第6話 始まった感情(さつきの場合)

あの日、カズくんの友だちだということで紹介された陽介くんという男の子。

私はあの子とどこかで会った気がする。

でも、どうしてもモヤがかかったようにそれが何時のことだったのか思い出せない。

あの子も私のことを見て、何か思い出したような顔をしていたけど、あの日あの子は終始ボーっとして、そのことについて私に話しかけてくることはなかった。


休み明けの2011年5月6日(金)。この日はGW明けではあるが、ボランティア活動で学校に許可を受けて地元を離れている人以外、ズル休みで学校に来ないという言う人はほとんどいなかった。そこは流石のお嬢様高ともいうべきだが、未だに「ごきげんよう」という挨拶には少し抵抗がある。


教室に行くと、いくつかの机で集団ができていた。こういうところは年齢がどんなに上がっても変わることはない。各集団にはなんとなく色みたいなものがあって、同じような人たちで構成されている。


私はというと、集団に属するのが苦手なので自分の席で好きな小説を読んでいるのが朝の過ごし方だ。


昼休みになると、机を移動させてランチタイムが始まった。私は購買に行って惣菜パンを買いに行った。すると後ろから自分を呼ぶ声が聞こえた。


「おーい、さつきちゃ~ん。久しぶり!」


この前のカラオケで仲良くなった堤 なでしこさんが元気よく走ってきた。お嬢様高の中でこの子もかなり異色な子だ。でも、誰にでも明るく話しかけて、スポーツ万能ということもあり、クラスでは人気者らしい。


「こんにちは、堤さん。堤さんも購買?」

「もー、なでしこでいいよ。今日はお母さんが親戚の家に行ってるからお昼はお弁当抜きだったんだ。購買って初めてだから楽しみ!」

「そうなんだ。私は毎回購買だから、そういう新鮮さはもうないけど、結構品ぞろえはいいよ。この前はスイーツサンドも入荷してたし、女の子が好きそうなメニューも多いから」


しばらく歩くと購買部の前に到着した。この学校では弁当持参の子が多いのだが、今日は連休明けの日もあってなのか、少しいつもより人数が多い。


「私、もう買うもの決まってるからなでしこさん、ゆっくり選んで」

「うん!ありがとう!そうだ、さつきちゃん、買ったら一緒にお昼食べよう!」

「私は良いけど・・・。なでしこさんは良いの?お友だち待ってるんじゃない?」

「今日はみんなボランティア活動で学校に来てないから、1人お昼なんだ。1人で食べるのは侘しいし、もっとさつきちゃんともお話ししたいし、どうかな?」

「分かった。じゃあ、中庭のベンチ前で集合でいいかな?」

「了解です!」


私はいつも通りのメニューで卵焼きサンドと野菜ジュースを選んで、先に中庭に向かった。ここは日当たりが少し悪いこともあってか、あまり人が集まらない。なので、学校内では意外と穴場の場所になっていたりする。私にとっては学校で静かに過ごすことができる数少ない場所だ。


「さつきちゃん。お待たせ!結構待った?」

「ううん、大丈夫。ここどうぞ。少しベンチが冷たいからハンカチとか引いた方が良いよ」

「ありがとう。さつきちゃん、それだけで足りるの?」

「私はこれで大丈夫。なでしこちゃんは一杯買ったね。お腹空いてた?」

「うん?私、これでも少ない方だよ。惣菜パン、種類多くて迷っちゃったから今回は厳選したものだけにしたんだ。他のはまた別の日に買うことにする」

「そうなんだ・・・。お昼休み終わっちゃうから早く食べよう」

「うん!」


なでしこさんの袋の中は惣菜パンが4つ入っていた。それもかなりボリューム感がある4つだ。でも、食べているなでしこさんは本当に幸せそうな顔をしていたのでそんなことはすぐに気にならなくなった。


「そういえば、この前はカラオケ楽しかったね。みんな歌うの上手だから、びっくりしちゃった」

「なでしこさんも上手だったよ。私はあんまり歌知らないから小さい頃に聞いた曲しか歌わなかったけど、今度はもう少し勉強してから行くことにする」

「いいんだよ。カラオケなんだし、気楽で。私もほとんど、みんなの歌に乗っかってただけだし」


この前カズくんに誘ってもらったカラオケは実は行くこと自体が初めてだった。だけど、高校生にもなったことだし、色んなことを知りたいとも思って、挑戦も兼ねて行くことにしたのだ。


「それにしてもあの時は女の子がもう1人いてくれて良かったよ。流石に男の子2人の中に女の子1人は私でも緊張したからさ。陽介も事前に言ってくれれば良いのに」

「私も当日は少しホッとした。カズくんには事前に聞いてたけど、最悪男子だけの中に私しか女の子いないんじゃないかと思ってたから」

「そうなんだ。そういえば、あの時の陽介、何か感じが変だったな。いつもはもう少し明るいはずなのに、あの時はいつにも増してテンション低かったというか・・・」

「もしかして、私が悪いことでもしちゃったのかな?何か、目線も中々合わせてもらえなかったし・・・」


あの時の彼は明らかに私を避けているようだった。初対面の人ということもあったので指摘できなかったが、何だかあまり気分が良いものではなかった。


「大丈夫、大丈夫。さつきちゃんは何も悪いことしてないよ。それに陽介が人を嫌いになるときはもっとしゃべってくるからさ」

「どういうこと?」

「陽介曰く、嫌いな人とはこれ以上話すことはないってことにしたいらしくて、その人が次話しかけてきた時に、適当に返答しても会話が成立するように予想できる答えを準備するために情報収集をするんだってさ。だから、あいつが無口な時は意外と機嫌が良い時なんだ」

「なんか性格悪そうだね・・・彼」

「まぁ、あまり友好的ではないかな。だからカズミンはかなりレアなケースなんだよ。陽介とあそこまで仲良くなった人って中々いないからさ」


それを聞いて安心したが、それでも何だか面倒な人とカズくんは仲良くなってしまったな。なでしこさんは良い人だけど、櫻井という人はこれから付き合っていくのに少しコツがいるかもしれない。お昼を食べ終えて、なでしこさんと話しているとカズくんからメールが来た。学校にいるときにメールが来るのは珍しい。


『件名:放課後の予定

さつき、お疲れさん。この前のカラオケで紹介した陽介って分かるか?

あいつがさつきにどうしても会って聞きたいことがあるらしいんだが、今日の放課後って空いてるか?』


あの人が私に?気にはなったが、まずは横にいるなでしこさんに相談することにした。


「なでしこさん、カズくんからのメールで櫻井さんが私に聞きたいことがあるらしいんだけど、心当たりある?」

「陽介が?これまたかなり珍しいな。あいつがここまで人に興味を持つなんて。でも、ごめん。私にも分かんないや」

「そっか・・・。どうしようかな?」

「私も付いて行こうか?今日と明日は部活で行けないから、日曜日にどうって連絡してみたら?とどのつまり、会わないことにはこれは解決しそうにないし」

「そうしてくれると助かるかも。正直避ける理由はこっちにもないから返事に困るし、私も少し気になることがあるからさ」

「気になること?そうなんだ・・・。うん、分かった」


なでしこさんは最後は少し歯切れが悪そうな返事をしていたけれど、とりあえず、なでしこさんの言う通り、日曜日には会えるという返信をした。


私も彼と会えば、このモヤのような気持ちが晴れるかもしれない。これからの高校生活を充実したものにするために気になることは早めに解決しておきたい。

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鏡面の恋人 平和島宏 @world-vita

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