第7話 おまけ①

おまけの蛇足話です。

一応、乙女ゲーム設定となっていますので、このくらいの時代で使用するはずのない言葉を多々使っています。


 * * * * *


 上級貴族が大人数で休憩できる場所として用意されていた部屋の中に入り、2人程欠けている事を気にする素振りも見せず、アドルフ達はヒューバートに上座を進め、其々夫婦でソファにゆったりと腰掛けた。

 給仕等は既に拒否している為、クラークとヘレンは用意されていたお湯等を使い紅茶を淹れると、ヒューバートから順番にカップを置いていく。ヒューバート、アドルフ、フレドリック、デイビット、イライザ、グレンダ、アイリーン。それから、クラーク、ヘレンの順番だ。

 特に誰も何も言わない事から、この順番がいつもの事で、義兄弟間の力関係すらも丸分かりだ。

 感心するヒューバートを気にする事もなく、アドルフは一口紅茶を飲むと、小さく笑った。


「漸く行動したか。あのヘタレ王子」


 他国の王族――しかも友人の前で、自国の王子を表す様な言葉ではない。

 だがヒューバートは特に反論する事なく頷く。


「ああ、ヘタレ、ヘタレか。なるほど。確かにそうだな」


 学院に居る時、ディアナ関係でひとり悶々としていたオスカーを知っているからこそ反論の言葉等出てくる訳もない。

 納得しているヒューバートに全員が軽く苦笑し、他国でもそうだったのかという言葉を紅茶と共に飲み込んだ。


「――今回の件で漸く理解したんだろう。行動しなければディアナを失うと――って、申し訳ありません」


 フレドリックが溜め息交じりに言葉を紡ぐが、この場には『家族以外』が居る事を思い出し、慌ててヒューバートに謝罪を述べる。流石に、アドルフの様に気にしない事等出来やしない。

 だがヒューバートはそんなフレドリックの謝罪に対し笑って首を振る。


「いや、気にせず普通に話して欲しい。友人の家族の前という、ある種のプライベートな時まで『王子』でいたくない」


 オスカーとディアナがめでたくくっ付いた事が前提の言葉に全員、更に苦笑するしかないが、ここまで来て告白をしないなんてあり得ないだろうと思うので何も言えない。


「いや。あのヘタレがマジで告白できんのか? ディアナを前にしてガッチガッチになってる姿しか想像付かないぞ?」


 大丈夫だろうと思っていた――いや思いたかった事をデイビットがスパッと否定する。


「デイビット。流石に、いくらあのヘタレ殿下でも、そこまでではないと思いますよ?」


 弟の言葉をイライザがやんわり否定する。多分に毒も含まれてはいるが、可愛い義妹ディアナを悲しませたオスカーに対して、これでもかなり優しい言い方だとイライザは本気で思っていた。


「ふふふ、イライザ義姉様。これできちんとディアナに愛を告げられない様でしたら、教育的指導が必要ですわね?」


 グレンダの言葉に、ディアナの『家族』が一斉に頷く。

 ともすれば大人しいとしか見られないディアナですら言葉や行動で好意をきちんとオスカーに伝える努力をしていたのだ。気付いていなかった鈍々なオスカーは、ここで男を見せずにどこで見せるのだと思ってしまう。

 2人が離れていくのに気付いていたが気付いていない振りをして送り出した。ここまでお膳立てしておいて告白できない様では、女心の何たるかを一から教え込まなければならないだろう。


「まあ、鈍さ加減では、ディアナも負けてはいないのですが……」


 ディアナにだけ向ける笑顔が違う。他の女性との距離感が違う。言葉に含まれる甘さが違う。

 そんなオスカーの機微に気付きたくもないのに気付いていたアイリーンがふっと息を吐くと、同じ状況だった面々が乾いた笑いと共に息を吐いた。


「ディアナ姉様は鈍いのもありますが……何かを怖がっている様に見えました」


 クラークの呟きに兄姉達の視線が一斉に向けられる。それに少しだけ怖気付きながら、クラークは隣に座るヘレンに対し「ね?」と同意を求める。

 ヘレンは「はい」と頷くと、兄姉達を真っ直ぐに見た。


「それが何なのか私も分からなかったのですが……殿下が留学先のシズーン国で女性と親しくしているという報告を受けた時の義姉様を見て分かりました。義姉様は、殿下が自分から離れていくと常に恐れていたようです」


 そうヘレンに言われ、其々がディアナの行動等を思い返し……確かに、と頷く。ディアナのこれまでに納得出来る部分がかなりあるのだ。

 ディアナはオスカーに対し一生懸命ではあるが、どこか一歩、引いている部分があった。照れているのかと思っていたが、それにしては『引いている部分』がおかしい。これ以上、自分の心に踏み込まない様に自分で気を付けている。改めて考えると、そんな感じなのだ。


「なんだ? 何が原因だ?」

「「さあ?」」


 相思相愛な癖に男側が弱腰過ぎて全く発展しないバカップル。そんな認識だったアドルフ、デイビット、フレドリックは首を捻り考えるが何も浮かばない。

 其々がヒントや答えを求めて自分の妻を見ると、無表情となったイライザ、アイリーン、グレンダが目だけで語り合い、憤っている。


「あのヘタレ! 何度も何度もディアナと2人きりになる機会を上げたというのに、肝心な事はひとっことも口にしていなかったというの!? ――――やはり、〆るべきかしら?」


 イライザが淑女の仮面をかなぐり捨て、忌々し気に紅茶を一気に煽ると、カップをソーサーに置く。空になっているのに気付いたヘレンが阿吽の呼吸で追加を注いだ。


「婚約する前から明らかにアプローチしていた癖に、なんなの? 婚約した途端に安心したとでも? いくら態度に表していても、言葉にしなければ伝わるものも伝わらないでしょう! イライザ! あのヘタレ、〆るなら付き合いますよっ!!」


 アイリーンも荒々しく紅茶を一気に煽る。空のカップには、ヘレンが速攻で追加を注ぐ。


「ふ、ふふ、ふふふふふふ……いくら外交に才能を発揮しようとも、女性に対する態度――いいえ。ディアナ限定で全てがダメでは、ねぇ? 安心して任せられませんよね? 教育的指導が必要ですわよね?」


 完全に目の座ったグレンダが宙を睨み付ける。


「義姉様! 私も〆るの手伝いますわ! ディアナ義姉様の事を泣かせる様な男、許せませんものっ!!」


 年齢が最も近く、色々な部分で世話になり、フォローまでもしてもらってきたヘレンは、大切な義姉の顔を曇らせる存在など万死に値すると思っている。


「「「「お、落ち着けっ!!」」」」


 今にも立ち上がって告白現場(?)を探し出して殴り込みしそうな女性陣を、夫や恋人が大慌てで肩や腰を抱いて押さえ込む。この女傑達は、遣ると言ったら本気で遣る。そこに一切の慈悲は存在しない。


 止める夫に対し、不満そうに睨み付ける最愛の妻。修羅場になりそうではあるが、そんな事、起こる訳もない。


 アドルフは落ち着けと言わんばかりにイライザの髪を梳き、手慣れた仕草でその額にキスを落とす。


「――今行ったら、ディアナに気付かれるぞ」

「あら……」


「そうそう。〆るなら、ディアナに気付かれない様にな」


 デイビットもアイリーンの頬にキスをし、ニヤッと笑う。


「あの子がどんな子かは、君がよく知っているだろう?」


 フレドリックがグレンダの耳に音を立ててキスをする。


「姉様に悲しい顔をさせたくないでしょう?」


 クラークがヘレンの手の甲ににキスを落とし、上目遣いでその顔を覗き込む。


「仕方ないわね……」

「貴方に免じて」

「今は抑えてあげますわ」


 ――現在、『ひとり』なヒューバートの目には毒である。

 仲の良い事で、と苦笑するしかないヒューバートはふと、思い付いた言葉を漏らす。


「……オスカーがディアナ嬢を食べたらどうす――っ!?」


 言葉を最後まで紡ぐ事等出来なかった。ティーカップが乗っていたテーブルが音を立てて揺れたのだ。

 音を出した対象――ディアナの家族達を見て、ヒューバートは特大の地雷を踏んだ事に気付く。


『――潰す』


 男も女も関係ない本気の一言。周囲には、どす黒い空気すら漂っている気がする。

 これはもう……仲が良い家族ですませていいのか?


「ああ……」


 ヒューバートは学院時代にオスカーが言っていた事を思い出す。


「そう言えば、ディアナ嬢は『手強い』と言っていたが……」


 それは、ディアナが鈍いというだけではなく。


「なるほど。これ・・か……」


 常にこんな姿を見せられていれば、ディアナに手を出すのを躊躇するのは当然かもしれないが……。


「告白すらしないのは、それ以前の問題だろう」


 この、オスカーの義家族達の『ヘタレ』という評価は妥当だと再び納得する。


「まあ、頑張れ」


 多分、上手くいっているだろう友人に無責任なエールを送る。

 このどす黒さを感じてしまっては、それしか言えない。






 背筋を駆けあがる悪寒にオスカーは思わず身震いする。

 何というか……この感覚には覚えがある・・・・・為、更に震え上がってしまう。


「オスカー様……」


 己の腕の中に閉じ込めていたディアナが心配そうにオスカーを見上げてくる。


「震えている様ですが、夜風で冷えたのではないですか? 中に入って、温まった方が良いのでは……」


 月光を集め、青白銀の髪が淡く輝く。誘われる様に髪、額、瞼、頬、耳――微かに開いている唇にキスをし、赤くなったディアナに笑い掛ける。


「ディアナが温かいから心配いらないよ」


 更に赤くなり俯くディアナを再び抱き締める。

 誰よりも何よりも可愛いディアナをこんな近くで見られる幸せ、邪魔されてなるものか。


 今後、どう攻略していけばいいか……それを考えるのも大事だが。


 今はただ、最愛の恋人との一時を噛み締める為、オスカーはありったけの思いを込めて、その首筋にキスを落とした。

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