第8話

 エシオンの読みは当たって、事情を説明したら騎士に連行先を教えてもらった。

 アクシルの聴取中で、ワムスは空き部屋にいるとのことだった。聴取の同時進行はされていなかった。

 どうにか理解を得て、ワムスと会うことは許された。『最後に積もる話もあるだろう』って、嫌な理由だったけど。

 武器や荷物を回収されて、オレたちはワムスがいる部屋に入った。なにもない室内に、ワムスがヒザを立ててぽつりと座っている。

 ワムスは思ったより、しっかりした顔を見せた。表情を見る限り、泣いたりとかはしていなさそうだ。暴力もないようで、ひとまず安心する。

「すまぬな。こんなことになって」

 オレらの面会は騎士から聞いていたのか、ワムスは驚きは見せなかった。

 疲弊を隠したかのような様子に、かすかに心痛が走る。暴力とかはなくても、この状況におちいったことはワムスを苦しめたんだ。

「お互い様だ」

 パルやレヴィは、こうは言えない。オレだからできる励ましだ。

「他国の騎士がいると聞いた時点で、可能性に気づくべきであった。やはり、うちは無能だ」

「あの国となにかあったのか?」

 とらえられるだけのことをしたとは思えない。誤解に決まっている。真実を聞いて騎士を説得したら、ワムスを解放できる。

「……ボリッツの見習い騎士だったのだ。数年前の話だが」

 連行した騎士がほのめかすことを言っていた。真実だったのか。

「うちは騎士になるべきではなかった。それだけの話」

「全然、わからない」

 圧政の領主を許さない姿勢、オリティブの行動を賛美した姿。ワムスが騎士にふさわしくない理由が見つけられない。

「父が乞食なのだ。犯罪者の血が流れるのに、騎士になるなぞ間違いだった」

 騎士の言っていた血筋は、これだったのか。

 無機質な床を見つめるワムスは、なにを思っているのか。

「誰もが知っておったが、温情措置で見習い騎士にはなれた。だが実力はなく、国のツラよごしにしかなれんかった」

「んなわけあるか。剣も魔法も使えるだろ」

 非力さは否めないけど、高い技術でカバーした戦力がある。オレらだって、何度も助けられた。

「ワムスがダメなら、こっちの弓の実力はどう言ったらいいの」

 パルの自虐が届いたのか、うつむいたままのワムスの表情がかすかにゆるんだように見えた。

「アクシルも、そう言ってくれた」

 呼気のような声は、いつものものとは異なって。

「『騎士になれるだけの実力はある』と言ってくれた。アクシルは段違いの強さだったゆえ、当時は嫌みにしか聞こえなかったが」

 やっぱりアクシルも、ボリッツの騎士だったのか? 話をつないで見えていた可能性が確信になる。『騎士があんな言動でいいのか』ともよぎったけど、今は考えないでおこう。

「アクシルがワムスを悪く言うわけないだろ」

 強い執着の中に、ワムスに優しさも感じた。洞窟でモンスターに魔法を当てることになった際は、変貌したかのごとく温情を見せていた。

「当時は『アクシルも他と同じ』と思っておった。信頼の厚いアクシルは、他の者の前ではマジメでかたさを感じた。うちの前では笑みを見せたり、軽口をたたくことも多かった。バカにしておるのだと」

 仲間が誰もいない状況だったら、アクシルを素直に信用できなかったのかもな。一目置かれるほどに優れた相手なら、自分に優しくしてくれるわけがないと思ったのかもしれない。

「だが、アクシルに『強さだけが騎士ではない。弱きを思う心は、誰よりも優れておる』と、知ったような口をたたかれた」

 アクシルを嫌うような態度がワムスから見えなかったのは、それが要因か? 孤立した状況でもらった言葉が支えになって、アクシルを嫌う心が作られなかったのかもしれない。

「オレも思うよ。ワムスは優しいから、オレらと一緒に来てくれたんだろ?」

 会ったばかりの頃、オレらは襲撃されたばかりで。ワムスを関係者ではと疑っていた。ひどい態度だっただろうけど、ワムスは道案内を受諾してくれた。

「行く当てがなかっただけだ」

「それでも、来てくれた。見ず知らずのオレらのためになるほうを選んでくれた」

 ワムスがいなかったら。地理がわからなくなって路頭に迷って、ひどい末路になったかもしれない。今があるのは、ワムスのおかげだ。

「アクシルのせいで悪い目ばかりにあったが、血族を気にせずに接してくれる唯一の存在でもあった」

 揺らめく瞳がどんな感情を映すのか、オレにはわからない。

「駆け落ち?」

 空気を読まなかったのか、場を明るくしたいのかわからないパルの声に、ワムスはゆらりと顔を向けた。

「そんなわけなかろう。騎士の生活に耐えかねて、うちはなにも告げずに1人で逃げたのだ。少しして、アクシルが姿を見せた。うちを追うためだけに騎士の身分も国も捨てたという事実に、誰よりもたまげたぞ」

 段違いの強さを誇ったらしいアクシルなら、騎士としても将来を嘱望されたよな。ワムスを前にした言動を常時発揮していたら、どうだったかわからないけど。

 騎士としての輝かしい未来をドブに捨ててでも、ワムスを追いかけた。アクシルの執着は当時から不変だったんだ。

「同時に、わからんかった。当時から、レベルも異なるうちにわざわざ声をかける点も不明だったが、なぜ追いかけまでするのか。うちのせいで、ボリッツの優秀な騎士になったであろう存在を消してしまったのかと後悔もした」

 ワムスを追ったのは、アクシルがワムスに執着していたからだと思ったけど。本人からしたら、そもそも執着される心当たりがないのか?

 孤立したワムスに同情したから? 同情だけで、未来を捨ててまで追うか? アクシルの言動的に、同情だけで済ませられそうにない。

「のびのびと楽しむ様子に『アクシルもなにかしらの悩みでもあって、うちを追う口実で逃げたのだ』とわかって、無意味な後悔になったが」

 あのアクシルに悩みなんて、想像ができないな。生きていたら、それなりに悩みはあるか。

 ワムスを追いたい理由がトップだっただろうけど、背中を押す他の理由もあったのかもな。

「さっき、騎士の話を聞いてわかったが。うちがアクシルに追うように頼んで、騎士の道を閉ざした罪も抱えておるらしい」

「それはアクシル自らの行動だろ?」

 ワムスが頼んだわけではない。ワムスの罪になるなんて間違いだ。

「同情したアクシルに声をかけられるうちを知る者は多かった。うちが消えてすぐにアクシルも消えたなら、そう思われるのも仕方なかろう」

「誤解じゃん。認めるの?」

「……アクシルといると、悪いことばかりだ」

 うつむかれての声は、恨みが含まれているようには感じられなかった。まるで、すべてを諦めたかのような。

「これで、いいのかよ」

 到底、納得できるわけがない。

「今まで。世話になった。最後までともに歩めぬこと、申し訳ない」

 小さくゆがんだ表情は、笑みなのか悲しみなのかわからなかった。




 晴れない思いのまま、ワムスとの時間は終わりを告げた。部屋を閉めた、横にいる騎士に視線を移す。

「不当逮捕だろ」

 ワムスの話を聞いて、誰もが感じたはずだ。

 ワムスは悪いことをしていない。嫌なほど伝わった。

 『アクシルをそそのかした』って罪も、アクシルの証言で誤りだとわかる。今まさに、アクシルは証言しているだろうな。

「誰でもいいからひっとらえて、功績をあげたいって魂胆?」

 エシオンも嫌みに笑って、騎士に投げかける。フードの奥に隠れた瞳は、どんな色をしているんだ?

「ワムスは罪人。罪人をとらえるのは、当然のことです」

 あくまでも、意見を曲げようとしない。

「ワムスも素直に同行に応じました。罪を認めたからでしょう?」

「違うっ!」

 抵抗を見せなかったのは、街中で騒動を起こしたくなかったから。オレの身を案じてもあったと思う。民に優しさを見せたワムスだ。住民に不安を与えたくない思いが強かったのかもしれない。

「国の方針なの? 間違ってるよ」

 今回ばかりは、パルも意見を投げた。

「検挙率が低いから、強引にでもとらえて高めようってか?」

 装備の奥の顔が、わずかにあがった気がした。エシオンの悪態は効いたらしい。強気を崩さない姿勢は頼りになる。

「和平のために尽力した我々に、この態度ですか。視察以外の任務より優先したというのに」

 騎士の顔が怪しく光って、装備を鳴らしてこっちに向いた。

「ワムスの情状酌量を検討してあげてもいいですよ」

「本当かっ!?」

 解放ではなく、情状酌量。表現は気になるけど、今よりいい状況に運べるのは事実だ。

「ワムスをとらえるより、優先したい任務です」

「任務をほっぽり出して、誤認逮捕かよ。ヒマな騎士だぜ」

 悪態をついたエシオンに、感情を殺すように装備がギチリと鳴った。口元から消えた笑みは、ある一点に向いて瞬時に戻る。

「一緒に聞きますか?」

 騎士に釣れられて、アクシルが歩いてくるところだった。アクシルは拘束されていない。両手両足ともに、自由の身だ。

「終わったの?」

「一応ね」

 パルの問いに、アクシルはおだやかに笑みを作った。

 体に傷を負った様子はない。表情には、疲労がのぞくように感じた。騎士相手の聴取だと、心労がたたるのか?

 アクシルにこの騎士からの条件を簡単に説明して、騎士に向き直る。

「国に税を払わない村があるのです。滞納分も含めて、払うように話をつけてください」






 村の場所や払ってほしい金額とかの資料を手に、騎士のいる場所から5人で離れた。

「やるの?」

 今までいた場所に視線を投げながら、パルは小さく声を漏らした。

「あの騎士だと、話を聞いてくれるかは微妙だぜ。説得で解放できるかどうか」

「温情があるとは思えないよ。説得は効かないね」

 冷たい空気のようなアクシルの声は、憎しみが感じられるようだった。

「ワムスを嫌っているからって、罪人にまでするなんて。ひどいヤツらだよ」

 白皙の眉間に刻まれたシワは、あふれる憎悪をにじませる。

「アクシルは、ワムスにぬれぎぬの危険があるって知らなかったのか?」

「知っていたら、ボリッツの騎士がいるリーター王国を歩かせないよ」

 そう、だよな。ボリッツの騎士がいると知った時点でワムスの危険を感じて、すぐに戻るとかの行動をしたはずだ。

「リーター王国に来る前にフードをほしがったのは、アクシルが変装したかったからってところ?」

 エシオンの鋭い問いに、アクシルは小さく点頭した。憎悪は消したけど、笑顔は一切ない。

「見つかったら、戻されるかなと思って」

「交換留学関係で、ボリッツの騎士がいると知っていたんですか?」

「知らないよ。リーター王国の一部の騎士にも、僕は顔が割れているんだ。逃げたことを知る人もいるだろうし、私服で来たことは疑問に思われかねない」

 リーター王国では、ふらりとアクシルが消えることがあった。騎士の気配を察知したら、こっそり身を隠していたのか。リーター王国に行くのを渋ったのも、リーター王国に行くと決定した際に表情が暗かったのも、懸念してだったのか?

 1人目の情報収集で『ボリッツの騎士がいる』と聞いて、周囲を気にしていた。早々に帰りたがったのも、アクシルが見つかったら面倒になると懸念してだったんだ。

 ワムスも事情を知っていたから、帰りたがるアクシルに否定を示さなかったんだ。

「ワムスは見つかっても平気だったの?」

「リーター王国の騎士は、ワムスを知らないと思う。『ボリッツの騎士もいる』って聞いた際も、ワムスにはそこまで危機はないと思っていた。キツい言葉になるけど、ワムスは……好かれてはいなかったから、戻されはしないかなって。見つけられてたとしても、無視されると思った」

 それがまさかの逮捕につながった。

「事情があるなら、話せよ。面倒を運びやがって」

 エシオンは大きく息を吐いて天を仰いだ。厳しい言葉だけど、強く否定できない感情はある。

 オレの件とは元々無関係だったワムスとアクシル。強引につきあわせる理由はない。事情があるなら、2人には待機してもらえばよかった。

 戦力は減るけど、今回は安全らしいリーター王国での情報収集だけだ。大きな問題にはならなかったはず。

 また、ワムスに危険を与えてしまった形になった。

「ごめんね。考えが足りなかったよ」

 抑揚のない声で落胆を見せるアクシルを責めることはできない。アクシルもワムスも、悪いことはしていないんだ。間違ってはいないんだ。

「どうしていつも、こうなるのかな」

 悲しげな声を空気にとかしたアクシルは、生気のない瞳を資料に移した。

「どう、するんですか?」

「依頼を片づけてワムスを解放して、ボリッツの騎士の手が及ばない地に逃がすのが最善だろうさ」

 ワムスの身を考えるなら、いい案に思える。

「どっちにしろ、とらえられたままは最大にダメだ」

 誰もがオレの意見に賛成なのか、反論の声はあがらなかった。

「納税しないなら、正すべきだもんね。これだけでワムスを解放できるなら、安いもんだよ」

 暗くなった空気をほぐすように、パルの軽い声がはずむ。

「でも……」

 アクシルの小さな声が届いた気がした。




 地図を頼りに歩いて、目的地に近づいてきた。

「あれ、ですか?」

 レヴィだけでなく、全員の視線の先に見えたであろう風景。

「村?」

 地図を見ても、間違った道を歩いたとは思えない。あの場所が目的地だろう、けど。

 目の前に広がるのは、今までに来たどの村よりさびれていた。『村』という単語を使っていいのか迷うほど。

 ポツリポツリと立つ家屋は、どれもひどく老朽化が進んでいる。多く開いた穴で、快適な住居とは遠いのが見てわかる。

 地面に緑はなくて、水分を失った地面がひたすらに続く。畑らしい土地があるけど、土壌の悪さは一目瞭然。事実、そこから生えるのは申し訳程度の草だけ。立派とは言えなかった集落の畑と比べても、月とスッポンになりそうだ。

「こりゃあ払えないだろうぜ」

 突きつけられた事実を前に、エシオンは足をとめて吐き捨てた。

「鉱石、とか採れるのかな?」

 パルは希望を捨てたくないのか、村をまっすぐ見続ける。

「ないよ。この村は、ずっと困窮しているんだ」

 哀切の視線を向けて、アクシルはゆらりと発した。

「知ってたのかよ!?」

「離れた場所にあるけど、国の領土だ。知識はあるよ」

 淡々と告げられた声に、怒りに火がついた。

「だったら、どうしてなにも言わなかった!? こんな場所ってわかってんなら、やれないって言えよ!」

 騎士の話を聞いた際に断ればよかった。こんな村だと言われたら、オレらも他の方法を模索した。

「さすがに、ここから税を奪うのは……」

 レヴィからも迷いは消えない。さびれた光景を前に、当惑をほのめかす。

 税は本来、払わないといけないものなんだろう。ここまでの生活を強いられているなら、奪うの表現が正しい。

「仕方ないよ。条件だろう?」

 誰もが抱える迷いを振りきって、アクシルはゆらりゆらりと村に歩みを進めようとする。

「待てよ!」

 腕をつかんでひっぱる。覚悟を決めた顔が突き刺さった。でも、曲げられない。

「こんな方法、間違ってる! 他に方法はいくらでも――」

「できるのかい?」

 いつもの様子とは遠い、低く重い声。空気が一変する。

「騎士と話をつけようとしても、反逆罪でとらえられる可能性もある。こうするのこそが最善だよ」

「寒村から金を奪うのが最善? 腐ってやがるな」

 嘲笑したエシオンに、アクシルは腕を振り払った。

「上に逆らっても、返り討ちにあうだけだ! 間違っていると思っても、素直に従うしかないんだよ!」

 空気がビリビリと震えて、木の葉がかすかに揺れた。初めて見た、アクシルの激情。初めて聞いた、アクシルの荒ぶる声。

 腐ってやがる。無意識に、エシオンと同じことを思った。

「最低だな」

 身を翻して、村とは正反対に歩き出す。

「オレはオレの方法で救う。勝手にしろ」

「……ごめん。賛同できないよ」

 アクシルに小さく謝罪を伝えたパルは、オレに続いた。

「弱者からしぼりとるのが正義ってか? 腐った騎士根性、抜けてないな」

 冷酷に吐き捨てたエシオンも、オレに続いた。

 オレを、アクシルを見て、レヴィもオレに駆け寄った。

 アクシルの足音は聞こえない。村に行くこともしないで、その場で動けないでいるんだ。

 言葉もなく、4人の足音が重なる。

 行きとは比べ物にならないほど重くなった空気の中、じとりじとりと4人で歩き続ける。

「……どう、にかできるかな」

 口を切ったのは、不安しか感じられないパルの声。税の徴収以外でワムスを救う方法。案は浮かばない。

「騎士の監視をくぐって逃亡サポートは、骨が折れるぜ。俺以外はそこらの能力に無知だろ?」

 説得して解放がムリなら、残された道は逃げるのを手伝うだけになるのか? 失敗したら、オレらも騎士につかまることに直結するよな?

 ある意味、襲撃者に襲われなくなりそうではある。代わりに、オレが嫌う拘束になる未来。嫌に決まっている。

 オレらがつかまったことがワムスに知られたら、自分のせいでと自責を負わせることになる。あらゆる面を考えても、使える策がつきた際の最終手段。

 『エシオン以外に逃がす能力がない』ってのも反論できない。

 襲撃者の気配に気づけなくて奇襲されたオレやパルだ。レヴィはどうなんだ? 人と会わないように生きてきたなら、隠れたり気配を消す能力は高いのか? そう考えても、まともに使えるのはエシオンとレヴィだけ。不安しかない。

「ワムスを見つけられたとして、逃げてくれるかの心配も残ります。逃がした罪に問われるのを案じて、素直に逃げてくれないかもしれません」

 可能性はある。ワムス本人がつかまるのを覚悟して、諦めたようにも感じられた。あの様子なら『ありがとう』の言葉だけで逃亡を拒否する可能性は考えられる。オレらの行動がバレても、ワムスが『自分が逃亡支援を望んだ』と言って、罪を1人でこうむる可能性だって。

 どうしたらいい? 希望の薄い説得を続けるしかないのか? 反逆罪を覚悟でも、ワムスのために。

 寒村から徴収したらよかったのか? よぎった考えを、すぐに払拭する。それだけは違う。確固たる思いがある。

 突如振り返ったエシオンが、小さく口元をゆるませた。同時に聞こえ始めた小さな足音。

 導かれるように視線を向ける。こっちに近づくアクシルがいた。

 徴収した、のか? よぎったけど、それにしては早すぎる。徴収した税を持っている様子もない。

「諦めた、のか?」

 小さく聞いたら、アクシルは弱々しく笑った。

「間違っている、とは思っていたよ」

 ゆっくりとしたアクシルの合流で、空気がじっとりととけていくように感じた。

「誰よりも民を思っていたワムスだ。こんな方法で救っても、悲しませるだけだったね」

「最初から断ってくれたらよかったのに」

 パルの言葉には納得しかない。寒村を知っていたなら、拒否して別の方法を提案してくれたらよかった。

「意見をしたら、余計に悪いほうに進むよ」

「そうとは限らないだろ」

 悩みを捨てるように長く息を吐いたアクシルは、視線を空に投げた。

「僕とワムスは、ボリッツの見習い騎士だったんだ。ある日、1人の見習い騎士が上官に不当に怒られていてね。見習いの誰もが不当さに気づいていたけど、言えなかったんだ。でもワムスは、迷わずに上官に意見したんだ。その姿勢に感化されて、僕も加勢して。その場は上官の謝罪を得られた」

 語られるワムスとの過去。オレが思う以上の日々を積み重ねてきたんだ。

「それから気になる存在になってね。ワムスは諸事情で差別されることが多かったんだ。上官に意見した逆恨みも含まれていたんだろうけど」

 ワムスがされた差別は、血筋が関係しているんだよな?

「僕は目撃するたびに、不当な扱いに意見を続けたよ。そうすることで、ワムスを守っている気でいたんだ」

 悲しげに光る瞳の奥で、どんな記憶がちらついているのか。オレにはわからない。

「周囲には『僕の同情を誘って擁護を頼んでいる』って誤解されていて。見習い騎士からも責められていると気づいた」

 よかれと思ったしたことが、逆にワムスを苦しめていた。ゆるい態度の裏で、アクシルも苦しんでいたのか?

「知ったらもう、なにもできなくなった。ワムスを守るために堂々と動けなくなった。人前でワムスに声をかけることすら怖くなった」

 アクシルがどんな思いでした行為であろうと、周囲は擁護の誤解を作る。誤解は、守りたい存在のワムスを傷つける。

 逃げ場のない悪循環。苦しい思いをしてきたんだ。

「ワムスが重い荷物を運んでいても、周囲に人の目があったらなにもできない。ワムスが完全に1人でいる瞬間でないと動けないんだ」

 重い空気を読まないで、アクシルのストーカーっぷりがよぎった。

 その時代に『1人でいるワムス』を求めていたのがきっかけになったのか? だとしたら、責めるだけのへきではなくなってくる。

 アクシルはアクシルなりに、ワムスのために動いていたんだ。エスカレートして、ストーカー行為にまで発展したのかもしれないけど。

「最善を思った行動が、ワムスにとっての最悪につながるんだ。与えられた使命がどんなに不当でも、そこから手探りで最善を求めるしか動けなくなった。僕は本当に……腰抜けなんだ」

 今回の件は当然として、領主の事件、騎士に連行されるワムスを前にしても。肝心な面で動けなかったアクシル。すべての原因は過去にあったんだ。

「あの村は、ワムスが『どうにかしたい』と話していた場所なんだ。立地も微妙で、目立った特産もないから見向きもされなくて。『税を払わない場所』としか認識されていなかった。ワムスは『資金援助とかで支援したら発展できるはず。発展したら、今までの税も払える』って」

「そんな場所から税を徴収しようとしたわけ?」

 エシオンの言葉のナイフに、アクシルは自嘲の笑みを作った。

「ひどいよね。僕が誰よりもワムスを思っていないんだ」

 でも今、こうして戻ってきた。村になにもしないで戻ってきた。それだけでよかったと思える。

「ワムスを思っていたつもりだったのに。保身しか考えられなくなっていたのかな」

 弱々しい表情を捨てて、いつになくマジメで芯のある顔に変えた。

「国を捨てた瞬間から、今度こそワムスのために生きるって決めたんだ。反逆罪程度でおびえない。しつこいくらいに説得して、絶対にワムスを僕に戻す」

 ワムスはオレらの仲間でもあるんだけど。どうして『アクシルだけのもの』みたいに言いやがる。

 よぎったけど、アクシルの確固たる決意は心強くもあった。

 アクシルが戻っただけで、状況が有利に動くわけではない。でも、やるしかない。

「説得するの?」

「アクシルが増えたところで、ワムスを逃がすのが楽になるわけでもないぜ」

 突如出た『逃がす』の単語に、アクシルの視線が向いた。話の流れ、わからないよな。自分の中で話をつなげたのか、質問は飛ばされなかった。

 逃がす以外でワムスを救う手段。

「『あんな村から徴収なんて間違いだ』って脅すとか?」

 正直、脅迫まがいで心苦しい。ワムスを助けるためなら、なりふりを構っていられないよな。

「無意味だよ。その程度で心が入れ替わるなら、最初からこんなことにならなかっただろう?」

 アクシルの言葉には納得しかない。やっぱりダメか。

 実行したら、オレらのほうが脅迫未遂とかでつかまるか?

「リーター王国の騎士に相談するのはどうですか? オリティブとか、話を聞いてくれそうです」

「他国の事件に干渉はしてくれないよ。国をまたいだ大事件でもないしね」

 領主事件でワムスの行為を見ていたオリティブなら、あるいはと思ったけど。頼れないか。

「嘆願書は? 大事件でないなら、解放してくれるかも」

「たった5人で? 遊びにしか見えないぜ」

 パルの意見は即却下された。

「街の人に協力してもらえば」

「無関係の人が協力すると思うか? 『見ず知らずの罪人を解放しろ』って頼んでんだぜ?」

 罪状を伝えたら、同情を誘えるかもしれない。信じてくれる人がいるかの懸念がある。

「『街で目立つ行動はするな』って言ったろ。ボリッツの拘束を疑問視するような嘆願書を集めるなんて、どの騎士に見つかっても没収はされるだろうぜ。集められたとして、その間にワムスが国に送検されたらどうする? 罪が確定して、本格的に救う道が閉ざされるぜ」

 今は会わせてもらえたし、どうにかできそうな希望はある。国に送検されたら、今以上の警備になってエシオンですら救うのが困難に感じるほどになるのか?

 ワムスが国に送検されるまでがタイムリミットか。

「お話するしかないんでしょうか」

「『徴収で解放』って言った以上、本気でつかまえたい思いは弱いだろうさ。他に条件を得られたら、あるいは」

 可能性は、残されているかもしれない。

「今はそれに賭けるしかないのか」

 不確定な結果を前に、ワムスに向かって足がゆらりゆらりと動き始めた。




 近づくにつれて、胸に緊張が広がる。オレの言動1つで、ワムスの処遇を左右してしまうように思えて。失敗は許されない。

「馬車?」

 アクシルの声で、隅につけられた馬車に気づく。騎士の数も増えているような。

「まさか、国に送検されちゃうの?」

 震えたパルの声に、よぎった可能性が事実になった気がして。心臓が押しつぶされたかのような衝撃が走った。

「いや、リーター王国の騎士だよ」

 アクシルの言うように、増えた騎士の装備はワムスをとらえた騎士とは異なった。

 ワムスの件と無関係のリーター王国の騎士。送検とは違う事情でいるのか? ワムスの安全は残って、ひとまず安心する。

 無関係のリーター王国の騎士がどうしているんだ? ワムスがリーター王国で発見されたのと関係あるのか? 今回の件は大事件ではないみたいだし、それはないか。

 疑問のまま歩いていたら、ボリッツの騎士の1人がオレらに気づいた。

「成果は?」

 話は伝わっていたのか、すぐさま聞かれた。

 増えた騎士は気になるけど、今はワムスだけを考えないと。

「やってない」

 『失敗した』と言うべきかとも思った。『村が支払いを拒否した』と誤解されて、不当な扱いをされたらいけない。オレらがそもそもやらなかったと言うべきだ。

「なんだと!? ワムスがどうなっても――」

「どうなされたの?」

 騎士の大声に、消えそうな細くて繊細な女の声がとけた。瞬時に騎士の声は中断されて、視線を声のほうに向けられる。

「ミフォーネ女王」

 ぽつりと吐いたアクシルは、視線の先にいる存在を前にかたまった。

 周囲をリーター王国の騎士に囲まれてこっちを見るのは、高貴なドレスに身をまとったか細い女。

 アクシルは頭をさげて、視線を正す。事情がのめないまま、オレも姿勢を正す。ワムスの処置がある以上、どんな言動が悪にかたむくかわからない。

「い、いえ、小さな事件がありまして……ミフォーネ女王の耳にいれるほどでは」

「事件に大きい小さいはありませんわ。どの国で起こったとしても、民の声に耳をかたむけることは大切ですもの」

 諭すように騎士に伝えて、オレらの前に優雅に歩み寄られる。リーター王国の騎士もぴったり寄りそっているせいで、緊張は走る。

「お困り? 手を貸せることなら、いくらでも助力いたしますわ」

 人のいい微笑を前に、パルと視線を交わす。国からしたら犯罪者に見えるかもしれないワムス。言うことで、余計に状況を悪化させないか。

 でも、話を聞いてくれなさそうな騎士より。人のよさそうなこの人のほうが。

「仲間が、この騎士につかりました」

 ミフォーネ女王と呼ばれていた以上、敬語を使うほうが安全だよな? そう思って敬語にしたけど、なれていないせいで言いにくさが強かった。

 つかまったという単語に反応したのか、警護していた騎士が守るように動く。

「重犯罪ではありませんが、そのような事情なので。お気になさっていただかなくて構いませんよ」

 ボリッツの騎士がミフォーネ女王に静かに伝える。

「問われるいわれのない罪、だと思うんです」

 おずおずと伝えたレヴィに、ミフォーネ女王は困惑の表情を見せた。

「どうなさったの?」

 ワムスの身にあったことを説明した。ボリッツの騎士の視線が鋭かったけど、ミフォーネ女王の目前だからか、遮ったりはされなかった。

 税の徴収を命じられたことも言おうか迷ったけど、ボリッツの騎士の心証を損ねそうだから今は黙る選択をした。必要そうなら、あとでも話せる。

「ワムスさんは、直接悪いことをしていないのね?」

「いえ、アクシルという優秀な見習い騎士の未来を奪って――」

「違う!」

 ボリッツの騎士の声を殺したのは、場に響いたアクシルの決意だった。

「僕は自ら国を出ました。ワムスになにかを言われたわけではありません」

 ミフォーネ女王が小さく驚いたのが見えたのか、次の声はいつものおだやかさを戻したものだった。

「そんなざれごとを――」

「ワムスに言われてなにかをしたことは、1度たりともありません。見習い中にあった『ワムスが僕に擁護を頼んだ』というウワサは、すべて偽りです」

 ここまでハッキリ言われると思わなかったのか、ボリッツの騎士はすぐには否定しなかった。

「そうだったのね」

 静かに告げたミフォーネ女王は、ボリッツの騎士にゆっくりと向く。

「ワムスさんを解放して」

「いえっ、ですが……」

 明らかに動揺するボリッツの騎士を前に、ミフォーネ女王はゆっくりと笑みを作る。

「血筋で不遇な扱いをされるなんて、あってはいけませんわ。ワムスさん本人がなにもしていないのにとらえるなんて、間違っているもの」

 ミフォーネ女王の意見を邪険にはできないのか、ボリッツの騎士は瞳を泳がせて強い迷いを見せた。

「万が一なにかがあったら、私が責任を持ちますわ」




 ミフォーネ女王の説得が伝わって、ボリッツの騎士がワムスをつれて出てきた。事情が伝わっていないのか、ワムスはぽやぽやと歩いている。視認したらしいミフォーネ女王を見て、別人のようにキピリと背筋を伸ばした。

 オレらの前に来たワムスに、解放の事情を軽く説明する。その間もミフォーネ女王は、優しい笑みでこっちを見ていた。

「助けていただき、感謝す……ありがとうございました」

 堅苦しい所作を見ていると、ワムスも本当に見習い騎士だったんだと伝わる。

 不当な扱いさえなかったら、オリティブみたいないい騎士になれたんだろうな。そうなったら、アクシルとはどんな関係を築いていたんだか。

「いいえ」

「本当にありがとうございました」

 アクシルも、ミフォーネ女王に深々と頭をさげる。オレも感謝を伝えるために礼をした。パルも礼をしたのが見えた。エシオンやレヴィも同じだと思う。

「これからリーター王国に帰るところなの。よろしかったら馬車に乗っていくかしら?」

「いえ、ミフォーネ女王と同乗なんて」

 とんでもないとでも言うように、アクシルはすぐさま否定を返した。

「余裕はあるの。気にしないで」




 結局ミフォーネ女王の提案に甘えて、6人で馬車に同乗させてもらった。

 一般人がミフォーネ女王と同じ馬車に乗るなんて、許されるのかわからない。警護の騎士も同乗するから安全と思ったのか? ミフォーネ女王に『悪い人でないから平気』と説得されていたけど、騎士は警戒はといていないだろうな。

 周辺で賊が出た情報もあるのに、オレらを迎えるなんて。ミフォーネ女王の絶対的信頼を向けられたのか、ミフォーネ女王は疑うことを知らないのか。

 オレは変装を継続中。エシオンもフードの装備をとこうとしていないのに。よく許されたな。

 ワムスのために動くオレらを目の当たりにして、騎士も『悪者ではない』とは判断してくれたのか?

「アクシルさんとこんな形で会うことになるなんて思わなかったわ。元気そうでよかった」

 馬車に揺られながらミフォーネ女王がふわりと乗せた声に、アクシルがかすかに瞠目した。

「僕を存じているのですか?」

「行方をくらましたと聞いて、私もオリティブ……交換留学の相手も心配していたの」

「身勝手な行動をして、ご迷惑をおかけしたました」

 申し訳なさそうに頭をさげるアクシルを見て、前に聞いた情報がつながった。

 交換留学が決まっていたオリティブは、相手が行方不明になって留学先が変わった。相手はアクシルだったのか。

 『国に顔が割れている』とかの事情も、そこらが影響していたのか?

 馬車の同乗の提案も、信頼できるアクシルがいたからだったのかもな。

「あんな事情でお国を離れていたなんて。事件にまきこまれたわけではなかったのね。よかったわ」

 説明が届いていないワムスは『事情』がわからないのか、小さく首をかしげた。空気があるからか、疑問を口にはしないでうつむくだけ。

「ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」

 アクシル自身もワムスを前にこの話はしにくいのか、視線はワムスに向かなかった。ミフォーネ王女から視線を外すのは失礼ってだけか?

「帰りにこんな出会いがあって、偶然に感謝ね」

「どうしてあの場所にいたんですか?」

 疑問に思っていたのか、パルは迷いを見せないで発した。騎士がピクリと動いたけど、ミフォーネ王女は気づきもしないで口を開く。

「お仕事の帰り、って言ったらいいかしら?」

 どんな仕事だったかは、聞くべきではないよな。守秘義務とかがあるだろうし、聞いたとしてもわからないだろ。

 なにより、騎士が怖い。

 これ以上聞いたら、今度はリーター王国の騎士に拘束されかねない。騎士がとめようとしていないから、聞いてもいい内容だよな?

「あの時間にお仕事が終わって、帰りにボリッツの騎士を見かけて。ねぎらおうと馬車をおりたから出会えたの。重なった偶然の産物ね」

 ミフォーネ女王がいなかったら、ワムスを解放できたかわからない。偶然に感謝だ。

「観光かしら?」

「はい。リーター王国はいい街ですね」

 おべっかみたいだけど、本心だ。笑顔のなかった領主の村と違って、リーター王国はにぎやかで幸せにあふれていた。好感しか抱けない。

「ありがとう。そう言ってくれると、とてもうれしいわ」

 両手を重ねる仕草すら、高貴さがにじむ。

「あの人も愛した土地だから……」

 瞬間、ミフォーネ女王の表情が悲しみに曇ったように感じた。

 あの人が誰なのか。真っ先によぎったのは、近衛兵だった。

「誰でも好きになれますよ! こんなにいい街ですもの!」

 空気を変えようとしたかのようなパルの明るい言葉に、ミフォーネ女王はさみしそうに笑った。結ばれなかった近衛兵を思っての表情、だったのか?

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