バッドエンド症候群は治らない

ちびまるフォイ

あなたの不幸で救われる命がある

「バッドエンド症候群ですね」


「なんですかそれ」


「世界3大奇病のひとつです。

 バッドエンドを定期的に摂取しないと息ができなくなります。

 症状としてはアレルギーに近いですね」


「治す方法はないんですか?」



「な い で す」



「そんなきっぱり……」


「絶対に治す方法はありません」


「ここ耳鼻科ですよね」

「治りません」


医者が念押しするので仕方なく諦めることに。

しばらく歩いていると、徐々に気道がふさがれるように息が苦しくなる。


「くっ……! しまった! しょ、症状がっ……!」


カバンに持っていたバッドエンド展開の漫画を読み漁る。

主人公が悲劇的なラストをたどるのを見ると、心が安らいだ。


しだいに呼吸もだんだん落ち着いていく。


「はぁ……はぁ……危なかった……。

 なんかだんだん周期が短くなっている気がするな……」


危機感を覚えたので、家に帰ってからバッドエンドの映画や小説を調べた。

これでいつ発作が起きても大丈夫。


日常生活にはさして影響はないと思い、休日に彼女と映画館へ行くことに。


「私こっちがいい」


個人的にはアメコミヒーローの作品がよかったが、

彼女に押されるようにして漫画原作の恋愛映画を見ることに。


最初はなんでもなかったが、映画が佳境に入ってくるとどんどん息が苦しくなる。


「どうしたの?」


「いや、わからない……はぁっ……はぁっ……!

 ヒロインが結ばれそうになると思うと……息がっ……!!」


マンガを見ようにも暗くて読めない。

映画館なので電源落としているため、スマホでバッドエンド小説も読めない。


「ごめん、もう無理!!」


映画館を飛び出してロビーに戻ると、マンガを開いた。

しかし、読んでも読んでも症状はよくならない。


「ひゅーー……ひゅーー……」


鼻が詰まったようにのどからむなしい空気の音が聞こえてくる。

酸素が届かなくなって意識がもうろうとし始めたとき、迎えに彼女が駆け寄った。


「大丈夫!?」


と、ヒールで走ったために俺の目の前で思い切りコケた。

そのバッドエンドを見た瞬間に、一気に呼吸が軽くなった。


「最高のバッドエンドをありがとう!!」


俺はフラれた。



ふたたび病院に自分の症状を説明すると、医者は顔を横に振った。


「バッドエンド症候群は不治の病。

 しかも、がんのようにどんどん進行していくんです」


「それで周期が短くなったんですね。

 ますます本が手放せないや」


「いや、それだけじゃありません。

 薬に頼りすぎると、本来の免疫力が弱くなっていくのと同様に

 同じバッドエンド作品ばかりでは、症状の改善は鈍っていきます」


「そんな!? どうしてそんなことわかるんですか!?」


「医者ですから」

「耳鼻科のな」


とはいえ、この医者以外にバッドエンド症候群を知っている人もいない。

医者の言いつけ通り、たくさんのバッドエンド作品を調べた。


が。


「ぜ、全然ない……! バッドエンド少なすぎだろ!!」


恋愛映画は必ず好きな人と両想いになる。

ヒーローは必ず悪いものを倒す。

サバイバルは必ず誰かが生還する。


たとえ道中にどれだけ悲劇的で超ストレス展開だとしても

必ず最後に待っているのは、用意されたような幸せのエンディング。


「これじゃ全然よくならっ……げほげほっ!!」


バッドエンドなので、最後が不幸せでないと受け付けない。

道中が悪かっただけでは症状の改善はできない。


「どいつもこいつも……ハッピーエンドばかり……求めやがって……!」


息はだんだんと苦しくなる。

ストックしていたバッドエンド作品も効力が薄まっていく。ジリ貧だ。


「いったい……どうすれ……ばっ……」


息も絶え絶えになり、倒れかけたところで昔の同級生に出会った。


「おい、どうしたんだ? 大丈夫か!? 救急車呼ぶか!?」


「それより……なにか……バッドエンドを……」


「はぁ!? バッドエンド!?」


三途の川に肩までつかって100数え始めた俺の様子を見て、

同級生は質問をすっ飛ばして、自分の話を始めた。


「……ということがあったんだ」


「はぁ、はぁ、ありがとう! 本当にありがとう!!」


同級生の話はなんてことない日常のバッドエンドな話。

それでも症状を抑えるには新鮮なバッドエンドが必要だった。


「助かったよ。バッドエンドを摂取しないといけない体になってて……」


「こんな失敗談ならいくらでもあるぜ?」


「そうなのか。定期的に話聞かせてくれよ!」


「いや、それはめんどい」


「薄情者!!」


「諦めるとは言ってないだろ。 

 お前が話を聞きに行く必要はないようにすりゃいい」


「……え? どういうこと?」



 ・

 ・

 ・


友人の勧めもあり、俺は猛勉強の末に医者になった。

病院にはひっきりなしに患者がわいてくる。


「先生、わしの病気はなんですかのぅ……」


「これは、新種のガンですね」


「な、治す方法はないんですかのぅ!?」



「な い で す」



「でもほかのお医者さんは治療で治せると……」


「そいつらはヤブ医者です。

 高い金払わせて、あなたから金をむしろうという守銭奴です」


「はぁ……でも、先生は歯医者でしょう」


「治りません。歯がすべてを物語っています」


俺は患者に再度念押しした。


「いいですか、あなたはどうあがいても治らない不治の病。

 死の淵の最後まで余生を楽しんで、そして死ぬしかないんです」


「わかりました……」


患者は小さくなった背中で病室を去ろうとした。


「あ! 待ってください!」


「まだなにか?」




「お金はいらないんで病院には来てくださいね。

 そして、定期的にあなたの話を聞かせてください」



「わかりました。でも、わしが死ぬまでの人生を知ってどうするんですか……」


「過程を知っている方が、バッドエンドを楽しめるんですよ」


患者を見送ると、次の患者を呼んだ。

そして、いつもと同じセリフを告げた。




「あなたは不治の病です。だから毎回ここにきて話を聞かせてくださいね」



BAD END

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