春、枯れ逝く私と芽吹く悲劇にさようなら。

じんわりと染み渡る、劣情と愛情と恋情。
彼らは良くも悪くも他人同士だから、その距離感は近いようで遠い。

理解からは程遠い「どっちでもいい」という言葉は、優しいようで冷たいようで、それはまさしくこの季節に吹く春一番のようだ。

軽快な台詞回しは一つ一つが長くなりすぎず、短い言葉のやり取りがリアルな「会話」となって頭に入ってくる。

シチュエーションとしては少し非日常的で、でもそこから展開される物語は地に足のついた等身大の世界である。

はじめから終わりまで、ぽかぽかとしてふわふわとした心地よい時間が流れていて、読んでいる間はここが桜と桃に包まれたきらびやかな隔世であるかのように錯覚できる。

一つ気になるのが、二人は結局このあとどうなるんだろうという点。
惚れっぽい彼女は、心の穴を上手いこと埋めてくれた彼に恋をしてしまうけれど、それは吊り橋効果みたいなもので純粋な恋心とは少し違う気がする。

もしかしたら彼は彼女を「お客さん」として見ていたかもしれないし、あの関係性はチェックアウトと同時に終わる契約みたいなものかもしれない。

彼女は前を向き、出来るだけ真っ直ぐになるように歩かなければならない。
まるでその左右には地雷でも埋めてあるかのように、実際にはそこだってただの地面で、誰かが歩いた足跡だってあるかもしれない。

しかし社会は、世間は、他人は、真っ直ぐ歩くことを強要する。
それが何よりの凶器で、何よりの暴力で、何よりも残酷な脅迫であるのに、そうと気付かず叫び出す。

彼女はその善意を装った悪意から身を守れるのか、そこで彼は背中を押してくれるのか。

彼は彼で、「俺に固執せずに自由に生きろ」と告げるのか、「お前がそうしたいならそうすればいい」と受け入れるのか。

現実から隔離された一部屋は、ここから先どんな道を描き出すのだろう。
願わくば、双方にとって幸せであってほしい。

春は再誕の季節。裁断の季節。最愛の季節。
桜は咲いて散るけれど、彼らの物語はどうか枯れないでほしい。