独占欲の発露

 玄関を開けて二人一緒に中に入る。

 優姫さんは店からずっと手を放してくれなかった。別に嫌ではなかったけれど普段はそこまでしないので少し戸惑っていた。

 優姫さんを見ると少し俯いて、心ここにあらずという感じの表情だった。


「優姫さん、どこか具合でも悪いんですか?」

「大丈夫だよ?」

「でも……」

「いいから、早く」


 優姫さんは僕の手を引っ張ってリビングへと向かっていく。心なしかその動きは焦っているように見えた。

 そのままソファまで引っ張られ、並んで座る。


「どうしたんですか? 今日はちょっと様子がおかしいですよ?」

「そ、そうかな?」

「ちょっと甘えたというか、僕がいなくならないか不安みたいな行動をずっとしてますよ?」


 すると優姫さんは僕の肩に頭を預けて、距離を近づけてきた。


「……そうかもしれない」

「僕はどこにも行きませんよ。行ったとしてもちゃんと帰ってきます」

「うん」


 優姫さんは目を閉じてやっと優しい表情を浮かべてくれた。

 どこにも行かない、この言葉に嘘はない。絶対に僕の心は優姫さんから揺るがない。これだけは断言できるし、今更優姫さんとはなれることは考えられない。

 そう思うと自然と笑みがこぼれた。


「何かおかしい?」

「僕は優姫さんのことが本当に大好きなんだって再確認しました」

「……あんまり恥ずかしいこと言わないで」

「ごめんなさい」

「もう……」


 優姫さんは頬を赤らめて目線を逸らしてしまった。怒ってしまっただろうか。いきなり言うのはちょっと良くなかったかな。


「それでお願いは何ですか?」

「……遼くんはいつも私の気持ちを察して先回りしてくれるから、もう充分だよ」

「そうですか? 今ならどんなお願いでも聞きますよ?」

「本当に何でも?」

「あ、その、あんまりお金がかかるものはちょっと……」


 一応バイトをしているとはいえまだお金は入っていない。別に貯金もあるのだがそれも取っておきたい理由があるので……。

 優姫さんは口に手を当てて真剣に考えている。


「優姫さん? ちょっと考え過ぎじゃないですか?」

「大丈夫、決まった。いい?」

「どうぞ?」

「『私の独占欲を受け止めてください』でどう?」

「……いいですよ」


 頷くしかない。こんなに可愛いことを言ってくれるのだ。遠回しに僕のことを独占したいと言われているのだ。嬉しくないはずがない。


「じゃあ、言ってもいい?」

「いいですよ」


 すると優姫さんの腕が僕の左腕に絡みついてきた。そして耳元に顔を近づけてくる。


「私以外の子とは親しくしないで欲しいな」


 スイッチが切り替わったように低い声が聞こえてきた。一瞬で背筋が凍り付いて冷や汗をかきそうだ。


「それは……」

「わかってる、でもせめて私の前ではやめて欲しい」

「善処します」


 多分優姫さんは今、思っていることをそのまま口に出しているのだろう。普段は我慢している反動でここまで欲が溜まってしまったのだろう。


「あともっと私に構って欲しいな。遼くんバイトで夜にならないと帰ってこないし、帰ってきても疲れてるみたいだし。私はもっと抱きしめたりして欲しいの」


 掴まれていない右腕を優姫さんの背中に回して抱き寄せる。するとちょうど鎖骨のあたりに優姫さんの顔がうずまってさらに距離が近く感じられる。


「今日はこれで許してください」

「明日もやってよ?」

「はい。あと、今日の優姫さんは素直で好きですよ」

「むう……茶化さないでよ」

「ごめんなさい」

「……次が最後ね」

「わかりました」


 息を呑んで次の言葉を待つ。さっきから心臓の音がうるさい。もしかしたら優姫さんにも聞こえているのかもしれない。


「血もらってもいい?」

「いいですよ」


 優姫さんは僕の首に噛みついた。久々の痛みに顔をしかめてしまう。でも辛くはなかった。嬉しい痛みだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

吸血鬼だって普通の女の子なんだよ? 2 赤崎シアン @shian_altosax

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ