第3話 豚に真珠ゲーム

「で?あの写真の所有権は受け取ったのか?」


「はい!ちゃんと送られてきました!」


桃瀬はデバイスの画像を見せながら微笑んでいる。


「いや、消せよ」


「それは……イヤです」


「じゃあ俺が消してやる」


「ダメです!イヤイヤです!」


桃瀬はデバイスに伸びる桐亜の手から逃げる。


「子供みたいなこと言うなよ」


「見た目は大人!中身は子供!その名は……ももセ……いてっ!」


桐亜の容赦ないチョップが桃瀬の頭に直撃する。


「い、痛いじゃないですかぁ!」


「ふざけすぎだ。写真は消しとけよ」


「ムゥ……わかりましたよ……」


桃瀬は不満そうな顔をしながらもデバイスを数回いじる。


「わわっ!き、桐亜さん!見てください!」


「ん?」


桃瀬は何やら慌てて桐亜の顔にデバイスを押し付けてくる。


「邪魔だ、離さないと見れないだろ」


「あ、すみません……」


落ち着いたように一歩後ろへ下がる。


「ほら!Fランカーだったのが……」


「Cランクに上がってるな」


「桐亜さんが預けてくれたCPのおかげです!」


桃瀬はなんだかウキウキしているみたいだ。


「何を浮かれてるんだ?ランクが上がるってことは、それだけ狙ってくる奴らも増えるってことだ」


「はっ!そうでした!」


大げさに驚いたリアクションをする桃瀬。


「お前……遊戯下手だろ?これじゃ、すぐに奴隷落ちだな」


桐亜は冗談のつもりで言ったのだが、桃瀬はかなり青ざめた顔で詰め寄ってくる。


「ど、どうしましょ〜!?き、桐亜さん!遊戯を教えてくださいよぉ!」


「却下だ。」


「なんでですか!?」


「面倒だろ?」


「そ、そんなぁ……」


ガックシと肩を落とす桃瀬。そんなやりとりが放課後の廊下で行われていた。


桐亜は白馬を倒した日から徐々に注目されるようになった。


ブラック・ジャックでも普通じゃありえない4組の手札で白馬を叩きのめしたという噂で廊下でも囁かれている。


「桐亜さん、凄いですね!」


「目立つのは嫌いなんだがな……」


本当に不満そうな顔を見て桃瀬は不思議だと首を傾げる。


そんなふたりを遠くから見る影がひとつ……。


「あれが霧島……?そんな強そうには見えないな」


彼女は長野 霊華。


この学園にいるSランカーが集った最強の遊戯師集団、『生徒会』に所属し、書記を担当する少女。


彼女が桐亜を観察する理由。それは、彼女が理事長に握られている情報を取り返すため。桐亜を倒すことが出来れば、その情報に繋がる証拠を渡すという契約だ。


だが、桐亜たちはそんなことは知らず、廊下を歩いていく。


「そう言えば桐亜さん?」


「なんだ?」


「この前の遊戯の前、私を使うとかなんとか……言ってませんでしたか?」


「そう言えばそんなこと言ったな」


「ですが使いませんでしたよね?」


「なんだ?そんなこき使われたかったか?」


「いや……そうでは……」


「まぁ、あんな生ぬるい戦いじゃ、使う必要も無いだろ?」


「そ、そうなんですか?」


「使う時が来るまでに、ポーカーフェイスでも鍛えておけよ」


「わ、わかりました!」


そう言って桃瀬は自分の頬を引っ張ったり押したりしてマッサージし始める。


「そういう事じゃねぇよ。ま、いいか……」


2人は角を曲がる。


「あ、追いかけなくては!」


それにつづいて霊華も見失わないように走って追いかける。


「うっ!」


だが、過度を曲がった瞬間、なにかにぶつかってコケてしまう。


「す、すまな……あっ!」


それは桐亜だった。いかにも邪魔者を見るような目で霊華を見下ろしている。


「お前、さっきからなんなんだ?」


「あ、いや……」


想定していなかった事態に頭が回らない。


「遊戯なら断るぞ?」


「え、あ、そうか……なら出直そう」


「……そうしてもらえると助かるな」


霊華は回れ右をして潔く帰る。悔しいが尾行がバレてしまえばそれ以上はどうしようもない。


「あいつになんて言えば……」


そんな言葉が微かに、桐亜の耳に聞こえた。


――――――――――――――――――――


「おい、なんでこんなもんが……」


「うわぁ!すごい量の果たし状です!」


宿舎に帰ると部屋のポストに大量の手紙が入っていた。


「ん?なんだこれ……」


だが、ひとつだけ、他とは雰囲気の違うものに目がつく。


「ひとつひとつ読むなんて、律儀ですね」


「暇だしな」


「私と遊んでくれてもいいんですよ?」


「お前は遊びたいだけだろ?おい、ボールを置け。遊びに行く準備をするな」


「残念です……」


桃瀬は悲しそうに肩を落として持っていたものを片付ける。


「ところでこれ、怪しくないか?」


桐亜は目についたひとつの果たし状を差し出す。


「へ?そうですか?」


「ああ、まるで俺に負けるために戦いを挑んでいるような……」


「えっと?『私はあなたと戦う。私はあなたから屈辱を教わる。明日、その日が来る』……よく分かりませんね」


「ああ、そもそも果たし状かどうかも分からないしな。ただのいたずらと考えるか」


「そうですね。では、それらは全て、私が処分しておきますね」


「あ、ああ、助かる……。ってお前、召使いみたいになってるんじゃないか?」


「えへへ、そうですか?」


「いや、褒めたわけじゃないんだが?」


「はい!では、遊びに行きましょう!」


「おい、縄跳びを持つな。てか、どこに持ってたんだ?」


「秘密です!ほら、行きましょう!」


「俺は行かない。1人でいけよ」


「ムゥ……はっ!もしかして!」


桃瀬はベッドに寝転がって持っている縄跳びを体に巻き付ける。


「桐亜さんはこっちの方が好みですか?

もっときつくしてください!なんちゃって……?」


だが、桐亜は見向きもせずにどこからが出したオセロで遊んでいる。


「……あ、あの、桐亜さん?」


「なんだ?」


「オセロ……一人でやって楽しいですか?」


「1人ではない、もう1人の俺とやってる」


確かに桐亜は左目だけ紅く染まっている。


「あ、そうですか……」


オセロのコマを置く音だけが部屋に響く。


「…………」


「…………」


何分経っただろう。ようやく決着がついたようだ。


「同点ですね。桐亜さん、もう1人の桐亜さんと互角なんて凄いですね」


「いや、基本能力はあいつと俺は同じだ。だが、それは賭けがない時の話だがな。何かを賭ける時はどうしても俺は手を抜いちまうからな。あいつの方が総合的には強いと思うぞ?」


「そうなんですね……」


「ところでこれ、どうすればいいんだ?」


桐亜はポケットから首飾りのようなものを取り出す。真ん中のケースには写真が入っているようだ。


「なんですか、それ?」


「いや、さっきの変な女が落として言ったんだが……名前も知らないからな……」


「あの人は生徒会の人ですよ?」


「そうなのか?」


「はい!たしか……書記を担当する人だったかと……」


「そうか、それならいいことを思いついた……。」


「いいこと?」


「ああ……」


桐亜の口元が不気味に歪んだ。



翌日。


「霊華……だったよな?」


「は!お、お前は!?」


なにか探しているような仕草の霊華の背後から声をかけると、飛ぶように離れた。


「何を探しているんだ?」


「……何でもない」


目をそらす彼女を見て、桐亜は確信したように笑う。


「もしかして……これか?」


桐亜はあの首飾りのようなものを見せる。


「そ、それは!どこで……?」


「昨日落としていったんだよ」


「か、返してくれないか?」


「……その焦りよう、よっぽど大切なんだな?」


「…………」


霊華は何も言わずに桐亜を睨む。


「お前、生徒会なんだってな。強いんだろ?」


「……知らぬ」


「俺と遊戯しろ。賭けはこの首飾りだ」


「な!そんなことが許されるわけないだろ!それは私のなんだ!返してくれ!」


「それはダメだ、返して欲しかったら俺に勝てよ。生徒会なんだろ?それくらい楽勝だよな?」


桐亜の挑発的な発言に霊華は顔を歪ませる。だが、歯を食いしばって鋭い目付きで桐亜を睨む。


「わかった……、だが、私が勝った暁には、お前には生徒会の犬として働いてもらう!」


「構わない。ま、少々やり口は荒いが、これくらいしないとあんたも本気出来てくれないだろ?相手が本気じゃなきゃ遊戯なんてつまらないだろ?」


「……ああ、そうだな」


「じゃあ、今日の放課後、生徒会室でいいか?」


「……生徒会室のシステムを使うのか?」


「1度は使ってみたいだろ?」


「…………申請はしておく。だが、了解が得られるかは分からないぞ?」


「そうか、ま、よろしく頼むよ」


素っ気なく桐亜は立ち去る。

霊華はその後ろ姿を歯を食いしばって見ていた。


「くっ!あいつ……Fランカー如きにあんなことを言われるとは……!」


――――――――――――――――――――


「あんなこと言っちゃって、いいんですか?」


「ああ、ああやって煽ればあいつも生徒会の意地を見せるだろうからな」


「なるほど!」


桃瀬はうんうんとうなづいている。


「じゃ、授業に行くか」


「はい!」


2人は教室に帰り、いつも通りに授業を受ける。ただ、前の席に白馬が座っていないことには眉をひそめた桐亜だった。


放課後、約束通りに生徒会室に向かう。潰しに来た身だが、一応ノックはして入る。しかし、誰もいないようだ。


「いないな……」


「まだ来ていないんでしょうか?」


2人は待っている間、接客用だろうか、椅子に座って待つことにした。


「桃瀬?」


「なんですか?」


「昨日の異様な果たし状、あれがどうも引っかかるんだが……」


「これですか?」


桃瀬はカバンから果たし状を取り出して見せる。


「ああ、それだ……って、なんで持ち歩いてんだよ」


「いや、他は捨てたんですけど……これは捨てちゃいけない気がして……」


「ま、助かるんだが。それを送り付けてきた主は誰なのか……、心当たりは―――――」


「ないです!」


「即答だな……。ま、期待はしていなかったが」


「酷いですね……。で、それがどうかしたのですか?」


「あの果し状、実はな、これが一緒に入ってたんだよ」


桐亜はポケットから何かを取り出して桃瀬に見せる。


「トランプですか?それも、A、J、Q、K、ジョーカーのみ?」


「ああ、この組み合わせ、見たことがある」


「……私はないですね」


「それはそのはずだ。これを使った遊戯は霧島研究のオリジナルだからな」


「桐亜さんたちが考えたってことですか?」


「まぁ、正確には俺たちの思考回路を研究して作られたんだがな。遊びで出来る遊戯、本気にならなくてもいい程度にレベルの下げられた遊戯だ」


「へぇー。で、なんの関係が?」


「こいつを出してくるってことは、あれを送ったのは―――――」


「霧島関係者ですか?」


「そうだ、この学園にはもう1人、霧島に育成された奴がいるってことだ」


「そ、それって……桐亜さんと同じ強さの人がもう1人?」


「そうかもな…。そして、俺に1人、心当たりがある」


「だ、誰ですか?」


「………時が来たら教えてやる。今は生徒会の――――――」


ガチャッ


ちょうど扉が開き、誰かが入ってくる。


「お偉いさんをぶっ潰さねぇとな」


「ふっ、言ってくれるじゃないか」


入ってきた霊華は凛とした表情で桐亜に近づく。


「生徒会室は生徒会の本拠地、イカサマをされても文句は言えないぞ?」


「Sランカーともなる生徒会様がイカサマをする必要は無いんじゃないか?俺、Fランカーなんだからさ」


2人の視線がぶつかり、火花が散りそうなほど辺りの空気は一変した。


「生徒会室の使用許可はおりた。秘密遊戯も承諾され、遊戯中は誰もここには入れない」


「え?私は?」


桃瀬は自分を指さしながら首を傾げる。


「………あなたは別にいい。役に立たなそうだし」


凛とした表情のままそう告げた霊華に、桃瀬はガックリと肩を落とす。


「あなたも酷いですね……」


桃瀬は少し泣きそうだ。


「ただし、理事長はカメラを通して見ている。一言、『楽しませてくれ』と言っていた」


「あいつらしいじゃないか」


「そうだな」


霊華はふっと笑い、ポケットからデバイスを取り出す。


「では、始めようじゃないか」


霊華がデバイスをいじり、桐亜のが振動する。


『遊戯の申請が届いています。受けますか?YES/NO』


「あいつだけが楽しむのも気に食わない。どうせやるなら、俺も楽しませてもらおうか」


桐亜は迷わずにYESを押す。


「では、君の賭けは私の首飾りで――――」


「それでいいのか?」


「は?」


「俺は遊戯をする前には相手を調べてから挑むタイプなんだよな。もちろん、あんたのことも調べた」


「そ、それがなんだって言うんだ?」


「あんた……俺と戦わないといけない状況にいるんだろ?」


「……そんなことは無い」


「嘘だ、言っただろ?調べたって……」


「まさか!?」


「……ああ、あんたの秘密をな?」


桐亜はデバイスを操作し、学園に生中継を始めた。


「おい、これを見てる奴ら、周りの奴、全員にこれを見るように言え。今、生徒会様と秘密遊戯を始めるところだ」


その言葉が終わるが早いか、視聴者数は学園の生徒の3分の2まで昇る。画面には様々な文字が流れていく。


「お前!?秘密遊戯の意味が……」


「今からこの、生徒会書記の秘密を暴露しようと思う」


「お前!?やめろ!」


視聴者も秘密という言葉に興味を持ったようだ。


「お前が自分から暴露するなら、放送はやめて、録画だけにしてやる」


「そんなもの、後で公開すれば……」


「そいつは公開しない。ただ、俺がお前の無様な姿を繰り返し楽しむだけだ」


「…………狂ってる」


「ああ、狂ってるよ。とっくの昔にな?」


霊華は悩んだようだが、ようやく決めたようで、「分かった、自分で言う。」と言った。


桐亜は放送を終了し、カメラに切り替える。


「……わ、私は……私は……昔……」


「早く言えよ」


「分かっている!私は昔……人を……」



「……殺した」


噛み締めるような、無理やり押し出したような声で霊華はそう告げた。


「えっ!こ、殺した?」


桐亜の後ろにいた桃瀬が驚きのあまり尻餅をついてしまっている。


「それはお前が手を下したのか?それとも、いじめのような間接的な殺しか?」


「……私が……手を下した」


「……それは誰だ?」


「それは…………私の……」


霊華の声はだんだんか細くなっていったが、力を振り絞って告げた言葉は最悪だった。


「両親だ」


「か、家族を……殺したんですか?」


「どうだ、これで満足か?」


「ああ、満足だ。だってお前―――――」


桐亜の顔に歪んだ笑みが浮かぶ。


「わざわざ自分から弱みを教えてくれたんだからな?」


「は?」


「俺はお前の弱みなんて知らなかったんだよ。それを少し煽っただけで自分から暴露した。生徒会って、案外雑魚なんだな」


「貴様!」


霊華は腕を振り上げて桐亜に向かって……。


「そんなことすればこれをインターネットにアップロードするが、いいのか?」


「ぐっ!」


ギリギリのところで止まった腕を悔しそうにおろす。


「俺の賭けは決まっただろ?」


「……ああ、全て賭けてもらう。お前の全CPと、私の秘密を他者に伝える権利、その動画の所有権もろもろだ」


「ふっ、そう来なくちゃ、つまらないからな」


「ただし、私も全て賭ける。生徒会である以上、他の者より安全地帯にはいられないからな。生徒会の肩書きと共に、保有CPもすべてを賭ける!」


霊華の目は本気だ。


「面白くなってきたじゃないか」


互いに賭け額を全財産に設定し、決定する。


『では、遊戯を開始します。遊戯の内容は……』


AIが説明を始めた。


『『豚に真珠ゲーム』です』


「豚に真珠ゲーム?」


「生徒会オリジナルの遊戯だ」


「そっちの方が有利ってことか」


「心配するな、私もあまりやったことは無い」


『ルール説明は必要ですか?』


「頼む、彼は分からないだろうからな」


「そうだな、助かる」


『では、ルール説明を開始します。豚に真珠ゲーム、簡単に言うと真珠を多く保有した側がかつゲームです。


山札は2つ存在し、1つ目は豚、猫、男の3種類がランダムに混ぜられた山札です。もう1つは真珠、小判、拳銃の3種類がランダムに混ぜられた山札です。


初めに、真珠の入った側から2枚ずつ引きます。こちらからは毎ターンに1枚、引きます。その後、豚の入った側の山札から1枚、伏せたまま引き、2人の間に置きます。


両者、伏せられたカードを予想し、手札からカードを選びます。


伏せられたカードが豚の場合、真珠カードを出せばそのカードは泥に汚れた真珠として帰ってきます。

伏せられたカードが男の場合、出したカードは失われ、手持ちの真珠は全て山札にランダムに混ぜられます。

ただし、この時、泥に汚れた真珠だけは手札に残り、そのターン終了時に真珠に戻り、真珠獲得エリアに送られ、ポイントとなります。


もし、伏せられたカードが猫の場合、その時に上手く、小判を出すことが出来れば、その小判カードはゲームから除外され、そのプレイヤーが指定した真珠カードを次のターンに男が出現した時のみ、奪われない効果を付与する。


そして、山札に2枚のみ入っている拳銃カードは、保有している時に男が出た場合、1度だけ回避することが出来る。ただし、拳銃を保有していない側は真珠を奪われる。


豚が含まれた側の山札から引いたカードはゲームから除外されていき、その山札からカードがなくなればゲーム終了。その時点で真珠獲得エリアにあった真珠カードが多い方が勝利となる。


終了時、手札に真珠カードが残っていた場合、そのプレイヤーはAIが山札からランダムに引いた9枚のカードに金の真珠カードを混ぜ、プレイヤーはその10枚から金の真珠カードを引き当てることが出来れば、手札の真珠カードの半数を真珠獲得エリアに送ることが出来る。なお、真珠が奇数の場合、切り上げされる。』


「よし、理解した」


「そうか、なら始めようか」


「ああ、すべてを賭けた遊戯、楽しみだ」


桐亜の目は既に真っ赤に染まっていた。


『では、遊戯を開始します』


桐亜の目の前にあった机はいつの間にか遊戯卓に変わっていた。


システムが山札を2つ用意し、2枚ずつ配られる。一方の山札の下にはわかりやすく、豚、猫、男山札と書かれている。


「では、初回ターンだ」


初めに、真珠側の山札から1枚ずつ引く。

これで手札は3枚だ。


豚側の山札からは自動で伏せられたまま、1枚引かれた。


「これを予想してカードを出せばいいんだな」


「ああ、そうだ」


「なら俺は決めた」


「私もだ」


『では、カードを提出してください』


2人は一斉にカードを出す。


「小判カードか」


「ああ、このゲームで1番いらないカードは小判カードだからな」


「あの説明だけでそこまで判断できるとはな……だが、そう出ない場面もあるが?」


「わかっている」


2人はまた睨み合う。


『伏せカードはシステムが自動でひっくり返しますので、触れないでください』


「わかった」


霊華も頷く。


同時にカードがひっくり返される。


『伏せられたカードは猫カードです。霧島さんは守る真珠カードを選んでください。』


「選ぶ?1枚しか持っていないんだが……?」


両者、手札は見えるように置いているし、カードは把握しているはず。

なら、なぜ1枚しか保有していないのに、選ぶと言われたのか。少し違和感を覚えた。


桐亜はもちろん、自分の1枚だけの真珠カードを守る。


「2ターン目よ」


また、両者1枚ずつ引く。


「真珠カードだ」


「私は小判ね」


桐亜は山札から伏せて1枚を引く。


『では、両者カードを提出してください』


2人は再度、一斉にカードを出す。


桐亜は真珠、霊華は小判だ。


『伏せられたカードは豚です。よって桐亜さんの真珠は泥に汚れた真珠になります』


カードは特殊なもののようで、真珠の絵が泥に汚れた真珠の絵に変わった。


次のターン、豚カードに対して、桐亜も霊華も小判カードを出し、桐亜の泥に汚れた真珠は真珠に戻り、獲得エリアに送られた。


「まず、1点だな」


「なかなかやるじゃないか」


「運ゲーは得意なほうだからな」


「ふっ、いつまで続くかな……」


静かな生徒会室の中で、桃瀬の心臓はバクバクと激しくなっていた。


(この遊戯……完全に運じゃないですか?生徒会の方が運で勝負を?おかしいです……)


これは桐亜も同じことを思っていたようで霊華に質問する。


「は?それは、運こそ最も尊い力だからだ。運は誰にも操作されない、もちろん自分でも不可能だ。その力を存分に使えるこの遊戯でお前を……霧島 桐亜を潰したい」


「そうか……なら、俺も運を最大限に使わないと、遊戯の神様に怒られちまうな」


そう言って桐亜は笑った。


4ターン目、1枚ずつカードを引く。


「くくっ、拳銃カードだ」


霊華は桐亜に向かって引いた拳銃カードを見せつけるように差し出す。


「私の方に運が回っているみたいだな」


「それはどうかな」


「は?拳銃カードはこのゲームのキーカードだぞ?それがどうして有利と言えない?」


「このゲームではラストターン以外で真珠をいくつ保有していても、豚の時に出せなきゃ意味は無いんだよ。真珠を手に入れる方法は、豚に出して泥をつける以外にないんだからな」


「くっ!そ、そうだが、真珠カードが全て失われるということは……」


「確かに不利だな。次にいつ真珠を引けるかわからない。だがな、逆に言えば、このゲームは泥をつければ勝ちなんだよ」


「…………」


「例え、豚以外に真珠カードを渡しても、ペナルティがない以上は賢い戦い方だ」


「だが、外れれば真珠カードは失われるんだぞ?」


「言っただろ?運ゲーは得意だってな」


「な……!?まさかお前……本当に適当に戦っているのか?運だけで勝とうとしているのか?」


「ふっ、遊戯の際に最も邪魔な感情を捨てただけだ」


「邪魔な、感情?」


「負けを恐れる気持ちだ」


「!?」


(こいつ……本当にすべてを捨てる覚悟ができているというのか?)


「そんなはずない……」


「そう思いたければ勝手にそうしろ」


『では、4ターン目を続けます』


「待て、AI」


『何でしょうか?』


「残りカードとそれぞれのカードの元の枚数を知ることは出来るか?」


『はい、問題ありません』


AIは一枚の紙を桐亜に渡す。


「豚側山札は残り、12枚。

全15枚のうち、猫が4枚、豚が6枚、男が5枚だとよ」


桐亜はそこに何かを書き込んでいく。


「既に猫が1枚、豚が2枚出たから、猫は3枚、豚が4枚、男が5枚だな。」


「な、何故それを私に教える?」


「何割でどのカードか知った方が、やりやすいだろ?」


「そ、そうだが……」


「なら続きをしようぜ、愉しみで指が震えているくらいだ」


「あ、ああ……」


まだ、理解ができていない霊華を放ったらかしにしてゲームは進む。



その後、霊華が3点、桐亜が一点を取り、3対2で逆転されてしまう。


残りカード3枚


「残ったカードは男2枚、豚1枚だな。」


さっきまでのターンで猫は出尽くした。

男は3枚出て、豚も3枚出た。

残りから数えると正しい計算だ。


桐亜の手札には真珠が2枚とさっき引いた小判があった。霊華は真珠カード1枚と小判カード2枚だ。

拳銃は両者使ってしまい、残っていない。つまり、次に豚が来て、桐亜のみが真珠カードを出すという状況でなければ勝てない。

いや、霊華が桐亜と同じタイミングに豚に真珠を出せば、差は縮まらず、負けだ。

ほぼ負けが確定したと言っていいだろう。


「あれ?さっきまで偉そうだった口はどこに行ったのかな?」


霊華が煽るような口調で桐亜に迫る。


「クソっ!負けか……」


桐亜は諦めたように伸びをする。


『では、遊戯を続けてください』


「ほら、さっさと出しなさい」


既に豚側山札から1枚引かれており、あとは両者がカードを出すだけだ。


「わかった」


桐亜はカードを出す。そして、伏せられたカードが開かれた。


『伏せカードは豚カードでした。よって両者、真珠が泥に汚れた真珠に変わります』


「くくく……あははは!これで私の勝ちは決まり!4対3で霧島 桐亜、あんたの負けだ!」


「…………最後までやろうぜ」


「意味もないというのに?馬鹿じゃないのか?」


「遊戯は最後までやるもんだ」


「ふーん、負け惜しみか。まぁ、いい……」


『では、14ターン目を開始します』


また、1枚ずつ配られる。


桐亜に小判カード、霊華に真珠カードだ。


霊華も桐亜も手札は小判が2つ、真珠が1つ。


「霧島、残りは男が2枚。私の勝ち確だ。」


霊華は安心したように伸びをする。

だが、桐亜の口元は笑っていた。


桐亜は小判を出す。


「もう豚がいないんだから必要ない」


そう言って霊華は真珠を出した。その時、桐亜の顔が大きく歪んだ。


「く、く、くくく……」


「は?」


「すまない、あまりにお前が馬鹿だからな」


「ま、負け惜しみか?」


「ほら、カードを開いてみろよ」


『伏せカードは―――――――』


「!?」


『猫です。よって桐亜さん、守る真珠カードを選んでください』


「もちろんこれだ」


桐亜は手持ちの真珠カードを指さす。


「な、なんで……確かに残りは2枚とも男カードのはずじゃ……」


「ああ、そうだ。俺の発言の中ではな」


「な!?」


「もう気づいているだろ?お前は、俺の嘘を信じた大バカだ」


「くっ……!」


『最終ターンを始めてください』


「ほら、だせよ」


桐亜は引いた真珠カードを机に叩きつけるように出す。


「…………」


霊華は引いた小判カードを出す。


『伏せカードは―――――――』


「…………」


『豚です。よって桐亜さんの真珠は泥に汚れた真珠に変わります。最終ターンにより、桐亜さんの泥に汚れた真珠は即座に獲得エリアに送られます』


「これで4対4だ」


「だ、だか……同点では……」


「いいや、まだ、終わってない。最後にお楽しみがあるだろ?」


桐亜は手札の真珠を手に持って霊華に見せる。


「!?」


「ほら、AI、始めろ」


『では、金の真珠引きを始めさせていただきます』


桐亜の前にはAIによって混ぜられた、金の真珠を含む10枚のカードが差し出された。


「どれがいいか……?」


「当たるわけない、10分の1だ。そんなこと、出来るわけ――――――」


「これだ」


『よろしいですか?』


「ああ」


「当たらない、当たらない、当たらない……」


『桐亜さんが選んだカードは――――――』


「私が負けるはずない!」


『金の真珠カードです。おめでとうございます。桐亜さんの保有真珠カードは1枚、奇数により、切り上げでプラス1枚です。』


霊華が膝から崩れ落ちた。


「そ、そんな…………。嘘だ、私が負けるはずない!」


「嘘じゃない、4対5で、俺の勝ちだ」


「そ、そんな……!」


霊華は這うようにして桐亜にすがりつく。


「お願い、許して!生徒会の肩書きだけは……お願い……!」


だが、桐亜はそれは跳ねのける。


「な……!?」


「一度賭けたものは取り返せないんだよ。返して欲しければまた、実力で取り返せ」


桐亜は倒れ込む霊華の顎を掴んで目を合わせる。


「!?」


「お前は相手を甘く見すぎだ。信用しすぎだ。俺の嘘さえ見抜けないんじゃ、ここにいる価値はない」


その冷徹な言葉は霊華に突き刺さり、その目からは涙が溢れた。


「それに、お前は俺の言葉を信じるあまり、自分から真珠を捨てたじゃないか」


「!?」


「お前は今日から俺の犬だ。覚悟はできてんだろうな?」


負けて全てを失った以上、負けた相手に尽くさなくてはいけない。


「…………はい」


霊華は涙を拭って、立ち上がる。

その表情ははじめの時のように凛とした表情だった。


「これ以上は元、生徒会として泥は塗れない」


生徒会の意地ということだろう。望んでいた形の意地ではないが最後にそれが見れて桐亜は怪しく笑った。


霊華は生徒会室に置いてある、奴隷化した生徒につけることを義務付けられている首輪を取り、自分の首につける。


「私のCPは全て君のものだ。……ご主人様」


霊華は少し恥ずかしそうに言う。


「確かに俺はお前の主人になったが、お前にご主人様と呼ばれる筋合いはない。桐亜でいい」


「わかり……ました」


「それでいい、敬語は使ってもらうがな?」


既に目から赤色は消えている。


「あ、あの……」


桃瀬が控えめに話しかける。


「あ、桃瀬、忘れていたな」


「ひ、酷いです〜!ずっと後ろから見てましたよ!」


「悪い、で?なんだ?」


「いや、生徒会の方を奴隷にして、大丈夫なんですか?桐亜さんを狙っているかも知れませんよ?そのうち、好きを見せたらグサッと……」


「大丈夫だ、その時は俺が殺す。所詮こいつは親殺しだ」


「!?」


霊華の瞳が大きく見張られる。


「それに、こいつが来たところで犬が2匹になるだけだろ?」


「ん?もう1匹、いましたっけ?」


「桃瀬、お前だ」


「わ、私ですか!?私は犬ではありません!ど、どちらかというと、お嫁さんの方が……」


「いや、家政婦だろ」


「…………」


桃瀬にはそれ以上、言えなかった。


「あ、それと、こいつから奪った分のCPもお前に送るからな。いいか?お前が、お前のために使え」


「わ、わかりましたよ〜。私は桐亜さんのために使うことが私のためになるので桐亜さんのために使いますね!」


「……話の通じない犬だ」


「い、犬じゃないですってば!」



そんな光景をドアの隙間から覗いている人影があったことを、桐亜たちは知らない。

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