第7話
リーター王国に近づくより前に、エシオンはフードを装備して目深にした。布と影におおわれて、顔の半分以上が隠れている。持参していたらしい。
「日よけ? いいなぁ」
なぜかアクシルは、羨望のまなざしを向けた。早い時間とはいえ、そこまで日は強く感じない。アクシルは肌が弱いのか? 白皙だし、敏感なのか?
「持ってくればいいだろさ」
「ないよ」
よほど残念だったのか、アクシルは小さく息を吐いてうつむいた。細かい束の柔毛が嫋々と揺れる。1本1本の繊細さは、なびくたびに雲をとどむ旋律を奏でそうだ。剛毛ぎみのパルとは大違い。
パルは初めての地に警戒がゆるまないのか、視線が周囲にまとまりがない。『安全』と聞いても、不安は拭えないみたいだ。
レヴィはここを歩くのは初めてなのか、瞳を輝かせている。オレもここを歩くのは初だ。見える風景に記憶がちりつくこともない。真の人生初。
人の手が加わったような舗装された地面には、まっすぐとわだちが伸びている。
わだちの先にあるのは、今まで立ち寄った村とは段違いの街。距離を詰めるにつれてざわめきも聞こえてきて、村より強いにぎやかさが伝わる。
行きかう住民の中に、記憶に残るものもあった。
「あの装備」
「領主の村で見たのだね」
漏れたオレの声に、パルも反応する。パルも気づいたのか。
顔に見覚えはないけど、領主の件で村に来た騎士と同じ装備を着た人がいる。ここの騎士だったのか。あの村、この国の領土だったのか?
街の入口にも、警備の騎士がいた。会釈をして、街を訪れる。
にぎやかな雑踏、笑顔にあふれる人々は、平和さをにじませる。歩くだけで、こっちも楽しさをわけてもらえるみたいだ。暗さをにじませていた領主の村とは大違い。
「こんな場所もあるんだね」
明るい雰囲気の街が初めてなパルは、キョロキョロとせわしなく街を見回している。騎士の警備に安心したのか、警戒は薄れたように見える。
レヴィも興味を爆発させて風景を楽しんでいる。2人ほどではないけど、オレも内心は心躍る。目的を忘れて観光を楽しみたくなる。
残りの3人は静かに歩いている。ワムスに視線を送るアクシルには、楽しむ様子は一切ない。珍しさは感じていないと伝わる。
今まで来たのは、村ばっかりだった。ここまで栄えた街に行くのは初めて。ここより栄えた場所、あるのか? よぎるほどに、明るくにぎわっている。
エシオンはたまにレヴィに向いて、気にかけている様子だ。フードから唯一のぞく口元はゆるんでいて、楽しむレヴィに癒やされているみたいだ。
ずっと蘇生種の地で育ったなら、エシオンとレヴィは長いつきあいなのか? 隠された情愛があるのかもな。だからこそ、レヴィの散歩も見逃したのか?
レヴィと守り手に交流はあったのか? オレより幼く見えるレヴィ。オレの過去から計算したら、レヴィは生まれる前か生まれて間もないかの頃に守り手はいなくなっていそうだ。面識はないかもな。
エシオンと守り手は、面識はあったのか? ずっと蘇生種の地で育ったらしいエシオン。年齢的には幼い頃に面識はあってもよさそうだ。ペンダントから流れた思念にエシオンの名前があったらしいから、少なくとも守り手はエシオンを知っていたよな。
人間のエシオンが、どうしてずっと蘇生種の地で育ったんだ? それを言ったら、守り手も同じか。よぎった疑問は気軽に聞けそうな内容ではない。
「情報収集といくか」
フードをつかんで目深にして、エシオンは意気を見せた。この服で怪しまれないか? 懸念をよそに、街の人は思ったほど気にしていない様子。騎士もスルーだった。
全身ローブではないから、そこまで怪しまれないのか? フードだけの装備は、この街からしたら怪しくはないのか?
もしかして、オレの変装に目が向きにくくなるようにのエシオンなりの配慮だったり? 真意はどうであれ、オレらを強く怪しむ視線は送られない。
情報収集の勝手がわからないオレを尻目に、エシオンは数人で会話をするおばさんに歩み寄った。
「現地の人ですか?」
初対面の人相手だと、さすがにエシオンも敬語にするのか。『丁寧なほうが情報を得やすい』とかのノウハウがあるのか?
「そうだよ。観光かい?」
「はい。6人で来ました」
エシオンの視線が飛ばされて、オレらもおばさんに近づく。
フードの1人旅より、仲間がいる旅のほうが自然か。警戒をゆるめる手段かもな。
「にぎやかな街ですね。どんな場所なのですか?」
昨夜の口ぶり的に、エシオンは既に知っていそうだった。エシオンの作戦かもしれないから、黙って見守る。
「リーター王国って名前だよ。ミフォーネ女王は住民をとても思いやってくれて、いい国だ」
心からの言葉だと伝わる笑顔だ。本当に幸せな生活を享受できているんだな。証明するように、背景には絶えず明るい声が響き渡る。
「ミフォーネ女王もつらかっただろうに、悲しみにとらわれないで行動してくれた」
「なにかあったの?」
パルの問いに、おばさんは周囲を気にするように顔を少し近づけた。
「ミフォーネ女王……当時は姫だったけど、実は近衛兵との子を産んでね。周囲の反対もあって、今の国王と結婚することになったんだけど」
事情があるのか。オレにはよくわからないけど。立ち直れたのなら、よかったと思っていいのか?
「最近の国はどうですか?」
国の事情には興味はないと言わんばかりに、エシオンはさりげなく話題を移した。
「いい国だよ。不満を抱く人のほうがいないよ」
エシオンの問いを、ありえないと言うように笑った。
「ただ最近、周囲の土地に賊が出るようになったらしくてね」
オレを襲撃した賊か? ワムスたちを襲った賊?
「不安にならなくていいよ。騎士が対処に励んでくれている。あたしなんて、危険を感じたことすらない」
観光客に言うべきではないと思ったのか、おばさんはすぐに言葉を続けた。
おばさんに聞いても、どんな賊だったかはわからないよな。エシオンも同様だったのか、怪しまれるのを懸念してか、問いはしなかった。
「オリティブ様は特に精力的に励んでくれて、頼もしい限りだよ」
「国王様?」
パルの問いに、おばさんは手をぶんぶんと振った。
「この国の騎士だよ。高い実力と、交換留学で得た知識をかねそなえているのさ」
「騎士って、交換留学をするの?」
パルの質問に、レヴィも興味ありげに首を伸ばしている。
レヴィもオレ同様、街は初だよな。街の人の話を聞くことも初めてだったのか? 初耳だらけの話に、心を躍らせているんだ。
「珍しい文化かな。留学先はスジョングって国だったね。数年前に終えたんだ」
騎士が交換留学をするからには、そこもここと同じくらいに栄えた場所なのか? まだまだ知らない場所だらけだ。
「そうそう。交換留学をさせる騎士を選ぶために、他の国の騎士が今いるんだよ」
反応するように、アクシルは周囲を見た。ここらには、見覚えのある装備しかない。全員があの装備を着用しているのか? 異国の騎士は違う装備?
知識のないオレにはわからない。ワムスも同じ疑問を抱いたのか、視線を周囲に揺らした。
「同じ女性だからか、ミフォーネ女王に高い忠誠心があってね。ミフォーネ女王もオリティブ様を信頼していて。……オリティブ様の事情も含まれているのかもしれないけどね」
この装備を着た、女の騎士。もしかして領主事件で世話になった、あの人か? 女騎士ってだけで決めつけるのは乱暴か。
「特別な事情があるの?」
「交換留学先で、身分違いの恋をしたらしくてね。あくまでもウワサだよ」
本当だとしたら、ミフォーネ女王の過去とつながる点がある。互いに特別な信頼関係が築かれたのか?
「オリティブ様が賊の対策に積極的なのですか?」
エシオンは、それかけた話を軌道修正した。おばさんのウワサ話まで聞いたら、長くなりそうだ。察知して、早々に動いてくれたんだ。『内偵活動になれっこ』と自負しただけある。
「そう、誰よりも」
正義感の強い人みたいだ。こんな人が領主だったら、あの村も平和だっただろうに。
「対策は進んでいそうですか? 道中、危険はなさそうでしょうか?」
「ないよ! オリティブ様を信頼しな!」
事実、ここに来るまでの間に賊の危険は感じなかった。エシオンが賊を追いかけて、退治しようとしたからかもしれないけど。
「お話、ありがとうございました」
「いいえ! 楽しんでね」
おばさんに礼をして立ち去って、オレらは1人目の情報収集を終えた。
「対策してるくせに、だぜ」
満足に距離を置いた場所で、エシオンはポツリと漏らした。フードに隠れた奥で、どんな表情をしているんだか。
「隅々まで見るのは大変そうだもん。仕方ないんじゃないかな」
視線をよそに投げたまま、アクシルは返した。
「狙いがディセットだけなら、住民が危険を感じなかった理由にはなるよ」
言葉を続けたアクシルは、日が気になるのか、前髪をいじったり、目をおおうように腕をかざしたりの行動が目立つ。
オレ以外の存在はスルーしたから、住民が危険を感じることはなかった。
オレ以外の人の前に姿を見せても、騎士に通報されてとらえられる可能性がある。金品を奪う目的とかがないと、姿を見せる意味がない。
元々賊が少ない、平和な場所だったのか?
金品を奪う事件が発生したら警備が強まって動きにくくなるだろうから、余計な動きはしないように黒幕が賊を操作したのか。
「情報、手に入ったんじゃないかな? お開きにしないかい?」
口を切ったアクシルは、なにもない石の地面に視線を落としていた。
「早い。1人目だぜ」
あきれるように半眼でアクシルを見たエシオン。初めて聞く情報は多かったけど、満足に得られたかまではわからない。1人目だし。
重なる情報が多くなって初めて『ここで得られる情報はない』って判断するもんじゃないのか?
「ケガ、痛むのか?」
異変を察したのか、ワムスはかすかに不安を感じられる瞳をアクシルに流した。
1人目で撤収を望むなんて、明らかにおかしい。いつものほがらかさも消えている。もしかして、ケガの痛みを押して来ていたのか?
「……人酔い、しちゃったかな」
笑みを作ったアクシルだけど、いつもの様子とは異なって見えて。
人が多いリーター王国国。『オレらは平気か』と気づかっていたアクシル。自分が苦手だっただけ? 優しくされたと思ったオレの心、どうしてくれる。
「休みますか?」
さすがにレヴィも、心配をのぞかせている。あれこれの言動のせいでアクシルに苦手意識は生まれたっぽいけど、無視はできないんだ。
「外に出たほうがよいのか?」
「行こうか」
ふわりと顔をあげたアクシルは、ワムスの手をひいた。
「待て」
心配や違和感を消す、この行動。ツッコまないでいられるか。
「ワムスにつきそってもらわないと、元気になれないよ」
まさか、今までの話も全部策略? 賊と戦ったあとにずっと倒れていたことといい、アクシルの真意はつかめない。
また、アレな話が始まるのか? レヴィは、既に視線を外していた。察したか。
「……了承した」
いつもの流れは始まらなかった。ワムスはアクシルの手こそ丁寧にほどいたものの、素直に同行する様子を見せる。
あのワムスが、どうして?
数日の間に、ワムスの心が変わることがあったのか? いや、まさか。賊から助けてもらった礼として、優しくする気になっただけ?
「ワムスもつらいの?」
パルの声で、別の可能性も示唆された。ワムスも完治はしていなかった。歩くだけだったけど、予想以上の症状があったのか? 平気そうに見えるけど、強がっていただけ?
「案ずるな。ただのつきそいだ」
平気を証明するように、ワムスは力強く点頭した。
ワムスの同行を前にしても、アクシルは喜びをあらわにしない。ほがらかさを消した表情でワムスを見るだけ。
「もりあがってるトコ、悪いけど。反対」
肩ほどに片手をあげて、エシオンは否決した。
「休ませるべきだろ」
人酔いとはいえ、体調不良は事実。人酔いがケガに悪影響があるかわからないけど。健康は大切にするべきだ。
「『安全そう』な国とはいえ、別行動はどうよ? ワムスは、襲われた前科つき。戦力の分散にもなるぜ?」
オレを狙う賊に顔が知られたワムスとアクシル。弱った状態で、騎士の警備がない国の外に送るのは危険。
エシオンの主張は筋が通る。
「大丈夫だよ。人気のない場所でくんずほぐれつするよ」
「休め」
反射的にツッコんじまった。人気のない場所で休むのは、賛成だけど。いや、助けを呼べないって意味では危険?
「街の中で休む? 人通りのおだやかな場所、どこかにあるよね?」
パルの気づかいに、アクシルは小さく首を横に振った。
「……ごめんね。ひどくはないから、平気だよ」
「本当にいいのか?」
アクシルの様子から違和感が抜けないのは事実。万全な状態ではなさそうだ。
「すぐに終わらせようか」
アクシルがそう言うなら、そうするべきか? ワムスもアクシルを見つめるだけで、言葉を発しはしない。
早く終わらせて、アクシルを休ませる。それがアクシルのためになるのか?
「調子が悪くなったら、言えよ」
自分の中で納得を作って声をかけたら、アクシルは小さく点頭した。
ひどい様子にも見えない。本人がこう言うなら、意見を尊重するべきだ。
極力早く終わらせて、アクシルを休ませられるようにしよう。情報収集に無知なオレは、早く終わらせることに貢献できるかは未知数だけど。
エシオンも考慮して、どうにか励んでくれるよな。エシオンは次の収集先を求めるように、雑踏を眺めている。
オレらは邪魔しないように、怪しまれないようにそれぞれ演じる。
「あなたたちは……」
ざわめきに紛れて聞こえた声。振り向いたら、領主事件で世話になった女がいた。リーター王国に来てからすっかりなじみの装備を着用している。
「ここの騎士だったんだ」
小さく漏らしたオレに、相手は小さく口を開けたあとにりりしい表情に変えた。
「申し遅れました。リーター王国の騎士のオリティブです」
形式ばった礼に、装備が小さく鳴った。日の光で輝く装備からは、一切のよごれや曇りが見えない。まぶしさすら感じるほどで、手入れの丁寧さがよくわかる。
「救っていただき、感謝する。礼が遅くなって、すまぬ」
「お気になさらないでください。民のために動くのは、騎士のつとめです」
おばさんに信頼されるのもわかる信念だ。しっかりとした滑舌といい、マジメさが伝わる。
「いい考えだね」
パルも信頼を抱いたのか、珍しく警戒をといた言葉を届けた。
「この国の民はミフォーネ様……女王様の子も同然です。民を守ることこそ、女王様のためなのです」
胸に手を当てて、とてもいとおしそうに目を細めた。
「近衛兵って、今はどうなったの?」
続けられたのは、空気を読まなすぎるパルの声。警戒Maxで応対されても、空気は壊れたけど。どっちに転んでも、パルは空気クラッシャーだったか。当然ながら、オリティブの動きが一瞬とまる。
「……存じているのですか」
「ウワサ、本当だったんだ」
オリティブの様子に気づいていないとしか思えないような軽い声を、パルは返した。『人間関係にヒビが入るかも』の警戒はないのかよ。
「周囲の反対さえなかったら、ミフォーネ様は愛する相手と幸せになれたことでしょう。ミフォーネ様は忘れずに、今も5年に1回、会う約束を交わして――」
オリティブの言葉は徐々に小さくなって、最後には届かなくなった。ミフォーネ女王とオリティブの両方の傷をえぐったのか?
「賊が出るって聞いたけど、大丈夫か?」
空気を変えようとしたオレの問いに、オリティブは表情を締めた。
「対策を進めて、被害が出ないように善処しております。もしや、被害や目撃がありましたか?」
「……いや」
言うべきかともよぎったけど、狙われた心当たりを聞かれたら困る。
「なにかありましたら、遠慮なくに申してください」
言いよどんだ真意に気づかれての言葉ではないよな? そう思おう。
「あの事件はアフターケアもできなくて、申し訳ありませんでした」
「こっちが先に出立しただけ。気にすんな」
もしかして、オレらに事情を聞きたいとかがあったのか? 言われなかったから、そうではないよな?
「偉そうな言葉になるが、これからも民のために助力してくれ。オリティブのような騎士が、世界にあふれるように」
「ありがとうございます」
オリティブはやわらかく笑った。キリッとした表情を見ることが多かったから、こうして笑うと印象がぐっと変わる。
「交換留学の関係で、騎士がいるんだっけ?」
思い出したかのように聞いたパルに、オリティブは再度表情を戻した。
「気になりましたか? この時期は、騎士は特別気をはっていて。見ていて、ほほえましいです」
そうだったのか? いつもの騎士を詳しく知らないオレは、一切感じなかった。
「オリティブも交換留学、したんだよね? 当時はそうだったの?」
パルのぶしつけさは、まだ続く。そこまで知られていると思わなかったのか、オリティブは苦い顔になった。
「そう、だったかもしれませんね」
無機質な装備とは正反対の色が、オリティブのチークに乗る。
「留学先って、どんな場所だったんだ? ここより栄えてる?」
情報収集には関係ないだろうけど。個人的に気になるから、質問を飛ばした。
「厳格な場所に決まったので、緊張しておりました。諸事情で別の国になったのもあって、強い心で挑めたように感じます」
スジョングより先に、別の国に行く予定があったのか? 騎士事情はよくわからん。
「どうして、そんなことになったの?」
ここでも空気を読まないパルは、ズケズケと質問を飛ばす。今まで気づかなかったけど、こんな面があったのか? いい加減、たしなめるべき?
大きな国を見るのは、パルも初めてだ。はずむ心があるのかもな。少し流してやるか。知りたい気持ちは、オレも皆無ではない。
「当初は、ボリッツという国に行く予定だったのです」
「そこは……」
ワムスの小声に、オリティブは説明を続けた。
「騎士の教育に強い力を注ぐ国です。交換留学が決まった相手の国の騎士が、行方不明になってしまいまして。急遽、スジョングに変更になりました」
そんな事情があったのか。
「行方不明の騎士、見つかったのか?」
今の話で気になったのは、そこだ。無事だったのかわからないまま話が終わったら、モヤモヤが残る。
「少なくとも、自分の留学中に所在は判明しませんでした。それからどうなったかは存じません」
他国の事情である以上、オリティブは深く首をツッコめなかったのか。身を案じたのか、ワムスは表情を暗くしてうつむいた。
「ボリッツに赴いたらどうなっていたか、よぎる瞬間もあります。ですが、変更後の国で学んだことは大切な糧になっております。これでよかった。そう思えるほどに」
学びのほかに、恋愛のあれこれも含まれているのか? そこまでは、さすがにパルは聞かなかった。良識があってよかった。
「オリティブは、いい騎士だと思う」
これは、オレの素直な意見。騎士についてはよくわからないけど。オリティブみたいな騎士がいたら、いい国になると思う。
「ありがとうございます」
ゆるやかに笑って、オリティブは一礼して立ち去った。長々と呼びとめちまった。賊の対応とかもあっただろうに、悪いことをしたか?
「早々に情報収集に戻ろうではないか」
口を切ったのは、珍しくワムスだった。今まで、リードするようなことは少なかったような。気持ちを切り替えて、揚々と動きたさそうにしている。
同時に気づく。ワムスのそばにいたアクシルが、姿を消している事実に。
「アクシルは?」
誰も気づいていなかったのか、全員が周囲を見回している。
はぐれたのか? 話し中に移動はしていない。人の波も多くはないから、のまれて流されることもない。どこに消えた?
「いない今こそチャンスだ。振り払うのだ」
ワムス、アクシルから逃げるのを諦めてはいないのか。なんだかんだあって、許せるまでにはなっていないんだな。
体調が悪化して、休める場所を求めて歩いていっちゃったのか? オリティブとの話に夢中で、気づかなかった。
「ごめんね。おいしそうなにおいにつられちゃって」
オレらが捜索に移るより早く、ゆるい笑みのアクシルが戻ってきた。誘惑には負けなかったのか、手にはにおいの発生源らしきものはない。既に胃の中にある可能性も否定できないか?
「お体、大丈夫ですか?」
レヴィが心配そうにアクシルを仰ぐ。
「ワムスを眺めていたら、すっかりよくなったよ」
元気になったから、食欲に忠実に動けるまでになったのか? 人酔い中は食欲は失せそうだ。症状が消えたから、においにつられたんだよな。体調が戻ったなら、安心か。
少食のアクシルが飯につられるなんて、どんだけうまそうだったんだ。興味本位で嗅覚に意識を集中させたけど、特別ひかれるにおいはない。オレ好みの飯ではないみたいだ。
「永遠にかじりつけばよかろう」
「ワムス以上においしい香りはないよ」
アクシルらしい発言を無視して、情報収集に戻った。
エシオンのリードで情報収集を進めて、新たに集まった情報をまとめる。
ローブをまとった人が賊と会うのを目撃した人がいた。話が聞こえるまでの距離には近づかなかったから、会話内容は不明。
賊の外見的特長は、アクシルたちを襲った賊のボスと合致した。ローブは賊より背が低くて、小柄な印象だったらしい。暗かったからローブの色までは不明確で、エシオンが目撃したローブと同じかまでは特定できなかった。見かけた日は、アクシルたちが襲撃された日より前。
「ここまで来たら、賊とローブはつながってる説が濃厚?」
フードを下にひっぱりながら、エシオンは吐き捨てた。
エシオンがローブを着用していたら、エシオンが『賊と一緒にいたローブ』と誤解されたりして。エシオンは小柄とは言えないし、誤解はされないか。
「賊を助けたのも、筋が通りますね」
煙玉を使ってエシオンから賊を逃がしたのも、ローブを着用した姿だったんだよな。ローブと賊は、協力関係ではありそうだ。
「黒幕がいるなら、ソイツさえたたけばいいから楽だぜ」
そう考えられるなんて、エシオンは大物だ。黒幕が1人だったとして、苦戦するかもしれないだろ。
エシオンはパルと違って、心配とか不安とかに乏しいタイプか? 自信がある発言をして、オレらを鼓舞しようとしているだけ?
自信に満ちた言動のおかげで暗いムードにしないのは、長所と言えるか? 傲慢に感じて反感を抱く人も、多少はいるかもしれないけど。
ワムスみたいに、実力があるのに卑下が強いタイプより好感が抱ける。ワムスを否定するわけではないけど。もっと自信を持ってもいいだろ。
「ここまでの情報を見た限り、表に出ないようにしてそうだぜ。正体をつかむまでが長いか?」
ローブを着用しているなら、姿を見られても正体はバレない。目撃証言自体も少ないし、そもそも見られないように行動していそうだ。用意周到ぶりがうかがえる。
明暗が出るかもわからない思考にひたろうとした瞬間、視界の隅に歩く装備が見えた。
ワラほどの情報にもすがるように、無意識に視線を向ける。騎士っぽい装備なのに、今まで見た装備とは異なる。初めて見る装備。交換留学で来た騎士か?
視線に気づかれたのか、騎士がこっちに向いた。
「お前は……」
両目を見開いて、ズカズカとこっちに歩み寄る騎士。領主の村の衛兵がよぎって、緊張が走る。
「アクシルか!?」
緊張は杞憂に終わって、騎士はオレを通りすぎた。
アクシルの前でとまった騎士は、アクシルをまっすぐ見据える。ほがらかな笑みを崩さないアクシルの表情に、いつもとは違うかたさがにじんだ。
「いえ、違います」
アクシルが発した否定は、オレらにはウソだとはわかる。アクシルの名前はアクシルだから、問い自体に誤りはない。否定するのは間違っている。
同名の別人と誤認した可能性は残されているけど。視認してアクシルの名を出した以上、外見も酷似しているんだ。顔が似ていて名前が同じ人に間違えられる偶然、あるか? 名前が同じなら、双子ではない。他人でそんな人、実在するか?
「そうか。人違いだった……」
騎士の声と視線は、一点でとまった。
流れるように、オレもその先に視線を送る。オレらから離れてキョロキョロと視線を飛ばす、ワムスがいた。背中に刺さるオレらの視線に気づいたのか、ワムスは塀の隙間に体をすべらせる。隠れられるだけのスペースはなかったのか、体の半分以上がさらされている。
「ワムス」
アクシルを読んだ際とは比べ物にならないほど、騎士の声は低く憎しみのにじんだものだった。
ズカズカと装備を鳴らしてワムスに近づいた騎士は、ワムスの腕を乱暴につかむ。力任せに、隙間からひっぱり出された。
「まさかこんな場所で遭遇するとはな。のん気に国を歩くとは、どんな了見だ?」
脅すような低い語気。震える瞳を向けるワムスは、言葉を発しようとしない。
「待てよ、乱暴するな!」
腕を持っているだけだけど、なにもしていないワムスにしていい行為ではない。声を荒らげたオレにも、騎士は臆した様子を見せない。
「関係ない者は黙っていてください。ワムスに話があるのです」
「無関係ではない。ワムスはオレの仲間だ」
騎士の顔が向いて、装備の奥のギロリとした瞳にとらえられた。臆しそうになるけど、こらえる。
「こんなヤツの仲間だなんて、かわいそうに」
「んなわけない! ワムスは頼りになるし、仲間のためにつくしてくれる大切な仲間だ!」
主張するオレの前で、ワムスは小さく首を横に振る。否定なんかするな。紛れもない真実だろ。
嘲笑するように、騎士の口元がゆがむ。
「だまされていますよ。ワムスは、騎士のなりそこないなのですから」
騎士の瞳がアクシルに流れる。
「それだけにとどまらず、優秀な見習い騎士をそそのかして騎士の道を閉ざした、重い罪を抱えています」
「アンタの国に、侮辱罪はないのかよ?」
黙っていられなくなったのか、エシオンが騎士にまっすぐとした言葉を投げた。フード越しでも、怒りに燃える瞳が見えるようだ。
パルも、悔しそうに唇をかみしめている。立ち向かう声こそあげないけど、沸騰する感情があると伝わる。
レヴィは突然の事態に混乱しているのか、不安そうに視線を泳がせている。
アクシルは、なにかをしようともしないで、うつむいて黙っていた。ワムスが責められているのに、指すら動かそうとしない。
「真実を言っても、裁かれはしませんよ」
騎士の発言を証明するように、ワムスは反論もないまま震える瞳をうつむかせる。
「こんな血族、騎士にすべきではなかった。判断を誤ったのですよ」
「言いすぎだろ!」
なにがあったか知らないけど、この様子のワムスを前に言葉を続けさせたくはない。
ワムスの腕を強くつかんだ騎士は、ひっぱって歩き出す。力任せにはされていなさそうなのに、ワムスの体は風になびく布のように動いた。
「待てよ!」
声を荒らげたら、ワムスの顔が弱々しく向けられた。
「……今まで、世話になった」
震える声が届いて、抵抗を見せないまま騎士の意のままに歩いて。
「アクシルも、聴取がある」
騎士に名指しされて、アクシルは小さく顔をあげた。数秒だけ目を泳がせたけど、意を決したかのように騎士に歩き出す。
「おい!」
追いかけようとしたけど、エシオンが前に出た。
「目立つ行動はするな」
狙われているオレ。騎士がいる街の中とはいえ、どこに敵が潜んでいるかわからない。騒いだら、潜む敵に自らの存在をアピールするようなものだ。ここで賊に暴れられたら、無関係の街の人を大勢まきこむかもしれない。騎士がいるからと慢心はできない。
賊に暴れられはしなくても、オレと一緒にいる光景を見られることになる。ワムスみたいに、襲撃の危険を与えてしまうことになる。
「だからって……」
無抵抗に歩き去るワムスとアクシルの背中は、どんどん小さくなって。今にも雑踏に消えてしまいそうだ。放っておいていいのかよ。
「聴取と言ったろ。命を奪われるわけではないさ。今暴れたら、ディセットのほうが危険になりかねないぜ」
ワムスはひどい言葉をあびていたけど、さすがに暴力とかはないよな? 相手は騎士だ。肉体を傷つける手荒はないはず。
だからって、今はこらえるしかないのかよ。
「放っておけってのか!?」
「2人が素直に同行したのは、手荒にしたくなかったからだろうぜ」
エシオンの声が、残酷に刺さった。
また、オレのせいで。よぎるけど、ワムスもアクシルも、オレを守りたいからこそ起こした行動なんだ。
同じ状況だったら、オレも仲間の身を案じて動いた。自責を感じすぎる必要は、ない。
「騎士につかまるだけのことをしたってのか?」
エシオンも状況を受容できないのか、ぽつりと吐いた。
騎士の目から逃れるように身を隠そうとしたワムス。行動からは、騎士に見つかりたくない心がかすめとれる。
「悪人には見えなかったよ。なにかの誤解だよね?」
パルの声に、すぐに返される言葉はなかった。
「血族になにかあったのか?」
エシオンの声で、騎士の声が呼び起こされる。そんなことを言っていた。ワムスの血族が、なにか? あったとして、どうしてアクシルまで?
同じ事情でひっぱられたのか? 2人の血族は同じだった、とかなのか? 次々浮かぶ疑問も、解消を届ける材料はない。
「あの2人になにがあったんだよ」
2人の背中は、すっかり見えなくなって。疑問が解消されることはない。
「どうする、んですか?」
「このままで終われるわけないだろ」
納得できるわけがない。こんな形で離されるなんて。
「2人を、助けに行く」
「事情が不明な以上、助けるって表現が正しいかもわからんぜ」
「本当に悪人の可能性もあるって言いたいの?」
責めるようなパルの声に、エシオンは首を横に振った。
「本当に誤解かも、のほう。ワムスが犯罪者に見えるのかよ」
「違うよ」
「そういうこった」
エシオンは熟考するように、空に視線を投げた。
「アクシルは『聴取』と言われた以上、つかまることはないだろうさ。少なくとも、ワムスのなにかの関係者の可能性を疑われただけだろうぜ」
騎士に『アクシルか』と聞かれた際、最初は否定したアクシル。ワムスがつかまって連行される際、なにも言わないで同行したアクシル。
ワムスを1人にするべきではないと思っての行動だったのか? 今この瞬間も、アクシルはワムスを守ろうと努力しているのか?
ただ、ひっかかるのは。
ワムスが騎士に詰め寄られた際、棒になったかのように行動を起こさなかったアクシル。いつもはワムスに強い執着を見せるのに、騎士に腕をつかまれたワムスを前にしても、一切動こうとしなかった。口を開こうという様子すらなかった。
領主の事件でも、ワムスと意見を対立させて同行することはなかった。ワムスの身を案じるなら、一緒に対抗するほうがよさそうだろ。
肝心な面でアクシルは、ワムスのために動けていないように思えた。
「どうしたら2人を助けられるの?」
「聴取だけのアクシルがいるなら、会いに行く程度は可能だろうさ。ワムスに会えるかは、騎士の判断任せだろうがな」
「どこにいるか、わかるのか?」
問題は、そこだ。今回は騎士につれられたとはわかっているから、仲間の騎士に聞いたら検討はつけられるのか?
「事情を話せば、アクシルの面会くらいは許されるだろうさ」
時間を惜しむように歩き出したエシオンに、全員で続いた。
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