ラトリオット/イブツ戦線
rawawo
prologue/少年にとっての、全ての始まり
prologue1/異物
──ここは、五つの種族が暮らす世界、〈ラトリオ〉。
緑豊かな大森林。心地よい風が吹き抜ける平原。踏み入れる者の命を蝕む大砂漠。果てが見えない大海原……。ここには様々な環境が存在し、また、未開拓の領域も数多く存在していた。この世界に住む人々は、ラトリオの豊かな自然と共存し文明を築いてきた。
〈ペル族〉、〈ベス族〉、〈ハロ族〉、〈ナノ族〉、〈ガンタ族〉……。姿形が異なる五種族はそれぞれに合った、独自の文化を発展させた。それ故か、種族間の争いが多く、完全な平和とは程遠い毎日を人々は過ごしていた。
しかし30年前、突如として世界に現れ、五種族共通の敵となったとある存在により、五種族は結託。30年以上前から存在していた冒険者ギルド〈ラトリオット〉に、五種族共通の敵への対抗組織としての役割を与え、新たに定められた五種族共同統治領〈イコーラ〉にその本部を置いた──
春の月:ある日の昼下がり。
五種族共同統治領イコーラの東の、とある森。
木々の間をそよ風が吹き抜け、緑と土の匂いが鼻腔をくすぐる。
密集した葉の間を太陽光がすり抜け、陽だまりには日向ぼっこをしている小動物の姿が見える。
森の中は小鳥のさえずりや木の葉が風で揺れる音で溢れていた。耳を澄ませば何処かの小川のせせらぎも聞こえてくる。
そんな自然で溢れたこの森を進む人影が二つ。
「ふぅ、着いたぞ」
「おお〜、大量、大量っ」
大きなカゴを背負った青年は、食用キノコの群生地を前にして声を弾ませた。
茶色のモフモフした体毛に覆われた耳を、ピコピコと動かしながら、青年はキノコへ手を伸ばす。
「これだけあったら売り物の分だけじゃなくて自分たちの分も持って帰っていいかなあ?」
慣れた手つきでカゴの中にキノコを放り込みながら、青年はのんびりとした声で言った。
「あんた前にそうやって採りすぎて商会のじいさんに怒られてなかったか?」
「いやーそうだけどさー、採っちゃったものは仕方なくないかー?」
「考えて収穫しろよ…護衛の俺も怒られるんだから頼むよ…」
そう言って護衛の少年──こちらはモフモフの体毛は生えていない──は倒れた樹に腰掛けた。腰に下げた石剣と背中に背負った弓を外し、暇つぶしに弓に不具合がないか確認していく。万全な護衛のためには、武器の手入れは欠かせない。
「まあまあ、いいじゃないかシルマ。お前にもわけてやるからさ」
「いや…そういう問題じゃ…」
そう言って護衛の少年、シルマは立ち上がる。今日は暖かくて過ごしやすい。キノコの群生地は他よりも少しひんやりとしているが、それでも寒いとは感じない。
森に来るのは久しぶりだ。とても居心地が良い。自然の力に包まれ、一体となる感覚。護衛の仕事を一瞬忘れ、街では味わえない、この空気に浸っていく…。
──しかし、次の瞬間、一気に現実へと引き戻される。
「キュイイイイイイン!!」
……自然の中では発生し得ない異音。怪音。騒音。
森の空気がその音により変化した。心地よかった空気が、獣の鳴き声が響く森のような、嫌でも警戒心を発生させるものへと変わる。
「シルマ!今の音は!」
「ああ…!気をつけろ!近かったぞ!」
シルマは周囲を警戒しながら弓を構える。先ほどまで聞こえていた小鳥のさえずりはもう聞こえない。聞こえるのは、木々のざわめきと何かが大地を踏みしめる音。
ここに留まるのはまずい…。シルマは、カゴの青年を先導する形で森の出口を目指して走り始めた。
「急げ!来るぞ!」
「シルマ…!待ってくれ!カゴが、重くて、早く走れない!」
「中身をいくらか置いていけって!早く!」
シルマは出遅れたカゴの青年へと駆け寄り、中身を取り出そうとする。しかし──
「キュイイイン!!」
──木々をなぎ倒し、二人の前に“ソレ”は現れた。
一部が苔むした四本の脚。
青白い光を放っている胴体。
忙しなく左右に回転する頭。
そして人一人を余裕で掴み、薙ぎ払うであろう腕。
一部は自然に侵食されているにも関わらず、自然とはおよそ調和しない見た目の“ソレ”は、生物ではない。
〈イブツ〉──“ソレ”はそう呼ばれていた。
──世界は、イブツの脅威に晒されていた。
どこで生まれたのか、どこから来たのか。
どんな目的があって行動しているのか、なぜ人を攻撃するのか。
そのほぼ全てが不明とされる、ラトリオに住まう五つの種族共通の敵。
世界にとっての異物。
「ハアッ、ハアッ」
無意識に息が荒くなる。心臓の鼓動が加速する。
この場から今すぐ逃げ出したい。
しかし、それでもシルマは弓を構える。
わからないことだらけの相手だが、少なくともこれはわかる。
戦わなければ…生きて帰れない。
──これは、人とイブツの、戦いの物語。
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