第1章
第1話/イコーラの街と出陣
イコーラの街は今日も活気に満ちていた。
特にこのイソール通りは街一番の賑わいを見せており、商人の客引きの声や馬車の車輪の音で満ち、世間話をする人や楽しそうに買い物をする人など、多くの人が思い思いに過ごしていた。
宿屋を出たシルマとルズの二人はイソール通りを歩いていた。ルズが先を歩き、シルマが後を追っている。
シルマは先ほどのルズの言葉を頭の中で反芻していた。
──ラトリオットへ来ないか。
加えて彼女は、自分は騎士であると言っていた。
ラトリオットの騎士。この世界の脅威であるイブツを狩る戦士。世界に十数人しか存在しない選ばれし者。多くの者が彼らの強さに畏敬や憧れの感情を抱いていた。
そんな彼らだが、理由は不明だが一般人の前にはあまり姿を現さないし、一人一人の個人名や種族もわからない。それ故、人によっては実際には存在しないのではないか、と考える者もいる。
しかし実際に、圧倒的な力を見せ、騎士と名乗るルズにラトリオットに誘われた…。騎士は実在していたのだ……。そして、その騎士に俺もなれる……?
宿屋でルズにその話をされた時は、一瞬、言葉の意味が理解できなかった。例に漏れず、騎士に対して憧れを抱いていたシルマは、言葉の意味を理解した瞬間、笑みを抑えることができなかった。
しかし、二つ返事でラトリオットに行くと答えそうになった時、シルマはふと疑問に思った。なぜ俺なのか、と。
俺はイブツに殺されかけた。仮に訓練を積んだとしても、あの怪物を倒せる気がしない。というかそもそも、俺みたいな一般人が騎士になれるのか……?
俺が返事を言い淀んでいるとルズは、とりあえずラトリオットまで行って、そこで改めて説明する、と言い俺もそれを承諾し宿屋を出た。
そして今に至る訳だが──。
「ねえ、シルマは護衛の仕事に何か、こう…こだわりとか、思い入れ、みたいな物はあるの?」
俺の前を歩いていたルズは、いつの間にか俺の隣まで移動していた。
「こ、こだわりと思い入れかぁ……」
突然の質問とその内容に少し驚く。こだわりと思い入れ……。あまり考えたことはないな……。
「思い入れは特にないかな。こだわりは、そうだな、依頼人をしっかりと守り通す、とかかな」
「ベス族の依頼人さんをイブツからしっかり守ってたもんね」
「ほんとはずっと側にいるべきだったんだけどな」
俺を吹き飛ばしたあと、こちらを見るイブツが映像として脳内に映し出される。
まさか比較的平和なイコーラ近くの森でイブツに遭遇するとは思っていなかったから、咄嗟の判断が依頼人を逃がして自分は戦う、なんてものになってしまったけれど、今にして考えるとやっぱり逃げた方がよかったよなあ……。
「でもそれなら騎士にも向いてると思うんだけどなー」
そうルズは言う。
「いや、向いてるのかもしれないけど、そういう問題なのか……?」
「誰かを守る、っていう気持ちは大切だよ、っと」
「着いたよ、シルマ」
宿屋を出て、イソール通りを進み十数分、二人の目の前には、通りに面する建物の中でも一際大きい建物。〈ラトリオット〉──冒険者ギルドとイブツ対策組織、二つの顔を持つ組織だ。
冒険者ギルドは、このイコーラの街に複数存在しているが、イブツ対策組織はこのラトリオットのみだ。
シルマはこの建物の冒険者ギルドには出入りしたことがあった。住民などの依頼が受注できて、それをこなすとギルドから報酬が出る。依頼の内容は基本、護衛だったり凶暴な獣の討伐だったりと一般的なものだ。
商会から護衛の仕事が来ないときは、よくここで護衛の依頼を受けていた。
シルマとルズの二人は正面の大きな扉から建物へと入る。
中は大勢の人で賑わっていた。自分たちと同じペル族や、深い体毛に体の一部が覆われていて、獣っぽいベス族。酒を飲んでいるのか、陽気に普段折りたたまれている腕の羽を広げるハロ族。建物の奥で様々な武器の手入れを行う、他種族よりも小さいナノ族。窮屈そうに椅子に座り談笑する、他種族よりも体が大きいガンタ族……。
五つの種族が同じ建物の中で過ごすこの光景は、いつ見ても心が弾む。
五種族が共存するイコーラといえども、各種族の身体的、文化的特徴の違いから、居住区自体は五つに分かれている。五種族全てが集まり過ごす場所といえば、店があり賑わう通りやここのようなギルドくらいのものだ。
建物内を進むルズは、受付嬢が立つカウンターへ向かっていた。シルマは少し遅れてルズを追う。ルズと受付嬢は、少し会話したあと、二人してこちらを見る。
「この人ですか?」
「ええ、そうよ。いいわよね?」
「はい!もちろん!」
「ええと、シルマさん、ですよね?初めまして。ルズさんからお話を伺いました。入館を許可しますので、ルズさんについて行って下さい」
「あ、初めまして……入館?」
「さ、ついてきて、シルマ」
入館とはなんぞや……という疑問を口にする間もなく、ルズが行ってしまう。
はぐれる訳にはいかないのですぐについていくと、ルズは建物内の端、ギルドの職員が監視する重厚な扉の前へ到着した。
ギルドの職員によって扉が開かれる。中には、地下へと続く階段があった。
この建物には地下があったのか……。俺が驚いている間にも、ルズはどんどん先へ進んでいく。やがて、またもや重厚な扉が現れ……。
──扉を開くと、上に負けず劣らずの熱気が伝わってきた。
この場所にも五つの種族全てが集まっており、談笑する者、真剣な顔でミーティングをする者など様々だ。上と違う所と言えば、酒を飲んでいる者がいないのと、若干人数が少ないのと──。
周囲を見回すシルマの目に、見慣れないものが映った。談笑する男の腰に下がる、少し青みがかった白、白藍色の剣。よく見ると、ここにいる殆どの者が、同じような色味の武器を装備している。普通の素材ではない。アレは……まさか……。
「やあ!ルズじゃないか!久しぶりだな!」
シルマが絶句していると、大柄なハロ族の男がこちらに気付き、近づいてきた。
「こんにちは、シェルさん。もう少し早く帰ってくるつもりだったんだけどね」
「ハッハッハ、話は聞いているよ。そちらが例の少年かな?」
シェル、と呼ばれた男はシルマを見てそう言った。口を動かすたび喉元の大きな羽が動きに合わせて揺れる。
「初めましてシルマ。私はシェル・アルマギア。ここの副長を勤めている。ようこそ、ラトリオットへ!」
「初めまして。シルマです。あの、一応まだ入ると決めたわけじゃ……」
「あれ、そうなのか。それはどうしてだい?」
「それは……俺みたいな一般人が、あんな怪物を倒せるとは思えないし……」
俺の考えを、順に口から出していく。自分の実力不足や不安などを喋るうち、頭の中が整理され、一つの感情が表に出る。
「俺は……怖いんだ。死にたくない。もうあんな思いはしたくない……」
ルズにラトリオットに誘われたとき、返事を言い淀んだのは、この感情のせいだろう。シルマはそれを今理解した。
「ふむ……その気持ちはよくわかるよ。だが君には才能がある。イブツとの戦いの才能が」
「どうか、君の力を貸してくれないか?」
才能……?俺に?……俺はそうとは思えない。夢に見るほどイブツに恐れを抱いたのに、そんなものがあるとは思えない……。
「シェルさん!緊急連絡です!東の森で、イブツが二体、出現したとのこと!」
突然、ラトリオットの職員が声を上げる。
東の森……3日前、俺がイブツと戦った森。そこにまたイブツが出現したのか。
「そうか……ルズ!」
「はい」
「東の森へ向かってくれ。シルマ、ルズについていきなさい」
「えっ」
急な提案に困惑するシルマ。
「改めて見てきてほしい。私たちラトリオットが戦う相手が一体何ものなのかを」
「そしてその後、もう一度、君をラトリオットへ勧誘することにしよう」
シルマとイブツの、戦いの火蓋が切られようとしていた。
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