最終話 ペス
今日は大学に来ている。久しぶりの大学だ。目を閉じると、カエデとの様々な思い出が思い起こされる。
「よう! 久しぶりだなヤマト」
館内で立ち止まっていると、見覚えのある男に話しかけられた。たしか同じサークルの……朝倉だったはずだ。
「お前最近全然大学来てなかったけど、どしたん?」
「朝倉。お前って下の名前なんだっけ」
「え? 道弘だけど……それが何?」
「道弘ね……。あ、悪い。俺この後授業入ってるから、またな」
「お、おう……」
俺は朝倉から離れ、トイレの個室に入った。
名前を書くところは誰にも見られてはいけないと気付いたからだ。
他にもぺスノートの所持者がいる以上、下手に動き回ると感づかれてしまう。
名前を書き終えトイレから出ると、朝倉はカエデに変わっていた。
「やあ、僕はペスだよ」
カエデは館内の学生に手当たり次第に声をかけている。俺はそれを見て、とても嬉しくなった。
「友達が増えるといいな、カエデ」
俺はカエデを黙って見守ることにして、館内を出た。
不思議といい気分だ。これが親心というやつなのだろうか。
ある日、俺はカエデを助ける良い方法を見つけた。街角アンケートだ。
アンケートと称して名前を聞きだし、それをペスノートに書く。
手間も少ないし、簡単に名前を聞き出すことができる。とても良い方法だった。
「やあ、僕はペスだよ」
ほら、彼もカエデになった。
カエデは何度でも俺の前に現れてくれる。
今では街のどこを見てもカエデがいる。
やっぱりカエデは優しい。俺の自慢の彼女だ。
「お伝えします。日本の全人口のうち、ペス病患者が7割を超えたことが今日明らかになりました。このままでは残り1年と持たず日本人総ペス化は避けられません――」
「カエデ、カエデ、カエデ!」
テレビから流れるニュースには目もくれず、俺はカエデの名を呼ぶ。
俺はカエデを助け続けた。
だが何かが足りない。決定的に何かが足りないのだ。
「カエデ、俺はどうすればいいんだ……っ!」
「やあ、僕はペスだよ」
カエデがそう言うのと同時に、机の上に置いていたぺスノートが床に落ちた。
衝撃でノートが広がり、真っ白なページが開かれる。
「……カエデ、まさか――俺もカエデになれって言ってるのか?」
「やあ、僕はペスだよ」
本当に良いのか? そう思ってしまう俺を、カエデは真っ直ぐ見つめ返してくれた。
カエデは俺に、もっとも近くでカエデを感じる権利を与えてくれたのだ。
「カエデ……。ありがとう。……俺もカエデになるよ」
「やあ、僕はペスだよ」
俺は震える手で自分の名前をペスノートに書いた。
これで、俺とカエデは本当に一つになれる。
温かいものが俺の頬を濡らした。
視界が暗転する。
「やあ、僕はペスだよ」
ぺスノート ~このノートに名前を書かれた人間はペス~ どらねこ @yukidaruma
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