8.エピローグ
生きている限り、存在している限り、誰にでも等しく朝は訪れる。
今日は、昨晩の天気とは一転して、すっきりとした快晴だった。
だが、そんな空模様とは反対に、俺の心はの中は、暗く、淀んでいた。起き上がろうという気さえ起きず、この日俺は、この町に引っ越してきて初めて、朝食をカップラーメンで済ました。
やっとの思いで洗濯物を干し終えた頃、俺のスマホから、聞きなれない音楽が鳴りだした。それが、無料通話アプリではなく、スマホ本来の電話の着信音だと気づくのに、少しばかり時間がかかった。
電話は、小柳さんからだった。俺は、その要件を想像して身構える。
「はい、もしもし」
『も、もしもし……遠山君!』
小柳さんが、慌てたように早口で言葉を並べる。
『妹が……優香がっ!』
俺は、次に伝えられるであろう不幸を受け入れるまいと、強く目を瞑った。
『優香が……目を、目を覚ましたわ!』
「…………え?」
あまりに予想外の言葉に、気が抜けた声になってしまった。
「え、今……なんて?」
『だ か らっ、妹が目を覚ましたのよ!』
「本当かっ!!」
『そう何度も言ってるでしょう』
「今から向かう!」
『あ、ちょっと待っ……』
俺は通話を切ると、すぐに外出の用意を始めた。というのも、未だにパジャマ姿だったからだ。
着替えを済ますと、すぐに玄関から飛び出した。
昨日の公園の脇を走り抜け、大通りに出る。大学附属病院行きのバスは反対車線だ。こんな時は横断歩道を渡るための信号待ちですらもどかしい。
バス停に到着すると、運よくものの数分でバスがやってきた。俺は、切らした息を整えながら、早足でそのバスに乗り込む。
目的のバス停に到着すると、あらかじめ計算しておいた小銭と整理券を運賃箱に投げこみ、駆け出す。さすがに建物内は歩いたが。
ここに来るのも何度目か……俺は、迷うことなく病室棟二階の最奥の部屋、小柳優香の病室へとたどり着いた。俺は、そのままの勢いで病室の扉を開ける。
バンッ
「ユウちゃんっ!」
しかし、その部屋に人は居らず、布団はもぬけの殻だった。開いた窓から吹く風で、カーテンがひらひらと揺れている。
「あ、あれ?」
俺がどこに行ったのだろうと思い、部屋の中に足を踏み入れようとした時、背後からドタドタと騒がしい足音が聞こえた。そして、俺が振り返るより早く、俺の背中にバッと重みがのしかかる。
「秋斗さんっ!」
その聞きなれた声そして、確かに感じる彼女の体温と感触に、俺は思わず涙をこぼした。
END
幽愛の夜想曲 祥音奏 @Sachioto_Kana
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