7.夜想曲
「__っ! クソッ、どこに行ったんだ……?」
外はもう真っ暗で、しかも雨が降っていた。電灯の明かりだけが頼りだ。
もしかしたらちょっと遊びに出かけただけかもしれない。すぐに帰ってくるかもしれない。そういう考えもあった。だが俺は、どうしようもない焦りと胸騒ぎを感じていた。
大学や小学校など、近所をしらみつぶしに探しているが、なかなか見つからない。そもそも近所に居るという確証も、行く先の手がかりもない。
ふと、昨日の会話を思い出す。
『あの子ね、幼稚園の時に家出をしたことがあるの』
____そうだ、あそこなら!
***
滑り台の下で一人、膝を抱え込む。外は雨が降っている。その不規則な音さえ今は心地いい。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。私は、すっかり透け始めた体をぼんやりと眺める。理由はもちろん分かっている、あの日買った不気味な本のおまじないを実行してしまったからだろう。それが成功なのか失敗なのかはわからないが、現に今、私はこうして幽霊として存在している。
いつかこんな風にここに隠れていたことがあったっけ。小学校に上がる姉と一緒に居たい一心で、どうにもならないことに不満を持って……ふふっ、今思い出すと恥ずかしくて顔を隠さずにはいられない。あの時もお姉ちゃんが私を見つけて、救い出してくれた。今でもはっきりと覚えている。
「見つけた。こんなところで何をしているんだ?」
そう、こんな風に……え?
「どう……して」
「まさか本当にここに居るとはな。話を聞いておいて正解だった」
「あ、秋斗さん!? ななな、なんで?」
「お前が突然いなくなるから……探しに来たんだよ」
彼はそう言って顔をそむけた。
「それで、どうしたんだ?」
***
ユウちゃんは俺に、自分が幽霊となってしまうまでの経緯を話してくれた。変わってしまった姉のこと、古本屋で見つけた本のこと。そして、興味本位でその本に書かれていたことを試してしまったこと。
俺は、彼女の話を最後まで黙って聞いていた。
「幽霊になってからのことは、よく思い出せないんです。まるで自分が自分じゃないみたいに、ただひたすら闇の中を彷徨っているみたいな感じで……そんな時に秋斗さん。あなたに出会ったんです。その時に世界が、光を取り戻したみたいに明るくなって、ようやく人間としての自分に戻れたんです」
ユウちゃんとの出会いは俺がここに越してきた三月のことだった。「いわくつき」の話は聞いていたので、多少怖くはあったものの、来るなら来いやくらいの気持ちで引っ越しに臨んでいた。
地方の雪国からの移動だったため、なかなかの長旅になってしまった。幸い、引っ越し業者に頼んで大きな荷物は先に移してあったため、後は荷物を片付けるだけだ。
「はああ、いくら新幹線とは言え、ずっと座っていると疲れるな……」
一通りかたずけを終え、最後に一番奥の部屋の掃除に取り掛かろうとした時、俺は、聞こえるはずのない声を聞いた。
「お……ちゃん……って?」
その声は、静かにしていても聞き取りづらいほど小さかった。
「出たな……」
そう呟いて俺は、声の主が居るであろう押し入れを思いっ切り開けた。すると、その中に居た少女が、眩しそうに瞬く。
「げっ」
「き……」
「……き?」
「きゃーーー!」
………………そう考えると、光を取り戻したって言うのは、超久しぶりに光を見たからなのでは? 俺は、当時の情景を思い出しながら思った。
「その時から私の時間は、もう一度動き始めたんだと思います」
「そうだったのか」
それなら、俺が来る前は何も食べたり飲んだりしなくても大丈夫だったわけも、なんとなく理解できる。
「私は、お姉ちゃんに笑顔になって欲しかった! 昔みたいにいっぱいじゃなくてもいいんです、一人でも、気の合う友達ができて、また昔みたいに笑ってくれたらって!」
ユウちゃんはそう叫ぶと、今度は声を弱めて、「でも……」と続けた。
「私は、結局……またお姉ちゃんに迷惑をかけて、また悲しませて」
彼女は、しょんぼりと肩を落としてしまった。俺は、耐えられなくなって口を開く。
「……そのおまじない、失敗したわけじゃないと思うぜ」
「…………え?」
「これ、俺が言うようなことじゃないと思うけどさ。お姉さんと俺は……友達だ。だからお姉さんは一人じゃない」
「でも、お姉ちゃんはあんなにつらそうな顔してた!」
「それは……」
「私が元気になったら……笑ってくれたのかな」
俺はハッとして、声を荒げる。いつもより透き通った体。彼女に何が起こっているのか、想像はつく。でも、そんなこと認めたくなかった。
「そ、そんなの、今からでも遅くない! 元の体に戻って……」
「ダメなんです! もう……遅いんです」
「え……?」
「その本にこんなことが書いてありました。『あまりに長く肉体から離れてしまった霊は、やがて元に戻ることができなくなり、実際の死を迎える』って」
ぽつりぽつりと降る雨と吹き抜ける夜風が、ゆったりとしたリズムとなって、俺の心を映し、奏でる。
「それじゃあ、やっぱり……ッ!」
「はい……なんとなく、分かるんです。自分がもう長くないって……もうすぐ、お別れだって」
彼女の体はどんどん透明度を増していく。心なしか彼女の体を、淡い光がぽうっと包み込んでいるような気がした。ユウちゃんは涙を振り切って、いっぱいの笑顔を作る。
「これで……お別れです。短い間でしたが、お世話になりました」
「おい、待てっ!」
そう叫んで伸ばした手もすり抜けてしまう。
「たくさんわがまま言ってごめんなさい。秋斗さんといる毎日は本当に楽しかったです」
やめろよ……それじゃ、まるでっ
「お姉ちゃんのこと、よろしくお願いします。これからも仲良くしてあげてくださいね」
「っ! ……当たり前だ! だから、お前も!」
その姿は見分けられないくらいに透き通っていて、もう言葉も聞き取りづらくなってしまった。
「今まで、ありがとうございました。秋斗さん____大好きですっ!」
彼女はその言葉を最後に、跡形もなく……消えた。
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