第9話(完)
リーター王国について、馬車をおりてミフォーネ女王と別れた。見ず知らずのオレらを馬車に乗せてくれるなんて、本当にいい人だ。この国の人たちが幸せそうなのも、ミフォーネ女王が国を思って支えているからだよな。
「なくさないでね」
手紙を抱えるワムスに、前からのぞくようにアクシルは優しく言った。
「案ずるな。物持ちはいい」
ボリッツの騎士に見つかったら、また同じことになるかもしれない。懸念したミフォーネ女王は、自ら『ワムスの罪を問わないように』の手紙を書いてくれた。『なにかあったら、相手に手紙を見せろ』と。ワムスの危機におびえ続けることはなくなった。
「アクシルは平気ですか? 騎士に戻されたりしません?」
「僕の心のままに逃げたんだ。真っ向から伝えたら、相手も諦めてくれるよ」
意に介してないように笑うアクシルを、ワムスは珍しそうに見る。深い事情を知らないから、内心疑問だらけなのか? オレが言えることでもないし、なにもしない。
「ボリッツの騎士、聞き分けが悪そうだぜ。そう簡単に諦めるか?」
騎士としての実力は優れていそうだったアクシル。ボリッツの騎士にすることを諦めたくない人がいてもおかしくないか?
「拒否を続けるよ。僕、こう見えて粘着質なんだ。相手の話をけんもほろろにし続ける自信しかないよ。メンタルをビシバシにへし折ってあげる」
ストーカーをやっている時点で、どう見ても粘着質だろ。よぎった心も、口にはしない。
こうも笑顔で言われたら、オレもいつか被害をこうむるんじゃないかと背筋が寒くなる。敵に回したら、他の誰よりも怖い存在か? ワムスを泣かせたりしたら、墓までいたぶられかねない。気をつけよう。
「迷惑をかけて、すまなかった」
「本来の問題に戻るぜ」
『気にするな』と伝えるより早く、エシオンが話を切り出した。
「どこまで進んだのだ?」
「ワムスがとらえられたのに、進められるわけないだろ」
「そうであったのか。重ね重ねすまなかった」
今度こそ『気にするな』と言おうとしたら、ワムスの様子は思ったほど自責を感じているようには見えなかった。視線はちらちらとアクシルに動いている。ほのめかされる『事情』のほうが気になっているのか?
アクシルがどんな心情を抱えていたか、ワムスはまだ知らないんだよな。オレが言うことでもない。アクシル本人がちゃんと伝えるべきだ。
「見つけるべきはローブの人、ですか?」
「情報が少なすぎるぜ」
エシオンは現状を忌むように肩をすくめた。
現状では、少しの目撃情報しかない。これだけで正体をつきとめるのは、さすがに困難か?
「情報をもっと集めるしかないのかな」
「手分けして聞くか? 何時間後に集合って形で」
多く情報を集めるなら、分担するのが最適だろ。オレの提案に、エシオンは首を横に振った。
「バカめ。街中とはいえ、離れるのは危険だぜ」
オレの顔は割れているっぽい。エシオンの意見は正当だ。6人でいたら、近づく気配に誰かしらが気づける可能性はある。
6人で動かないといけないなんて、効率が悪い。でもこうするのが最善だよな。危険の可能性は少しでも減らしたい。
オレだけではなく、一緒に行動したパルたちが危険にさらされる可能性があるんだ。
リーター王国で情報収集を進めたら、ぽつりぽつりと目撃情報を得られた。正体に近づくまでの情報はつかめなくて。
ローブだけでなく、ワムスたちを襲った賊の情報も求めたけど、目撃証言以外は集められなかった。
アクシルが倒れていた建物も、賊のアジトではなかったらしい。一時的に使っていただけだったのか。
次は誰に聞こうかと動かす視線の先に、リーター王国の装備ともボリッツの装備とも違う騎士を見かけた。交換留学関係か?
別の土地の騎士に話を聞いたら、新しい情報がつかめるかもしれない。
「少し聞きたいんだけど、ここらで出る賊について知ってる?」
「いいえ。私はここの騎士ではありませんので、詳しくは知りません」
ボリッツとは違って、好感の持てる丁寧な対応だ。ボリッツの騎士全員があんな態度ではないだろうけど。
「賊が出る情報はあります。道中、お気をつけください」
騎士がこの程度の解釈なら、深刻な被害はないのか? 自国ではないから、詳細な情報を知らないだけ?
「どこの騎士なの?」
「私はスジョングという国の騎士です」
パルの質問で返された答えに、聞いたことがあるような感覚を覚えた。最近は様々な情報が乱れ打ちで、情報がうまくひっぱり出せない。
「オリティブの留学先?」
「彼女をご存じでしたか。そうですよ」
オレと違って、パルは記憶を掘り起こせたらしい。ようやくオレも思い出せた。おばさんから聞いたんだっけ? オリティブ本人からだっけ?
「彼女はとてもマジメで、好感と期待を持てました。リーター王国で信頼を得る騎士になっているようで、うれしく思います」
オリティブの留学関係の話をまっすぐ聞けないのか、アクシルは視線を地面に落としている。アクシルは、オリティブと会うことはなかったっけ。気まずさでさけたのか? オリティブには顔が割れていて、見られたくなかっただけ?
「勉強熱心で、すべてに真剣にとりくんでいました。野営料理は苦手でしたが。勉学にも励んで、歴史や地理、魔法や天体まで、幅広い本を手にして情報を吸収しておりました。新書から歴史の古い古書まで、城の書物はすべて読んだのではと思えるほどに」
ここまでの存在だから、ミフォーネ女王の信頼を得られたのか?
「そんなに本があるんだ」
「最高峰の蔵書数だと自負しております。残念ながら、一般には開放しておりませんが。街の図書館も劣らぬ蔵書なので、よろしければ遊びに来てください」
笑顔の騎士と別れを告げて、情報収集を再開した。
得られる情報はなくて、失なわれていく覇気に全員から言葉が消えていく。
「飽きた」
吐き捨てるように、空気を悪くしかねない言葉を投げた。
「そう言わないでよ。諦めなかったら、いつかシッポをつかめるよ」
励ますような笑みを向けるパルにも、疲れは隠せない。なれない土地でなれない作業。疲れるのは当然だ。
ローブの黒幕にたどりつけると思って始めた情報収集。
本当は、誰もが気づいていると思う。オレの身を案じて、口にしないだけだ。
「賊のボス、ローブと接触したんだろ? ボスを見つけて、吐かせたらいい」
「ローブで顔を隠していたなら、ボスに聞いても誰かまではつかめないのではないですか?」
顔はわからなくても、情報はつかめる。
「声や体型、口元くらいはわかるだろ? 少しだけでも情報は得られる」
黒幕につなげられるかは未知数だ。『小柄なローブ』としかわからない現状より、確実に進展はする。
「賊の情報も、そこまで集まらなかったよ?」
パルの声を無視して、街の外に早足で目指す。
「当てがあるの?」
「ある」
まっすぐ歩き続けるオレに、パルたちがついてくる。
絶対にパルに反対されるだろうけど、芽の出ない情報収集を続けるより早い。いつ来るかわからない襲撃を待つより、行動するほうが早い。
疑問の態度を無視して、リーター王国の外に出る。
リーター王国から満足な距離を置いた頃、首にあるペンダントをひっこぬいた。
「なにやってんの!?」
予想は当たって、猛反対の姿勢を見せたパル。パルの手がペンダントに伸びる。身長差を利用して、パルの手が届かない位置に動かす。
ワムスたちも、オレの行動に驚きを見せている。
「こんなことしたら、察知されるだけじゃん!」
「だからだよ」
顔が割れているなら、見つかったら襲撃される。つまり、見つからないと襲撃されない。
ペンダントがないと、特別な方法で察知される。つまり、視界にいなくても発見される。
「情報を集めるより、おびき寄せるが早い」
「正気ですか? 危険すぎます」
「離れてればいい。オレが片づければいいだけ」
いつか解決しないといけない問題なら、強引な手段を使ってでも。
「ともにすると決めたのだ。なにがあっても、離れはせぬ」
「別々の場所を警戒しようか」
驚きを消したアクシルも、気にしないように武器を構えた。
「手荒すぎるだろうよ。外しちまった以上は戻れないぜ」
エシオンはフードを外して、細めた目を向けて笑った。
「そう……ですね。これで終わりにできるように励みましょう」
レヴィも覚悟を決めたのか、不安にそまった顔を決意に変える。
続けられる言葉を前に、パルの抵抗もゆるむ。外した以上、戻れない。エシオンの言葉が、パルの抵抗が無意味なのを表現する。
手のペンダントを、パルの首にかける。
「ケガは?」
あれこれあって、パルたちのケガを案ずる余裕がなかった。行動を起こす前に確認するべきだった。
「……もう平気」
ワムスに視線を移したら、平気と言うようにコクリとした。アクシルも点頭して、痛みがないのを伝えてくれる。
エシオンは様子を横目に、邪魔になったフードを口元にまいた。
ペンダントを握ったパルは、決意を伝えるように大きく点頭する。
それぞれが周囲を警戒して、少しした頃。
「来た」
エシオンの低い声が届いた。
武器を構え直して、エシオンの向くほうに体を向ける。こっちに駆け寄る姿があった。
素早くワムスが詠唱して、鋭い氷を作る。パルも矢をつがえて、対象に構えた。
こうしている間、近接攻撃しかできないオレはなにもできないのがもどかしい。対象に突撃する道もあるけど、弓や魔法の邪魔になる懸念がある。
パルの矢は対象の回避で外れたけど、ワムスの放った魔法が刺さった。相手の回避行動を読んだ上で、ワムスは放つタイミングを図ったのか?
魔法にひるんだ隙に、エシオンは球状の物体を投げた。ぶつかって煙を吐いた玉を前に、相手はガクガクとヒザをつく。エシオンは素早く駆け寄って、肘鉄を食らわせて相手を地にふせた。
「なにがあった?」
瞬間すぎて、理解が追いつかない。
「しびれ効果のある煙幕だと思います。作るのが大変で、常用はしていませんが」
オレが最初に襲撃された際も、煙で救ってくれた。似たような品か?
一瞬でひるんだ光景を見るに、強い威力がありそうだ。常用されたら、エシオンは最強に思える。効果が高いなら、貴重なんだろうな。
煙幕である以上、まきこむ懸念があってワムスたちを救う際に使えなかったのか? 使えていたら、賊を一網打尽にできたよな。
「エシオン、突撃して平気か?」
気づいた、重要なこと。
煙幕に突撃したら、自爆行為じゃないか?
「最初から煙幕を使うつもりだったのかな」
オレの心配をよそに、アクシルは冷静に光景を眺めている。他も慌てた様子は見せない。
改めて見て、気づいた。エシオンがフードをどこにつけたか。口元を隠すフードのおかげか、エシオンに悪い症状は見られない。
腹ばいに倒れた相手を、エシオンはしっかり拘束している。フードからあらわになった双眸は、相手を冷酷に眼下する。
「効果はすぐに霧散します。もう近づいても大丈夫ですよ」
エシオンも『大丈夫』を伝えるように、オレらに視線を送った。安全を証明するように誰よりも先に歩き出したレヴィに、オレたちも続く。パルは不安なのか、口元に手をそえていた。指摘する気も起きない。
距離を詰めても、悪い症状は出なかった。煙幕の効果は長続きしないらしい。体内に吸収されたら別なのか、エシオンの下にいる相手は暴れることはない。数の不利を悟っての無抵抗の可能性もあるか。
「賊のボスか?」
質問したオレをにらむだけで、相手は口を割ろうとしない。
「言わないなら、どうすっかな」
エシオンは相手の耳に武器をつけた。刃先は完全に肌に接触している。少し動かすだけで傷はまぬがれない。
「……そうだよ」
損失の危機におびえたのか、悔しげに口を割った。
「誰の命令なの?」
「そこからバレてんのかよ」
パルの問いに、舌打ちまじりに吐き捨てた。命令で動いたと裏づけられた。
エシオンの武器が動いて、耳に接触しかける。察した相手が、身をよじりそうになる。アクシルが拘束に加わって、抵抗はできないまま終わった。
「女だよ! もういいだろ!」
「ローブがあったのに、性別が特定できたと?」
脅すように低くなったエシオンの声と同時に、武器を持つ手を不安定に小さく揺らされる。既に何回か接触して、皮膚に傷程度は負わせたかもしれない。
正直、見ていて気分のいい光景ではない。情報収集のためには、情は見せられない。相手から有益な情報を得られるように、オレも冷酷に静観する。
「……声でわかった! それだけだ!」
エシオンは、顔の横の地面に武器を鋭く刺した。自身の間近の鋭利に、相手は両目を見開く。
臆しそうになった内情を殺して、眼下に見る。パル程度はビビったかもしれないけど、気は払わない。相手に威圧を与えることに徹する。
「ローブで変装までする相手が、女と見破れる声のまま挑んだってか?」
言われたら、そうかもしれない。正体を明かしたくないなら、声も性別がわからないように作るはず。
声をある程度変えられるなら、男なのに女のような声を出して誤認させる方法もあるか?
どちらにしろ、声だけで『ローブの正体は女だった』って確定情報にはできない。
「ウソを吐くなら、もっと勉強してからにしな。こっちには尋問の方法はいくらでもあるぜ? 古今東西、あらゆる尋問を試してやろうか?」
仲間のオレすらひく狂気をまとったエシオンに、相手はひどく目を泳がせた。
情報を得るためのエシオンの演技、だよな? エシオンも怒らせたら、戦慄レベルの存在なのか? 怒らせないようにしよう。
「リーター王国の女騎士だよ! オリティブってヤツ!」
諦めるような叫びに、心が一瞬空洞になった。
オリティブ。聞き覚えしかない。
オレとワムスの危機を救ってくれたオリティブ。
民を思って行動していたオリティブ。
留学中もマジメに勉学に励んで、リーター王国に戻ってからは民やミフォーネ女王の信頼を得る騎士になったオリティブ。
そのオリティブが?
オレを狙って、賊に命令して襲撃をさせた?
「ウソ、だろ」
信じたくなくて、閑散とした自然に言葉を揺らす。
「目標をとらえる前にオレがつかまったら終わりだから、騎士の動きを探ったのさ。1人で歩くオリティブを見かけて追いかけたら、物陰であのローブを着用しやがった」
「本人に確認はしたのかい?」
アクシルも信じられないのか、声はいつもより低い。いぶかしく細めた瞳を背中に刺している。
「金づるを利用しない手はねぇだろ。次に会った際、指摘したよ。『口止め料は成功報酬と一緒に渡す』って言われた。ちゃっかりした女だぜ」
悪態のように笑った相手を見て、エシオンは武器を抜く。ついた土を、忌むように軽く払った。自身の体から離れてされたその動きにまで、相手は小さなおびえを見せる。さっきのエシオンの言動は、恐怖を植えつけられるほどだったんだ。オレが同じ立場だったら、トラウマになりそうだ。
「応じたんだ。こんなのって『すぐに用意しないとバラす』ってイメージだった」
「『バラしたら、オレらのアジトもリークする』って言われた。いつの間につかまれて。本当、抜かりがないぜ」
万が一を考えて、オリティブは雇う賊の情報も調べたのか? 騎士として賊をとらえる立場上、堂々と調べても怪しまれない。
賊をとらえられる情報をつかんだと知られたら、つかまえないことに疑問を抱かれるけど。決定的証拠をつかんでいないように装えばいい。
領主の件も、オリティブは『他の騎士から決定的な証拠を得た』って話していた。まさか、そこは関係ないよな?
「偽りは?」
「ない! これですべてだ!」
聞けることはすべて聞いたと判断したエシオンの手で相手は離されて、蹌踉と逃げ帰っていった。しびれ効果はまだ完全に抜けていなかったのか? 恐怖で体が正常に動いてくれないだけ?
この件から手をひくと約束してくれたし、賊のボスは消えた。ボスが手をひいた以上、子分の襲撃も消える。
そしてつかんだ、黒幕の正体。
誰もが信じきれない思いがあるのか、沈黙が流れる。
パルの視線が向けられて、ゆっくり近寄られた。
「行こう」
自分の首のペンダントをオレにかけて、覚悟を決めたように小さく伝えてくれた。
今までベールがなかった。他の賊に察知されて襲われるかもしれない。今のボスは撤退したけど、別の賊が新たに加担する可能性は皆無ではない。次の襲撃がある前に、根本をたたくしかない。
信じられなくても、やるしかない。オレの、パルたちの安全をつかむために。完全に終わらせるために。
覚悟と決意を胸に、ペンダントを握りしめる。
オレを狙う黒幕。
オリティブと対面するために。
重苦しく足を動かして、前方にリーター王国が見えてきた。
ここに、きっとオリティブがいる。今までの事件を首謀した黒幕が。
それぞれ思う心があるのか、道中に一切の会話はなかった。話したい気分にもなれなかった。
ひたすらに届くのは、重い足どりの6人の靴音。
まざったのは、口元からフードを外して頭に戻したエシオンの衣擦れ音。目深にした姿は、決意を感じる。
オレも、覚悟を決めないといけない。
終わらせるために、冷酷に。
明るく聞こえ始めたざわめきにも、癒される感情は作れない。
リーター王国の騎士に聞いて、オリティブと接触するのに成功した。オリティブはアクシルの姿に反応を見せて、顔を知ってはいるとはわかった。アクシルもそれを理解して、今までオリティブとの接触をさけていたらしい。気まずそうに『自分の逃亡のせいでオリティブの留学先が変わったこと』についての謝罪をしていた。オリティブは気にしていなくて『スジョングだから得られることがあった』と返していた。しこりが残らなくてよかった。
街中でできる話でもないから、場所を変えて話したいと伝えた。怪しまれつつも、街を離れた森についた。人気をさけられたのを確認して、口を切る。
「今回はローブ、着用してないんだな」
核心をついたオレの問いに、オリティブの眉がかすかに動いた。無表情を貫いているから、見逃しかねない小さな変化。
「ディセットを狙って、なんのつもりなの!?」
「なんのことでしょうか?」
声を荒らげたパルには、オリティブは小さな変化も見せなかった。修行を積んだ騎士なだけあって、この程度だと動揺や焦りは見せてくれないのか?
「オレを襲うように、賊に命令したんだろ?」
真実をぶつけても、オリティブはりんとした表情を崩さない。まっすぐ見据える瞳は、黒幕だなんて思えないほどだ。
「証拠もないのに、疑わないでください」
「賊が吐きました」
「お金で雇った程度の関係だもん。裏切られて当然だよ」
表情を小さくゆがめたオリティブを前に、認めるのかと思った瞬間。
「賊の言葉を信頼するのですか?」
すぐには折れてくれなかった。
「オレは何回も賊に襲われた。『オリティブに頼まれてした』と、賊が話した。賊がわざわざオリティブの名前を出す理由があるか?」
依頼者の名前を出さなくても、知らないの一点張りでも済む。なのに、賊はオリティブの名前を出した。話す内容は、作り話とも思えなかった。
「騎士ともあろう人が、よりによって賊と癒着するなんて。あってはいけないことだよ」
静かな口調の中に、アクシルはふつふつとした感情を乗せている。交換留学生になるはずだった者同士、複雑な感情がかすめているのかもしれない。
「誤解なのか? 本当にオリティブは、なにもしておらぬのか?」
オリティブの無実を信じたいと伝わるワムスの声が、悲痛に刺さる。ワムスを一瞥したオリティブからは、りんとしたまなざしは消えていた。
「僕はオリティブを疑っている。疑念を晴らせないなら、国に情報を届けるよ。賊ではない僕たちの話なら、国も邪険にはできないんじゃないかな。被害者でもあるしね」
閑散に響く声に、オリティブはゆっくりと剣を手にかけた。
「やらないといけないんです。邪魔をしないでください」
高まる戦闘の陣に、武器を構えようとした瞬間。
「生き返らせるのが、それだけ重要かよ?」
クイのようなどっしりしたエシオンの声に、オリティブの手がとまる。
「……関係、ありません」
「こっちは被害者の会だぜ? よく無関係だなんて言えたもんだな」
蘇生の力があるらしいオレの種。オレを狙う以上、蘇生が目的だとは推測できる。
「誰を生き返らせたいんだよ」
よぎったのは、オリティブの恋の相手だった存在。死んだかは知らないけど、オリティブは大切に思っていただろうから動機にはなる。
「近衛兵だろ?」
すべてを悟ったようなエシオンの声に、オリティブはピクリと震えた。
「知ってたの?」
パルもエシオンを見て、目を丸くした。
今までなにも話してくれなかったけど、エシオンはすべてを知っていたのか?
「情報をつないで推測したまでさ。ミフォーネ女王のために、近衛兵を生き返らせたい。それが動機。違う?」
武器ではなく拳を強く握ったオリティブは、震わせて感情をにじませる。それだけで答えになっているように思えて。
「ミフォーネ様が大切に思う人と会わせたい。そう思って行動するのが、そんなに悪ですか?」
「賊に命令して、民の安全をおびやかした。『民は襲撃するな』と言ったとしても、守る賊がいるかも不明確。事情を知らない民は、不安をあおられるしかない。ディセットの仲間のワムスたちも襲撃の被害にあって、ケガをした。ディセット本人も襲撃されて、しまいには近衛兵のために命をささげろと? これを悪ではないと思えるなら、騎士も人間もやめちまえ」
冷酷なエシオンの声。だけど、すべては真実だ。リーター王国の住民は不安がっていなかったから、最低限の配慮はされていたんだと思う。だからって、認めていいわけがない。
うつむいて顔を見せなくなったオリティブに、ワムスが優しく肩に手を置く。
「ミフォーネ女王を思う気持ちはすばらしい。ミフォーネ女王の境遇も同情はできる。だが、オリティブの所業を許せはせぬ」
「ディセットの平穏を奪って、最低だよ! いくらミフォーネ女王の命令だからって」
「違います! 自分の独断でしたことです! ミフォーネ様はなにも知りません!」
パルの言葉に顔をあげて、力強く返した。
「ミフォーネ女王にサプライズでもしたかったのかい? こうまでして近衛兵を蘇生させて、ミフォーネ女王が喜ぶと思ったの?」
「お喜びになられます。ミフォーネ様は、近衛兵に会える5年に1度の日を楽しみにしていらしたのですから」
剣から手を離したオリティブは、力なく地面に垂らした。
「会いに赴きましたが、近衛兵は姿を見せませんでした。事情で来られなくなったのかと思っておりましたが、また5年後も姿を見せなくて。調査して、近衛兵の死亡を知られたのです。死を知ってからは、本当に悲しまれて……公の場では平気そうにふるまっておられるのが、余計に痛々しくて」
「蘇生の話はどこで知ったんだ?」
「スジョングだろ?」
オレの問いに重なるように、エシオンは乱暴に発した。オリティブはゆっくりと点頭する。
「スジョングの書物で『人を蘇生できる種族がいる』ウワサが真実だと知って。ミフォーネ女王の悲しみを消せると思いました」
熱心に勉強した中に、蘇生種のことも含まれていたのか。蘇生種を調べるのを怪しまれないために、他の本も熟読したわけではないよな? 騎士の勉強もおろそかにしたくない思いもあったんだよな? 領主を前に助けてくれた姿が消えないから、いまだにそう思っちまう。
「書物にそって、蘇生種を感知できる道具を準備して。賊に命を飛ばして……あとは、起こったままです」
賊に正体を知られるという、あっけない理由で作戦は失敗に終わった。
「自分勝手すぎるよ! ディセットが命をささげてでも蘇生していい存在なんて、この世に1人たりともいない!」
「ミフォーネ女王は、国民でもない僕らのことも思いやって助けてくれたよ。あんなにお優しいミフォーネ女王だ。自分のためにディセットたちが脅威にさらされたと知ったら、悲しむとしか思えないな」
見開かれた双眸が揺らいで、オリティブはガクリとヒザから崩れ落ちた。
「過ちは償える。民を思う心のあるオリティブなら、絶対に」
優しく背中をなでたワムスで力を失ったかのように、オリティブの背中は丸くなっていった。
「これ、ミフォーネ女王に届けてくれますか?」
オリティブに近づいたレヴィは、小さな箱を伸ばした。レヴィの息は荒れて、肩で呼吸していた。
「あの日……ミフォーネ女王に会えなかった日に、ミフォーネ女王に渡そうとした品です」
ゆっくり手にしたオリティブは、箱に視線を移した。中になにがあるかはわからない。『ミフォーネ女王に渡そうとした品』と言われたからか、オリティブは開けようとはしなかった。
「どうしてそんなの、レヴィが持ってるんだ?」
近衛兵とレヴィは、なにかの関係があったのか? 近衛兵がミフォーネ女王に会えなかったのは、レヴィが影響していたのか?
「掃除中に見つけたんです。外に出た際に、ミフォーネ女王を思って渡す品を準備したのでしょうね」
それだけだと返答になっていない。ように思えたけど。
ほとんど外に出なかったレヴィが、掃除をした。場所は限られてくる。
「蘇生種の地?」
「はい。近衛兵は、守り手です」
衝撃的な事実がふりかかった。
オレを守って、命を落とした守り手。
つまり、ミフォーネ女王に会いにいけなかったのは。他でもない、オレのせい?
オレのせいでミフォーネ女王を悲しませて、オリティブを行動に起こさせて、偶然にもオレの命を狙った。因果応報ってことか?
「守り手、とは?」
話がつかめなかったオリティブは、箱を大切そうに抱きしめて小さく声を漏らした。
「近衛兵は、蘇生種が住む地を守ってくれていました」
オリティブは瞳を震わせた。近衛兵が守ろうとした種で、近衛兵を蘇生させようとした。自分の犯した決定的な矛盾を目の当たりにして。
「国を追放されて流浪中の守り手が、賊に追われる蘇生種を救ったのがきっかけらしいぜ。種を守る代わりに、蘇生種の地で暮らすことを許可されたってわけさ」
エシオンも、近衛兵の正体は知っていたのか? 面識はあったのか?
「近衛兵は、この世から旅立ってしまいました。それでも、消えるわけではありません」
「すべてが消えたわけではないよね?」
責める姿勢を弱めたアクシルの声に、オリティブの肩が小さく動いた。
「近衛兵との間に生まれたお子は、まだ可能性があるんじゃないかい?」
『ミフォーネ女王は近衛兵との間に子供を産んだ』と情報収集で聞いた。
「生きてる、のか?」
あれ以来、子供の話を聞いたことがなかった。その子供がどうなったのか、オレにはわからない。
「消息はつかめませんでした。近衛兵だけでなく、大切なお子にも会えなくなって……」
ミフォーネ女王の傷を思ってか、オリティブの声は悲痛だ。
大切な存在を2人も失ったミフォーネ女王。精神的に追い詰められるミフォーネ女王をどうにかしたくて、オリティブは悪い方向に動いてしまったのかもしれない。
「わからなくて当然ですよ。特殊な方法でないと行き来できない、蘇生種の地で生活をしていましたから」
おだやかな笑みで発したレヴィに、オリティブはゆらりと顔をあげた。可能性を求めるように、瞳がかすかに瞠目している。
「知っておるのか?」
「近衛兵の思いを継いで、蘇生種を守り続けてくれました」
ほほ笑んで、レヴィは言葉を終えた。
蘇生種の地にいた人は限られている。
レヴィが知る、蘇生種を守ってくれた人物。
オレを、レヴィを守ってくれた人物。
危険が迫らないように監視をして、レヴィの散歩を見逃す温情を見せた人物。
1人しか、いない。
ゆらりと、顔を向ける。
手をかけて、フードを外す瞬間のエシオンがいた。
「腹心の騎士のせいで、とんだ大迷惑だぜ」
オリティブは、初めて見るエシオンから目が離せないでいた。なにか発しようとしているのか、口は開閉を続けている。
「俺はスローライフで蘇生種を守りたかったんだよ。そっちの都合で、大事件を起こしやがるな」
不機嫌にそまった顔をそのままに、エシオンはオリティブの目の前まで歩み寄る。
「お望みかなって、生きてるぜ。満足? わかったら、もう余計なことしやがんな」
いつもより乱暴な口調を前に、オリティブから返される言葉はなかった。
じっとりと重苦しい時間が終わって、どれだけたったか。
オレを襲った事態は、どうにか終わった。
オリティブはオレを狙うのをやめて、オレを襲う賊はいなくなった。
顔は知られたから、蘇生を狙う他のヤツの差し金程度はあってもよさそうだけど。
オレの周囲には常に心強い仲間がいるからか、手を出すような不届き者はいなかった。
変わらずに心配性なパル。
剣も魔法も実力を伸ばし続けるワムス。
当然のようにワムスにべったりのアクシル。
すっかりオレたちの仲間に定着したレヴィ。
そして、騎士をやめたオリティブ。
けじめとして、オリティブはリーター王国の騎士をやめた。オレらが強制してではなく、自ら。罪のある自分が騎士を続けられるわけがないと思ってのことだ。
最後に近衛兵の贈り物を渡して、喜びと悲しみのまじったミフォーネ女王の涙を見届けて城を去ったらしい。
オリティブは罪を告白して投獄を覚悟したらしいけど、オレがとめた。反省の色はあるし、マジメなオリティブを投獄するのは惜しい。なにより、ミフォーネ女王が悲しむ。
『顔が割れたオレの警護につとめろ』と命じて、こうして一緒に行動をしている。
エシオンは蘇生種の地に戻って、住民のために動いている。生まれてからずっとそうしてきたから、オレと一緒に行動って考えはのぞかせなかった。ワムスたちがいるから、襲撃があっても戦力的に平気と踏んでいるらしい。一応、心配に思ってくれているのか、たまに会った際に煙玉を渡される。人間相手に使ったことはない。タフなモンスターを一瞬でしびれさせた煙玉を前に、エシオンの怖さを痛感はした。
エシオンの存在は、オリティブの口からミフォーネ女王に伝えられたらしい。エシオンはミフォーネ女王を嫌ってさけたわけではなく、蘇生種の警護を優先して会わなかっただけらしい。蘇生種の地の住民だけでなく、離れた集落に住むオレの監視もしていたんだ。時間を惜しむ気持ちもわかる。
王族の血が半分流れるエシオン。今の生活を変えるつもりはなさそうだ。
ミフォーネ女王の強い希望で、こっそり会ったことはあるらしい。その際に蘇生種の存在を伝えて、隠れて住む現状を教えたとか。
不穏な動きを察知したら、動いてくれるように。エシオンになにかあったら、守る人を絶やさないようにの配慮だと思う。
今はまだ、蘇生種の存在は公にはなっていない。伝播したら、襲撃とかの危険が強いと判断してだろうな。
旅をして、新しい世界を見て。様々な情報を知って、手にしたい。
蘇生種が、ベールも警護もなしで生きられる世界を。
すべてのきっかけは蘇生に通ずる? 我闘亜々亜 @GatoAaA
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