prologue3/ラトリオットの騎士

 五つの種族が共同で統治し、互いに協力し合い暮らす街、イコーラ。


 この街に本部が存在するイブツ対抗組織ラトリオットには、十数名の〈騎士〉と呼ばれる、戦闘に秀でた者たちが所属している。騎士たちはあまり民衆の前に姿を現さないが、その強さは一般的な兵士などとは比べ物にならないと言われている。

 



 ──五種族共同統治領イコーラ、とある宿屋。


「うぅ…ん」

 ──意識が徐々に覚醒へと向かう。随分と長く眠っていたような気がする。こんなに長く眠ったのは初めてかもしれない……。

 ──あれ?そもそもなんでこんなに眠っているんだっけ……?

 もやがかかった頭の中が、小さな疑問により、少しずつ晴れていく。

 晴れた頭の中を思考が駆け巡る。……やがて、一つの光景が再生される。


 ──青白い光。轟音。吹き飛ばされる身体。こちらを見るイブツ。……人生で一番、死に近づいた瞬間……。


「うわああああああ!!!」

「きゃああああああ!!!」


 シルマは寝起きとは思えない、速度が乗った馬車に上半身を引っ張られているかのような瞬発さで跳ね起きた。

「ハアッ、ハアッ、こ…ここは……?」

 あの森の中ではない。かと言って自分の家でもない。

「どこだ…?」

 そう言いつつ周囲を見渡す。内装的に宿屋か何かだろうか。自分にとってはグレードの高い、良い宿屋な気がする。

 ふと、視界に床にへたり込む女性の姿が入った。見た目からして、俺と同じペル族だ。せっかく良い椅子が部屋に置かれているのに、なんで床に座っているんだろう──

「どこだじゃ……」

「ないわよ!!!ビックリしたじゃない!!!」

「うおおお!!?」

 そう叫んで床にへたり込む女性──俺の突然の叫び声に驚いて腰を抜かしたらしい──はゆっくりと立ち上がった。


「はぁ…ようやく目覚めたのね。このままずっと眠りっぱなしかとヒヤヒヤしたじゃない」

「調子はどう?体、痛まない?」

 女性は側にあった椅子を俺が座るベッドの隣に引き寄せながら言い、座った。

 その一連の動作がこう…品がある、と言うか、思わず見惚れてしまう何かがあった。


「ちょっと、大丈夫?聞いてる?」

「あ…ああ、大丈夫大丈夫。体は…痛まない、かな」

「そう、よかった。びっくりしたわよ。イブツの近くにあなたが倒れてたから。」

 ──イブツの近く。そういえば意識が無くなるあの瞬間、人影が見えていた気がする。その人影は瞬く間にイブツを倒していた。

「あ…もしかして、あなたが助けてくれたのか?」

「そ、私の名前はルズ。あなたは?」

 そう名乗った女性は俺の名前を聞いてくる。言葉を話す際の仕草一つ一つが、凄く魅力的に思えた。


「俺はシルマ。助けてくれてありがとう、ルズ。」

「どういたしまして、シルマ。あなたはあの場所に、商人の護衛で居たのよね?」

「え…どうしてそれを?」

「あなたが運び込まれた翌日に、あなたにお礼が言いたいって、ベス族の男の人が来たのよ。その人から大体の事は聞いたわ。」

「そうか…あの人、無事だったのか…よかったぁ」

 カゴの青年が無事だった事に胸をなで下ろすシルマ。なんとか護衛の仕事を果たすことが出来た。依頼人を守るのが護衛人の役目。最後に単独行動させる事にはなったが、イブツ相手だったからそこは許してもらえるだろう……。


「というか、翌日?俺どれだけ眠ってたの?」

「3日よ。その間私、付きっ切りだったんだからね!」

 ──3日も眠っていたのかよ俺。流石に寝すぎだ。ルズ、申し訳ない…。

「ありがとう、ルズ。助かったよ。」

 そう俺が言うとルズはニッと笑った。その笑顔は俺のイブツに怯えきった心を癒してくれるようだった。


「シルマ、あなたイコーラ商会の護衛人なの?」


 ──〈イコーラ商会〉、ここイコーラの街の経済を大きく握っている大商会。イコーラの街が出来た時から存在し、多くの商人がここに属している。

 イコーラ商会には公認の護衛人が存在し、商会の商人が外へ売り物の収集へ赴く際などに、優先的に護衛に着くことができる。俺もこの商会の公認護衛人だ。


「ああ、そうだよ。それがどうかしたのか?」

「あのイブツと戦ったのよね?」

「うん、そうだけど」

「武器はどうしたの?」

「武器は…弓と石剣だったよ。普通の店売りのヤツ。まあ壊れちゃったけど──」

「それ!ホント!?」

 ルズが急に前のめりになって大声を出した。どうしたんだ急に……。

 疑問に思っているとルズは小声でブツブツと何かを言い始めた。どうやら何かを考え込んでいるらしい。

「おーい、ルズさーん?どうしたんだー?」

 ルズの顔の前で手をブンブンと降る。

「あ、あぁ。ごめんごめん。ちょっと考え事してた」

 小声で考え事をするのが癖なのだろうか。ルズは少し顔を赤らめて椅子に座り直す。


「ねえシルマ。あなた護衛人の仕事はどうして始めたの?」

「ん?いや、特にこれといった理由はないよ。親が護衛人だったからその流れで俺も護衛人になったんだ」

「流れって……護衛人になるには試験をパスしないといけなかったわよね?確か」

「そうだけど……親が試験の事をよく教えてくれたし、試験自体も大したことなかったよ」

「そうなの、良いご両親ね。今ご両親は?」

「あの人たちなら今、護衛で何処かに行ってるよ。昔っから長期の護衛はよくあってね。そのうち帰ってくるんじゃないかなあ」

「そうなのね……」

「急にどうしたのさ、ルズ」

「いや、ちょっとね」

 またもや小声で考え事を始めるルズ。今日初めて話す相手だが、こうなると長くなるというのはわかるようになった。


 ──そういえば、ここまであまり疑問に思わなかったけど、俺を助けてくれたのはルズなんだよな……。つまり、あのイブツを倒したのはルズって事だよな……。でも、品のよさが漂うこの女性があの怪物を簡単に倒したとはとても思えない。

 一体どうやってアレを倒したんだ……?俺なんか、眼を破壊するだけで精一杯だったのに……。

 考えてもらちがあかない。ここは直接本人に聞いてみよう。


「あのさ、ルズ」

 考え事をしていた彼女は、呼ばれて顔を上げた。

「なに?シルマ」

「ルズはさ…どうやってあのイブツを倒したんだ?あんなに凶暴で強い奴を」

「あぁ、それはね…」

 言葉が止まる。何か言いにくいことでもあったのだろうか。

 シルマが心配しているとルズは「よし!」と一呼吸置いて姿勢を正しシルマへと向き合った。


「ねえ、シルマ。もし、あなたが良ければなんだけど……」

「私と一緒に、ラトリオットへ来ない?」

「…ラトリオット?冒険者ギルドの?」

「いいえ、冒険者ギルドとしてのラトリオットではなく……」

「イブツ対抗組織としてのラトリオットよ」

「──改めて、自己紹介するわね。」

「私はルズ。イブツ対抗組織ラトリオットの──」

「──騎士よ」


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