第5話 天才
「クラウディオぉーっ!」
お調子者の同僚が泣きついてくる。
「俺さぁ、もうさぁ、ダメかも知んない! 今日外したらクビ! クビが飛ぶ!」
「お前なぁ」
「クラウディオ様ぁ! 助けてください! その天才的な頭脳を俺に分けてください! お願いします! お願い! お願い! お願いぃ!」
「だぁっ! うるさい! あとそれは無理!」
半ベソ状態のヘンドリックを自分の身から引き剝がし、ヘンドリックを座らせる。こうでもしないとこの馬鹿は落ち着きそうにない。
「クラウディオぉ……俺、もう無理。その頭脳を貸して?」
「だからぁ……そんなこと出来ないって」
ヘンドリックはなおも泣きベソをかいている。もういい歳の大人が情けない。ベソをかきながらもヘンドリックは口元の端でニヤリと笑ったような気がした。
嫌な予感しかしない。
「だよなぁ、クラウディオが予言外すってことは『稀代の予言者と言われ大学院を歴代最年少で卒業した天才様』でも外すほどの異常事態ってことだもんなぁ」
「お前な」
「クラウディオぉっ! でも俺は死にたくないぃ」
「クビになったって死ぬことはないだろ。あと、僕はその異名が嫌で嫌で堪らないってことをお前知っているよな? 今度それを言ったらお前を本当にクビにする」
「クビ?」
「……首だけにしてやるから覚悟しとけ」
ヒェッ、と悲鳴が上がる。
やれやれ。あの時はいつもの調子でふっかけてきやがったからスルーしてやったものを。慰めようとしたら相手を落とそうとする、本当にどうしようもないやつだ。
確かに彼はそう呼ばれている。
だから、業績は底辺よりもむしろ頂点に近い。天才、そう呼ばれている所以は昔の因果が原因に他ならない。
「それより、もう帰るよ」
「早いな。なんか用? あ、もしかして彼女?」
クラウディオは一瞬目を丸くした。
「あっ……いや、最近女の子が居候して」
「おおっー! さすが天才様は手が早いですねぇー! 可愛い!? 可愛いのか!」
「そんなんじゃないって。ただ他に行くところないみたいだから家にいるだけ。あと……天才って呼ぶな」
あれから彼女――ヴィーラはクラウディオの家に居候している。彼女は国を出たものの、行く当ては全くなかった。
あの時、何があったのか。振り返ってみよう。
そのために時間を戻そう。
――ほら、草むらから出てください。クラウディオ。
彼女はふと振り返った。透き通るような瞳は真っ直ぐこっちを見ていた。彼女の美しさは化け物じみている。
「気付いていたのか」多分、誤魔化しは効かない。
「はい。もう止めても無駄でしょうから、唄に乗せて、私の身に何があったのか歌い上げてしまいました」
クラウディオもそうだが、彼女もなかなかいい性格をしている。度胸というか、誰かに有無を言わせない信念がある。
「君は」
多分、この疑問は正しい。
「僕と同じだな」
「はい。あの国から逃げたのです。あの両国は戦争が終わっても、和解条約を結んだとしても、何も変わることはなかった。どこか忌み嫌い合う、そんなどうしようもない二国でしたから」
どうしようもない。本当にそうだ。
「……僕は魔法国で生まれた」今度は嘘じゃない。
ヴィーラはそっと目を閉じた。
「あの国に生まれたのは僕にとっての最大の不幸だった。戦争の終わり、僕は両親と共にエンバールに向かって逃げていた。追っ手は王国軍。両親はそこで幼い僕をかばって死んだ」
「あの国で生まれたからこそ、私達がなんなのか分かったのですね」
「あぁ、あの国では魔力の無いものは人以下の扱いを受ける。だから、あの国は工学国と仲が悪い。魔法と科学だなんて仲が悪い同士の典型文みたいなものだ」
「魔力を検知出来なければ、あの国で生きていくことは難しいですから。だから、貴方には魔力のあるもの、無いもの、ヒトではないもの、ヒトであるものの検知が出来る。ですよね? ……唯一、出来る予言だけを頼って生きてきたクラウディオさん」
あぁ、ヴィーラの言う通りだ。残されたのはこの予言能力だけ。未来を予言し、見通す、この能力だけ。天才と言われようと全くもって嬉しくない。
「もしかして……私が来ることさえも予言できていましたか……?」
クラウディオはヴィーラのそのおどおどした口調に思わず吹き出してしまった。そんな雰囲気ではなかったのに。
「まさか。僕はこの能力が嫌いなんだよ? プライベートで使うわけがないじゃないか」
居場所がないのなら、気がすむまでここにいればいいよ、とクラウディオはヴィーラに伝えた。ヴィーラもそれに同意した。だから二人はここにいる。暗い過去を持ちながら未来を見通す予言者の彼と、樹木のようなツノに食べると不老不死になる果実が実る彼女は、互いに同じ因果を持ってこのエンバールにいる。
「クラウディオ、明日雨が降るみたいだけど」
「あれ。ヘンドリックは一日中晴れるって言っていたのに」
あいつはもうクビだな、と出来の悪い同僚を哀れに思う。助けてやってもいいが、自分の的中率は工学も使うが少し魔法も使うのだ。自分には魔力が無いから、ちょっと隣国から仕入れた魔法石やそれらの類を使うのだが、それがバレると自分が魔法国の出身なのに魔力が無いということに気づかれてしまう。それが厄介なのだ。
「それより、クラウディオ」
「なんだい? ヴィーラ」
「貴方の予言によると、魔法国の進撃はあと何日くらいになるかしら」
魔力が無いのは生まれつきだ。それをカバーするためには何でもしてきた。それが今の結果なのだ。
「……四日経ったらこの国を出よう」
トランクバッグは昨日用意したから。雨が降ろうが、槍が降ろうと。君を恋い慕うあまり死ぬとしても。
君となら僕はどんな場所でも行けるよ。
END
明日の天気は槍の雨 虎渓理紗 @risakuro_9608
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