第4話 トランプ将棋 前編

「ほら、起きなさい」


「あ?」


「起きなさいと言っているでしょ?」


目が覚めると目の前に霊華がいた。


「俺はお前の主人のはずだが?」


「あー、昨日一晩考えたんだけど、面倒臭いから素で行くわ。どうせあの喋り方も生徒会で強制されてただけだし?」


「それはお前が決めることではない……が、桃瀬から敬語を使われて、お前にまで使われたら窮屈だ。特別に許してやる」


「はいはい、ありがとうございます〜」


奴隷とは思えない言動に朝からため息が出た。


「ほら、奴隷1号がご飯だと言っているわ。早く起きなさい」


霊華は桃瀬を指さして言う。


「そうか、今起きる」


桐亜は上半身を起こし、ペッドから足を出す。


「ちょっと!桐亜さん?なにが「そうか」なんですか?私は奴隷じゃないですってば!」


「擬似奴隷だろ?」


「いや、近いといえば近いですけど……も、もう家政婦でいいです!」


「ほら、家政婦もああいってるし、ご飯にしましょ」


「か、家政婦って……呼ばないでくださいよ〜。名前で呼んでほしいですよ〜」


「桃瀬、ご飯だ。」


桐亜は食卓においてあったおかずを桃瀬に差し出す。


「わーい、ごはんです!ってなりませんよ!?っていうか、私が作ったご飯ですし……」


「はいはい、朝から茶番はいらないから。いただきまーす」


一足先に霊華が食べ始める。


「お前、自分が奴隷ってこと、忘れてないだろうな?」


「わ、忘れてないわよ!」


そう言いながらも白飯を口の中に放り込んでいく。


「俺が飯を食わせないと言えば、お前は餓死する未来しか残らないことを忘れるなよ?」


「あ、あんた……真顔でそういうこと言うタイプなの?」


「どうだろうな」


桐亜と桃瀬も食事を進める。


「それにしても、最近は手作り料理なんて食べてなかったから、昔を思い出すわね〜」


「昔、ですか?」


「ええ、生徒会に入る前ね。入学試験で私はCランカーで入った。けれど、小さな額でコツコツCPを貯めて、やっとSになったのよ」


「ま、1回の遊戯で全部失ったがな」


「う、うるさいわね!ま、諦めはついたし?いつかはあんたをもう一度倒して成り上がってみせるわよ」


「あ、そう言えば、桐亜さんから送って頂いたCP、あれのおかげで私、Aランクに上がりましたよ!」


「な!ま、まぁ、私のおかげでもあるわけだし?私に感謝してくれても……」


「お前は負けただけだろ?てか、桃瀬、お前、何もせずにFからAだぞ?心配じゃないのか?」


「いや、別に……なにか問題があるんですか?」


「いや……ただ、景色が違わないか?」


「へ?いえ、景色は相変わらず桐亜さんの部屋ですよ?」


桃瀬は目を凝らして見渡すような仕草をする。


「そういう意味の景色じゃないわよ!」


霊華が鋭いツッコミを入れる。


「ツッコミがいてくれて助かる。1人でこいつの相手をするのも疲れてきていたところだ」


「そうでしょ?感謝しなさい!」


「あーはいはい、感謝感謝」


「ふっ……」


「お二人とも、酷いですよ〜!」


一人増えたこの部屋は、今日も平和だ。


「あ、桐亜さん、私の部屋、売りに出したので今日からこっちに住みますね」


「は?」


「あ、霊華さんも一緒ですからね」


「は?」


いや……、やっぱり今日も騒がしい。


「何勝手に決めてんだよ!」


「キャー!そんなに怒らないでくださいよ〜!耳がキーンってなっちゃいますよ!」


「そうよ、どうせ毎朝、ご飯作りに来るんだからいいでしょ?」


「霊華、お前は作ってねぇだろ?桃瀬にしてもダメだ。男女が同じ部屋に同棲するのは問題だ」


「なんでですか?ドウセイはダメなんですか?あ、じゃあ、男性なら桐亜さんもドウセイしていいんですか?同性じゃなきゃドウセイしちゃいけないってことなんですか?」


「しょうもない事言ってないでさっさと部屋を取り戻してこいよ。」


「あ……無理なんです……。もう売れちゃったから……」


「は?」


「そ、そんな怖い顔しないでくださいよ〜!」


「ふっ、まあいいか……追い出すだけだし……。犬は犬らしく犬小屋に住むんだな」


「そ、それだけは〜!って、私は犬じゃありませんよ!」


「はいはい……」


桐亜は深いため息をついた。



学校にて……


「なんだよこれ……」


学校に行くと真っ黒な手紙が桐亜の机の上に置かれていた。開いてみると……、


『今日は楽しい日、あなたに虐めてもらえる』


と、書いてあった。


「気持ちわる……」


桐亜はそれを丸めてゴミ箱に投げ捨てた。


「いいんですか?」


「何がだ?」


「いや、手紙……無視していいのですか?」


「あー、ほっとけよ。だいたい察しはついてんだから……」


「……そうですか」


桃瀬は何か考えているようだ。


「どうした?」


「えっと……手紙の主は桐亜さんと同じくらい強いんですよね?」


「だと思うが……?」


「そこまで強いということは生徒会の方、でしょうか?」


「いや、あいつは目立つような場所に出るようなやつじゃない。少なくとも俺の中では……な」


「そうですか……」



放課後……


「よし、帰るか」


「はい!」


「私も……帰る……わ……」


桐亜と桃瀬が帰ろうとしていると霊華がやってきた……。


「れ、霊華さん!?ど、どうされたのですか!?」


霊華はボロボロな服装だった。


「いや、私、奴隷になったから、それでいわゆるいじめね……」


「た、大変です!」


「いえ、心配には及ばないわ。なんせ、新しい性癖に目覚めてしまったから!」


なんだかやばい人の目をしている……。


「あの罵声を浴びせられる感覚、ハブられた時の胸の苦しみ、そして奴隷として扱われる敗北感……はぁ〜、快感だ〜!」


「お前、大丈夫か?」


「ああ!大丈夫だ!むしろ前よりが学校が楽しく感じるぞ!」


「あ……霊華さんはMになってしまったんですね……」


「そうみたいだな……。桃瀬、連れて帰ってやれ」


「え、桐亜さんは?」


「俺は少し調べたいことがある……」


「あ、じゃあ、お先に失礼しますね!」


「ばいばーい!」


桃瀬と桃瀬に引きずられた霊華は教室から出ていった。


「……行ったか」


桐亜は深いため息をついて、胸ポケットから果たし状に付いていたトランプを取り出す。


「なあ……出てこいよ」


そのトランプを教室の端にある掃除用具入れに向かって投げる。それらは上手く隙間から中に入ってゆく。


「あーあ、見つかっちゃった」


中から出てきた少女は先程のトランプで口元を隠している。だが、その中は無表情だろう……。


「やっぱりお前か……。一条いちじょう 瑠花るか、手紙を送ってきたのもお前だな?」


「あれ?全部バレちゃってる?残念……」


「何のためにこんなことをする……?」


少女は変わらず半開きの目で桐亜を見る。


「そんなの決まってるじゃん?遊戯はもう始まってるからだよ」


その目は冷たく、そして、青い光を微かに滲ませていた……。


「始まる前から遊戯は始まっている。心理と心理のぶつかり合いこそが……真の遊戯の醍醐味……か」


「わかってるじゃん……。なんで初めの手紙、無視したの?私だって、気づいていたんでしょ?」


「ああ……だが、昔の俺と今の俺は違う。俺はもう、自ら遊戯を求めたりはしない」


「へぇ〜、もう闇の遊戯師ではないと?」


「ああ、今の俺はもう、最低ランクのFランカーだ」


鋼鉄の口元が微かに歪む。


「私を目覚めさせた桐亜はもういないの?嘘だよね?遊戯で敵をボコボコにして、勝ち誇るあなたはもういないっていうの?」


瞳の青がより一層強くなる。


「私をこんなにした罪を、放棄するっていうの?」


「…………」


昔、桐亜が霧島に引き取られた頃の話。桐亜は霧島研究所で研究対象になった。最強の遊戯師にするために……。今、この赤い目があるのはそれのせいだ。これが霧島研究所、高ランク遊戯師の証。


そして、桐亜は1人の少女と出会う。それがこの瑠花だった。彼女は親を無くし、研究所に連れてこられた子供の1人だった。ほかの子供たちは泣きじゃくり、逃げ出そうとする。だが、彼女だけは……無表情だった。


その時、桐亜は研究所でも最強と言われていたから、桐亜を超える遊戯師を作るために研究員たちも頑張っていたようだ。桐亜は偶然の事故で出来てしまった才能であるが故に、それより強いものはなかなか作ることは出来なかった。


そして、ついに奴らは使ってしまったんだ……。禁断の薬を……。


その対象が瑠花だったのだ。だが、彼女は薬を投与されても変わらず無表情だった。通常ならば狂ったように遊戯を求めるのだが……。だが、彼女の目は青く輝いていた。


その後、実験の成果を見るために、そして最強を決めるために桐亜と瑠花は遊戯をしたのだが……。


「やはり、桐亜が一番か……」


研究員はそう言って瑠花を別室へ連れて行った。負けたものは拷問や、再研究などされるらしい……。だが、そのようなものは二度と普通の道には戻れなくなる。桐亜にとってこれは日常の一コマに過ぎない……。


「確かに俺はお前に圧勝した。だが、それはお前が助けてと願ったからだろ?」


確かに瑠花は他の子供と違って無表情だった。だが、桐亜は聞いてしまったのだ……。助けてと囁く声を……。


「お前は研究所員達にとって、久しぶりに出来た傑作だった。そいつをぼろ負けさせれば……あいつらは研究を諦めると思ったんだ……。だが……」


「でも、あいつらは続けたよ?あれから何人も子供が研究された……。あなたが本家に帰った後も……ね?」



「でも、私を超えるものは誰もいなかった。だから、私はあの研究所を潰してやったの!あなたの代わりに!」


半開きだった目は大きく見開き、桐亜をじっと見つめる。


「でも、足りない……。あなたとの遊戯のあのドキドキには……誰もかなわなかった!」


瑠花は桐亜に詰め寄り、手を掴む。


「この手で……この手から放たれたカードで、私は敗北した……。あの時、私は目覚めてしまったの……。あなたに、遊戯で、イカされてしまったの!」


瑠花の息づかいが荒い。


「ねぇ……私はずっと求めていたの……。あなたを求めてここまで来たの……。いえ、正確にはあなたが来てくれたのだけれど……」


「ああ、霧島に命じられたからな……」


「ねぇ、私ともう一度、遊戯をして……。私をめちゃくちゃにして!私の心をかき乱して!」


もう、瑠花は壊れたように薄ら笑いを浮かべていた。


「ポーカーフェイスの遊戯師が笑っちまったらおわりじゃねぇか。言っただろ?俺は昔とは違う。遊戯は断る……」


「へぇ〜、そんなこと言っちゃうだ〜?」


瑠花はポケットからデバイスを取り出してある映像を見せる……。


「こ、これは!?」


「こんなことになっていても、遊戯を断るの?」


そこには目隠しをされ、拘束された桐亜の両親の姿があった。もう、何年も経っているが、分かる、確かに自分の両親だ。


「お前……!どうするつもりだ?」


「分かっているくせに……。君が遊戯をしないなら……2人を殺すの。残念ながら妹さんは寮生活してるみたいで見つからなかったけど……。2人いれば十分だよね?さ、どうする?」


「お前……!」


「ふふっ、その顔、いいよ〜!断れば2人は死んだはずの息子のせいで死んじゃうんだよ?悲しいよね〜!」


「クソっ!」


「あれ?怒っちゃったかな?」


「…………やってやる」


「お?やる気になったんだ?」


「ああ!殺ってやる!」


桐亜の目は血のように赤く染まっていた。


「ただし、条件がある」


「なに?遊戯をするならなんでもいいよ?」


「遊戯は明日にしろ。それから敗者は……」


桐亜はニヤッと笑う。


「この学校から消える」


「うんうん、そうでなくちゃね。いいよ?遊戯は明日の朝だ。賭け額は全財産と、学園に居る権利……これでいい?」


「ああ……」


「じゃあ明日、楽しみだね。ふふ……」


不気味に笑いながら瑠花は出て行った。その背中を睨み続ける桐亜……。


「…………ぶっ潰す」


桐亜は最後にそう呟いて教室から出た。



「何を調べていたんですか?」


宿舎につくなり、桃瀬に聞かれた。


「いや、少しな……。明日は少し早く行くぞ?」


「も、もしかして……遊戯ですか?」


「ああ、そうだ……。あの手紙の送り主さんとな……」


「あ、あの……まさかとは思いますが……」


「ん?なんだ?」


「もしかして、学校にいる権利とか、賭けてませんよね?」


「桃瀬、勘がいいな。その通りだ」


「な、な、なんですと!?そ、そんなことしたら……。」


「負けたら終わりだな」


「わ、分かっているならなんで!?」


「それが遊戯ってもんだろ?それに……」


「それに?」


「あいつは俺の親に手を出しやがった……。だから叩き潰す」


「ご、ご両親に!?ひ、酷いですね……」


「ま、そういうことだから……。宜しくな……」


「は、はい!」


「私も行く。桐亜の遊戯を見たい」


霊華も部屋の奥から現れる。


「勝手にしろ」


そう言って桐亜はベッドに倒れ込んだ。


(あのカードの組み合わせ、あれは絶対にトランプ将棋だ。今からでも作戦を立ておくか……。あいつの目は、あの頃の目じゃない……。確実に強くなってやがる……)




……翌朝……


「来てくれたんだぁ。嬉しいな〜」


桐亜たちが教室につくと、既に瑠花は桐亜の席に腰掛けていた。


「楽しみで早く着すぎちゃったなぁ」


無表情のまま、口だけがヘラヘラと笑う。


「じゃあ、始めようか。桐亜くん」


「ああ……さっさと終わらせるぞ」


「え〜じっくり楽しもうよ〜。たっぷりイカせてくれるよね?あははは!」


目の前で狂った目をした少女を見て、桃瀬と霊華は若干引いているようだ。


「な、なに……この人……」


「へ、変な人です……怖いです……」


いや、かなり引いているな。


「さぁ、霧島 桐亜!ボクと遊戯をたのしもうよ!」


『遊戯の申請が届いています。申請を承認しますか?YES/NO 』


「ひとつ聞かせてくれないか?」


「なにを?早く始めようよ〜」


「焦るな、時間はたっぷりある」


桐亜はひとつ、息を吐いてから瑠花に視線を戻す。


「お前は……あれから何発の薬を打った?」


「ははは……そんなこと?うーん、たしか〜」


指折りしながら数える瑠花。1発でも危険な違法薬物である。それをそんな数打てば……精神の崩壊は免れないだろう。


「13……くらいかな!あはは!」


現に目の前の彼女は精神がやられている。13でこの症状……。彼女のポーカーフェイスのおかげなのか、耐性でもあったのか。それは分からないが、この程度で住んでいるのは不幸中の幸い。


「そうか……」


桐亜はデバイスのYESのボタンを押す。


『申請が完了しました。遊戯を開始します』


AIが相変わらずのカタコトで話し始める。


『対決遊戯は―――――未設定です』


「まだ決めてなかったのかよ。あれなんじゃないのか?」


「うん、あれだよ?」


『アレ……とは?』


AIも混乱するレベルである。ちなみに桃瀬と霊華は教室の隅で大人しく座って見ている。


「「『トランプ将棋』だ!(だよ!)」」


『トランプ……将棋……?ハテ……そのような遊戯は……あっ、ありました。データベースの奥深くに……』


「それの用意を頼む」


『かしこまりました』


AIの声が聞こえなくなると同時に教室か微かに揺れ始めた。机や椅子は移動し、端に集められ、教室の中心には遊戯用の椅子と机が。黒板は回転し、大きな画面に変わる。


『では、席についてください』


AIにそう言われ、椅子に座る。


机の上には5×5のマス目の遊戯板と、トランプが5枚(A・J・Q・K・ジョーカー)が並べられている。


「懐かしいな……」


「うん、そうだね……」


紅い瞳と蒼い瞳がぶつかり合う。静かなはずなのに、どこからともなくバチバチッというような音が聞こえる気がする。


『では、遊戯の説明は必要ですか?』


「あぁ、あそこの奴隷たちが分かってないはずだから頼む」


桐亜は桃瀬立ちを指さしながらいう。


「わ、私は奴隷ではありません!」


桃瀬が勢いよく立ち上がってそう叫ぶが……


「誰もお前が奴隷だなんて言ってないぞ?俺は奴隷である霊華を主に複数形でお前らをまとめて『奴隷たち』と呼んだだけだぞ?」


にやっと笑う桐亜をみて桃瀬は顔を真っ赤にして椅子に座り直す。


「勘違い……でした。すみません……」


その肩はワナワナと震えていた。


「ふっ、茶番はここまでだ。AI、説明を頼む」


『かしこましました。では説明を開始いたします』


その瞬間、机の上にある遊戯板が光を放つ。


『これがこの遊戯で使用される遊戯板です。見ての通り5×5のマス目になっており、対戦時には自分から見て1番手前の1列にトランプを並べていただきます』


黒板の裏側にあった巨大な画面の電源がつく。そこには目の前の状況と同じ、遊戯板を挟んで向かい合って座る男女の姿が映し出された。


『画面に注目してください。AIの合図があると、遊戯者は5枚のカードは伏せて並べます。このとき、どのカードをどの位置に置くかは自由です。ただし、1番手前の1列に並べる、というルールは忘れないでください』


画面の中の男女もカードを伏せて並べる。


「あぁ、わかった」


「桐亜くん……?もう、始めたくてうずうずしてるんじゃない?」


「そんなことは無い」


「そうかな?目が、君のその目はそう言ってるけどな〜?」


「お前の目は随分と見えるようになったんだな?知らなくていいことまで、見えちまいそうなくらい……」


「見なくちゃいけないものを見るためには、見たくないものにも目を閉じてはならない……そう、教えられてきたからね?」


「そうか……」


少しの間、静寂が訪れる。


『説明を続けてもよろしいですか?』


「あぁ、構わない」「うん、いいよ!」


『こほんっ、では……カードの説明に入らせてもらいますね。カードの種類は5種類。A・J・Q・K・ジョーカーです。それぞれのカードには動ける歩数と、範囲が決められています』


画面が切り替わり、遊戯板を上から見下ろすアングルに変わる。そこにはAのトランプのみが置かれていて……。


『Aは前後左右いずれかに1歩動くことができます』


画面に映るAのカードは前に1歩、進む。そして、Jのカードが元々Aのあった場所に現れる。


『Jのカードは2歩まで動けますが、L字型にしか動くことはできません。つまり、右に1歩動けばあとは前か後ろかにしか動くことができません』


画面の中のJは右に1歩、前に1歩進み、Aの右隣に並ぶ。


『この場合、端の列にあり、後に下がれない場合は前にしか動けないことになります。しかし、1歩のみで行動を終了しても構いません』


そしてまた、Qのカードが現れる。


『Qのカードは3歩まで動くことができます。しかし、このカードは他のカードと違い、遊戯板の1番外側の列のみでしか、行動できません』


1番手前の列の真ん中にあったQのカードは右に2歩、前に1歩進み、Jのカードの右に並ぶ。


『次にKのカードですが、これは斜めに1歩、動くことができます』


画面の中のKは左斜め前に1歩動き、Aの左隣に並ぶ。


そして、画面には5枚目、ジョーカーが現れる。


『最後に、ジョーカーのカードですが、これは少し特殊でデバイスに打ち込んでもらったアルファベットをこちらで感知しますので、そのアルファベットの書かれたカードと同じ動きをするようになるカードです。つまりは真を悟られないようにするためのフェイクですね』


画面の中の男の子はデバイスにQと打ち込む。これでジョーカーはQの動きをするということだろう。ジョーカーのカードは左に2歩、前に1歩進み、Kの左隣に並ぶ。


画面には左から、ジョーカー・K・A・J・Qの順番で1列に並んでいる。


『そして、ここからが重要なルールです』


画面には向かい側にもうひと組のカードが現れる。


『このゲームはトランプ将棋。その名の通り将棋です。なので、相手の王を取れば勝ち……なのですが……』


机の上に2つのチップが現れる。


『これが王様チップです』


桐亜はチップを眺めながらつぶやく。


「ほう、俺が前にこれをプレイした時はこんなルールはなかったな」


「今までは王様はAIに自己申告してたんだけど……」


「あれだろ?電脳が使えるとかなんとかが現れて、そいつがAI乗っ取りをしたからルール変更」


「知ってたんだ?」


「知らない。考えればわかる」


「考えて思いつくことかな?」


「……まぁ、俺はその犯人を知ってるからな」


「へぇ、さすがは闇の遊戯師だね。顔が広い」


「そちらこそ、なかなか情報がよろしいようだな?蒼の遊戯師さんよ?」


「その名で呼ぶのはやめてくれないか?好かないんだ……」


「ほう?ならば俺も闇の遊戯師の名は既に捨てている。その名で呼ぶな」


瑠花は深いため息をついて「わかったよ」とだけ言う。


『そのチップで王様にしたいカードをタッチ。それだけでOKです』


「ほう……」


桐亜の口元が微かに歪んだ。


「……?」


「どうした?」


「いや……なんでもないよ」


「そうか」


『なお、特殊ルールにより、自分の王様が相手の1番手前の列、つまり、自分から1番離れた列に入った場合も勝利となります』


「了解した」「わかった」


両者が頷き、画面の電源が落ちる。


『では、質問はございませんね?では、遊戯スタートです!』


「じゃあ、王様を決めようか」


「そうだな」


瑠花はカードを隠しながら王様を決め、遊戯板に並べる。


「ほら、桐亜くんも早く……」


「ならこれにするか」


「え!?」


瑠花は驚きのあまり立ち上がる。桃瀬も同じ行動をしたことをここに告げておこう。


それもそのはずだ。桐亜は明らかに真ん中に置かれたカードにチップをかざした。


「相手に王様を知られることは致命的なことなんだよ!?」


「知ってる」


「なら何故っ!」


瑠花は分からないというように頭を抱える。


「さぁな?そのほうが面白いからじゃないか?」


「そ、そんなことで……?」


「そんなこと?何を言ってるんだ?」


「え……?」


「遊戯は不利からの逆転があるから面白いんだろ?わざとその状況を作り出しただけだ」


「でも……この遊戯には君の両親の……」


「知るか」


「え……?」


瑠花にはその言葉が信じられなかった。昨日はあんなに怒っていたはずの桐亜が、今は両親よりも遊戯を優先している。


そんなこと……ありえない……。


「両親がどうした?殺すなら殺せ。だが、俺はお前を叩き潰す。助けるのはそのついでだ」


「そ、そんな……それじゃあ君は本気になってくれな」「いわけじゃねぇよ」


「俺は本気でお前を潰す。中途半端は1番嫌いなんだよ」


桐亜の目は、まるで夕日を押し込んだような、そんな紅に染まっていた。


「……わかった」


瑠花の目の蒼さも衰えはしなかった。


「はははっ!そのほうが楽しいかもね!ただただ私と本気の勝負をするだけ……ふふふ……」


『では、霧島さんのターンからです』


「あぁ、わかった」


そう言って桐亜はカードを動かした。


「!?」

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