白楽天の詩に隠された呪文の力で変身する渡来少女

名前:霍楊夢(かくやんむん)
誕生日:開元九年四月六日
座右の銘:人間到る処青山あり

紹介文:
 世は唐の玄宗の開元年間。
 長安にほど近い渭水のほとりに住む貧しい家に楊夢(ヤンメン)は生まれた。
 或る日、皇帝が鷹狩りに御幸した時、楊夢に御目が付いて、俄に後宮に迎えられる事となった。さて尋常ならぬ事、楊夢にはどうしていいか分からない。村の人々が言うに、これからは食うに困らず、綺麗な絹を着て生きていける。両親も豊かな暮らしができると。されば慶ばしい事だろうに、父母は浮かぬ顔。その言うには、美の陰には必ず醜が有る。後宮では三千人もの女が華麗を競い、天子の寵愛を争う。争えば不幸が起こる。大臣貴顕の家ならともかく、わしらではとても助けにはならぬだろう。
 楊夢は不安になって川岸を巡ると、向こう岸に旅人が座って白楽天の詩を口ずさむ。
「間関鶯語花底滑、幽咽泉流水下難」
 楊夢はその音を真似てみる。
「カンクヮンアンギォフヮテイクヮッ、イェウエッシェンリウシュイハーダン」
 迎えの車が来る朝、楊夢はまたうろ覚えの詩の一節をくりかえす。
「カンカンアンゴーファーティーカッ、……」
 すると詩に隠された呪文の力で、楊夢の姿はたちまち鶯に化し、翼を敲けば宙に浮く。自分でもびっくり、でも飛べるものなら飛んでみよう。
 楊夢は渭水の上を飛んで黄河に入り東する。海も近い所で、運河の商船に誘われて南へ向かう。遂に長江に至って海へ出れば、遙か東に宮殿が見える。国が有るかと飛んでも着かず、気付くと何も無い島が一つ見えるだけ。仕方なく降りようとすると、その島が動く。それは実は大きい蛤の様な貝だった。これを蜃といい、息を吐くと幻を見せるという。あっと思った時には、蜃が吸う息に巻かれて、殻の中に吸い込まれる。ぐるぐる回って真っ暗だ。
 はっと気を取り直すと、今度は蜃が吐く息に乗って、空高く舞い上がる。羽ばたこうとしても風を受けない。それもそのはず、楊夢の姿は小さい蛤に変わっていた。折しも台風が発生して、蛤をどこまでも連れて行く。

 所でここは東京都大田区、自営業の小さい印刷所に併設された古書店。店の娘が学校から帰って番に入ると、表を大きい車が通って本の山が崩れる。整理しようとまず一冊を取る。
『世界昔話全集89 はまぐり姫 他八編』
 ふと開いてみると、物が挟まっているとは思わなかったのに、何かがごろりと落ちる。見ればそれは蛤で、むくむくと大きくなり、殻の中には少女が丸くなって眠っている。
「何で? 誰? ていうか、服!」
 こうして楊夢の新しい生活が始まった。

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