後編

お姫さまは戦場いくさばとなっていた国のはずれへとたどり着き、あらゆる場所を探しつくしましたが、若者と再び会うことは、かないませんでした。

そしてある場所で、悲しみのあまり泣き続けました。

涙があふれ、水たまりとなり、やがて大きな湖になりました。

お姫さまは自分の流した涙に溺れ、姿を消してしまいました。


湖の水は水蒸気となって天に昇り、やがて雲に変り、雨となって地上へと戻って来ました。

お姫さまの魂はいくつもの雨粒となって、このあたりに雨季をもたらしました。


お姫さまの雨粒は、あの若者のもとへも降り注ぎました。

深い山奥で討ち死にした若者の鎧兜が発見されたのは、しばらく後になってからでした。


雨はちょうど良い時に、ちょうど良い量で降り、いつまでも潤してくれました。

乾いた土地は、たちまち水を得て、豊かな恵みがもたらされました。

今まで田んぼも畑も少なくて、貧しかった国はだんだんと豊かになっていきました。


お姫様の涙でできた湖の周りは人が住めるようになり、この国はいつまでも栄えました。

湖の水面みなもは深い緑と濃い青が混ざった非常に美しい色あいでした。


姿を消したお姫さまと、人知れず山奥で無念の死を遂げた若武者を不憫ふびんに思った人々は、湖のほとりに慰霊碑を建てました。

二人の名前が刻まれた石碑は、今も故郷の国を見守り続けています。




とまあ、こんな言い伝えなんです。

まあ、他の土地でもよくありそうな話なんですけどね、このあたりの人はみんな、

今の自分たちがここでこうして暮らせるのは、姫さまのおかげだって、ありがたく思ってますよ。

ええ、私も同じです。こうして商売ができるんですから。


ひとつ不思議なのは、ここが山のど真ん中だってことです。

海の近くの湖なら、川の流れから海水が混ざって塩気のある水で出来上がってたりするって話を聞いたことがあります。


でもここの湖は、まわりに川も無いし、海なんかひと月歩いたってたどり着けないくらい遠いんです。

なのに、しょっぱいんですよ、水が。





現代では、その宿はおしゃれなペンションへと姿を変え、いつしかガイドブックで上位に上がるほどの人気を保っています。


湖の慰霊碑も、連日大賑わいの観光スポットになりました。

ペンションのオーナーからお姫様と若者の伝説を聞いた観光客が絶えず訪れています。


「すごい人だね」

「それだけ、相手の消息がわからずに悲しみや不安を抱えている人が多い、という

 ことよね」


湖はいつまでも、そのあまりにも美しい碧(あお)色のままで、そこにありました。




            【碧(あお)の伝説 完】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

碧(あお)の伝説 清水川涼華 @fairy-tale

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ