まさにてんてこ舞い 4
やっとことで五時になった。
先輩たちにいじられながら働くのは体力と精神力を同時に削られるのでもうしたくない。それが二時間続いた。つまりすごく疲れている。早くベッドで眠りたい。
「……それでは、僕はこれで上がります……」
「はいよ、お疲れさん」
「お疲れ様」
厨房の脇を抜けて従業員室に入り、ロッカーを開け、一旦椅子に座る。
あ~、疲れた。もうこんな思いは御免だ。二度としたくない。
まあ、先輩たちも大人だから明日まで引きずったりはしないと思う。そう思いたい。
制服を脱いでロッカーに掛け、私服に着替えていく。
結局優姫さんがここに来た理由はわからなかった。というか聞き出せなかった。
優姫さんは最初に注文を取った後、本を取り出してしまい、飲み物が切れた時にしか動かなかった。
その様子を仕事をしながら窺っていたのだが特に怪しい動きは見られなかった。
シャツの裾を直し、リュックを背負ってロッカーを閉める。
裏口を開けて外に出る。大分日は傾いているがまだ暑い。しかもここは排気口の隣なので尚更暑い。
そこを走り抜けて入り口に回り、扉を開ける。涼しい。
先輩が寄ってきてしまったので口に人差し指を当てて『静かに』とジェスチャーする。
すると先輩はにやりと笑って大人しく下がってくれた。
これは明日もいじられるかもしれないな……。
ゆっくりと優姫さんの席まで歩いていき、向かいの席に座る。
「遅い……」
優姫さんは本から目を離さずに小さく呟いた。
「すみません」
「知ってる? レディを待たせちゃダメなの」
「でもそれは――」
優姫さんに睨まれ口を噤む。細かいことを言うな、ということだろう。
自業自得だろうがそういうルールだ。世の中男性が損するようにできているのだ。割り切って諦めよう。
「それでお姫様は何をお望みで?」
「早く帰ろう」
「それでいいんですか?」
「お願いは別。帰るのが先」
「じゃあ帰りましょう」
席を立って伝票を取ろうとして手が空を掴む。一瞬先に優姫さんがとったようだ。
「自分のくらい払います」
「さいですか」
ここは素直に引き下がっておく。変に意地になっても引けなくなるだけだ。
会計は先輩がやってくれた。会計中は普段通りだったが、終わって優姫さんが振り向いたときに声に出さずに「おしあわせに」と言われたので無視しておいた。
言われなくても幸せになりますよーだ。それよりも……
「優姫さん」
「何?」
「手繋がないとダメですか?」
「繋ぎたくないんですか?」
「いや、そういうわけではないんですが……」
優姫さんが僕の手を掴む力を強めた。離す気はないみたいですね。
「じゃあ繋いでる」
「わかりました」
きっと寂しかったんだと思う。目の前にいたのに二時間もお預けにされていたのもあるだろう。ぴったりと隙間を無くすように肩を合わせて並んでいるのもそのせいだろう。
「帰ったらどうします?」
「お願い、ちゃんと聞いてくれればいい」
「それだけでいいんですか?」
「うん」
それで優姫さんがいいならいいか。僕としてはもう一個くらいお願いをしてくれたほうが安心できるんだけど。優姫さんにも考えがあるんだろう。何が来るのか予想して楽しむとしますか。
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