第47話「蠢くモノ、再び」

「ドミニオン、使えそうかな?」

「こいつの性能があったからこそ、ダビデ」


 パゥアーを越える機体ではあるが、所謂「一品モノ」である新型機ドミニオン、その巨体を前にして。


「あなたをエルフ達から助けられたんじゃない、違う?」

「いや、違わない」

「ん、もう……」


 その前に居丈にと立つ、この五年間ですっかり成熟しきったアウローラのその色気に、まれにダビデはドキリとしてしまう。


「ダビデ」

「おう、オバサン」

「うるさいよ、最近あんた……」


 その反面、歳を取りすぎてしまったと言えるのがリーデイド、戦死したベオの姉、彼女の親友だった女である。


四柔可しじゅうか、やっぱりドミニオンには使えない?」

「だめだ、あのカラカラは」

「カラカラ、的を得た言葉ね」


 確かに意思を伝えるピトス「四柔可しじゅうか」はまるで大きな糸車のように見えるのは、むりもない。


「たとえ、エイトヘヴンに積んでも」

「駄目かしら、ベオのように使えない?」

「だめだ、こいつはあの王子さま専用のピトスだった……」


 何度も実験を試みたが、その効果を発揮できなくては単なる宝の持ち腐れだ。


 ビュオ……!!


「嫌な風だ……」

「そうだな、パルシーダ」


 いつの間にか彼らの近くまでやってきたパルシーダとディンハイドが、この。


「まるで、腐った霊力のような……」


 北から吹き付ける、このダマスカス基地がある砂漠に似つかわしくない風に対して、二人はその端整な顔を歪めながら。


「嫌な、風だ……」

「もうすぐ、紅い月の夜だしなあ」

「そうですな、王子」


 ドミニオンの巨体躯を見上げつつに、その肌を震わせた。




――――――




「紅い月、か……」


 どこか、どこか淋しげにそう呟きながら、ベアリーチェ王女は五年間に手に入れた。


「何か、気にくわない」


 卵型のピトスである戦利品を、そのアンズワースのコクピットの中でもてあそぶ。


「何か……」


 直感、それがどこか気にさわる、この「卵」を彼女の手から捨てさせない理由でもあるし、そして。


「月から……!?」


 異様な気配を、ベアリーチェは天にと昇っている月から感じ、警告の声を辺りへと放つ。


「なんだ、なんだ……?」


 その声に妹エリス達と共にカードゲームをしていたアレス、炎の悪魔がその顔をしかめる。


「何か、来るんだよ!!」

「だからなにがだ、お嬢ちゃん?」

「恐ろしい、何かが!!」


 切羽詰まったその声に、エルフ達の戦闘部隊も警戒を強め。


「ミーミルング、エンジンを入れます」

「急げ、レコーダ!!」


 PMにその火を点した、その時。


 バァ!!


「う、わぁ!!」

「エリス!!」


 天から赤黒い液体がベアリーチェ、悪魔達。


「と、溶ける!!」


 そして、エルフ部隊を覆い、その身を溶解させる。


「全機、上昇しろ!!」


 フゥオ!!


 ベールクトの技術を取り入れ、その性能を格段に上昇させたアンズワースが一気に天へと飛翔し、それに続いて悪魔、エルフのPMと。


「ベールクト、発進する!!」


 黒不死鳥隊に所属する女エースパイロットが、MB(マテリアル・バスター)を発進させた。


――我を崇めよ――

「くっ!!」

――我を――


 降り注いだ赤黒き泥、それが形を作り、一匹の巨大なクラゲのような物へと変幻をする。


――……崇めよ!!――

「うるせぇ!!」


 ゴゥ!!


 悪魔アレスがその口から吐きつける地獄の火炎、それに対してもその異形の生物は動きを緩めた様子はなく。


「はぁ!!」


 ベアリーチェ機アンズワース、改良されたその機体から放たれた。


 バァン!!


 激しい光を放つアルテミスの弓「礼光樹(れいこうじゅ)」に対しても、その異形は怯む様子はない。


「助けて、兄貴!!」

「エ、エリス!!」

「クラゲの触手が、あたしにまとわりついて!!」


 その攻撃が通用しないとならば、悪魔エリスの生半端な術などは無力に等しい。


 ビュオウ!!


「少しは効くか!?」

「いや、油断するなレコーダ!!」


 肩へと履いてある、昔なじみの黒刀は効果がないと思いつつ、エルフのレコーダ青年が放った。


「ベアリーチェ様から授かった、名誉の為に!!」


 僚機ベールクトの支援を受けながら撃たれた零刃昏邪映れいじしんやえいによる冷気は、少しはこの異形に通用した様子だ、しかし。


 ジュウ……!!


――我を崇めよ!!――


 その異形のクラゲ、その触手が周囲の悪魔、PMを捕らえはじめ、そして。


「がぁ!?」


 その捕らわれた機体、そして悪魔達が干からび始める光景を見やったベアリーチェは。


「ヴィーナス、こい!!」


 悪魔達の総大将「魔王ヴィーナス」へとその無線を差し向けた。


 バフゥ!!


 その隙をついたかどうかは不明ではあるが、ベアリーチェ機に向かって巨大な、マテリアル・シップ並の大きさがある「クラゲ」から放たれる、稲妻がアンズワースを打つ。


裏撫鮑花りぶほうかが一発でパンク寸前に!!」


 映像が乱れ飛ぶ計器類を睨み付けながら、ベアリーチェは再度、自身の手に持つ弓へとその力を込める。


「なんだ、あれは……?」

「おせぇよ、アポロン!!」

「悪かったな、脳筋!!」


 駆けつけてきた、悪魔一の頭脳を誇るとされる上級悪魔「アポロン」をもってしてもその異形の正体が解らないということは。


「悪魔を、越える存在……!?」


 戦闘中だというのに「卵」をその手でもてあそびながら、気を集中させているベアリーチェの。


「まさか、ね」

――我を崇めよ――

「うるさい!!」


 彼女の神経をささくれさせる目の前の存在。そのようなモノを見たときに。


「いくよ、化け物……!!」


「卵」こと英魔剣えいまけんは彼女の精神を、落ち着かせてくれるのだ。昔の悲惨な記憶を薄れさせてくれる良い人間からの「戦利品」なのだ。

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霊動甲冑戦記「ポイント・マテリアル」 早起き三文 @hayaoki_sanmon

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