第2話/獣型イブツ+

 シルマとルズは馬車に乗り、東の森へと向かっていた。

 空は快晴。馬車の接近に気付いた鳥たちが一斉に飛び立つ。シルマは自然とその鳥たちを目で追う。鳥たちを見ていると心が落ち着く。


 出発前、シルマはシェルから、ラトリオットにいた人々が装備していた白藍色の剣を受け取っていた。シルマの腰に下げられたこの剣は、石剣よりも数段と重かったが、不思議とそれが心地よかった。


 「さて……、それじゃシルマ、現地に着く前に一通り説明するわね」

 出発前に簡素な鎧を身につけたルズがこちらへ体を向ける。

 「まず、これから向かうのは東の森。目撃情報によると、そこに現れたイブツは獣型よ」

 「獣型……俺が戦ったあのイブツとは違うんだな」

 あの時俺が戦ったイブツは獣型とは程遠い、縦に伸びた円柱のような形だった。

 獣型、ということは犬とか猫みたいな体型をしているのだろうか?


 「イブツとは私が戦うわ。あなたは安全なところから見ていて。」

 「ああ、わかった。……ごめん、ルズにばかり戦ってもらうなんて……」

 「いいのよ、慣れてるから」

 「でも、状況によったらあなたにも戦ってもらうことになるかも知れない。その時は、その剣を使って戦って。」

 「その剣の名前は〈クルジオ〉。たぶんあなたも察しているだろうけど、イブツの外殻を素材に作られた武器よ」

 「イブツの外殻はとにかく硬い。普通の武器じゃ基本歯が立たない」

 「だからこれを使って戦う。とは言えこれでも外殻はなかなか斬れない。だから、もし戦うことになったなら、イブツの眼や関節部分を狙って。」

 「外殻より柔らかい部分なら、クルジオで問題なく斬れる。そうやってイブツの動きを止めたなら、コアを破壊して止めを刺すの」

 「コア?そんなものがあるのか」

 「ええ。青白い光が集まる箇所。それがコアよ」

 青白い光が集まる箇所。あの時の記憶が再生される。ルズの話通りなら、イブツが最後のあの攻撃を放った箇所がコアだろう。

 イブツへの恐怖心が未だ心に残るシルマは身震いする。実際にイブツと対面して、果たして俺は直接コアに攻撃できるだろうか──

 

 ルズからの説明を受けている間に、二人が乗った馬車は東の森の入口まで到着した。

 東の森はいつもと違い、どことなく不気味な雰囲気を漂わせている。

「よし、行くか」

 シルマとルズが森へと足を踏み入れようとしたその時。


「ガガガガガッッ!!」


「「!!!」」

 森から聞こえてきたのは、聞くものを竦み上がらせるような騒音。

 緊張で体が固まる。

 ──イブツだ。こちらへ接近してくる……!


 「来る!シルマ、私の後ろに!」

 森の木々がざわめく。イブツが大地を駆ける音が聞こえる。

 ルズがクルジオを構える。それと同時に、イブツが森から速度を保ちながら飛び出してきた!

 

 「ガガガガガガガッッ!!!」

 

 二人の前に現れたイブツの姿は、まさに獣と呼ぶにふさわしい物だった。

 大地を疾走することを可能にする強靭な四肢。人など容易に切り裂くであろう鋭い爪。見るものを威圧する巨大な牙……。そして獣なら尻尾がある部分に青白く輝くコアが存在していた。

 そんな獣の見た目のイブツだが、一つ、明らかに異常な部位が存在していた。背中である。背中が膨れ上がり、そこから人間の腕のような物が生えている。どうやらそこも稼働するらしく、まるでファイティングポーズのような構えをとっている。


 「なんだ、あのイブツ!」

 「獣型はよく見るけど、あんな背中の物は初めて見たわね。」

 「でも大丈夫。イブツと戦う時にやることは変わらない!」

 「下がって、シルマ!」


 「ガガガガァッ!!」

 イブツがこちらへ飛びかかる。

 だがそれをルズは軽く躱し──

 

 「はあっ!」

 一閃。ルズが放った斬撃はイブツの左前脚を損傷させる。

 そのままの勢いでルズは左後脚を攻撃。イブツが体勢を崩す。

 「……すげえ……!」

 これが騎士か。いとも簡単にイブツを追い詰める。

 ルズはそのまま高く跳躍し……。


 「はああああああッ!!」

 ルズが振るうクルジオが、コアを深々と穿った。

 

 「ガガガ、ガ……」

 ズズン、と音を立て倒れ伏すイブツ。

 イブツはその機能を停止した。


 「ふう、討伐完了ね」

 「どうだった?これがイブツ。確かにイブツは驚異だけど、それでもしっかりと鍛錬を積んで知識を蓄えて望めば、勝てる相手なのよ。」

 ルズが俺に向けてそう言う。

 あの時俺が戦った時に植えつけられた恐怖心がルズの言葉で薄れていくような気がした。もちろんそれは一時的な錯覚だろうが、いかなる理由でも、気持ちが前へ向くのは大切なことだ。


 「さて、イブツはあと一体ね」

 そういえばそうだった。あと一体、イブツを探して狩る。そうすればこの森にも再び平和が戻るのだ。

 「シルマ、あなたは先に街まで戻って回収班を呼んで来てくれる?」

 「回収班?え、俺も着いて行くよ」

 「もう得るものはあったんじゃない?なら、今はそれで十分よ。じゃ、頼んだわね!」

 「あっ、ルズ!……早っ。もう行っちゃった」

 「回収班か……イブツを持って帰るのかな。とりあえずシェルさんの所に行くか」


 馬車へ向かおうとするシルマ。

 その時彼の耳に”ある音”が届いた。


 「ギギ……」

 「ッッ!」


 即座に倒されたイブツを見る。しかしあるのは沈黙する獣型のイブツのみ。

 ──いや、待て。動いている!が!


 ボシュッ!と音を立てイブツの背中が分離する。

 新たに現れたイブツの姿は、これまで以上に、異質だった。

 

 腕が無ければほぼ完全な球体だったであろうその姿は、ある種の不気味さを漂わせていた。少し地面を転がった球体のイブツは、青白い光を発光させ、

 「マジかよ!」

 クルジオを構えるシルマ。翼もないのに宙に浮かぶなど、あり得るのか……?

 考えても仕方ない。相手はイブツ。その多くが謎の存在。理屈は分からないが実際にアレは宙に浮かんでいる。

 しかし、宙に浮く相手とは……。さて、どう攻めるべきだ……?

 

 「ギギギギッ!」


 イブツが両腕を広げる。そしてそのままコマのように回転を始る。

 これは……突っ込んでくるか!

 「ギギ、ギ!」

 その予想通り、イブツはシルマへと突進を繰り出す。

 攻撃を予測していたシルマは余裕をもってその攻撃を避ける。

 「回避は問題ない、後は、どう崩すかだな」

 ルズの話と彼女の戦闘を思い出す。まずは眼か腕の関節を攻撃して動きを止める。

 とはいえ宙に浮かぶ相手なのでそれらを破壊しても完全には止まらないだろうが。

 

 「ギギギギ!!」

 イブツが再び突撃してくる。とりあえずまずは腕を斬ろう。イブツ回転の勢いを利用して、腕を斬る!

 「ハアッ!」

 ギガガッ!!と途轍もない金属音が鳴り響く。衝撃で腕の感覚が薄れる。だが、いける!このまま剣を振りぬけ──!!

 

 「うおおおおおお!!」

 ズガァン!!!

 イブツの片腕が宙を舞う。斬った。斬れたんだ。

 「やった!次は、もう片方の腕!」

 構えるシルマ。しかし……。

 「ギ、キュウウウン……」

 なんとも弱々しい音を上げ、イブツが活動を停止する。

 「な……、止まったのか?コアを破壊してないのに?」

 よくわからないがとにかく、活動停止したのならそれでいいだろう。

 

 「はぁ…」

 今になって足が震えてくる。もしあの時の円柱形のイブツのように巨大な相手だったらこうは行かなかっただろう。

 とにかく急いで街へ戻ろう。ルズに言われた通り、回収班なるものを呼んで、ルズに合流しよう。

 

 シルマは馬に跨り、イコーラの街へと向かったのだった……。

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