第3話 隠し事
ゆっくりと真っ白い湯気が立ち上る。
「落ち着いたか?」
「えぇ、まぁ」
「なら話してくれないか? 名前は聞いたが、君がなぜここに来たのか気になるんだ」
「話せば長くなります」
「構わない。もう日暮れも過ぎてしまった。外は暗いから」
「……では、お話致します」
カップの中はまだ暖かい。クラウディオはココアを一口飲む。口の中いっぱいに甘い液体が流れ込む。
「まずは、私がこの国に来た理由を。貴方が知っているように私の国は隣国と戦争をしていました。互いに昔から仲が悪かったのもありますが、多分始まりはどんな些細なことでもよかったのです。相手を痛めつけ、領地を奪えればそれでよかったのです。私の村は王都からかなり離れたところにあり、戦争が始まってもほとんど影響がなかったから私達は戦争が始まったことすらも知りませんでした」
ヴィーラは語り始めた。
だが、ここからの話は彼女の『最初から最後まで全て話す』という思考が邪魔をしていらない話も多かった。だから、少し省いて分かりやすく要約することにする。
クラウディオの頭の中の整理にもなるだろう。
ヴィーラの話によると、工学国は魔法国に再び戦争を仕掛けるつもりだということ、ヴィーラは誰かに追われてここまで来たということ、ヴィーラを追っているやつはおそらく魔法国の反乱組織の一員だということを聞かされた。何よりクラウディオにとって聞き逃さなかったのはエンバールの天候不順の原因はどちらか片国が戦争を起こすための『ちょっとしたキッカケ』にするために起こしたことだということ。
「なるほど? その反乱組織に追われている」
「そうです」
「なんで追う? 僕には君が特別なようには見えない。そりゃ、君が人間じゃないのは分かっているけどさ……」
「――何故、私が人間ではないと思ったんですか」
ヴィーラの顔が急に険しくなった。しまった、人間ではない。それは思っていても言ってはいけない台詞だった。
「えっ、あのそれは……」
「確かに私はヒトではありません。ですが、ここに来るにあたって姿を変えてちゃんとヒトに見えるようにしたはずなんですが」
「あっ、いや……そんなこといいだろ」
「よくないです。何故ですか? 貴方に魔力は感じません。貴方はただの人間ですよね。なら、ヒトではないものがヒトに変装してそれがヒトではないと思える理由は――それはつまり」
「いいだろ! そんなことくらい!」
大声を上げたのは大人気なかった。ヴィーラはビクッと片を震わせ怯えた目をする。
「いいだろ……そんなことくらい」
「すみません。余計なことを言いました」
「いいんだ。君が言いかけたこと、多分合ってるよ。僕は昔から周りが見え過ぎるから」
「……それは不幸ですか」
「いや。僕の仕事は天気予言師だから。お陰で助かってる」
ヴィーラはクラウディオの言葉を二、三回ぶつぶつと呟いてようやく意味が理解できたようだった。
「なるほど、それは正しく天職ですね」
「君もそう思うかい?」
ちゃんと笑えたのか、少し自信がない。理由は分かっている。今の笑顔は本心からの笑顔ではなく、完全な作り笑いだと分かっているからだ。
気付くとカップの中身は空になっていた。クラウディオはおかわりを持ってこようと席を立った。
「あの」
「なに?」
この子の瞳は湖の水面のように澄んでいて、青く輝いている。直視されるとこっちが気恥ずかしくなってくるのだ。
「クラウディオさん、この国を急いで出てください」
「……どうして?」
「この国はキケンなんです。今すぐに出て行かないと……」
ヴィーラのただならぬ様子は分かる。さっきからココアを飲んだって、優しく声をかけたって、瞳の奥はいつも怯えている。彼女になにがあったのかは知らない。知りえない。でも、こうも思うのだ。
知りたいな、と。
「君は」
聞くことは罪だろうか。
「なんでそんなこと知っているんだ? 隣国のこと、やけに詳しいね」
ずっと思っていた。細かい情報までよく知っている。彼女が初めに言っていた『私の村は王都から離れたところにあった』と。それと国の上層部しか知りえないような情報は矛盾しているんじゃないか?
そして、それは図星だった。
「え!? あ……ええっと……街を歩いている人が話していた……から?」
下手くそな言い訳。街の人がそんなことを話していたら、今頃大パニックだろうに。
「それ、本当に信じるとでも思っているの?」
ヴィ―ラの顔を覗きこむと彼女は目を逸らした。
「……世の中には知らなくていいこともあるの……知らなくいい。知ったら知る前には戻れない。貴方も分かっているはず」
まぁ、そうだろう。クラウディオは深いため息を吐く。
「それ。……僕にとっては今更の話なんだけど」
そうでしょうね、ヴィーラは哀しげな目をして頷く。
本当に今更だ。
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