狂恋歌
玉鬘 えな
狂 恋 歌
たとえば孔雀が、
たとえば蜘蛛が、朝露きらめく
衝動と行動が相伴って幾ばくかの神秘を産み出すことが道理なのだとしたら。
「こんなこと……間違っている」
まだ覚めやらぬ暁天に
何故? と、僕は君を掻き抱きつつ覆いながら問う。
「何故だなどと……貴方にも、おわかりになるでしょう?」
さて……君が、父上の寵を
「……お
そうだね。だからこそ、こうして君のもとへ忍んでくることが可能になった。
普段の君は金屋、玉楼の奥深く、艶やかに
後宮の三千の佳麗に目もくれず、父は夜も朝も、君に夢中だからね。
「……かような仕打ち、お怨みいたします」
君の恨歌を甘んじて受けることでこの
「もうお帰りになってくださいませ。そしてどうか、ここへは二度と、おいでになりませぬよう……
何故? と僕は君の
「罪深いことです。これは、人の道に
罪深いこと、か。――だけどたとえば、君と僕の逢瀬が世の道理を乱しているというのなら、父と僕はどう違うの?
え? と君は艶かしくも白い首をもたげ、熱に潤む双眸で僕を見る。
僕はその温度に穿たれ君のこめかみを噛むように撫で上げて、その
生を育まない性は不必要で理に反する。もはや子を成すこともない老獪の王の欲の望むまま、子を成さない愛妾の身で体を捧げ続ける君には一体どんな価値があるというの?
「そういうことでは……ありません」
しなる蛇のように肢体を捩って僕の手から逃れた君が面伏せた。黒い髪がしとどに散って頬に肩に腕に降る。
僕はその下の、花貌を拝みたいとただ
「天なるお上を謀ることこそが、背徳行為だということです」
……そうかな。
顔を見せろ、その瞳を僕に注げと念じながら薄衣の下へと手を這わせ、
天にも等しいお上を裏切るという、それよりも前に、
理を曲げて宴は続く。現世はまるで掴むことのできない夢想のようだ。
「……お上は
美談だね、と僕は口許を歪めて嗤った。
なるほど君の忠愛とやらは理解した。父もさぞご充足されよう。
「ですから……」
――ところで、夜毎に君が
僕の
ようやく
君の両眼に僕が映る。
そうして僕だけを映し続けてこのまま時が静止すれば
――君が初めて、母が催す宴に現れた日のことを、今でも鮮烈に覚えているよ。
君の舞はまるで瑞雲のよう。その微笑みはまるで牡丹のよう。
君はあの場にいた総ての五感を惹き付け、あやしくも
あの日から、僕の心は君に釘付けだった。同様に、父の心もね。
それからの君は、宮中の宴に欠かせない存在となった。ほどなくして母が
……古い戯曲のような演出だな。所詮は何もかも嘘なんだ。嘘は、
「……何故……?」
わかるのさ。君のことなら何でも。
どこか悄然として戦慄く唇に引き寄せられるように吸い付いた。恍惚と蜜を貪る
そうだろう?
父も僕も君も、つきつめて何ものも産まないのだ。
そこに残るのは
耳障りの良い詩歌では決して吟じ得まい。
それは条理にあらず。道徳にあらず。――
六合に在り
君はまたしても、ああ、と悲鳴にも似た吐息を落とす。
「恐ろしいこと……」
――なに、案ずることはない。
顔を覆い尽くした雪枝のごとき指先を断として剥ぎ取り、震撼する瞳を敢然と見据えて僕は笑う。
そう。たとえ君の身体から放たれる精が僕と同じ種のものだったとしても。
赤血と白濁にまみれてその雄々しい胸を悶えさせていたとしても。
決して君を一人にはするまい。
道に背を向けて堕ちていく時も、
煉獄の淵までも、常に君と共にあらんことを。
――だから今は、いっそ無心にこの泡沫の夢に溺れ尽くしていればいい。
そう言って僕は、またしても打ち震えている君の丹花の蜜を貪った。
了
狂恋歌 玉鬘 えな @ena_tamakazura
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