手で髪をかき上げきびすを返えして、リムジンへと向かって行ってしまう。思えば天音に対して自分の名前を名乗った事は一度も無かったのだ。


「そうだ、静音さん! 静音さんはどこ行ったんだよ!!」

 無駄だと分かっていても叫ぶしか俺にはできなかった。

「静音だと……おい貴様! 何故その名を知っているのだ!!」

 だが静音さんの名前に天音が反応を示したのだ。


「えっ? えっ?」

 俺は訳も分からないまま、天音に胸倉を掴まれ立ち上がらせられてしまう。

「早く答えろぉ~~っ。何故貴様が死んだ・・・静音姉様のことを知っているのだぁ~っ」

「ぐ、ぐぉぉぉっ。くるしぃ……息が」

 天音は俺の首を絞めて殺さんばかりの勢いで静音さんについて聞いてきた。周りにいたボディーガードが危険を察知して天音を止めに入る。


「ごほっほっ……し、静音さんが死んだだって!? そもそも姉ってどうゆう……」

 俺はその言葉に思わず耳を疑ってしまう。

「静音姉様ねえさまは私の双子の姉なのだ! それが去年の交通事故で不慮にも亡くなってしまったのだ」

 未だ興奮冷めやらぬ調子で怒鳴りつけるように静音さんについて教えてくれた。


 静音さんは須藤家の長女として、また天音の双子の姉として生まれた。だが昔から『双子は家系を滅ぼす』と言われ意味嫌われていたのだと言う。特に先に生まれた子供には厄すべてが付いていると言われ、昔は殺していた家系もあったと言う。現代でもその言い伝えを信じている家系もあり、須藤家もその一つだった。だが静音さんが殺される寸前、母親が止めに入り命からがら助かったのだがそのままでは生かすことが出来ず、静音さんは名前を『あい』と変えられメイドとして須藤家で働かされていた。そして天音の誕生日のその日、プレゼントを買いに行った帰り道で事故にあったのだと言う。


「静音姉様が私の実の双子の姉だと告げられたのは、亡くなった後のことだった」

 天音の顔は影を落としたように沈み、今にも泣き出しそうになっていた。


「そ、そんなことってあるのかよ……」

 天音のその話を聞いて愕然としてしまった。結局静音さんは天音が妹だと知らずに亡くなった事になるのだ。


「ふん……つまらない話をしてしまった。帰るぞ!!」

 天音は既に興味を無くしたのか、俺のことを地面に残したままそう言うとリムジンに向かい帰ってしまった。


「静音さん……」

 ポッポッサーッ。突然そんな音が聞こえ、何事かと思い頬に右手を当てると冷たいものが流れ落ちてきた。そして次第に強くなり、乾いた地面を濡らしている。それはまるで俺の心を表しているかのようだった。


 それから目を覚ますと俺は何故か暗闇の中にいた。

「もきゅもきゅ♪」

 変な鳴き声と共に頭に手を添えられ撫でられる。それがとても心地よく冷えた俺の体と心を温めてくれる。


「オマエ……もきゅ子か?」

「も、もきゅ?」

 俺は頭を撫でているその右手を掴むと目を開けた。するとそこには何故か白衣を身に纏った見知らぬ美少女がいたのだ。どうやら先程頭を撫でられた感触は彼女のようだ。


Вашヴァーシ былブィリ оченьオーチニ кошмарカシマール Страдатьストゥラダーチ,ладноラードゥナ?」

「はへっ? ヴァ……えっ? 何語だ???」

 いきなり変な言語で話され、一瞬思考が止まってしまう。


「彼女が話してるのはロシア語だよ。ちなみに『うなされてたけど、大丈夫?』っと言う意味だな。その子はロシアから来た研修医でウチの病院で預かってるのだ」

「へっ? ろ、ロシア語って……って貴方は?」

 見れば医者らしき男性が傍に立っていた。


「ふむ、私かね? 私は君の担当医の木村だが……」

「あの、さっき『もきゅ』って聞こえたのですが、それは……」

мокютоモキュートは私の……故郷で早く治るようにって……祈りおまじない……なんです」

 その子はカタコト交じりの日本語で意味を教えてくれた。


「それで体調の方はどうかね? 我々だけでなく、お母さんも心配していたよ」

 聞けば俺は学校の校門の所で倒れていたらしいのだが、運良く木村先生の娘でしかも俺の担任になる予定だった木村美智みちさんに助けられたのだと言う。俺は失礼ながらも『ビッチさん』と呼んでしまったのだが、木村医師からは『まぁ間違いではないのだが……』っと怒られずに済んだ。そしてすぐさまウチの母親が駆け付けると烈火の如く叱られた。


 それから俺は検査などで一週間ほど入院した後、木村医師から『心配していた後遺症もなく、もう退院しても大丈夫だろう』っとお墨付きを得て退院した。だが念のためにも……っと定期的な脳の検査のため通院することを強く言われてしまった。


 そして出席日数不足でまだ5月なのに留年する身となってしまった俺は一年間休学することを選んだ。正直留年してても学校に通う事はできる、ただしその一年間に意味はなく来年の春には再び同じ高校一年生からやり直さねばいけない。さすがにそれはクラスメイトなどの手前、あまりにもツライと思い休学する事を選んだのだ。


 それにクラスには天音も居るのだが前に校門で会った時同様に俺の事を『まったく知らない人』だと再度言われてしまい、絶望の淵に立たされたかのように愕然としたまま休学する事を選んだ。


 だが諦めの悪い俺は『いつかあの異世界に行けないのか?』と時間を変えたりして毎日学校に通ったのだが、二度とあの世界に行く事はできなかった。あの世界はもしかするとオレの頭の中だけで作られた『夢』だったのであろうか? それを確かめる方法すら何もなかった。


 そして今一番会いたい人物であるあのクソメイドについても調べたのだが、一切詳細は分からずじまい。天音に聞こうとしても俺がストーカーであると警戒さているのか、常に黒服を着たボディーガードに阻まれてしまい話しかけることすら出来ず、休学した一年間の日々は何の目的も無く家にいるだけの生活を過ごしていた。


 母親は俺の体に異常がない事が判るとすぐさま親父がいるマレーシアに戻ってしまった。『普通大怪我した息子を一人にするかよ?』と反論したのだが『ならアンタも一緒に来るの?』っと言われてしまい、当然の如く俺は日本に残る事にした。


 それは例え『もう一度だけでも静音さん逢いたい……』その想いから来るものだったのかもしれない。もちろん天音の話から既に静音さんは亡くなっていることは知っていた。それを理解出来ないほど頭はおかしくなってはいない。それでも尚諦めきれずに静音さんを求めているのかもしれない。


 もしかすると俺は静音さんの事が好き・・……だったのかもしれない。今まで何ら面白くない人生だったが、あの異世界で過ごした日々は滅茶苦茶で理不尽な事ばかりでツライこともたくさんあったのだけれども……俺はあんな日々を、そしてあのクソメイドを求めるために生きてきたのかもしれない。


 そして季節は流れ再び桜の木に花が咲き、俺は二回目の入学式の朝を迎えるのだった。

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