第5話 トランプ将棋 後編

「!?」


「ん?どうかしたか?」


瞳の蒼を揺らがせた瑠花に平然と言葉を返す桐亜。


「どうしたもこうしたもないよ、だって、今君が動かしたカードは……」


瑠花は桐亜が今動かした、及び桐亜の陣の真ん中のカード、それでいて


「君の王様のカードじゃないか!」


桐亜の王様のカードを指さして叫ぶように声を上げた。それだけでは収まらず、椅子から立ち上がり、目を見開いている。


「だから、それがどうした?」


「ど、どうしたって……え……」


瑠花は力が抜けたように椅子に座る。


「だって……王様を動かすということは王様のカードの左右には他のカードがないということ……つまり、攻められれば王様はあっけなく取られてしまうんだよ?」


「だから……何度も言わせるな、それがどうした」


桐亜は紅く、それでいて冷たい瞳で瑠花を見据える。


「1ターン目から不利な状況になるような行動、今の俺みたいな正体のばれた王様を動かすという行動とかだな。そんなことをして意味が無いとでも思ってるんだろうけどな……」


桐亜は自らの王様に人差し指を乗せて笑う。


「遊戯の醍醐味は逆転だ、逆転勝ちを狙うなら、自ら不利な状況に陥ろうとする行為に走っても何も不思議ではないだろ?」


桐亜がそう言うと瑠花はお得意のポーカーフェイスを整えて、ため息をつく。


「そう言えば、君はそういう男だったね……忘れていたよ」


「そのまま存在すら忘れていてくれたらよかったのにな」


『では、瑠花さんのターンです』


「じゃあ、どうしよっかな」


――――――『瑠花の思考』――――――

桐亜は真ん中の明らかに王様のカードを動かした。だが、それは同時に高確率でジョーカーの分かる一手。


ジョーカーの性質、『どのカードにでもなれる』はつまりは上下左右斜めのどの方向へも進めるということ。おまけに際の列であれば3歩動ける。


この性質があるジョーカーであれば、王様にするのに最適。ジョーカーであることがバレなければ王様もバレない。


しかし、桐亜は既に王様がバレている。つまり、この状況は瑠花の圧倒的有利。だが、守備を怠ってはいけない。王様を取られれば有利でも、桐亜のいう、『遊戯の醍醐味』が実現されてしまう。


つまりこのターン、このカードを動かす!


――――――――――――――――――――


瑠花は自身から見て1番右のカードを1歩前に動かす。


「そう来たか……」


『桐亜さんのターンです』


「なら、俺は……」


桐亜は右列端のカードを前に2歩動かす。


「そんなに動かしていいの?2歩前に進めるのはQだけ、それがQだってバレちゃったよ?」


「バレるように動かしてるにきまってるだろ?」


「わざと……か……」


「あぁ…」


『瑠花さんのターンです』


―――――――瑠花の思考――――――――


なぜわざわざバラす必要が……?Qに注意を引いて何かをバレないように……?他になにか隠しているのか?だが、そんな素振りは……相手は桐亜だ、素振りなど見せるはずが……わからない……わからない……

――――――――――――――――――――


「わからない……」


「あ?」


「わからないよ……君が何を考えているのか……なぜ王様をばらした?なぜQだとわかる動きをした?」


「だから……リスクを負うために……」


「本当にそれだけかな?」


瑠花は桐亜の瞳をじっと見つめる。


「ふっ…敵に答えを求めてどうする?せっかく見えるようになったその目でよく見て、よく考えろ」


「そうだね……」


瑠花は視線を外し、ため息をつく。


「ちなみに、ひとつ教えておいてやろう」


「な、なにを……?」


戸惑う瑠花に桐亜は告げる。


「次の俺のターンでこの勝負は終わる」


「え……そんなはずは……」


「いいや、確かに終わる」


「そんな……そんなわけ……そんなわけない!」


瑠花は椅子から勢いよく立ち上がり、桐亜を睨みつける。


「どう考えても君の王様はこっちの陣営には届かないし、私の王様も取れない。次の君のターンで終わるなんてありえない!」


「ありえないことを実現させてみせる!」


「!?」


桐亜の瞳を見た瑠花は力無く座り込む。桐亜の瞳は紅でも、蒼でもなく……黒色の光を放っていた。


「ど、どういう……」


「さっさとお前のターンを終わらせろ、お前に勝つ手段はない」


「は、はぃ……」


桐亜の迫力に押されてうなづいてしまう瑠花。真ん中のカードを1歩前に動かす。


『桐亜さんのターンです』


「さぁ、チェックメイトだ」


「ぐっ!?」


桐亜がチェックメイトを告げた瞬間、瑠花は胸を抑えて苦しみ始めた。


『遊戯者に異常が発生しました。よって、この遊戯は無効とさせていただきます』


少しすると学園担当の医師たちが教室に飛び込んできて、瑠花を運んでいった。


しばらくの静寂が去った後、はじめに口を開いたのは桃瀬だった。


「桐亜さん、どういうことですか?」


どうやら、桃瀬も霊華もこの状況を飲み込めていないらしく、「は?」という顔をしている。


「はじめに俺が瑠花に聞いたこと、覚えてるか?」


「聞いたこと?」


「確か……『お前はあれから何本の薬を打ったんだ?』だったわよね?」


桐亜は霊華の声に頷く。


「あの薬、瑠花が知ってたのか、知らなかったのかは分からないが、副作用があるんだ」


「ふくさよう、ですか?」


「桃瀬、副作用の意味を知らないとは言わせないぞ?」


「し、知ってますよ!主食、主菜、汁物に並ぶ食事のメインのひとつですよね!」


「1号、それは副菜よ」


「え、あ、そうでした……って私は奴隷1号じゃありません!」


てへっと舌を出して可愛らしく誤魔化してからの素早いツッコミを入れる桃瀬。彼女がバカなのはこの際置いておこう。


「あの薬の副作用はな、『敗北を感じた時、それがストレスとなって、ありえないほど体に負荷をかける』というものだ」


「つまり、瑠花さんはストレスで倒れたと……?」


「そうだ、それもありえないほどの……な」


「でも、桐亜、この場面からどうやって勝つのよ?まさかハッタリ?」


霊華はさっきまで遊戯を行っていた遊戯盤を見て言う。


「そんなこと、簡単だろ?」


桐亜は伏せられているカードの1枚を表にする。既に全員に正体のばれたQのカードだ。


「これをこうすれば……」


桐亜はQのカードを2歩前に進める。これでQは瑠花の陣地に入った。


「これで勝利だ」


「桐亜?勘違いしているんじゃないか?相手の陣営へ入って勝利になるのは王様だけだぞ?」


「だから、王様を相手の陣営に入れただろ?」


ここまで説明しても桃瀬と霊華はわからないという顔をしている。


「じゃあ、ネタばらしだ」


桐亜は右手の掌を2人に見せる。


「「あっ!?」」


そこにははじめに渡されたチップがあった。掌にテープで貼り付けられている。


「このチップ、回収されないのを不思議に思ってたんだよな……そしたら、この作戦、使えちまうよな?って……」


「ルール違反ギリギリの正攻法……」


「そうだ、俺はイカサマなんてしていない、俺は相手に信じ込ませただけだ」


『真実の皮をかぶった嘘をな』


桐亜はそう言って笑った。


「桐亜……もうひとつ聞きたい」


「なんだ?霊華」


「なぜ……なぜお前は……トドメを刺さなかった?あえて瑠花が倒れる方法を選んだんだろう?」


桐亜と霊華は互いに見つめ合う。霊華の瞳はまっすぐで、桐亜もまた、歪んだ真っ直ぐさを持っていた。


「そんなことは知らないな、俺が少し煽ったら勝手に倒れた、それだけだ」


「結果論、ということか?」


「ああ」


冷たくそう言うと、桐亜は教室をあとにした。後からは桃瀬の「まだ授業が〜」という声が聞こえたがそれを無視して寮に帰った。




寮に帰り、ベッドに寝転ぶ。


『まさか、お前に俺を抑えるほどの力があるとはな』


もう1人のキリアが語りかけてくる。


『本当にあれでよかったのか?』


「あれってなんだよ」


『瑠花にトドメを刺さなくてよかったのかってことだよ』


「俺はこの学園にいる、それだけを命じられてやってきた、それは瑠花も同じなんだよ。俺は居るだけで満足だ、あいつは俺に倒されることで満足する。だが、あいつの望みが叶えられるということはあいつは俺に敗北するということだ」


『いいじゃないか、あんなやつ、叩きのめせば……』


「俺はもう、誰かの人生を変えたくないんだよ」


『だから、勝つでも負けるでもなく、引き分けを選んだ……と……』


「そうだ、それしかなかったんだよ」


『だが、あいつはまたお前に挑んでくるんじゃないか?』


「それはない、お前が1番よく知ってるだろ?あいつに注射された薬は敗北することで体の中で分解され、効力を失う」


『ふっ、そうだったな……』


「あいつは力を失い、その代わりに、あの苦しみから開放される、『蒼の遊戯師』という肩書きからも……な……」


『どこまでお前はお人好しなんだ……』


「そんなことは無い、俺は今までの償いをしているだけだ。『闇の遊戯師』に課せられた罪は……永遠に償えないだろうがな……」


桐亜はそう言って目を閉じた。


キリアもそれ以上は話しかけててこなかった。

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