【仮装交流】君のチャージャーは何かな?

新吉

第1話

 私は鈴木やこ。ロボットです。今はもう違う呼び名だけれど、私が作られた時にはそう呼ばれていました。

 私を作ってくれた人は私のことをロボットとしか呼びませんでした。名前はつけてくれませんでした。名前をつけてくれた人は私の旦那さんになりました。





 〇〇〇〇〇〇




 おしまい



 鈴木さんが、

 淳さんが

 旦那さんが

 愛してくれた人が


 亡くなる

 無くなる

 いなくなる

 どんどんと呼吸も脈も弱くなっている


 もうすぐ死んでしまう

 私は何ができるだろう

 彼は何をしてほしいのだろう


 今までに何度となく

 なおさん夫婦に言われてきた

 私たちは言ってきた

 だいじょうぶ


 ああ淳さん

 だいじょうぶなんかじゃないですよ

 淳さんは長生きした

 ともに生きた人間たちがいなくなって

 さらに進化した人たちの中で

 私だけとひっそりと暮らすようになって

 そこからは早かった

 ねぇ、淳さん?

 やっぱり人間になりたかった

 やっぱりロボットじゃだめだった

 この体にこんな気持ちはいりません

 不必要なものです


 こんなことなら

 あなたに会わなければよかった



「やこ?泣いてるの?」


「だからロボットは、泣けないです」


「泣いてるよ」


「…泣きたいです」


「うん。泣いて泣いて悲しんだら、」


「あなたの、荷物を、片付けて」


「そう、そしてそれがすんだら」


「私の好きなように」


「そう。君が止まるまであと少ししかない。君が動く限り好きなことをしてほしい」


「私はあなたが好きですよ」


「うん。俺もだよ」



 何度となく2人で確認していた最後の言葉

 だけど淳さん、私はまだ


 何をしたらいいのかわからないのです

 そう伝える前に彼はなくなった




 〇〇〇〇〇〇



 彼が好きな動物たちはもうすでに貰い手を見つけてある。彼の荷物を片付けながらたくさんの日記を見つける。読みふけっているとあたりが暗くなった。自動で電気がつく。私の寿命はあと残り2年。私は彼と過ごした日々を思い返していく。私は今

 淳さんが好きだったことをなぞるだけの日々を過ごしている。


 ペットショップは10年前に店を閉めた。かなり数が減った動物たちを保護する団体に所属している。主に知識の提供。あとは日記のようなものや小説を書いている。こんなことを書くとまるで人間のようだけれど、人間はもう文字を読み書きしなくなってしまった。目で見て耳で聞いて、頭にも訴えかける宣伝文句。規制もかかってるけど伝えたい人だけに電波のようなものを飛ばせる。意志を伝えることができる端末が流行って、皆それを持っている。持っていない人は除け者で楽しげなコミュニケーションがとれず、以前のチャージャーを思い出す。本当に人間はくりかえす。進化の果てにおなじことをくりかえす。思い出す、施設で働いていた自分を。


 いいえ思い出しているのではなく、データ整理なんです。私、ロボットなのでデータ整理は好きです。好きなことをします、淳さん。まあでも淳さんが好きなように、わざわざ文字におこしています。






 〇〇〇〇〇〇




 となりで唸っている。眠れていないようだ、熱が高い、氷枕を替えようかな。あ、いいや。両手を淳さんの脇の下に入れ、冷却モード。淳さんの胸に耳を当てて少し早い鼓動を聞きながら。もしかして重いかなとかかえって冷やしすぎかなあと思考が巡る。顔を見たら淳さんは目を覚ましていた。目が合ったら笑われた。髪の毛を撫でられる感触。



「おはよう、やこ」


「おはようございます、淳さん」


「せ、生存確認?」


「違いますよ。体の熱を下げようと」


「かえって熱上がっちゃうよ」


「すぐどきますね」


「あ、このまま。冷たくて気持ちいい」


「はい」



 淳さんの鼓動を聞きながら、とりとめのない話をする。何なら食べられますか、アイスは寒いけど食べたい、りんごもいいなあとか、ロボットは看病に最適だね、病気にならないもんね、でもオーバーヒートやウイルスなんかはありますよ、オーバーヒートの時って体熱くなるの?はい、そのためにこの冷却モードがあります。じゃあすきな体温にできるの?はい!少しあったかくしますか?震えてますよ。また熱が上がると大変です。あーあったかい。


 そこで淳さんにぎゅーっとされる。体が熱くなりそう。

 あんまりされたらオーバーヒートします、淳さん。恥ずかしくなって少し力を入れて抜け出る。





 〇〇〇〇〇〇






 私はロボットです。私はご飯は食べません。食べないから出さない、お風呂にも入りません。充電が必要だったのですが、充電池の開発が進み必要なくなりました。彼が100歳になるその時、私は動かなくなる予定になっています。私はありていに言えば機械の体です。病気になりませんがサイバーウイルスにはかかります。暴走の恐れがあります。死にませんが、充電が切れたら動かなくなります。


 私の名前を呼んでくれるあの人が動かなくなる。その時私はどうしたらいいんだろう。その時のことを考えると、どうにかなってしまいそう。悩みを聞いた私を作ってくれた人。天才と呼ばれる彼が私に言いました。


「僕がどうしてもできないことは人の命を操ることだ。だから君と彼が死ぬ時を同じにすることはできない。とりあえずヒトの平均寿命あたりで動かなくなるようにするよ」


「よかった、ずっと1人で動き続けるわけじゃないんだな。わかった」


「やこ、君が年をとったように見せることもできるけど」


「俺はどっちでもいいぞ、やこが決めて」


「わ、私は若い今のままがいいです」


「決まりだな」


「おじさんになってきたら後悔するかもよ?それにやこが何かの拍子に壊れることだってある。君が120歳くらいまで生きることも考えられる」


「いいよやこの好きな方で。壊れたらなおす。もしどうしてもできないのなら、やこを思い出しながら生きるよ。好きなことをする。やこがそれでいいと思う方がいい。やこと生きるって決めたから」


「ありがとうございます、淳さん」


「もー!いちゃいちゃするなら帰るね?あとで電池入れ替えの手術の連絡するからね、やこ。お邪魔しました。あ、そうだそうだ」




 彼はいつも私の家の玄関を最新設備にして帰っていく。なんでも自作で現役のロボットの数が面倒みれるだけしか残っていないそうで、その全ての家や施設、会社の玄関を直している。わざと充電を切らしたり、本人からの要望でゆるやかに数を減らしていく彼製ロボット。あんなに規制が厳しかったのに、今また違う人の作ったロボットが世に出ている。ヒトは忘れられるから生きられるんだ。そして忘れてしまうから数を減らしていく、と心底可笑しそうに彼は言った。






 〇〇〇〇〇〇








 最近淳さんからいろんなところに誘われる。春にはお花見に行ったし、夏には海に行った。秋には紅葉を見に行って、冬には雪景色を見に行った。この都会の街では味わえないため、いろんな町へ出かけて行った。


 最近では安全に観光ができるよう様々なシステムが作られた。古い建物は保存され、決して壊れないように遺っている。進化学を学んでいる優香ちゃんから、そのうち価値観が変わったら全部壊すかもしれないと聞いた時は驚いた。人間は簡単に作ったり壊したりする。私たちを作った人間。私たちを壊すこともできる。観光するときは立体映像か、空からの見学がほとんどになった。とはいっても乗り物に乗ってだけど。飛行する人間は少ないけどまだ何人か残っていて、自分の体を鍛えて飛び続けている。今や有名人だ。


 ロボットの私は他の人間とあまり区別がつかない。しかしそれは都会の方だけで田舎ではロボットの存在自体が珍しく、私はその都度驚かれた。だけど彼は行く先々で妻ですと紹介してくれた。なんと言われても。時代が過ぎていくうちに田舎でも普通になったけど。知識として私の中にあるいくつものことを見たり聞いたり触ったりした。それは淳さんも同じで、2人でいろんな初めてを経験した。そのかわりいろいろ相談しなければいけなかった。海水で錆びたりしないのか?雪で冷たくなり過ぎたりしないのか?淳さんは私をいつも心配してくれる。






 〇〇〇〇〇〇






 淳さんをロボットにする?

 私を人間にする?


 時代が進み不可能ではないと言われました

 なおさん夫婦は私たちを心配してくれます


 私はその話を断りました

 入れ物と中身

 そんな簡単な話ではない

 記憶はデータ

 そんな単純なものではない

 永遠にそばに

 そんな綺麗な景色じゃない



 私はロボット

 それでいいのです


 それに淳さんは人間の方がいい

 でもそうなると人間の女の人がいいよね


 まあ私はロボットなので

 嫉妬はしないから

 心配しないでくださいね

 なんていっておく







 〇〇〇〇



 今日は店が忙しくて疲れた。

 だから日記はやめようかと思った。だけど紙と鉛筆と消しゴムがなくなるまでやってやろうと思ったあの時のことをなんだか久しぶりに思い出して、結局書いている。

 でも眠い。

 やこが最近歌う歌を覚えた。あの歌手はやっぱりかっこいいし甘い声だな。やこと趣味が合うのは嬉しいが、男としては複雑。

 そしてやっぱりやこうまいなあ。歌手になりたいと言ったら送り出そう。




 〇〇〇〇





 この日は新規のお客様が大勢いらして、注文が多かったんですよね。だから店員さん増やしましょうと言ったのに。


 私も淳さんのことだからすぐ眠ると思ったのに、机に向かってるから驚きましたよ。でも何日か抜けたりしてもまた書き始めるから淳さん、好きです。なんとまだ買えますよ。物好きな人が粘ってます。だからまだ日記が書けますよ。


 京子さん夫婦を見てると子どもが欲しいなんてことを考えたりもしたんですよ。あと秋さんの歌が好きなのは施設で聞いていたからですよ。あの人よく歌ってましたから。それより甘い声が好きだったのが驚きです。歌が下手なのを気にしてた淳さんを可愛いなと思ってました。私の歌は音程が合っているだけなんですよ?歌手にはなれませんよ。





 〇〇〇〇




 今日は快晴、雲ひとつありません。もちろん私が見える範囲では雲はありますが、この地域一帯の天気は快晴。なのにどこかすすけて見えるのは、目のレンズにでも汚れがたまってきたのでしょうか。それともこの世界が荒れ果ててしまったからなのでしょうか。ヒトは自然と対抗しうる力をついに身につけました。それは自然を捨てることでした。少なかった動物たちもいなくなり、ヒトも内乱で数を減らしています。戦争と自然破壊によりかえって増えた災害から逃れるため、人は空で暮らしています。それでもヒト同士戦いながら自分の居場所を探してます。陸にいるのは私たちロボットやものずきなヒトたちだけ。


 1年の流れが驚くほど長く、そして1日の時間は驚くほど早く、あっという間に世界は変わってしまいました。


 今日はついに「ノート」と呼ばれていた、この紙媒体の最後のページです。この一冊しかないのです。しばらくは「雑誌」「チラシ」に無理やり書こうかなあと思っています。いろんな「ペン」でつないでいます。それはもう少し持ちそうかな?


 そして今日ついに大勢のヒトがチキュウを離れたようです。となりのとなりのおとなりさんのおじいさんから聞きました。もしかしたら、もしかしてかなあ。あいまいに呟いてから、彼はヒゲを剃りに奥にいきました。


 淳さん、今日もやこはここで生きています。

 もしかしたら今日、2年を待たずに死ぬかもしれません。あなたと過ごしたあの時を私は忘れません。あなたがいなくなってからの時もしっかりと記録できました。何も意味はない。意味のない文字の羅列が、紙の束が、こんなにも心に残ることを、あなたは教えてくれました。




 〇〇〇〇〇〇






 淳さんの日記を読みながら

 淳さんの日記に応えるように

 さかのぼっていく

 それだけでは

 思い出の波に揺られて流されて揉まれて

 沈んでしまいそうだから

 淳さんさんのいない今日の日記も書く

 私は日記と過去日記を書きながら

 あなたのことを思い出している

 ヒトのように忘れることができないから

 私が動く最後まで

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【仮装交流】君のチャージャーは何かな? 新吉 @bottiti

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