まさにてんてこ舞い 3

「……彼女です」

「え? 彼女って付き合ってる彼女?」

「はい……」


 この店の場所は伝えてあったけど本当に来るとは思っていなかった。

 ましてや昼過ぎののんびりした時間帯を狙ってくるなんて何か考えているとしか思えない。


「すごい美人さんね」

「あんまり驚いてないんですね」

「まあ、島村くんならこれくらいでもおかしくはないよね」

「何がです?」

「レベルが違ったってことよ」


 レベルってなんだ? わからないことを考えても仕方ない。無視だ。


「それで?」

「それで? とは?」

「どうして彼女さんがここに?」


 なんだか先輩がただの恋バナ好きの女子大生にしか見えなくなってきたぞ……。


「今日は彼女の友人と遊んでくるって言ってたんですけどね……」

「なるほど、友達より彼氏を選んだってことね」

「いや、それは」


 流石にないだろう。あるとしても藤崎先輩のほうに用事ができた、とかだろう。

 家に帰ればずっと顔を合わせていられるのだし寂しかったってこともないと思う。

 優姫さんのことだからちょっとちょっかいを出したくなったとかだと思う。


 するとモニターに十一番と表示され、軽い電子音が店内に響いた。


「はい、彼女さんでしょ。いってらっしゃい」

「……はい」


 渋々頷いて端末を手に取って優姫さんの席に向かう。


 優姫さんはなぜかちょっと不機嫌そうだ。口をとがらせて足を伸ばしている。

 お客と店員の関係でいてくれるといいんだけど……。


「お待たせしました」

「注文いいですか?」

「はい」


 端末を開いて、そこに目線を落とす。これで少しは気まずくなくなるだろう。


「ティラミスとアイスの盛り合わせとドリンクバーで」

「……かしこまりました。ドリンクバーはあちらにございます。ごゆっくりどうぞ」


 急ぎ目に一礼して足早に退散――できなかった。

 制服の裾を掴まれて微かな抵抗が腕に伝わり、息が止まった。

 錆びたロボットのようにグググと音を立てて振り向く。


「バイト、何時まで?」

「今日は……五時までです」

「待ってるから一緒に帰ろうね?」


 優姫さん、その上目遣いはどこで習ったんですか? 優姫さんがやるとあざとさが全くないので、ものすごい破壊力なんですけど……。


「……わかりました」


 抱きしめたい衝動を抑え込んで首だけを縦に動かす。すると優姫さんの不機嫌そうな顔が崩れて笑顔になる。


「――っ!」


 その目線で笑うのはダメだって! 男子なら誰でも一目惚れしちゃうって!

 慌てて目を逸らし、今度こそ足早に退散した。


 休憩スペースの壁に背中を預けて大きく息を吐く。

 優姫さんのあれは反則だ。大袈裟かもしれないが、もしかしたら全人類が惚れてしまうかもしれない。


「おやおや、新入りくん。そんなに顔を赤くしてどうしたんだね?」

「大越さんもさっきの話聞いてましたよね」

「なるほど彼女があまりにも可愛いから照れちゃったのか。初心だねぇ」

「…………」


 確かにその通りなので何も言えない。ここで口を開けばどこかで墓穴を掘ってしまいそうな気もする。

 だから黙るが正解。


「あの子嫉妬するでしょ」

「しますね」

「島村くんはそれが可愛いと思ってしまうわけだ」

「…………」

「新入り、また顔が赤くなったぞ」

「いいわね、青春」

「俺も戻りてぇな」

「島村くん。愛されてるわね……」

「ズルいぞ! 新入り!」


 しばらくこの調子でいじられ続けた。顔が熱くなりすぎて頭の中が茹でられているようだった。


 神様、僕が何をしたというのですか?

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