桜舞い散る # 原子力少女【 百目奇譚 三叉路 】

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 雨が降っていた、しとしととじとじとと、四月にしては生暖かすぎる雨の日、土の腐った匂いが立ち上がる、空は鉛色に低くのしかかる。散った桜の花びらがアスファルトにこびりつく。


「 鎌チョさん 」

「 なんだよ海乃 しょうも無い話なら聞かねぇぞ 」

 移動中の車中で海乃大洋うみのたいよう鎌丁政道かまひのとまさみちに話かける。

 鎌チョと言うのは鎌丁の愛称みたいなものだ、2人はオカルト雑誌百目奇譚ひゃくめきたんのカメラマンと記者である。カメラマンの海乃は黒のつなぎを着ており身長175ほどで少し長めのパーマヘアの20代半ばのイケメンモデル風である。一方の鎌丁は身長170前後でヨレヨレのハーフコートを羽織った伸び過ぎたボサボサ頭40手前のいかにも雑誌記者と言った感じだ、小綺麗にすればかなりの男前にも見えそうなのだが。目つきだけはやたら鋭い。

「 鎌チョさんって百目はどんくらい長いんっスか 」

「 なんだそれ 俺は殿さまに引っ張られて来たから15年くらいかなぁ 」

「 班長はもっと長いんでしょ 」

「 はっはぁぁん そっちか 」

「 なッ なんっスか 」

 2人の会話に出てきた殿さまとは殿崎とのさき編集長で班長とは副編集長兼記者の三刀小夜みとうさやのことである。

「 まあいい そんなこと三刀に直接聞きゃいいだろ 」

「 班長 この手の話すると煙に巻くんスよ 」

「 あれでも女子だ 年齢に関わる話はしたくねぇんだろう 察してやれよ 」

「 いやいや 班長に限ってそれは無いっス 」

「 やっぱそう思うか てかお前何にも知らないんだな 百目はトリオイの娘と三刀が作った会社だぞ 」

「 えッ そうなんスか トリオイの娘さんって亡くなられたんスよね 」

「 ああ なんかスゲェ女だったらしいぞ 都市伝説どころか神話レベルの話がわんさか残ってる 暇な時に調べてみるといい 面白いぞ 三刀とは親友だって話だ 死んだ時の三刀の落ち込みようは見てられんかったらしい 」

「 そうなんスか 」

「 なんだ 慰めてやりたかったか 」

「 なに言ってんスか 」

「 お前 月夜つくよちゃんにはまだ会った事ないのか 」

「 誰ですそれ 」

「 トリオイの跡取りだ 死んだ母親に瓜二つらしくて超可愛いぞ 時々編集部に遊びに来るんだが海乃が入ったから三刀が遠ざけてんのかもな 」

「 なんで俺から遠ざけるんっス 」

「 お前 顔だけは一丁前にイケメンだからな 」

 ちなみに鎌丁がトリオイと言っているのはトリオイ製薬株式会社で雑誌百目奇譚を発行する百目堂書房はトリオイ製薬現会長である鳥迫秀一とりさこひでいちが経営する別会社である。トリオイ製薬とその関連会社の発行物を手掛けるのが百目堂書房の主な業務内容であり百目奇譚はどちらかというとオマケ的な感がある。

「 ところで鎌チョさん 今日は何の取材ですか 」

「 海乃 お前なぁ 取材内容くらい事前にチェックしとけよ 」

「 いやいや 鎌チョさんと班長は単独行動多過ぎてわかりませんって 班長なんか3日前から行方不明なんスからね 」

「 今日はロボット工学の異端児道ノ端拓実みちのばたたくみ教授に取材だよ 」





「 これはこれはようこそおいでくださいました 私 道ノ端です 」

「 いやいや お忙しいのにウチみたいな雑誌の取材を受けて下さって恐縮です 私は記者の鎌丁でこいつはカメラマンの海乃です 」

「 まあおかけ下さい いやね 小難しいサイエンス誌とかそう言うのばかりに些かうんざりしてたんですよ 」

「 そりゃ小難しい事やってるんですからそうなるでしょう 」

「 そうなんですけどね でもまさかオカルト誌の取材が来るなんて夢のようだ 」

「 意外ですね オカルトに興味あるんですか 」

「 僕はどちらかと言うとそっち側が原点なんですよ まあオカルトと言うよりはSFなんですけどね 」

「 そうなんですか 」

「 だからなんでも聞いて下さい 」

「 では あまりお時間を取らせるわけにはいきませんので単刀直入に ズバリ ロボット工学の未来とは 」

「 ストレートですね ちょうどいい 」

 そう言うと道ノ端は席を外した、戻って来た時には手にシャーレを持っていた。

「 これを見て下さい 」

「 なんスかこれ 写真撮ってもいいです 」

 シャーレを覗き込みながら海乃が問う、シャーレの中には指先ほどの赤いレバーのような物があった。わずかに動いているように思える。

「 いいですよ フラッシュは焚かないでくださいね それは生体ロボットです 」

「 これがロボットなんスか 」

「 そうです まだそのサイズが限界ですが これからです 」

「 こりゃ驚いた でもロボット工学と言うより生命医学に見えるんですが 」

「 鋭いですね鎌丁さん じゃあ考えてみて下さい 例えば地球から何万光年も離れた惑星に探査ロボットを送り出すとします そのロボットの条件とは 」

「 自律して活動出来ること ですか 」

「 まあそうなりますよね いわゆる高度なAI搭載型 」

「 あと壊れないこと 」

「 それは無理です 惑星探査を長期間とするなら必ず壊れます 」

「 じゃあ壊れても自から修理する機能ですか 」

「 そうですね 自己修復能力は重要です しかし駆動部の消耗と劣化は避けられないでしょうね その内動かなくなる 」

「 それなら新しい個体を作り出す機能ですか 」

「 そうです 長期間惑星探査を行うなら新たな個体を現地で製造していく必要があります しかもその星の環境に順応したね 」

「 なかなかハードル高いですねぇ 」

「 でもね 高度なAIを搭載し自己修復能力を持ち更に環境に順応した新しい個体を生み出していく これって何かに似ていませんか 」

「 我々 ですか 」

「 さすがです 自律型のロボットを突き詰めてゆくとどうしても私達に行き着くんです こんな事 他では流石に言えないんですが 私は私達自身が何者かによってこの星に送り込まれた惑星探査ユニットだと思っています それが私の研究の原点なんです 」

「 なんかもの凄い話ですね どちらかと言うと我々が扱うネタなんですが付いて行けない もしそうなら私たち探査ユニットの最終的な目的はなんだと思います 」

「 神になること 」

「 神ですか 」

「 はい 新しい探査ユニットを創り出し宇宙に送り出す それは新たな命の創造に等しい まさに神のみぞ成せる業です 」

「 じゃあ私たちの神は今どこにいると思います 」

「 もういないでしょう 何万光年彼方です 我々がこの地に辿り着く前に終わっていると思います 」

「 なら我々も神になった時にはすでにいなくなってると 」

「 はい そうやって命は宇宙に繋がってゆくのだと私は思っています 」

「 道ノ端教授はある意味真理にもっとも近づいた人間なのかもしれない で 具体的に生体ロボットは完成するのですか 」

「 私が生きてるウチは無理でしょうね あと何百年かはかかるでしょう でも自己修復能力をもった自律型ロボットまでは私の手でなんとかしたいと思ってます 」

「 実際どの辺まで進んでいるんです 」

「 まだまだ不完全ですがAIはかなりいい感じです ボディに上手く生体ロボットが組み込めればいけると思います ただ動力源が 原子力ユニットを使用したいんですが国から認可が下りないんですよ 」

「 原子力ユニットと言うのは 」

「 小型炉心です 理論上は確立してるんですが 非核三原則のこの国では流石に難しいです 」

「 ロボットの体内で原子力発電を行うのですか 」

「 発電ではありません エネルギーの生成です 自己完結しないと自律型の意味がありませんからね 」

「 エネルギーは自身の体内で作り出す まさに命ですね しかし安全性は 」

「 もちろん100ではありません なんとか80まではもっていきたいんですが いまのところ60というとこかな 」

「 それじゃあ許可はおりないでしょ 」

「 そのために実用試験に踏み切りたいんですけどね 危険と失敗を犯さなければ成功へは辿りつけません 我々はそうやって進歩してきた 」

「 そうなのでしょうが話が核となるとやはり 特に被爆国のこの国では 」

「 ですよね 秘密裏に行うか受け入れてくれる国を探すか悩みどころです 」

「 それは困りますよ 道ノ端教授の流出は国の大損失に他ならない 」

「 冗談ですよ鎌丁さん そうだお2人にお見せしたいものがある 」

 そう言って席を立った道ノ端に海乃と鎌丁が案内された部屋には、人体の頭部があった、いや違う、ロボットの頭部だ。

 マネキン人間の頭部のように見えるそれは女性の顔をしていた、肌は白く作り物であるとすぐわかる、毛髪は青く紙を1センチ幅に切ったような形状の集合体で形成されている。

「 まだマスコミには公開してませんので写真はご遠慮下さい 」

 道ノ端の言葉に海乃はゴクリと頷く。

 頭部から下にはいくつもの配線やらチューブやらが束になって伸びている、その下はがらんどうの人間の骨格に近い物があり所々シリンダーや機械類が取り付けられて線が伸びている。

 道ノ端が後ろに回り込みなにやらやっていたのだが、しばらくすると機械の駆動音が聞こえ始めた。

「 心配しないでください 原子力じゃ無いですから 」

「 人型なんですねぇ しかも女性に見える 」

 視線を離せないままの鎌丁が問い掛ける。

「 はい やっぱりロボットのロマンは美少女でしょう 準備が出来ました 起動しますよ 」

 道ノ端は備え付けてあるタブレットPCのタッチパネルを操作する。

「 おはようサクラ 」

「 おはようございます博士 」

 俯いていたロボットの頭部がわずかに持ち上がり口から声が発せられた。その声はまさに人のものだった、滑らかに湿り気を帯びた少女の声だった。と同時に瞳もゆっくり開かれてゆく、瞳は人とは違い黒目の中には薄ピンクの光点が5つサクラの花びらのように緩やかに回転していた。開かれた瞳からは涙のように透明な液体が流れ出た。

「 紹介しよう これが僕の造った試作機サクラだ 」

「 感動ですね 皮膚はどうなってるんです 」

「 ナノセラミックファイバーと生体ロボットを編み上げてます 肌と言うより筋組織と一体化させてます 話してみていいですよ 」

「 こ こんにちは 」

「 こんにちは 鎌丁さん それから海乃さん 」

「 なんで俺たちの名前知ってるんスか 」

「 博士の部屋の監視モニターと直結しています 話は全部聞こえてました AIは常時稼働してます 」

「 感情はあるんですか 」

「 あなたたちの感情と呼ぶものはおそらくありません 考えることが出来るだけです 」

「 感情と言う物の定義がそもそも難しい ただ 悲しいと考えること うれしいと考えることは出来る 少し乱暴だがそれを感情と呼べないこともない 」

 道ノ端がサクラを補足する、まるで娘に助け船を出す父親のように。

「 海乃 お前なんか聞け 俺は緊張してムリっぽい 」

「 ンじゃあ サクラちゃんは何の花が好きっスか 」

「 桜の花が見てみたい 散り際の桜の花をこの目で直に見てみたいです 」






「 なんか凄い人でしたね鎌チョさん 俺感動っス 」

「 ありゃ本物の天才だな オマケに本物の変人だ 」

「 あれ本当にロボットが喋ってたんスか 俺 どっかで人が喋ってるんじゃあって疑ってしまいましたよ 」

「 そんなことして喜ぶヤツじゃねぇよあいつは しかしあっさりボロを出して拍子抜けだ 」

「 なんっス それ 」

「 実はな 海外の組織となんらかの取り引きをしてる可能性が高いんだ 道ノ端は 」

「 それってどうゆうことですか 」

「 ウランだ 自分で言ったろう 海外に亡命するか秘密裏に実験するしか手はないって 」

「 じゃあ道ノ端教授は闇でウランを入手して核実験かってにしてるんスか 」

「 あの手の学者は自分の研究のためなら悪魔にだって魂を売る 昔からの世の常だ 」

「 なんで隠してたんスか 」

「 お前 知ってたら顔に出んだろ 」

「 うわッ 信用0っスか 」

「 あたりめぇだ 」

「 で 百目ですっぱ抜くんスか 」

「 そのつもりだったんだがな あそこまで純粋に語られたらなぁ それにあのロボットを見ちまった 続きが見てみたいと思わねぇか海乃 」

「 鎌チョに猛烈に同意します 」

「 じゃあしばらくこの件は保留だ 誰にも喋るな 」

「 了解っス 」


「 甘いな 甘いんだよ鎌丁さん あなたは 」

 鎌丁と海乃の車中の会話をイヤホンで聞きながら道ノ端は呟いた。





 それから1カ月ほど後、ショッキングな事件が世を震撼させる。

 ロボット工学の権威 道ノ端拓実教授が自宅で他殺体で発見される。殺害現場には医療器具が持ち込まれており道ノ端教授は生きたまま後頭部から切開され脳を切除されて持ち去られたのだ、この国の天才の頭脳が本当に物理的に盗まれてしまったのだ。

 その後 刊行された百目奇譚臨時増刊号では最後のインタビューと共に道ノ端教授の追悼特集が組まれ、彼の研究の裏に潜む海外の組織の事件への関与を追跡する内容の記事も載っていた。





「 おい鎌チョ あんまり踏み込むな ヤツら何して来るかわからんぞ お前らしくない 」

「 わかってるよ 」

「 わかってないから言っているのだ どうした 」

 百目奇譚編集室で鎌丁に苦言を呈しているカーキのつなぎ姿の野獣系美人は同僚で副編集長でもある三刀小夜みとうさやである。

「 でもアイツらなんで道ノ端教授の脳なんて持ち去ったんスか そんなことして教授の頭脳が手に入るとでも思ってんスかねぇ 」

「 海乃 自分の知ってる事だけで物事を判断するな 道ノ端の脳は医療的な施術が行われ抜き取られている 意味もなくそんな面倒な事はしない 」

「 なんか怖いっスよ 」

「 今月に入って身元不明の外国人の惨殺体が4件も上がってる 無関係には思えんのだ 鎌チョ 何か掴んでるだろう 」

「 死体が組織の人間ってだけだ それ以外はなんもわからん 」

「 とにかく今は危険だ 動くな鎌チョ 」

「 へいへい わかってるよ三刀 愛してるぜ 」

 そう言いながら手をヒラヒラさせて鎌丁は編集室を出ていった。

「 バカが 」

「 鎌チョさん大丈夫っスかねぇ 」

「 場数は踏んでる ヤツは鎌首の鎌チョだ 狙った獲物は逃さんさ それが裏目に出なければいいんだがな 」






 雨が降っていた。

 また雨だ。

 しょぼ降る雨のなか、鎌丁政道はビニール傘をさし足早に歩いていた。背後で微かに聞き慣れない外国語が聞こえた気がする。ミスったか、つけられている、鎌丁の脳内で警告が鳴り響く。雨のせいで人はまばらだ、少し先に地下鉄の入り口が見える、そこに潜り込めさえすれば、が、前から2人組の外国人が歩いてくる、目があった、間違いない。

 鎌丁はビニール傘を捨て脇道に走り込む、ちらりと振り向くと4人の外国人が追って来る。そのまま路地へと入って行く、人通りに出なければ、なのに選択肢は裏ばかりだ。追い込まれている、狐のように。

 気がつくと人気のない裏路地で挟まれていた。前後に2人ずつ、言葉が通じないなら話し合う余地は無い。


 昔、1度だけ酔った勢いで三刀小夜を口説いた事がある、忘れられない人がいるからとあっさり振られた、もう一度くらい口説いてみてもよかったかもしれない、そしたらもしかしたら。


 上から黄色い物がストンと落ちてきた、それは2人纏めて片手で壁に押し付けた。2人の男の首はあらぬ方向へひん曲がっていた。

 もう2人の男たちはなにやら言っている、顔を恐怖に引攣らせながら、神への祈りなのだろうか、黄色いそれは鎌丁の横をすり抜け2人をさっきと同じように壁へ押し付けた。


「 お久しぶりです鎌丁さん 」


 黄色いレインコートのフードの下には青い髪の少女がいた、その瞳には季節外れの桜の花びらが舞っていた。


「 完成していたのか 」


「 博士の脳を取り返します 手伝って頂けませんか 」






 その日を境に鎌丁政道は姿を消す。




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