狂った遊戯の序章 編
第1話 狂った学校の変な人
「お、霧島くん!」
「担任か?」
遠くの方から走ってくる女性に桐亜は目を向ける。髪は栗色でポニーテールだ。
「はい、そうですよ。私が担任の
立派な胸を上下させて挨拶をしてくる女性、彼女が担任か……。
ベテラン教師、という年齢でもなさそうだが、ここの教師ともなればそれなりの遊戯者だろう。
「じゃあ私の後ろについて入ってきてね」
そう言って小島は教室の扉を開く。同時にチャイムが鳴り、中にいた生徒達が各自の席に戻る。
言われた通りに後ろに付いて行ったが教室に入った瞬間から教室内がざわつき始めた。
「はい!みんな静かにしてね〜」
少々ざわついて入るが話を進めるようだ。
「こちら、今日からこの学校に編入してきた……」
小島は「自分で!」っと桐亜に目線を向ける。
「あ、霧島 桐亜だ。よろしく頼む」
さっきより一層ざわついた気がする。
「はーい!みんな、静かにしてね!」
担任の制止で少しは落ち着いたざわめきの中、桐亜は指定された最後尾の窓際の席に座る。
「じゃあ一時間目は国語よね!じゃあ教科書開いてね」
(…………教科書、まだ持ってないな)
そんな桐亜を察したのか隣の女子が机を近づけてきて、「見ますか?」と聞いてきた。
「ああ、頼む」
彼女は小さく頷くと二人の机の間に教科書を置いた。
ゲームが全てと言えども、授業内容は普通そうだ。とはいっても、桐亜は今までずっと遊戯ばかりやっていたから学校という場所に来ること自体が初めてで、普通がわからない。
知らない事ばかりで理解はできなかったが新しいことを学ぶという授業は桐亜にとっては楽しいものだった。以前見たアニメでは学校ダルいという表現が何度も出てきたのだが、そんなことは無かった。
無事に一時間目を終えて隣の女子に礼を言う。
「教科書、助かった」
「うん!ここに来たばっかりですもんね!あ!私、
「じゃあバストサイズは?」
「え、いや……そ、それは……」
「言えないんだろ?なら、『なんでも』なんて簡単に言うなよ。なんでもなんて都合のいい事、あるわけないんだよ」
「あ、す、すみません……」
「いや、俺こそ強く言いすぎたな、すまない」
「いえ、で、できる限りの事はお答えできます!できる限りの事を言ってください!」
「うん、強要したみたいで悪いな。じゃあ早速だが校内を案内してもらえるか?昼休みでもいいぞ」
「あ、この学園には昼休みというものがありません。毎日3時間授業なんです!」
「そうなのか、たしか、普通は6時間なんだよな?」
「はい、ですが遊戯に当てる時間を作るために授業は3時間です!その代わりに夏休みなどが短いです!」
「ほー、この学園らしいやり方だな」
「はい!ですから案内させていただくのは放課後でよろしいですか?」
「ああ、構わない」
「では、放課後で!あ、ちなみにバストサイズは98です!」
「いや、気になってたわけじゃないんだが……?」
「あ、いや、聞かれたから……や、や、やってしまいましたあぁぁぁ!」
「いや、ほかの男子は喜んでいるから大丈夫だ」
「は、恥ずかしいですぅ……」
まぁ、女子としては当然の反応なんだろうな。
周りに胸のサイズを知られる。
しかも自ら暴露……。
桃瀬は真っ赤な顔を必死に隠そうと両手でおおっている。だが、指の間から目を覗かせて、
「き、桐亜さんは……喜びませんか?」
「いや、全然だな……」
「な、何故ですか?」
「いや、興味が無いから」
「そ、そうなんですか……?」
「見るなら胸より顔だ、顔より性格だ。桃瀬は初見の俺に教科書を見せてくれるくらいだからな、かなり良い奴だと認識しているぞ?」
「あ、ありがとうございます!嬉しいです!」
「それに顔も可愛いからな、男子受けが良さそうだ。まぁ、とにかく胸なんかじゃ人の価値は測れないんだよ。胸なんか小さくたって、桃瀬ならモテるだろうな」
「は、はうぅ……」
「ん?どうかしたか?」
桃瀬は顔を抑えながらしゃがみ込んでしまう。
「気分でも悪いか?」
「い、いえ……でも、ちょっと顔が熱いので保健室に……」
「だ、大丈夫か?顔が真っ赤だぞ?」
「あ、大丈夫です……一人で行けます」
「そうか、気をつけていけよ?」
「はい……あ、教科書、勝手に使ってください……」
ふらふらとした足取りで桃瀬は教室から出ていった。
ちょうど二時間目が始まるチャイムが鳴る。
「じゃあ遠慮なく借りるか」
桃瀬の机から社会の教科書を取り出して広げる。わかりやすく
「はーい、みんな、二時間目は社会ですよ〜」
授業はすべて担任がやるようだ。
授業が始まって数分後、桐亜のデバイスが震動した。
(ん?メッセージか?)
デバイスを開いてメッセージを開く。
『どうも、前の席の
「おい……」
前の席には白い髪の男子が座っている。
「おい、白馬!」
呼びかけても振り向かない。またデバイスが震える。
『今は授業中だよ?デバイスを通してくれる?』
『授業中というならメッセージ送るなよ』
『まーまー、とにかく挨拶したかったんだよ、桐亜くん♪』
『キモい、ウザイ、キエロ』
『もー、連れないなぁ!仲良くしようよ〜』
『俺の日常にお前は必要ない』
『ん?桃瀬さんは必要なんだ?』
『……いちいち詮索するな。俺は授業に集中したいんだよ』
『そうかい、じゃあまた後で話そうね〜』
(話したくない……)
遅れた分のノートを写す。なんとか授業が終わる前に書き終わることが出来た。
「やあ、桐亜くん♪」
「おまえ……」
「お前じゃなくて清って呼んでよ♪」
「拒否する。」
「なんで?」
「言っただろ?俺の日常にお前はいらないって……」
「でも僕の日常には君が必要だよ?」
「は?」
「桐亜くんの序列は何位?」
序列……さっきデバイスを触った時に見たな……。
「最下位だよ。」
「へー、本気出した?」
「ああ、頑張ったよ。ま、これが俺の実力だ。」
「ふーん、そっか……」
何か言いたげな表情で白馬は笑う。
「ちなみに僕の序列は111だよ」
「1253人中か?」
「うん、そうだよ♪」
「見かけによらず強いんだな」
「君は見かけによらず弱いんだね」
「……煽っても無駄だ、これ以上の力は俺の日常の邪魔になるだけだ」
「そっか……君がいいならいいんだけど……」
その瞬間、白馬の目が変わったように見えた。
「いつかは本気を出さないといけない日が来ると思うけど……ネ?」
不気味な笑顔のまま彼は席についた。
その頃桃瀬は……
「せ、せんせー……」
「あら、どうしたの、桃瀬さん?」
「きょ、今日転校してきた桐亜くんと話してたら……なんだか顔が熱くなって……クラクラして……」
「…………青春ねぇ」
「ん?なんで微笑んでいるんですか?へ?なんですか、その手は?」
保健室の先生は両手を何かを揉むような動きをさせながら桃瀬の胸に近づける。
だが、頭がボーッとしている桃瀬は何が何だか……
「わたしが、女の快楽ってのを教えてあげるわ!ついでに男の気持ちいい部分も教えてあげるから初恋の相手にシてあげなさい!」
「へ?はふこい?(はつこい?)、
かいらふ?(かいらく?)」
「そう、あなたの恋の季節を逃させたりしないわ!」
「ひぅ!や、やぁ!やめてくださいぃぃぃ!む、胸、揉まないでぇ!」
「ほらほら!気持ちよくなってきたでしょ?」
「は、あっ……やぁ……ん……あぁ……」
「あ、なんかエロい……この娘……、なんか私まで楽しくなってきちゃったかも……」
「にゃ!つ、強くぅ……も、揉んじゃだ、だめえぇぇ!」
保健室内は秘密の花園であった……。
放課後。
「た、ただいま……ですぅ……」
「あ、桃瀬、授業終わったぞ?」
「あ、じゃあ案内させていただく時間ですね……」
「大丈夫か?まだ顔が赤いぞ?」
「大丈夫です……多分……」
「多分かよ」
約束通り桃瀬に学園を案内してもらうことになった。
「ここが職員室です!」
「これが食堂です!」
「これが学寮です!」
「ここが通りからは見えにくい路地裏です!」
「は?」
つい、声が漏れてしまう。
「いや、今までのは普通だったが……なんだ、これは?」
「ちょ、ちょっと入ってください……」
「な、なんでだ?」
「お、お願いします!」
桃瀬があまりにも必死すぎてつい頷いてしまう。押し込まれるように後から押されながら路地裏に入る。
「……で、何のよう……!?」
振り返るといきなり桃瀬に壁に追いやられ、壁ドンとやらをされてしまう。
ただ、身長差がありすぎるのと、桃瀬の胸が大きいせいでほぼ密着状態だ。
「……なんだ?」
「え、えっと……」
「たしか、壁ドンとやらは男から女にやるもんなんじゃなかったか?」
「えっとですね……」
桃瀬は少し何かを考えるような素振りを見せる。そして深呼吸をして、やっと口を開く。
「こほんっ、えっとー、き、桐亜!」
「呼び捨てか?」
「す、すみません!!」
「なぜ怯える?続けろよ」
「は、はい……」
桃瀬は再び深呼吸をする。
「き、桐亜!お、俺のこと……どう思ってる、ですか?」
「…………」
「こ、こ、答えろよ!です」
「敬語、戻ってきてるぞ?」
「あ、え、あ……ムゥ!もう無理ですぅ!」
「いきなり何をやり出すかと思えば……ん?」
桐亜は壁ドンしていた桃瀬の手から落ちた紙を拾う。
「ん?保健室の先生から吹き込まれたのか?」
桃瀬は涙目で頷く。
「でもな……お前……」
「?」
「読んでる方、逆だぞ?
男のセリフ読んでどうするんだよ。」
「あっ…………」
「てか、保健室の教師、なんで男バージョンまで書いてんだよ……」
「あ、えっと……」
「ん?」
「ほ、保健室の先生はこれをされたら……ど、ドキッとするって言ってました!し、しましたか?」
「……いや?」
「…………そうですか」
桃瀬は悲しそうな顔をしてしまう。
「…………すこしは」
「へ?」
「少しはドキッとした……」
そっぽを向きながらだがそれでも充分に嬉しかったようだ。桃瀬は満面の笑みを浮かべている。
「うれしいで……う、うれしいぜ!」
「もうやめておけ、お前が壊れていくだけだ……」
「ひ、酷いです……頑張ったのに……」
「あーはいはい」
「ムウ〜」
子供のように頬を膨らませる桃瀬を置き去りにして路地裏を出る。
「ま、待ってくださいよ〜!」
慌てて追いかけてくる桃瀬を気にもとめず、さっさと歩いていってしまう。
「あれ?桐亜くん?」
「ん?」
路地裏を出たところで背後から声をかけられる。
「……白馬?」
「そうだよ?こんな場所で会うなんて奇遇だね。」
「ああ、出来れば起きて欲しくなかった偶然だな……」
「そんな事言わないでよ〜、ところで……」
白馬は路地裏から出てきた桃瀬を見て首を傾げる。
「桃瀬さんと路地裏で……何してたの?」
「何って……」
桐亜は桃瀬の方を見る。さすがにアレがバレたら恥ずかしいのか、かなり動揺しているようだ。
「もしかして……人には言えないこと?」
「まあ、そうだな」
「ふーん、路地裏で男女が二人きりで人に言えないこと……か。これだけ聞くと18禁展開になっちゃいそうだね」
「そうか、なら勝手にひとりで展開進めとけ」
「相変わらず連れないなぁ……」
白馬は笑顔のまま桃瀬に接近する。
「にゃ、にゃ、にゃんですか!?」
「何をしてたのかな?」
「な、な、なななんでもでもでもありませせんですよ!?」
「ははっ、動揺しすぎだよ。別に君たちがエッチしたところで僕には関係ないしね♪」
「え、ええええっち!?ししししてななないですますよ!」
「お前、その動揺は怪しいぞ?」
「き、桐亜さんまで!?」
「冗談だよ、でも桃瀬さん、桐亜くんに壁ドン、しちゃってたし……」
白馬は一枚の写真を取り出して二人に見せる。
「そ、それはァ!?」
桃瀬が写真を取り上げようと飛びかかるが写真は右へ左へひらりひらりと……どうやら桃瀬は運動ができないタイプのようだ。
「返してください!!」
「なんで?真実でしょ?」
「は、恥ずかしいからですよ〜!」
「じゃあ交換条件!」
「条件?」
「うん、桐亜くんか桃瀬さん、どちらかが僕とゲームをしようよ!僕に勝ったら返してあげる」
「…………」
「あれ?乗り気じゃないなぁ……別に僕が賭けるのはこの写真1枚だけ、君たちは何も賭けなくていい。君の嫌いな賭けで苦しむ人は一人も現れないよ?」
「お前!どこでそれを……!」
「さあね?どこだろうね?」
「だが、それをしてお前になんの得がある?」
「得とか金とか、そんなもの入らないよ。僕は君と勝負がしたいだけだよ。君を倒して勝利という快感を得たいんだよ」
白馬の目は少し逝っている。
「分かった、乗ってやるよ。お前と遊んでやるよ。お前相手なら存分に戦えそうだしな!
なあ?
「ファウスト……か、君もどこで聞いたのかな?」
「そんなのどこだっていいだろ?明日の朝、会場は教室でいいな?」
「ああ、構わないよ。君の本当の力を見せてくれよ?」
「ああ!存分に焦がしてやるよ……、敗者の炎でな……」
「楽しみにしておくよ」
白馬は手を振りながら去っていった。
「……あれ、バラまいたりしませんよね?」
「多分ないだろ、そんな気がする……」
「すみません、私が……か、壁ドンなんてしたせいで……」
「構わない、誰も傷つかないなら存分に戦える……むしろ楽しみだ。」
桃瀬には、桐亜の目が怪しく光ったように見えた。
「!?」
「ん?どうかしたか?」
「い、いえ!大丈夫です!」
「そうか……じゃあそろそろ帰るか。案内ありがとうな」
「あ、いえ!こちらこそ案内させていただいてありがとうございます!」
「……やっぱり変わったやつだな」
「そ、そんなことないですよ!」
「ま、変わったやつしか、ここにはいねぇがな……」
「桐亜さんもですか?」
「ああ……かなり変わってるぞ?」
「そうなんですか……」
二人は寮まで並んで帰った。
どうやら桐亜の寮には人があまりいないらしく、桐亜の部屋がある3階は桃瀬しか住んでいないらしい。
「ってか、部屋、隣かよ……」
「嫌そうな顔しないでくださいよ〜!」
「いや、男女共用なんて聞いてねぇよ……」
「序列が低い人の住める場所は限定されてますからね。男女を分ける必要性なんて、序列が高くないと配慮してくれないんですよ……」
「そうか……そういう学園だったな……」
「でも、おかげでお隣さんになれましたし!毎朝朝ごはん作りに行けますね!」
「来なくていい!」
「なんでそんな拒むんですか?朝ごはんは栄養のあるものを食べなくちゃ……」
「自分で出来るからいい……」
「そうですか?」
桃瀬は少し不満そうな顔をしたが、元気に手を振りながら自分の部屋に入っていった。
桐亜も部屋に入って眠る支度をする。少し早いが今日はなんだか疲れた。早めに風呂に入って眠ることにしよう。
そう思って桐亜は先に部屋に送っておいたカバンから服を取り出す。タオルは部屋に置いてあるため、それを使う。支度をして脱衣所に服を置いて浴室に入る。体を流し、頭を洗う。さっぱりした後、ゆっくりと湯船に浸かる。足先から疲れが染み出ていくように気持ちがいい。
「はぁ、疲れたな……」
「い、癒し、入りまぁ〜す!」
いきなり脱衣所の方から声がしたかと思うと、何者かが飛び込んできた。
「も、桃瀬!?なんで……」
そこにはタオル1枚の桃瀬がいた。
「あ、空いてましたよ、鍵!危ないです!私みたいなのが入ってきたらどうするんですか!」
「自覚はあるんだな……」
「はい!では、お借りしますね」
桃瀬はシャワーで体をさっさと流す。
「おい……何やってんだ?」
「いや……桐亜さん、疲れたっておっしゃったので癒しを……と……?」
「いや、俺はくつろいでいたんだ、お前が入ったら癒しも癒しじゃなくなるだろ」
「そ、そんな……、男性はこれが嬉しいと聞いてきたんですよ?」
「誰から?」
「保健室の……」
「信用できない奴じゃないか」
「で、でも!わ、私じゃダメって、ことですか?」
少し潤んだように見えるひとみで桐亜を見つめる桃瀬。桐亜はどうも涙に弱いようだ。
「……わかったよ、癒されてやる。その代わりに、普通で頼む。保健室の教師の話は忘れろ」
「わ、わかりました!」
敬礼のようなポーズでやる気を見せる桃瀬、心配しかない……。
「では、失礼します」
アウトラインギリギリ、いや、もうアウトだろうが、桃瀬が狭い浴槽に入ってくる。
一人でギリギリだったため、二人目は厳しかった。
と、その時、桃瀬がバランスを崩して桐亜の方へ倒れてきた。
「ひうっ!す、すみません!」
豊かな胸部に顔面を圧迫されて息が……
「あ!す、すす、すみません!」
桃瀬が気づくのが遅かったら死んでたな。男子高校生、谷間で窒息死!なんてのは恥ずかしすぎるだろ。
「あ、ああ、大人しくしていてくれ。見ているだけで多少は癒されるから……」
「そ、そうなんですか?じゃあ大人しくします!」
浴槽のあっちとこっちに向かい合うように座る。狭いせいで嫌でも体の一部が当たってしまう。
「ふふふっ、緊張してます?」
「いや?」
「……ドキドキは?」
「いや、別に?」
「…………エッチなことは?」
「浮かびもしないな」
桃瀬はいきなり立ち上がって叫ぶ。
「桐亜さんの思春期は一体どこへ!?」
「そんなもん知らん」
「なんですか!?反抗期だけ来ちゃったパターンですか!?」
「な、なんか怖いぞ?」
「あ……」
桃瀬は深呼吸をして再度湯に浸かる。
「なんで女の子として見てくれないんですか?」
「いや、女の子としては見てるつもりだ。だが、好きな女子じゃないと普通は興奮なんてしないんじゃないか?」
「そ、そうなんですか?私、男性とあまり親しくしたことがないのであまり詳しくなくて……」
「この状況は親しいを通り越しているがな……」
「ところで、好きな女子じゃないと興奮しないなら……その相手がいるのですか?」
「ああ、いるよ」
「へ!?だ、誰ですか!?」
さすがは女子、恋愛話になると急に距離感を縮めてくる。
「たしか……桐亜さんは私以外の女子と話していませんよね?私、途中からいなかったですが……」
「いや、一人話したぞ?」
「その方ですか!?」
「ああ……そうだ」
「だ、誰です?」
桃瀬が生唾を飲み込む音が静かな浴室に響く。
「それはな……」
「そ、それは……?」
「ふっ、教えて欲しかったらきちんと俺を癒すことだな、さっきから疲れさせられてばかりだぞ?」
「はっ!忘れてましたぁ!」
「ちなみに相手は担任の小島先生だ」
「え?え、えぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「冗談だ、相手なんかいねぇよ」
「な、なんだ……はは、安心しました」
「ん?なんでお前が安心するんだ?」
「あ、い、いえ、別に……」
「そうか、じゃあそろそろ上がろうぜ」
「いえ!私が先に上がります!」
「そ、そうか、まあ、見られるのも嫌だろうからな」
「はい!では、お先です!」
慌ただしく出ていった桃瀬を見送る。
そして湯に目線を落とす。
「はぁ〜、疲れたな」
今度はもう飛び込んでは来なかった。
風呂から上がると夕食が用意してあった。
「桐亜さん♪一緒に食べましょ!」
「……朝食は作ると言っていたが……まさか夕食までとは……」
「なんなら一生つくっても……」
「ん?なんか言ったか?」
「い、いえ!さ!食べましょう!」
「あ、ああ……」
桐亜にとって、誰かとの食事なんて何年ぶりだろう。
今の父親は初めこそは一緒に食べていたが忙しいらしく機会は減って言ってついにはなくなってしまった。まさか、こんな学校で誰かと食べるなんて……。
「どうしました?顔、くらいですよ?」
「え?あ、いや……」
「もしかしてお口に合いませんでしたか?すみません、料理はあまり得意ではなくて……」
「いや、普通に美味いぞ?得意じゃなくてこの味とは……すごいな」
「あ、ありがとうございます……」
桃瀬は照れたように後ろ頭をかく。
「では、何かあったのですか?」
「いや、昔を思い出していただけだ……」
「それは聞いてもいいことですか?それともそっとしまっておきたいことですか?」
「後者だ」
「そうですか、なら私も追求はしません。いつか、もし、いつか話したくなったら……その時は私に話してください」
「……ああ、ありがとう」
内心嬉しいような、頼もしいような気持ちになりながらも、桐亜はそれを隠すように桃瀬が作ったハンバーグを頬張った。
「うん、美味いな……」
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