夜の隣人
善吉_B
自宅のソファに腰掛けて端末に目を通している途中、ふと隣に自分以外の何者かの気配を感じた。
そのまま顔は上げず、視線だけをゆっくりと横に滑らせていく。まず初めに見えるのは、端末から浮かび上がる画面の端の音量調整メニュー。その画面を先程まで滑らかになぞり情報収集を助けていた、展開式籠手を埋め込み済の自分の手。次に白いシャツの長袖、そしてそのシャツに覆われた肘と続き、ようやくソファを覆う
今ではすっかり普及し尽くし、レパートリーの数や質でメーカーが鎬を削り合っている、感触調整機能付きのスマートカバーではない。本物の天鵞絨で作られたというソファカバーは、Zのちょっとした拘りであり、また密かな自慢でもあった。友人の家にあったクッションの滑らかですべすべした感触の再現は見事なものだったが、それでもそれが本物である、というだけで誰に言う訳でもなく一人静かに特別な気分を味わうことが出来るお気に入りだ。
たまたま立ち寄った古臭い小さな店で見つけた掘り出し物だから、もしかしたら天鵞絨を騙った只の手触りの良い布という可能性も捨てきれない。だが、仮にそうだとしても構わなかった。それの感触が一種類しか無く、その触り心地がとても良い。そのことだけでZには十分だった。
その愛用のカバーの、深くて暗い青と緑を混ぜ込んだ、紙よりも更に古い書物のインクのような色をした布地を辿っていく。目蓋の端まで動かした視点が、ようやく自分以外の気配の主の姿を捉えた。
――――――今日はこちら側か。
ソファの反対側の端にちょこんと、と言うにはあまりにも大きすぎる図体で座るのが思った通りの相手であることを認めたZは、手元の端末の電源を切った。プツンと小さな音を立て、空中に展開されていた画面が途切れる。
その音が聞こえた筈はないから、きっとたまたま同じようにふとZの気配に気付いたのだろう。相手がゆっくりとこちらを向く気配がした。
顔を上げれば、頭にあたるだろう部分を覆う夜色の靄の真ん中で、三つ並んだ青白い光がZに向かって瞬いた。続いて、ルゥー……ン、と誰かが低くハミングをするような音が耳に届く。
それが相手にとっての挨拶らしいと知ったのは、果たして何度目の夜だったか。
「よう、こんばんは」
端末を目の前のローテーブルに置いてから、自分にとっては異形の姿である相手に片手を上げてこちらもお決まりの挨拶をしてみせた。
今夜もまた、昼間に殺し合った敵の同族と過ごす和やかな夜が来る。
かつて教育を受けていた時も軍の養成機関で訓練を受けていた時も、自分より長い時間を生きている人々は口を揃えて「向こうが始めた戦争だ」と言っていた。そこに憎しみやら資源戦略やら宗教やらプライドやら正義感やら、多くの戦争の目的を彩る修飾が各々ついてはいたけれども、その部分に関しては大抵の人々は一致していた気がする。その話の真偽は分からないし、今更分かったところで何かが変わるともZは思っていなかったから、さして気にもしていなかった。
二つ並べたグラスに大きめの氷をそれぞれ放り込むと、冷蔵庫から取り出した酒瓶を傾ける。とくとくと空気を含んだ音を立てて流れこむ薄金色の透明な液体が、氷を伝ってグラスの中に広がり、高さを増していく。
以前たまたま出した時に気に入っていたようだったから、今回はわざわざ選んで買ってきた。どうやら酒の好みは合うようだ。
グラス二つばかりを乗せるためだけにわざわざトレイを出すのが面倒で、両手に持ったままソファの方に向かうと、歩くのに合わせてカロンと氷とグラスが擦れて音を立てる。天鵞絨で覆われたソファの上では、四本の手を重ねて静かに腰掛けた火界の住人がこちらを興味深そうに見ていた。
「お待たせ。飲むだろ?」
グラスの片方を持ち上げて見せた後、相手の前に置いてやる。そのまま自分はソファの反対側の隅に深々と腰掛けると、頭を覆う靄の光が今度は飴色に瞬いた。背中から生えているらしい、蝙蝠の羽の骨組みのような突起物が、頭部で唯一形らしい形を成しているぐるりと曲がった二つの角の間で軋んだ音を立てて動く。角の間に張られた見えない糸を引っ掻くようなその仕草に合わせて、ルゥーウ……ン、とあの低いハミングが聞こえてきた。
相手の手がグラスに伸びたのを確認してから、Zも己のグラスに口を付ける。味覚と嗅覚を甘やかす酒は、何故か冷やした分だけ喉を通る時に余計に熱く感じた。
乾杯をしないのはいつものことだ。二度目にこの来訪者と酒を飲んだ時にやろうとしてみたのだが、グラスを相手の方に持ち上げたのを見たこの異形の相手には意図が伝わらなかったらしい。逆にもう一杯くれるのかと言いたげに手を伸ばしてきたので、慌ててその手を引っ込めた。今となっては笑い話だ。最も、向こうはそんなこちらの文化の話など分かっていないし、結局正しい意味も伝えてはいないので覚えてもいないだろうが。
「向こうが始めた」という戦争が、今ではどうしてこちらが亜空間を跨いで
ただZはこの世界に生まれ落ちた者であれば当然の流れに従っただけだ。徴兵され身体に強化武器を埋め込む手術を受け、そして亜空間の戦争へと出掛けるようになっていく。生まれて死ぬのが当然のように、そう生きていくのが当然だった。
そのお決まりの流れのあれこれを煩わしいことだと思うことはあったが、他の選択肢も示されないし思い付かないのだからこれしか道はないのだろうと、特に考えずに先へ進んだ。故に戦争の大義名分も経緯も、Zにとっては特に必要ないものだったのだ。
ただ、その自分が夜な夜な敵世界の住人と晩酌をする仲になったその理由と、これからの自分達については、ぼんやりと思いを馳せることもあった。
初めの頃は、ただのリアルで奇妙な夢だと思い込んでいた。昼間殺した世界の住人にしか見えない何かが、夜ふと気が付くと自分のソファの反対側で静かに腰掛けている。逆にZが気が付くと見知らぬ場所の見知らぬソファのようなものに、同じ相手と座っていることもあった。恐らくは火界の住人の部屋なのだろう。目に映るものはZの知る世界のものとは少しずつ違っていて、訪れる度に興味深かった。双方の部屋が下手なコラージュのように継ぎ接ぎに混ざり合っていることもあった。そういう時は決まってソファの真ん中にゆらゆらと世界の境界線が浮かんでいて、途中でインク色が途絶える天鵞絨のカバーが、異界と接しているということを突き付けてくるようだった。
夢とはいえ敵世界の相手がすぐ隣にいることに、初めは違和感も抵抗も覚えた。殺すべき敵としか認識していなかったから、自分が殺されるよりも前にと埋め込まれた強化武器を展開しようとしたことすらある。
それでもその考えを実行に移さなかったのは、どうせ夢の中だという歪な安心感と、毎晩少しだけ離れて横に座る同じ相手の纏う空気が、兵士でも敵軍の高官でもなさそうで、殺したところで戦況に特になる訳でもないだろうと結論付けたからだった。
一方の相手は、初めてZの姿を見た時どう思ったのだろう。少なくとも、初めから向こうに敵意が無かったことだけは確かだ。
敵兵と同じ姿の異形がいきなり自宅に現れたことに驚愕するこちらを他所に、あちらは思慮深げに薄紫の光を瞬かせ、興味深そうに周りを一通り見回しただけだった。その反応に武器を構える気も失せて、相手の様子を横目で伺いながらぼんやりしているうちに転寝をしてしまったらしい。気付けば朝になっており、隣にいたはずの異形は姿を消していた。
そんな日が数日、数週間と続いていき、お互いがソファの反対側に腰掛けているという状況にも慣れていったある日、たまたまZが一人晩酌をしようと酒瓶とグラスを持って腰掛けた時に向こうを訪れたことがあった。
いつもの端末とは違う、見慣れないものを持つZが気になったのだろう。こちらをじっと見る気配に、ほんの気紛れからまだ口を付けていないグラスを差し出してみた。
その時不思議そうに瞬いた光が、何色だったかは覚えていない。ただいつまで経っても受け取ろうとしないので、諦めてグラスを引っ込め自分で飲むことにした途端、カシカシカシ…と角の間の空を突起物が二、三度引っ掻いた。同時に聞こえた低いハミングのような音で、何故か相手の言葉など―――いや、そもそも言葉なのかも分からない自分にも、何かに合点が行ったらしいと伝わった。
グラスから視線を戻すと、丁度異形が立ち上がり何処かへと歩き去っていくところだった。そのまま暫く奥の方で何かが蠢く気配がした後、これまた異様な形をした器を四本の手の一つに戻ってきた相手が、静かに器を差し出してきた。どこから注げばいいのか分からず戸惑っていると、またあのハミングと軋む音を立てながら別の手で器の横上方に空いた小さな穴を指してくる。恐らくここに注げということだろうと判断して酒瓶を傾けた。
だが、酒が注がれてからも相手が腕を上げて口を付ける気配は一向に無かった。器を二手に抱えたまま、頭部の靄をゆらゆらと揺らすだけで動こうとしない。
結局飲まないのだろうかと様子を伺いながらちびりちびりとグラスを傾けている途中、ふと器の中身が減っていることに気が付いた。
そしてその靄の中の瞬きが、満足そうな飴色に変わっていることにも。
「―――何だ、お前。いける口か」
どうやらこちらが気付かぬうちに飲み始めていたらしい。これだけ姿も世界も違うのだ。そもそも口もあるかどうかすらも見た目では判断が付かない。そう考えれば飲み方だって違っていても何も不思議ではなかった。
ただ、これ程までに違うのに、同じ酒を楽しめる。
そのことが妙に嬉しいやらおかしいやらで、思わず声を立ててZは笑った。
双方のソファに毎夜行き来する、という奇妙な現象が夢ではないらしいと知ったのは、この夜の過ごし方にも慣れ、それどころか一つの楽しみになり始めた頃だった。
「並行空間型夜行症ですね。毎晩自分ではない誰かの部屋に行ったり、逆に誰かが自分の部屋に来たりするのでしょう。夜になると空間ごと見知らぬ人とリンクしてしまう、二人一組で発症する亜空間病です」
そう説明した病院の医師の元へ自分を連れてきたのは、同じ職場の同僚だ。
夢だと思い込んでいたので自覚は無かったが、時折寝不足に見える自分を心配したらしい。ある晩差し入れでもしてやろうとZの家を訪れて、誰も居ないソファの空間に向かって話しかける一人暮らしの家主を目撃した。連日の戦闘で精神が蝕まれたのだと慌てた同僚に、翌日軍医の元に引っ張って行かれたのだ。
だが軍医は一通り同僚とZの話を聞くと、眉を顰めて舌打ちをした後、任務には支障がないただの病気だと言って病院宛ての紹介状を書いて寄越した。その病院で、毎晩決まった相手と同じソファに腰掛けている夢を見る、とだけ説明すれば、それは五万人に一人の確率で発症する病だと、珍しいのかよくあるのか判断の付きにくい数字を示された。
「身体に異常は出ませんが、赤の他人と強制的に半日同居しているような状態です。プライバシーが気になるようでしたら、症状を抑える薬を処方致しますよ」
「治る病気でしょうか?」
「リンクしている二人を同時に治療しなければならない病気です。運よく相手が見つかれば良いのですが、場合によっては国境を跨いでのリンクになります。患者様に聞いた相手の特徴とデータベースを照らし合わせて一人一人当っていく、というのも難しく、薬でリンクする日にちを減らす方法しかないのが現状ですね」
何故か当の患者である自分よりも不安そうに医師の話を聞く同僚の横で、Zはというとぼんやりと、酒の減る量が増えたのは夢では無かったからかと自宅の冷蔵庫の中身を思い出していた。
最後にご本人も何か質問がありますか、と話しかけられたので、一つだけ気になっていることを聞くことにした。
「リンクする人たちの組み合わせに、何か法則や理由はあるんでしょうかね」
「今のところ、規則性のようなものは見つかっていません。物理的な距離も組み合わせによってランダムですし、年齢や遺伝子による共通点も無いようです。最も歳の離れた組み合わせですと、三歳の男の子と百二十歳の老婦人のケースなどがありますね」
――――――では、
そう尋ねるのはこの場合相応しくないのだろうと、何となく察したZはそうですか、と小さく返しただけだった。
その後それとなく確かめてみたが、距離が離れているケースはいくつかあるものの、異界の住人が隣人になっている患者はやはりZだけのようだった。何となく言う気にもなれず、火界のことは周りに言わずじまいでここまで来ている。
診断を下された日、リンクをしているらしい晩酌相手について医師に尋ねられたZは、角のことも靄のことも口にせず、ただ言語も文化圏も異なるらしい大柄の人物だとだけ答えた。念の為にと薬も少し貰っておいたが、これは寝室の引出しのどこかにしまわれたままになっている。
カロン、と氷の鳴る音が静かな夜の空間に響いて、視線を再び横にやった。
いつの間にか薄金の酒を飲み干したらしい異形の隣人が、グラスを置いてこちらを見ているところだった。頭部の靄は、訪れた時と同じ青白い光を三つ灯している。蝙蝠の羽のような突起物同士を擦らせてから、角の間の空をまた引っ掻いていた。ルゥン…と今度は短いハミングが部屋に広がっていく。
ごちそうさま、だろうか。
それともおかわり、だろうか。
「もう一杯、飲むか?」
尋ねたところで返事は無い。
相手のグラスに手を伸ばしながら台所の方を指さしてみると通じたらしく、仄暗い黄色に光を瞬かせながらグラスを二本の手でそっと手渡してきた。やはりこの酒は気に入っているらしい。
ついでにと氷と混ざり合い薄くなってきた自分の分も飲み干してから、二つのグラスを手に台所に向かうことにする。
もう何度も振る舞われた向こうの飲み物は飲んだことの無い味がしたが、不思議と嫌いではなかった。体を壊したことも無いから、まぁこちらの身体にも害のないものなのだろう。
火界の器が人間の口には飲みにくいと気付いたらしい相手は、いつの間にかZにも飲みやすいよう口の広い器を用意してくるようになった。こちらに合わせようとしてくれていることが何故だかひどくおかしくて、初めてそれに気が付いた時には思わずまた笑ってしまった。
こちらのグラスも相手に合わせた方が良いのかと思ったこともあったが、どうやらそれは問題ないようだった。以前火界の器に一番近い形だからと購入したポットといつものグラスを並べてみせたところ、暫くじっと二つを見比べていた異形はグラスの方を手に取った。
選ぶ前にチラリとZの手にあるグラスを見ていたような気配を感じたが、恐らくは気のせいだろう。
お陰で折角買ってきたポットは、今のところ休日の昼下がりに茶を入れる時くらいしか出番が無い。
二杯目を入れてソファの方に戻れば、来客は四本の手のうちの二本を膝にあたるだろう部分に重ねて置いて、やはりちょこんとと言うには大きすぎる図体で大人しく座っていた。残りの二本はというと、興味深そうに瞬く薄紫の光と連動するように、天鵞絨のソファカバーを撫でている。
「良いだろ、それ。掘り出し物なんだ。店のじいさんが言うには、本物の天鵞絨だってさ。本当かどうかは分からないけど、まぁ、触り心地は良いものだろ」
通じている訳も無いのに、何となくこの異形と密かな自慢を共有したくなってそう言いながらグラスを手渡す。二本の腕はソファを撫でるのをやめ、丁寧な仕草で受け取った。腰を下ろして相手のグラスが減り始めるのを見届けてから、自分のグラスも傾ける。
どこの家も寝静まっているのか、夜はひどく静かだった。時折自分の独り言と相手のハミングや軋む音、それからグラスと氷がぶつかる音が響くだけで、ソファの周りから外の空間は物音一つしなかった。
今は何時頃なのだろう。ここからだと台所に置いてある時計が見えないせいで、よく分からない。いつも時間を確かめるのに使っている端末も、こいつが来た時に電源を落としてしまった。ただゆっくりと、ひどく和やかに時間が過ぎていることだけは何となく感じられた。
残り半分になった手元の薄金色の液体と氷の接着面を眺めているうちに、ぽつりと言葉が口を突いて出た。
「今日、あんたの仲間を二体殺したよ」
相手は何も言わない。反応もしない。
ただじっと器を二手に持って、頭の靄をゆらめかせながら、少しずつ酒を飲んでいる。
養成学校の教官曰く、
実際こうして毎夜隣に座っていると、確かに音は聞こえていないらしいと感じることが多々あった。恐らくは瞬きの色と角の間を引っ掻くあの動きが、自分達には見ることも聞こえることも感じることもできない、火界の言葉を表しているのではないかとZは考えている。
それでもZは、異形の相手に今日も酒を片手に、聞こえる筈もない自分の言葉を使って話しかける。
「戦争だよ。今、そっちに亜空間から侵略者が来ているだろう。あの中にいたんだ。今日もそっちにいって、あんたの仲間を殺したんだよ」
話している声が聞こえている訳ではない。
だが、こちらが相手の言葉を表しているだろう仕草を覚えたように、向こうもこちらのことを覚えている。
顔についた空洞が開閉している様子を見て取った相手は、意味も分かっていないだろうに律儀に角の間の空を引っ掻いた。それと同時にルゥ、ウゥー……ンというあの低いハミングが、夜の海みたいに静かにソファの周りへ広がっていく。
聴覚が必要ない世界の住人だ。ハミングのような音も軋んだ音も、言葉を表す際に偶然発せられているだけのもので、彼等にとっては意味の無いものなのだろう。
彼等の世界では存在しているかも分からない音だが、Zはあの低いハミングを聞くのが嫌いではなかった。
「あんたは戦争には行ったことなさそうだな。何となく穏やかそうだし、きっと向いていないんじゃないか。どんな性格なのかとか、分からないけどさ」
こんな風に毎夜火界の住人と過ごしていると知ったら、恐らく上司は血相を変えて自分に諜報関係の部署をあてがうに違いない。いや、それよりも前に、異界とリンクしている希少な『並行空間型夜行症患者』として、どこかの研究所に連れていかれるのかもしれない。
戦争のいきさつも大義名分もどうでも良いと気にせず生きてきたZだが、毎夜の隣人がこの相手であった理由と、これからの自分達についてはぼんやりと思いを馳せることも増えてきた。
――――――何故、自分だけはリンクの先が敵世界の住人だったのだろう。
今は戦争に行っていないらしいこの隣人を、いつか昼間に、侵略者としての自分が亜空間で殺す未来はあり得るのだろう。逆に自分が殺されてしまう未来も、決して無いとは言い切れない。
それでも今、こうして同じソファに座り、同じ酒を美味いと感じ、同じ空間で夜を静かに過ごしている。
「あんた、こんなこと知ったらもう一緒に酒とか飲んでくれないのかな」
それともこちらが侵略者と同じ姿をしていることなど百も承知で、同じソファの反対側に座っているのだろうか。
答えを聞こうにも、帰ってくるのはZには分からない動きとハミングだけだ。
今は何時頃だろう。静かな静かな夜の中で、時間まで溶けてゆっくり動いているような錯覚を覚えてしまう。
だが、いつかは結局朝がやってきて、ソファに座る隣人はいつの間にか姿を消してしまうのだ。
翌日に響くのでいつもは途中でソファの上で寝てしまうのだが、明日は非番だ。一晩寝ずに朝まで起きてみるのも面白いかもしれないと、ふと思い付いた。向こうはどうだろう。そろそろ眠くなってきてしまっただろうか。それともとっくに眠くて眠くて仕方がないだろうか。或はそもそも眠りなんて必要ないのだろうか。
それともZと同じように、夜通し起きて隣人と語らうのも面白いかもしれないと、そう思っているだろうか。
「なぁ、あんたはどう思う?」
ハミングと軋む音と一緒に返って来たのは、丁度ソファカバーの布地と同じ、深くて暗い青と緑を混ぜ込んだ、紙よりも更に古い書物のインクのような色の瞬きだった。
夜の隣人 善吉_B @zenkichi_b
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