第2話 遊戯 ブラック・ジャック
「おはようございます!」
「ああ、おはよう」
「あれれ?なんかもっと『なんでいるんだ!?びっくり!』とかないんですか?」
「いや、ないな……。てか、びっくり!とは言わないだろ」
「ま、そうですね……」
「だいたい察しはつくが一応聞いておく、なんでいるんだ?」
「約束通りに朝ごはんを作りに来ました!」
「だろうな」
部屋の中には鼻に心地いい甘い香りが漂っていた。
「もう起きられますか?」
「ああ、今日は久しぶりに楽しみがあるからな」
「白馬さんとの遊戯……ですか?」
「ああ」
「では朝食は出来ていますので一緒に食べましょう!」
「……ああ」
重たい体を起こして食卓につく。
「いただきます……」
「どうぞ、召し上がれ♪」
目玉焼きを口に運ぶ。
「桃瀬、お前、料理上手いな……」
「花嫁修業の一環ですから」
「そうか……」
黙々と目の前の食事を口に運ぶ。
「ところで桐亜さん?」
「なんだ?」
「なぜ桐亜さんは最下位に?」
「実力がその程度なんだよ……」
「でも、あの自信……とても弱い方の言葉には聞こえませんでした……」
「そうかもな……」
「…………」
沈黙の中で悪い気はしない静寂が流れる。
「それよりも俺もお前に聞きたいことがある」
「な、なんですか?ひ、ヒップのサイズは教えられませんよ?バストを教えてしまいましたが……」
「そんなもの興味ない。俺が聞きたいのはお前がなぜそこまで俺に関わるのかだ。お人好しにしては度が過ぎる。下心なんか覗きもしない。お前はなんなんだ?」
「…………」
2度目の静寂は少し、居心地が悪かった。
「くっくっく…………」
「は?」
「我はすべてを破壊するべくこの地に舞い降りた、大悪魔のモモリーヌだ!手始めに目に付いた貴様から殺してやろうと近づいたのだ!ハッハッハッ……いてっ!」
桐亜のチョップが桃瀬の頭を直撃する。
「あまり調子に乗るな」
「うぅ……す、すみません……」
少しなみだで潤んだ瞳を申し訳なさそうに背ける。
「で?なんで俺に関わる?」
「…………」
桃瀬は顎に手を当てて考えているようだ。
「なんででしょうね?」
「なんだよそれ……」
「いや、なんでか一緒にいたくなるんですよね……」
「そんなもんか……?」
「はい、そんなもんです!」
「そ………」
あっけない返事とともに桐亜は立ち上がる。
「あ、食器は置いておいてください。私がやります!」
「いや、それくらいはやらせてくれ。食事を作ってもらう代わりだ、全然足りないだろうけどな……」
「いえ、その気持ちだけで十二分に足り足りです!」
「そうか……ありがとな」
ありがとう、その言葉はどこか、桐亜にもどかしさを与える言葉だった。
しばらくして……
「もうこんな時間か……」
時計を見ながら呟く。
「早く準備しろ」
「え!?まだ早くないですか?」
「遊戯があるんだぞ?早く行くのは当たり前だろ?」
「あ、でもまだ食器洗いが……」
「帰ってきたら俺がやっておく」
「あ、でも――――――」
「いいから!」
「ひゃい!」
桃瀬は親猫に連れられる子猫のように後ろ襟を掴まれて部屋を出る。やがて二人並んで歩く。桐亜の歩く速さは桃瀬より少し早いようだ。
「そ、そんなに焦る必要は無いかと……」
「何故だ?」
「遊戯は大抵、公開で行われます。秘密遊戯が行われるのは会長が支持した場合くらいです」
「だからなんなんだ?」
「いえ……遊戯ともなれば授業時間を削ってでも行われます。なので、早く行っても始まるのは遅いですよ?」
「いや、早く行かなくちゃいけない理由がある」
「理由?」
「お前が知ると面倒だ。勝った暁には教えてやるよ」
「わ、私は信用出来ないですか?」
「いや、信用はする……、だが……」
「だが……?」
「お前はすぐ顔に出る」
「ムウ!酷いです!いざとなれば私だって!」
桃瀬は怒ったように頬を膨らませてすねている。
「そこまで言うなら使わせてもらうぞ?」
「か、覚悟の上です!」
「お前、序列何位だ?」
「え、えっと…………です……」
「あ?聞こえなかったぞ」
「き、桐亜さんの……ひとつ上……です。」
「そうか、なら充分だ。」
「え!?」
桐亜は桃瀬の耳に口を近づけて何かを囁く。
「ふ、ふふ、こそばゆいですよ〜」
「真面目に聞けよ」
「す、すみません……」
そうこうしているうちに学校についた。桐亜は教室に入るなり、すぐに席につき扉の方を見る。
「…………」
「…………ん〜……」
「…………」
「……ふーんふふふーん♪」
「…………」
「………………なんですか?この静寂は……」
「静かにしろ。今、登校してくるやつを待ってるんだ」
「へ、へぇ〜……」
桃瀬にはなぜそんなことをするのか分からなかったがあえて聞かないようにした。さっき教えないと言われたばかりだから……。
ガラッ
扉が開き、生徒が入ってくる。しばらくしてまた別の生徒が……、また1人、また1人とだんだんと増えていく。
そして全員が揃っただろうか?いや、まだ白馬が来ていない……。
「他の奴らを見た感じ、イカサマを手伝いそうな奴はいないな……」
「え、見ただけでわかるんですか?」
「まぁな、そいつの素振り、持ち物、特に白馬と一緒に登校なんてしていたら怪しいと思ったが……、ひとりみたいだな」
ちょうど白馬が教室に入ってきた。桐亜と目が合い、一方は睨み、一方は微笑んだ。
それにしても登校時間ギリギリすぎる。
白馬は桐亜の前の自分の席に腰掛ける。
「……じゃあ、準備しようか」
「ああ、まず、何をすればいい?」
「デバイスで申請を許可してくれたらいいよ。そうすれば学園のシステムが自動で準備してくれるよ」
「便利な仕掛けだこった……」
白馬から桐亜のデバイスに申請が届く。
『遊戯を開始しますか?YES/NO』
「受けるに決まってんだろ」
桐亜は迷わずYESを押す。
「うん、申請完了だね」
白馬が笑うと同時に教室がガタガタと音を立て始めた。
机とイスは搭載されたプログラムにより、中心から端に自動的に集められる。
開いた中央の床は左右に開き、赤い絨毯の床がせり上がってくる。
その真ん中には豪華な机と椅子が二脚、置いてある。
黒板はくるりと回転し、裏側についていた巨大な画面を露わにする。
「こいつがこの学校の機能か」
「この学校にはまだまだすごい機能があるよ。けど、僕らのような一般生徒にはこれで充分だよ」
白馬は先に奥側の席に座る。
桐亜もあとから座る。
「最後に確認しておこうか」
「ああ」
「僕が賭けるのは桃瀬さんの写真、君は何も賭けない、これで大丈夫?」
「……いや、ちょっと待て」
「ん?なにか不満があるの?」
「いや、不満はない。だが、虫が良すぎないか?」
「何が?」
「何も賭けられていないってのに、自分は相手の弱み……ではないが、お前だけ賭けるなんておかしいと思わないのか?」
「昨日も言ったでしょ?僕は君と勝負がしたいだけだよ」
「それは違うんじゃないか?」
「え?」
「この学園では通常は
「もう知ってたんだね……」
「戦の前に情報を集めない武将がどこにいる。そいつは間違いなく雑魚だろ」
「はは、君らしいよ」
「お前が俺を語るな」
桐亜は白馬を睨みつける。だが、白馬は、ははっと笑うだけだ。
「そして遊戯では必ず5CP以上賭けるか代わりのものを賭ける必要があるんだろ?」
「うん、そうだね」
「そして事前に賭けるCPを宣告しなかった場合、勝者が自由に額を決められるというルールまである」
「あ、そういえばそんなルールもありましたね!私、最近遊戯してないからわすれてましたぁ」
桃瀬はひとりでおどろいたような仕草をしている。
「そしてこれがお前の望んでいたやり口だろ?俺から全部奪おうとしてたんだろ?」
白馬は相変わらずの笑顔のまま、不気味に笑った。
「くくく……、気づいちゃったんだね」
「当たり前だ。」
「ふっ、つまらない……」
「お前はなかなか面白いな。これごときの手口で俺を潰そうなんてな」
「ふっ、言ってくれるねぇ。じゃあ何?早く金額を設定してくれるかな?」
桐亜のデバイス画面にCP額設定画面が現れる。だが、桐亜はそれを消す。
「いや、このままで行く」
「は?何言ってるのかな?負けたらお終いだよ?」
「は?お前こそ何言ってんだ?」
「は?」
「遊戯ってのはあそびじゃねぇぞ?全部賭けてからが―――――」
桐亜の右目がほのかに紅を帯びる。
「楽しいんだろ?」
その不気味な笑顔には、教室内の空気を一変させる気迫があった。ザワザワしていた教室内も静寂に包まれる。まるで、時が止まったかのように、聞こえてくるのは自分の吐息の音だけだった。
「桐亜くん、昨日と言っていることが違うじゃないか 」
「は?昨日?知らねぇよ。昨日のことなんていちいち覚えてねぇ。俺は今から始まる遊戯を楽しみたいだけだ」
「終わるかもしれないんだよ?」
「だからなんだ?」
「…………」
「弱いものを蹴落とし、成り上がる。それが遊戯の世界だ。その勇気がないなら実家にでも帰れ」
「……君は一体、誰なんだい?」
「俺はただの遊戯者だよ」
「……まって、桐亜くんは確か、霧島と言ったよね?」
「ああ」
「霧島ってあの遊戯者を育成、研究している?」
「よく知らん。俺は遊戯しかしてこなかった。今は目の前の遊戯を見るだけだ」
「そうか、君から溢れる気迫、正体が何かわからなくて困ってたんだよ。でも、今わかったよ。君は……」
両者が睨み合う。
「君は、闇の遊戯師の霧島桐亜、だったんだね」
「そうかもな……」
桐亜は今の親に拾われてから学園に入学するまで、闇の遊戯、通称
賭ける金額は何人もの人生を狂わせるほど。
時には命を賭ける遊戯もやった。
けれど桐亜は負けなかった。
桐亜に負けたものはみな苦しんだ。
何度負けても懲りずに金額を上げて挑んでくる。そして繰り返して、いつか破産する。
その苦しむ顔を、桐亜はもう見たくなかった。そう、桐亜は――――――だ。
「面白いね!じゃあ僕も全てを賭けるよ!」
白馬は賭け額設定画面で設定を削除した。この場合、勝者が強奪金額を決めることが出来る。
「なら、勝者は決着金額を奪うことにする。それでどうだ?」
「すべてを賭け、すべてを奪うんじゃなかったのかい?」
桐亜は嘲るように微笑む。
「奪うぞ?この方法で。徹底的に叩き潰す」
「へぇ、楽しみだ」
白馬はスタートボタンを押す。行う遊戯は決まっているようで、トランプカードが用意された。
『対決内容は、ブラック・ジャックです。』
AIがカタコトで話す。
『ルールはご存じですか?』
「もちろん」「当たり前だ」
2人は頷く。
わからない人に説明すると、
ブラック・ジャックというのは
トランプゲームで、
まず、ディーラー(親)と子を決める。
それは交代で回していく(対戦用ルール)。
カードを2枚ずつ配り、子側は両方を表にしてみせる。親側は
これで子側は2枚とも見せていて、親側は片方だけを見せている、2枚の合計がわからない状態になっている。
ここから、子側は2枚の数字の合計を足す。
それから、21にできるだけ近づけようと山札からカードをもう1枚引くかどうかを選択する。カードは山札の1番上をとる。
子側は何枚でもカードを引ける。
ただし、22以上になれば無条件で敗北になる。
子側がカードを確定させたら親側が伏せている
この時点で子側よりも21に近い場合は即 勝利。17より合計が低い場合、親側は17以上になるまでは引かなくてはならない。17以上になれば、それ以上引くことは出来ない。
また、絵札(J K Q)は10と数え、Aは1とも、11とも、数えることが出来る。
絵札とAで21が作られた場合、これをナチュラル・ブラック・ジャックと呼ばれ、その他の21よりも強く、子側がこれを作った場合、親側はナチュラル・ブラック・ジャックを作れない限り、報酬を2.5倍にしなくてはならない。
その他にも多くのルールがあるが、今はまだ必要ないだろう。
しかし、この学園のブラック・ジャックでは最低ベット数の5枚では勝っても獲得できるのは相手の5枚と自分の5枚だけ。
6枚以上でないと、報酬が倍されることは無い。
『賭ける勇気がないものに、勝利の利益を与える必要は無いの精神』だ。
「チップは両者100枚ずつ、最低ベットは5枚、これでどう?」
白馬の問いに桐亜はうなづく。
「よし、じゃあ始めよう。初めの子は譲るよ」
「じゃあ遠慮なく」
桐亜 100枚、白馬 100枚。
親、白馬ターン。
ベット枚数を宣言し、子側が手札の2枚を見る。親側はその勝負に乗るか乗らないかを決める。
乗るなら同じ枚数をベットして勝負する。
降りるなら、ベットの半数を子側に譲渡して親を交代する。
「じゃあ初めはベット5枚だ。」
「様子見かな?もちろん乗るよ。」
白馬もチップを5枚、机の真ん中に置く。
『両者ベット5枚が確認されました。』
桐亜の前にカードが2枚、白馬の前にカードが2枚、片方は伏せられて配られた。
「初めは♡Aと♤5だ。合計16だ。コール。」
カードを引く時はコール、
そのカードで勝負するならスタンドと宣言する。
通常は手の仕草で見分けるらしいが……。
桐亜の前に1枚追加される。
「♡7か、合計23でバストだ」
21を超えれば即アウト、バストしてターン終了だ。
桐亜95枚、白馬105枚。
親、桐亜ターン。
「ははっ、次は僕が子だね」
「僕もベット5枚だよ」
『両者ベット5枚が確認されました。』
先程とは逆に白馬の前に表のカードが2枚、桐亜の前には片方は伏せられて2枚のカードが配られた。
白馬のカードは♢Aと♡2だ。
「Aは11と数えて、合計13だね。じゃあコールだよ。」
3枚目が白馬の手に渡る。
「今度は6だね。」
合計は19、なかなか強い。
つまり、桐亜は17以上になるとそれ以上引けないという不利な立場の親側でありながらも19以上21以下という極めて狭い範囲に合計を収めなければならない。
「じゃあ俺の番だ」
桐亜はホールカードを表にしてみせる。
「♢8と♧Aだね。合計19でどうて―――、」
「コール。」
「え?なぜ、引き分けの試合をわざわざ乱すの?」
「引き分けなんてつまらねぇ終わり方は性に合わねぇ。俺はAを1とカウントする。つまり、合計9だ」
桐亜は山札から3枚目を取る。
「♤のAだ、合計20で俺の勝ちだ」
教室の中では歓声が沸き起こる。
「さすが桐亜くんだね、リスクを抱えに行ってこそ勝つなんて、僕には怖くてできないよ」
「上辺だけのお世辞は必要ない」
白馬を冷たくあしらい、山札に目を落とす。
使用されたカードはランダムに山札へ挟まれるらしい。
つまり、よく見ていれば次がなんのカードかがわかる可能性もあるという事だ。
そして次は確実に♡A。
この学園のシステムは確率的にAを山札の上に挟みやすい。
桐亜 100枚、白馬 100枚。
親、白馬ターン。
「ベット25枚だ。」
「勝負に出たね。もしかして……次がAだからかな?」
「お前も覚えていたか……」
「もちろん、僕は記憶力だけはあるんだよね。」
遊戯中だというのに白馬は笑っている。
「もちろん乗るよ。負ければ25の倍、50枚もとられる。あっという間に戦況不利だね」
カードは配られていく。
このターンは白馬が片方伏せられて配られる。そして桐亜のカードは、
「ナチュラル・ブラック・ジャックだ。」
♡Aの隣には♢Kがある。
「さすが桐亜くんだね。確実に勝てるカードだ。」
感心した表情の白馬のカードは♢Qが表を向いていた。
「……あ、僕、間違えちゃったよ。
ナチュラル・ブラック・ジャックは確実に勝てるカードじゃなかったね」
白馬のもう1枚のカードには、
「♧Aだよ。こっちもナチュラル・ブラック・ジャックだ」
「くそ、引き分けか……」
桐亜 100枚、白馬 100枚。
親、桐亜ターン。
なかなか動かない戦況。
3ターンが終了するたびにカードは再度混ぜられるようだ。
カードがシステムによって混ぜられてゲームが再開される。
「じゃあ、ベットは25枚」
「お前!混ぜられてカードもわからないのにそんな大勝負に出るのか?」
「うん、僕、勝負師だからさ」
白馬は笑ってみせる。先程、勇気がないと上辺だけのお世辞を言っていた時の表情とは打って変わって、いまの白馬は明らかに勝負師の顔だ。
「それに、桐亜くんは――――――」
だが、その目は笑っていなかった。
「こういうのが好きなんでしょ?」
「…………ああ、勝負ってのは、こうでなくちゃ……楽しめないだろ」
桐亜の目はもう、完全に紅に染まっていた。
「ふっ、いい目だ!これからが本当の
白馬の目は見開き、笑った口元からは八重歯が覗いている。息は荒く、汗までかいている。
カードが配られる。
「♡7と♢8、合計15、コール!」
「3枚目は♧3だね。合計18。スタンド!」
白馬は18でスタンド、勝つチャンスはまだある。
桐亜に見えているのは♧Aだ。
そしてもう1枚は―――――――、
「♢Aだ!」
「こ、この手は……」
「ああ!もちろんスプリットだ!」
スプリットとは、2枚のカードが同じ数字だった場合に使える技。
ただ、2枚が同じ数字の場面は意外と多いので、大抵は絵札のみや、Aのみと、制限が入る場合が多い。
そしてこの学園ではAのみがスプリット可能カードになっている。
『スプリットが宣言されました』
桐亜は2枚のAを二つに分けて置く。
山札から2枚を引いてそれぞれのAに重ねる。
Aが2枚では通常は22でバスト、もしくは合計2とどちらにせよ弱いカードになってしまう。
しかし、スプリットではその2枚を1枚目とした2つの手札にすることが出来る。
しかし、この時、もうひとつの手札にも同じ額をベットしなければならない。
勝てば大勝だが、両方とも負けた場合、ベット額×2の通常の負け額が2つ分で一発で敗北になるハイリスクハイリターンな役だ。
桐亜の手札は♧Aと♡K。
♢Aと――――――――、
「!? なんで!?またAが……!」
そこには♡Aがあった。
「またか……珍しいこともあるんだな。
じゃあもう1回スプリットだ」
『スプリットが宣言されました』
「も、もう桐亜くんの勝利は決まってるんだよ?もういいんじゃないかな?」
「は?何を甘えている?」
「ひっ!」
今まで笑っていた白馬も桐亜の真っ赤な目で睨まれてさすがに怖気付いてしまったらしい。
「勝負はしっかり付けなくちゃいけないだろ?ここでやめてもお前を叩き潰せないだろ?」
「くっ…………」
桐亜はもう2枚、カードを引く。
「!?」「!?」
引いた自身さえも驚いてしまう。
「また……Aが……!?」
「なら、もう迷うことは無いな。スプリット!」
『スプリットが宣言されました。』
桐亜は最後の2枚を引いた。
♡Jと♧Qだった。
これで桐亜の手札は4つ。
♧Aと♡K、♢Aと♧K、♡Aと♡J、
♢Aと♧Qだ。
全てがナチュラル・ブラック・ジャックだ。
つまり、全ての勝利額が2.5倍になる。
「勝負、あったな」
1枚に賭け額25枚、それが2倍の通常勝利額で50枚。
それが4つになって200枚。
そしてナチュラル・ブラック・ジャックの特性により、2.5倍になる。
よって最終決着金額は初めの100枚を差し引いて白馬、マイナス400枚だ。
「…………完敗だ」
『決着が着きました。敗者は勝者に勝利金額を払ってください。1週間以内に払えなければ強制退学となります』
この勝負で使ったチップは1枚100CPの価値がある。
つまり、白馬の負債は40000CPだ。
「お前、退学になるなんて聞いてないぞ?」
「言わなかったんだよ。君が手加減すると思ってさ」
「お前……なんでそこまで……」
「君の力に魅入られてしまったんだよ。君の勝利方法は誰もを叩き潰すから。あの時の君と同じで、嬉しいよ……」
白馬は無理矢理笑っているようだった。
「でもね……僕は退学なんてしないよ?」
コロッと表情を変えた白馬は何やらデバイスをいじる。
ピコン♪
桐亜のデバイスが音を奏でる。
『決着金額の返済が確認されました。』
「はい♪一括完済だよ!」
「お前……そんなに金持ちだったのかよ……」
「今までコツコツ貯めてたからね。それにもし払えなくても誰かに拾ってもらえれば奴隷として学校にはいられる。それからまたコツコツと取り返せば済むことさ」
「なんだよ、絶望させられないのかよ……」
ため息をつく桐亜に白馬は妙な顔をする。
「…………君は誰だい?」
「は?桐亜だよ。」
「違うだろ?君は桐亜くんじゃない。桐亜くんの体を借りている誰かなんだろ?遊戯が始まってから、あまりにも人が変わりすぎだ」
「いいや、俺は間違いなく霧島 桐亜だ。俺は、桐亜が何度も絶望する奴らをみて、そこに生まれた自身に対する嫌悪感の逃げ場として作られた2人目の桐亜だよ」
桐亜は片目が赤、片目が黒の異様な姿で笑う。
「「間違いなく俺だ」」
2人目の桐亜はゆっくりと消えていき、目の紅も霞んで消えた。
「はぁ、疲れた、帰るぞ、桃瀬」
「え!?まだ、学校は終わっていませんよ?」
「今日はもういいだろ。それに…………」
桐亜は辺りを見渡す。気がつけばそこにはクラスの奴らだけではなく、他クラスや他学年までが集まっていた。
「俺とも遊戯をしてくれ!」
「俺もだ!」
「叩き潰してやる!」
「私を見てぇ!」
様々な声が聞こえる。
「こんな状態じゃいつ勝負を挑まれるかわかったもんじゃない。さすがに体が持たん」
桐亜は桃瀬の後ろ襟を掴んで走り出す。
扉は塞がれている。
「桃瀬!我慢しろよ!」
「へ!?」
桐亜は桃瀬をお姫様抱っこした状態で窓から飛び降りた。ここは二階、
「ふ、ふあぁぁぁぁぁ……し、死ぬかと思いました。」
「安心しろ、この高さなら致命傷にはならん。あっても記憶喪失くらいだろ」
「いやいや、重症です!アウトですよぉ!」
遠くから大量の声が聞こえてくる。
「しっ!追いかけてきたみたいだ」
桃瀬の腕を掴んでまた走り出す。
茂みの中に入って人目を避けながら宿舎に帰ってきた。
「ふぅ〜、たくさん走ったです」
「よく頑張ったな。ゆっくりしとけ」
「へ?今、褒めましたか?褒めましたよね?」
「なんだ?褒めるのがそんなにおかしいか?」
「いえ!むしろもっと要求したいです」
「却下」
「ムウ…………」
「あ、今日手に入れたCP、必要ないからお前に送っといたぞ?」
「はい!受け取りました!CPは序列に関係してきますが……いいのですか?」
「ああ、お前がもっといてくれ。俺には必要ないものだ」
「わかりました!これからの桐亜さんの宿舎代、食事代、サービス料金などに当てておきますね!」
「お前のために使うように渡したんだが……、お前はどこまでお人好しなんだ?」
「はい?何かいいましたか?」
「……いや、何でもない」
桐亜は疲れた体にかかる重力を全てベットに預けるように寝転んだ。
「御一緒します!」
隣に桃瀬が飛び込んでくる。
「あまり近づくな、2メートルは離れろ」
「このベッド、2メートルも幅がありませんよぉ!?」
「じゃあ寝るな。」
「ひ、酷いです……。」
この部屋は今日も和やかだ。
理事長室にて……
「桐亜くん、やってくれたね」
男が窓の外を眺めていた。
「自身のポイントを他人に譲ってまで序列を上げないだなんて……君は一体……」
男の背後から扉を開く音が聞こえた。
「何を考えているんだ?」
「すみません」
そこには白馬がいた。
「お前は一体、何を考えている?」
「で、ですが……霧島のデータは集まっております」
「彼の力はあんなものじゃない。白馬、お前はもう一度、霧島を調べろ」
「わかりました」
白馬は静かに部屋を出ていった。
「あんな奴でいいの?理事長」
「いたんだね、生徒会書記の…………」
「
「ごめんごめん、じゃあ次は君が行く?」
「ああ、私が叩きのめす。お前が見込んだというアイツを叩き潰せば……」
「君への束縛は解くって約束だよね。分かっているよ」
「ああ」
霊華は静かに部屋をあとにした。
「次はどんな勝負が見られるかな?ふふふ、楽しみだよ……」
不気味に笑う男がひとり、そこにいた。
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