まさにてんてこ舞い 2

 僕がバイトで働いているこの店は全国展開しているファミレスのチェーン店のひとつだ。

 一度こういう大手で働いてみるといい、と父さんも言っていた。大手なら給料も時間も安心できるとも。

 確かに安心なのだが、少し問題もある。


「バイトくん! 注文よろしく!」

「はい!」


「島村くん、片付け急いで」

「わかりました!」


「新入り! 料理持ってけ!」

「はい!」


 という具合に忙しい時間はとことん忙しいのだ。止まる暇もない。ずっと歩き回っている。

 中学時代は陸上で長距離をやっていたので体力には自信があったのだが、全く別の筋肉を使うようで次の日には腕が筋肉痛になった。


 そんな忙しい時間も過ぎてお客も大分減ってきた。

 スーツの人や家族連れはかなり減って、反対にカップルや友人同士などの客が増えている。

 こうなると注文は減って、お客の回転率も落ちるので僕ら従業員は楽できる。


「島村くん、大分慣れてきたね」


 お客からは見えないところで休んでいると先輩が声をかけてきた。昼も話しかけてきた女の先輩だ。


「はい、おかげさまで」

「そう、それは良かった」


 先輩が僕の前で立ち止まり、正面から僕を睨んでくる。身長差があまりないので優姫さんよりも迫力がある。


「なんですか?」

「昼言ってたあれよ」

「あれ、とは?」

「君の彼女さんのこと。お姉さんに教えなさい?」


 お姉さんって、確かに見た目としては若いしお姉さんって感じだけれども。普通自分で言うか?

 それでも迫力はあるので質が悪い。無意識のうちに一歩たじろいでしまった。


「教えません」

「どうして?」

「どうしてでもです」

「……黒髪ロング、私より少し小さめ、年上、かな?」

「えっ」


 先輩が意地の悪い笑みを浮かべる。まるで悪魔だ。

 その表情があまりに優姫さんに似ているのでびっくりしてまた一歩引いてしまう。

 しかも先輩の言った特徴は優姫さんと一致する。どういうことだ?


「後ろ、新しいお客さんだよ」


 後ろを振り返るとお客さんが一人、店に入ってくるところだった。

 見たところ女性のようだ。


 くそ、いいように使われたみたいだ。

 先輩を一睨みして、お客さんの応対に向かう。


「いらっしゃいませ。一名様です、か……?」

「はい」


 礼をして顔を上げるとその女性と目が合った。

 瞬間、背筋が固まり冷や汗が垂れそうになる。

 どうしてここにいるんだ? 今日は藤崎先輩と遊びに行くって言ってなかったっけ?

 いや、何にしても今は客と店員だ。切り替えろ、切り替えろ……。


「……空いているお好きな席へどうぞ」

「はい」


 がちがちに固まっている体を無理やり動かしてお客さんを通すジェスチャーをする。


 彼女は席に座るとメニュー越しに僕を観察するように目だけを出してこちらを覗いてきた。すごく怪しい。

 その視線から急いで逃れるためにさっきの休憩場所に足早に戻る。ここからなら視線は途切れる。


「どうしたの? 知り合い?」

「先輩、さっき言った特徴って――」

「入ってきたお客さんの特徴をそのまま言っただけだよ?」

「そういうことですか……」


 道理で似ているわけだ。すごく焦った。噂をすれば影が差すを体験するとは思わなかった。


「それで、さっきのは知り合い?」

「……彼女です」


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