第4話 唄

 目を覚ましたのは夜中だった。

 クラウディオはヴィーラを家に泊めることにして、彼女も了承した。しかし、助けてもらうばかりも悪いので今晩だけやっかいになると言い、少々遠慮深い。追われている者としてこれ以上迷惑をかけられない、そんな心理も働いているのだろう。出来合いのディナーを食べた後、すぐにヴィーラは用意したベッドの上で寝てしまった。クラウディオは彼女に『この家にはベッドが一つしかない』ということは隠して、ソファの上で毛布を被って寝た。ここで遠慮されても困る。ここは黙って寝る方がいいと思ったからだ。

「……あれ」

 二階のベッドにヴィーラは寝ているはずだった。

「こんな時間なのに」ベッドの上は空だった。

 こんな夜更けなのに、何故。彼女がいたはずの布団がめくれ、その中には誰もいなかった。窓から月の光が注ぎ、ぼんやりと辺りを照らしている。

 その光しか外を照らすものはない。

「ヴィーラ……」

 一体何処に。

 クラウディオは玄関に鍵をかけるのも忘れ、外に飛び出していた。意識的にではなく無意識のうちに足は動き、石畳の道を歩き、気づくと家の近くにある林の前に来ていた。

 どうしてこんなところに、と自分でも思う。対した理由じゃない。何故だかここに彼女がいるような気がした。

 それだけだ。

 昼間はさほど深くもない林だが、今は真っ暗な深夜。僅かな月の明かりしか今は頼るものがない。木々はその頼りすらも隠し、段々と、段々と暗くなる。

「はぁはぁはぁ……」

 息が上がってきた。だが、そこに彼女はいた。いや、彼女だったと言った方がいいだろう。彼女の姿は寝る前に見た彼女よりもずっと綺麗だった。

 澄んだ湖畔のような遠くまで響く声。

 紛れもなく彼女の声だった。 


 ◆◇◆◇◆


 嗚呼

 彼方の宇宙そら

 青々と茂る木々よ

 愛らしく笑う花々よ


 我に力を与え給え

 我は貴方たちの守護霊

 我に恋し従うのなら


 その意思を

 その頼みを

 我が守り与えよう


 決して裏切るな

 決して忘るるな


 それはとても綺麗な唄だった。その唄もさることながら、その声を発する彼女が纏うベールもドレスも雪のように真っ白で美しい。彼女の頭から生えているツノのような樹木には葡萄やら、林檎やら、洋梨がぶら下がっていた。それがキラキラと輝いている。

 クラウディオはヴィーラに気づかれないように、草むらに隠れた。唄の続きが気になったからでもあるが、しばらく彼女が歌うのを聞いていたかったのだ。


 何のためにここに来たの

 貴方は聞くの

 私が答えるわけない

 私だって知らないよ


 あの国で私は邪魔なだけ

 貴方が追い出された理由と同じ

 余計なものを排他する

 あの国は怖い


 仲間が殺される

 目の前で居なくなる

 もう耐えきれないの

 逃げても追ってくる


 あの国に私はいれないの

 更に遠くに行くの

 戦火はこの国にも来る

 あの国は私を追いかけるから


 何のために戦争を?

 私が知れたら苦労しないわ

 私の力が欲しいのなら

 私を捕らえてしまえばいいのに


 不老不死になる果実なら

 私はいくらでもくれてやる

 あの村の生き残りの私

 行く場所なんて何処にもない


 貴方は気付いているの?

 貴方はいつまで私の唄を聴くの

 私は貴方に気付いている

 ほら、草むらから出てちょうだい

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