第3話
長時間開催されるパーティの時は、主催側で休憩できる部屋をいくつか用意しておくのが慣例となっています。
今回のオスカー様帰国祝いパーティも、オスカー様が既に成人男性である事から夜半まで行われるのが決まっていた為、会場となっていますホールの近い場所に、少人数から大人数用の部屋がいくつか設けられています。
私達は今、その休憩用の部屋の中で最も大きく、最も奥にある為、声の漏れる心配のない場所に集まっています。名目は、顔色の優れない私を休ませる為です。元々仲の良い家族です。誰も不審に思わないでしょう。
そこに、私の家族以外の方々が居ても、です。
場所柄、見舞いと言えば問題ありません。実際、義理の家族同士ですから、疑う方がおかしいと言われます。
また、私の関係者であるからこそ、家族が同席している以上、問題が起こる筈もありません。
今この場には、先程まで私と共に居ました兄姉弟、義兄、義姉、義妹の他、父母を始めとした三大侯爵家当主夫妻、先代国王陛下。そして――私の隣に、オスカー様とヒューバート殿下。
皆様、厳しい表情のまま、情報収集してきましたクラーク、デイビットお義兄様、フレドリックお義兄様、イライザお義姉様の報告を聞いています。
「ディアナ姉様とオスカー殿下が出されたという手紙ですが、こちらは検閲官の元まで届いているのは確認できました。そして――
検閲官とは、国家機密が漏れない様に確認、取り締まりをする権限を与えられた政務部所属の官吏で、そこで知り得た情報は漏らさない、ただし、有事の際は証言者として立つ事が許されている方々の事です。
今回の手紙の流れのおかしさは『万が一』もあり得る事から、クラークの問い掛けに検閲官達は積極的に証言して下さったそうです。
「おかしいとはどういう事だ?」
「はい。お二方の手紙は検閲された後、
「何!?」
お父様の問い掛けにクラークが答えますと、上座で腕を組んだまま黙って座ってらした先代国王陛下が顔を険しくされました。
検閲が済んで問題ないとなっている手紙――しかも婚約者同士の手紙を、何故国王陛下の手に渡さねばならないのでしょう? 守秘義務のある検閲官の方々でしたら私達も納得している事ですからまだしも、例え国宝陛下といえどその行為は完全にプライバシーの侵害です。父心だとしても問題があります。
何より、
「その後、ディアナ姉様の手紙は国境を越え、オスカー殿下の手紙は……我が家に届いていません」
「つまり、オスカー殿下の手紙を国王陛下が握り潰された、と?」
「それ以外、考えられません」
「それについては、国王陛下付きの執事やメイドが
お父様とクラークの会話にフレドリックお義兄様が口を挟み、手に持っていた物を広げて先代国王陛下の前にあるテーブルへ置きました。
城に勤める者を管理しているのは政務部で、その実務分野を管理しているのが財務部になります。その為、仕事中に見付けた本来なら有り得ない物やない物等は全て財務部に勤務実態と共に報告されます。報告内容を財務部で精査し、給与に反映するのですから、皆様過不足なく報告します。過剰報告した場合、過剰分より数倍高い違反金を取られ、犯罪者へと落ち、這い上がる事が出来なくなります。その為、彼等はプライドを持って真実のみを明らかにします。
通常勤務――掃除等の最中、国王陛下の部屋から
テーブルの上に置かれたのは、淡い青色の紙です。それが何枚もあります。丸めて捨てられたであろう事は、紙に残る皺で分かります。一部、焦げた後がある事から、暖炉などで燃やそうとしたと推測できます。
国王陛下が書き損じた書類等を丸めて暖炉に捨てただけでしたら、フレドリックお義兄様が「おかしな物」等と言う筈がありません。
並べられている物がなぜおかしいのかといいますと、国王陛下が使用されたと思われる紙に色が付いているからです。
正式な公的文書として保管しておく必要がいつ出るか分かりませんので、国王陛下は白い紙以外、使う事ができません。また、その白い紙を己の為に使う事も禁じられています。その為、普段は国王陛下の部屋に白い紙以外の紙は存在しません。この事に反した場合、例え国王陛下といえど罰を受ける事になります。
もし私用で紙を使う場合は、特別に紙を用意をしてもらうしかありません。そして、もし別の紙を用意した場合、どんな色を何枚等、全てが記録されます。記録されていない物が存在しているからこそ、おかしいのです。
そして、それよりももっとおかしな事があります。――私はその青い紙に、見覚えがあるのです。
「私の、手紙……それは、オスカー様へ書いた、わたしの手紙……ですよね?」
光の加減で少しだけ銀色が浮かぶ淡い青色の紙。オスカー様が淡い青色がお好きな事から、私は手紙を書く際、その色を使っています。
先に述べました様に、白い紙は正式文書に使用されます。その為、他の事に使う紙は白くしていない、もしくは色を付けた物になります。
紙は製作した当初、この世界では少し黄み掛かっており、普通はそれをそのまま使用します。オスカー様へ出していた手紙に使用していたこの紙は、特注で付けて貰っている色の為、他に出回る事等ありません。
そして銀色に浮かぶのは、私が書いた手紙である証。特殊なインクで押された我がクリストハルト侯爵家の家紋と私の名前のサイン。各家ごとに特殊な処理が施されているインクは偽造する事は不可能です。
そんなハンコの押された、他に出回っていない淡い青色の紙。私の手紙なのは間違いありません。それを国王陛下の部屋で、丸まった状態、もしくは焼け焦げた状態で見付けたという事は――。
「ディアナの手紙を抜き取って捨て、その封筒だけを何かに利用していた、か……」
オスカー様が苦々し気に呟き、隣に座っている私の手を握りました。その手が微かに震えている気がして、私はそっとオスカー様の手の上にもう片方の手を置きました。
フレドリックお義兄様はそんなオスカー様の言葉に頷き、デイビットお義兄様が「さらに」と続けました。
「ディアナの物と思われる封筒の宛て名は『リリア・ビーチェ』となっていたのを国境警備の隊員が確認しています」
「「何!?」」
荷物や手紙等の出入りは、国境に配されている砦を通過します。その為、最初または最後の検閲が行われ、誰にどんな荷物が送られるか等を警備に当たっている軍部の隊員の方がチェックし、記入しています。
そのチェックされた物は定期的に王都へ送られ、軍部の方がおかしな部分はないかを更に調べ、警戒や監視の参考にしています。
「最初の頃は確かにオスカー殿下宛でしたが、王太子殿下が回復された後辺りから、宛て名がリリアとかいう女になっていたようです」
「そんな、頃から……」
「何故、あの者に……」
オスカー様とヒューバート殿下が呆然として呟きます。『リリア・ビーチェ』とは――お二方と一緒に居た、華美な装いをしたヒロインの事、です。
そう。本当に、何故国王陛下はヒロインへ、私の名を騙り、手紙を――?
疑問が次から次へと浮かび、思考の海に沈みそうになった時、また違う疑問が浮かびました。
「オスカー様」
「うん?」
それまでの厳しい顔が嘘の様に消え、オスカー様が柔らかく笑いながら私を覗き込んできました。
余りの近さと久し振りの微笑みに顔が赤くなるのを自覚しながら問い掛けます。
「オスカー様のお手紙は、どの様にして届くのでしょうか?」
「どの様に?」
「はい。確か、学院の寮に入ってらした筈ですよね? 最初の頃に頂いたお手紙には、学院が休みの時にしか外出が出来ないと書かれていました。その外出の時に出していたのでしょうか?」
「ああ……」
オスカー様は納得して頷きますと、寮から出せると言われました。
「男子寮、女子寮共通の寮監が居て、その寮監に預けておくと手紙を出してくれる。また、学院に届いた手紙も寮監が保管し、宛先の院生に渡してくれるんだ」
「……その寮監の方の部屋には、どなたでも行けるのですか?」
「勿論だ。誰でも行けるし、誰でも入れる……」
オスカー様とヒューバート殿下が顔を見合わせ、そう言えばと呟かれました。
「兄上が回復された後辺りから、ビーチェ嬢が手紙を寮監に届けてくれると……」
「ああ、言っていたな。実際、まるで奪う様に持っていった事も何度かあった気がするが……」
「……毎回、ほぼ強引に持っていかれていた。私は、他人にディアナへの手紙を預ける等したくないと何度も言ったのだが……」
「他人?」
ヒューバート殿下は不思議そうに首を傾げられました。
「オスカー。お前、ビーチェ嬢を憎からず思っていたのではないのか?」
「はぁ!?」
本気で意外でした様で、オスカー様が怪訝な顔をされました。
「私がディアナ一筋なのは、ヒューが誰よりも知っているだろう?」
「ああ、知っている。だがビーチェ嬢が、オスカーに告白されたとか私に言ってきた事があったから、揺れているのかと――」
「待て。ちょっと待て。私はそんな事、一度たりとも言った事がない! それより、ヒューこそビーチェ嬢を思っていたのではないのか?」
「はぁ!? 有り得んだろう!」
「そうなのか? いや、ビーチェ嬢がそう言っていただけだが、ヒューが特別扱いしている様だったから、そのつもりで接していたのだが――」
「いや、私は、オスカーが特別扱いしているから、ビーチェ嬢の話が本当だと思い、それなりの態度で接していたのだが……」
手紙の話から、オスカー様とヒューバート殿下の行き違いまで発覚してしまいました。
その『行き違い』を生み出していたのがリリア様。あの方は、何を考えて……? いえ。私と同じく前世の記憶を持つ方だとすれば想像は付きます。ですがそれは、多くの方々を馬鹿にしている行為ではないかと思うのですが……。
「これは、城勤めの噂話や、ご婦人方のお茶会等で良く出ていた話なのですが――」
イライザお義姉様はオスカー様方の会話がひと段落した瞬間を狙って息を吐き、真っ直ぐに顔を上げはっきりと告げました。
「国王陛下はよく『リリア』という名を口にしていたそうです」
王妃様に対し、「お前は何故、リリアの様に人を立てる事ができないのだ」等と言っているのを多くの方が聞いたそうです。
他にも、「気が利かないな。リリアを見習え」とか「リリアの様に見目が良ければ使えるものを」とか、城にいる多くの女性達が『リリア』と比較され、暴言を吐かれていたようです。その為、国王陛下の言う『リリア』とは何者だと噂になっていたという事です。
そのような時に来た『リリア』という名の隣国の少女。しかも、男爵令嬢にもかかわらず、殿下方に馴れ馴れしく接し、国王陛下と礼も取らずに言葉を交わしていたそうです。その様を見せられている以上、邪推し、色々と口の滑りが良くなっても仕方ありません。
「……リリアという、隣国の男爵令嬢と繋がっていたか。いつ出会ったのかは知らんが、親密であったようだな。だが、何故、このように国を混乱させるかもしれん事をする?」
臣下とはいえ、侯爵令嬢の手紙を自分に必ず渡す様に命令した上、勝手に手紙を処分し、その名を騙り別の人間に手紙を送る。息子とはいえ、婚約者に宛てた手紙を渡す様に命令し、握り潰す。この行為は、私とオスカー様の不和を引き起こそうとしている部分と、国を混乱させようとしている部分があります。
何故、そのような事をするのでしょう? 国を混乱させる内容次第では、国王陛下自ら国家反逆罪に処される事となります。
先代国王陛下は厳しい顔のまま瞑目し、暫く何かを考えられた後、ゆっくり目を開かれました。
「――もうよい。分からぬ事は当人を問い質そう。決着を付けるぞ」
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