碧(あお)の伝説

清水川涼華

前編

あるひとりの旅人が、湖のほとりにつ宿の主人に聞いたお話です。



むかしむかし、ここは土地が非常に乾燥していて、人が農耕作業をして住めるような場所ではなかったらしいんですよ。

日照りが続いてめったに雨も降らないので、このあたりに住んでいた人々は皆貧しい暮らしを強いられていましてね。


しかしある時突然あの湖が出現したんです。

それからというもの、雨もちょうどいい具合に降ってくれるんで、田んぼや畑を切り開く人が集まって来ました。

湖の貝や魚も捕れますし、少しづつ資源にも恵まれるようになり、だんだんと今のような集落が自然と出来上がってきたわけなんです。


そして、ずいぶん後になってから、この湖ができたいきさつが言い伝えられるようになったんですがね…




この土地からずいぶん離れたところに小さなお城がありました。

お殿さまはとても優しい、立派な領主さまでした。環境に恵まれず、多くの領民が

生活に苦しんでいることに、大変心を痛めていました。

お殿さまと奥方さまにはひとりの美しいお姫さまがおりました。


お姫さまにはひそかに想う人がいました。

その人は家臣の一人で、幼なじみでした。

しかしお姫さまは遠く離れたところへお嫁入りが決まっていたので、その若者と一緒になることは許されませんでした。


ある時いくさが起きて、その若者も戦地へとおもむくことになりました。

「必ず帰ってまいります」

お姫さまにそう約束して、若者は出陣しました。


お姫さまは来る日も来る日も便りを待っていましたが、連絡は一向に来ません。

心配で心配で、お姫さまは毎日阿弥陀さまにお願いし続けました。

「どうかあの方が無事に帰ってこれますよう、お守り下さい」


その後、国は戦に勝利しましたが、その若者は帰って来ません。

戦の途中で味方とはぐれ、ずっと行方不明だというのです。

お殿さまは心配して、若者を捜すよう、家来たちに命じました。しかしどんなに手を尽くしても、彼の消息はわかりませんでした。


お姫さまは毎日嘆き悲しみ、食事も喉を通らず、みるみるうちにやせ細っていきました。


そうしているうちに、お姫様のお嫁入りの日がやってきました。

お支度のために侍女がお部屋へ行くと、そこにお姫さまはいませんでした。

そして両親への書き置きが残されていたのです。


「父上 母上

 親不幸な娘をどうかお許しください」


ただそれだけしか、書かれていませんでした。



お姫さまはいてもたってもいられず、彼のいた戦場いくさばへひとりで飛び出して行ったのでした。

身分も、地位も、これからの人生もすべて投げ打って、彼を探しに旅に出たのです。




             【後編へ続く】

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