第4話

 私達は全員でパーティ会場へと戻ってきました。

 先代国王陛下を筆頭に、三大侯爵家当主と令夫人、その息子や娘。私の隣にはエスコートして下さっているオスカー様とヒューバート殿下がいらっしゃり、錚々たる顔ぶれとなっています。

 見極めの為に集まっていた貴族達から戸惑いが伝わってきます。何が起こるのかと、固唾を飲んで私達の行動を見詰めています。


 私達が向かう先。それは、国を支える土台のみが立てる玉座。そこには、国王陛下と……居てはならない少女がいました。

 国王陛下が私達に気付き、険しい顔をします。


「オスカー! 王子ともあろう者が客人を放置し、臣下の娘と会うとは何事か!」

「……お言葉ですが、ディアナは私の婚約者です。臣下の娘と、まるで関係ない者の様な言い方はおかしいです。それに、婚約者に会いに行って何がいけないのでしょう?」

「客人を放って置いてまで会う必要はないだろう!」

「……その娘を、私は招待した覚えがありません。私が国に招待したのは、ヒューバート・アン・シズーン殿下のみです」


 オスカー様の返答に周囲が騒めきました。

 オスカー様の客人だと思っていたからこそ、数々の無作法を見逃していたのです。それなのに、オスカー様が招待した訳ではない。では、他国の者とはいえ、場違いな下位貴族の令嬢が何故居るのか。

 この場に居るのは、高位貴族として、国を、王家を支え、民を守っている自負の強い方々です。そして、私宛にシズーン国の『リリア』という令嬢からきた手紙の事も知っています。

 招待していないのに堂々とこの場に居る『リリア』という名の少女と手紙の名前。このふたつを結び付けない方はいません。皆様の顔に、はっきりとした非難の色が浮かびました。


「そこの娘」

「は~い」


 先代国王陛下の呼び掛けに、リリア様は甘ったるい声で答えました。その媚を売るような声と態度に、先代国王陛下のみならず、国王陛下以外の皆が不快を示します。


「我が国への招待状と、パーティへの招待状を出せ」

「え~?」


 こてん、という感じで首を傾げ、リリア様は先代国王陛下を見上げました。


「どぉしてそんな事をしなくちゃいけなんですかぁ~?」


 己の立場を理解していない態度と言葉に、ヒューバート殿下が思わず一歩を踏み出しそうになり、「アレにその価値はない」とオスカー様が止めました。


「招待もされていない他国の娘が居て良い場所ではない。その場から早々に降り、招待状を出せ」

「え~? 貴方、誰ですかぁ? 偉そうに言わないで下さいよぉ」


 その言葉に、王家……いえ、先代国王陛下へと忠誠を誓っている軍務大臣――軍部の最高責任者です――のヴィジライド家当主が動き、リリア様の両手を捻り上げると、一段高くなっている玉座から引き摺り下ろし、床へと頭ごと押さえ付けました。

 お父様もボードネル家当主もそれを咎める事なく、リリア様に冷ややかな視線を向け、お兄様達は明らかな嫌悪を浮かべています。王として忠誠を誓った方を軽んじる様な言葉を聞き、感情を隠す事を止められたようです。


「痛っ。ヒドイッ! ヒロインに何するのよっ!!」

「ヴィジライドッ! 何をしておる、放さんかっ!!」

「近衛兵っ! この娘の持ち物を調べよっ!!」

「はっ!」


 リリア様のヒロイン発言を聞き、私の心の中にも嫌悪感が広がっているうちに、ヴィジライド小父様の命に従い、女性近衛兵がリリア様のドレスを調べ始めました。また、リリア様を押さえ付けている小父様と数人の近衛兵が交代し、何かあった時の捕縛体勢に入っています。その対応に文句を言いながらリリア様が動こうとするものですから、押さえ付けが更にきつくなっていきます。

 それを国王陛下が止めようとしていますが、先代国王陛下が許さず、先代国王陛下の元へ戻ったヴィジライド小父様が、国王陛下がリリア様に近付く事を妨害しています。


「ちょっと! どこ触ってんのよっ!!」

「ありました」


 騒ぐリリア様を無視して探していた女性近衛兵が、ドレスの内側にある隠しポケットから手のひらサイズの紙を2枚取り出し、それを先代国王陛下へ渡されました。ここから見る限り……その紙は2枚とも、白、です。


「国への招待状の差出人は……ディアナ・クリストハルト侯爵令嬢になっているな」


 先代国王陛下が私を見てきます。

 私はきちんと礼を取り、その姿勢のまま周囲へ聞こえる様に、ただし怒鳴っていたり大声を出している様には見えない、聞こえないよう細心の注意を払いながら声を張りました。


「恐れながら申し上げます」

「うむ」

「わたくしはそちらのご令嬢の事を知りませんので、招待状を出すなど有り得ません。また、その招待状の紙の色は『白』。わたくしは公務等を手伝っておりませんので、その紙を手に入れ、使う事は不可能です」

「そうだな」


 私が公務を手伝っていない――お医者様のお手伝いは公務ではありません――事を知っている先代国王陛下は頷かれますと、宰相であるお父様へ『国への招待状』の方を渡されました。

 お父様はそれをじっくり見た後、呆れた様に首を振りました。


「この招待状の筆跡はディアナのものではありません。何者かがディアナの名を騙ったのでしょう」

「その『何者か』が誰かは分かるか?」

「私の記憶に間違いがなければ……」


 そう言ってお父様はもう1通の招待状――パーティへの招待状を先代国王陛下から預かり、2つを見比べて頷かれました。


「同一人物の筆跡です。つまりこの2通の招待状は――国王陛下が出された物です」


 騒めきが大きくなります。

 国王が侯爵令嬢の名を騙り、特定の誰かを招き入れた。これは王妃様とクリストハルト侯爵家――いえ、三大侯爵家を蔑ろにする行為です。

 この国の貴族達は三大侯爵家の傘下に入り、様々な分野の実務を行っております。そこにはきちんと信頼関係が存在しております。不正が蔓延っていない事こそがその証明だと思います。

 つまり国王陛下は、信頼されている長を蔑ろにする事で、貴族全体を蔑ろにした事と同義になるのです。


「なっ! わ、私はそんな物、知らん!」

「いいえ。宰相である私が国王陛下の筆跡を間違える等、有り得ません」


 宰相という立場上、国王陛下の書かれた物を最も見ているのはお父様です。それに、国王陛下の字には独特の癖があり、どれほど別人を装おうとしても直ぐに分かるそうです。


「それに先程ディアナも言いました通り、『白い紙』を普段から使える者等、国王陛下しかおりません。陛下の部屋には白い紙しか・・ありませんから」


 お父様の言葉に応えるように、ヒューバート殿下がご自分の燕尾服の内ポケットから手のひらサイズの紙を2枚、取り出されました。

 1枚は、オスカー様が愛用されています青銀の紙にオスカー様のサインの入っています国への招待状。もう1枚は、公式に発行された白い紙のパーティへの招待状。


「シズーン国の王子であるヒューバート殿下でさえ、国への招待状は白ではない・・・・・のですよ」


 国王陛下が顔色を変えて黙り込んでいます。まさか……この様な基本的な事を知らなかったのでしょうか?


「さて、チャールズよ。公的文書として使用される『白い紙』を私用に使った言い訳等、聞く気はないぞ。公私混同も大概にせんかっ! また、お前が今居るその場は、国に尽くす事を一番とする王家の者のみが立てる場だ。何故、招待もされておらぬ王家以外の者をその場に立たせた」

「ち、父上は黙っていて下さい。国王である私が良しとしたのですから、良いのですっ!!」

「このっ、愚か者がッ!!!」


 先代国王陛下の怒声がホールに響き渡ります。


「国王だからと、何をしても良い訳ではないわ、この痴れ者がッ!! 王は己の持つ全てを使い、国を、民を導き、守る者。だからこそ特権を与えられているのだ。それを私欲に使うとは何事だっ!!!」


 私達の持つ特権は、義務と責任が伴うもの。幼少期から繰り返し教えられるそれは私達の一部であり、決して違えてはならないもの。

 私達が国民の上に立っていられるのは、その義務と責任をまっとうしていくという決意の表れでもあります。

 国王陛下は、その特権と共にあるものを、きちんと背負う覚悟も意思もなかったのでしょうか?


「衛兵っ! 今代の国王には、己の義務を放棄した上、臣下や民を蔑ろにし、他国の者と通じた国家反逆罪の疑いの他、公文書偽造の疑いがあるっ! 後程調べる故、捕らえて牢に入れよっ!!」

『はっ!!』


 先代国王陛下の命に応じ、近くに居た近衛兵達が国王陛下を囲みます。

 近衛兵達に囲まれた先には、先代国王陛下に怒られ、ただ震えているだけの大人。そこに居るのは国王陛下ではなく、義務をまっとうしないまま権利だけを搾取した男でした。


「放せ、放さんかっ! 私は国王だぞっ!!」


 居丈高に叫んでいますが、近衛兵達の手が緩む事はありません。彼等もプロです。己の仕事に誇りを持ってあたっています。今の話で私の名を騙った『公文書偽造』に関しましては完璧に黒と分かりますので、罪を犯した者に対して情け等かけません。

 粛々と務めをまっとうし、国王陛下――いえ、元国王となりましたチャールズ様の姿が扉の奥へと消えていきました。


「この娘も、チャールズとの不義密通疑惑と王族への偽証疑いがある」


 先代国王陛下はそこでヒューバート殿下を見ました。

 ヒューバート殿下は頷かれ、断言されました。


「王族への偽証は疑いではなく事実です。お手数ですが、一般の牢にでも入れておいて下さい。後程、双方の国で協議し、その者の身の処し方を決めたいと思います」

「ヒュー様! ヒドイ! 何で助けてくれないのぉ? オスカー様、助けてよぉ」


 近衛兵に拘束されている状態で、リリア様はオスカー様とヒューバート殿下に助けを求めてきました。ですが……。


「何故だ」

「え?」

「何故、お前如きを助けねばならん?」

「え? な、何言ってるのぉオスカー様? いつも私を助けてくれたのに、何でイジワル言うのぉ?」

「助ける? 冗談も大概にしろ。勝手に私の名を出し、お前が好き勝手に行動していただけだろう」

「ひ、ヒドイ……ヒュー様ぁ。オスカー様がヒドイコト言うのぉ」

「酷いだと? ただの事実だろう?」

「え?」

「お前の学院における行動や所作に、私達は迷惑していたのだ」

「なっ」

「お前は私達に嘘を吐いていたな? しかも、その嘘がばれぬよう、私とオスカーが話し合う機会を悉く邪魔していた」

「私もヒューも、お前が言っていた事は全て嘘だと確認している。夢想ばかりで言葉に重みのない淫女。お前の存在自体が不快で仕方ない」

「ああ、そうだ。お前が私達に言っていた見当違いの言葉の数々。本来、外部に漏れる筈のない情報も含まれていたから、その情報源がどこか厳しく取り調べる事になる。覚悟しておくのだな」


 完全に突き放すオスカー様とヒューバート殿下。私は不謹慎にも、そんなお二人の態度にホッとしてしまいました。


 私の知る乙女ゲームの世界かもしれない。でも違うかもしれない。そんな相反する気持ちを抱えたまま遠くに居るオスカー様を思い続けるのは正直、とても辛かったです。

 乙女ゲームの舞台にはいない為、オスカー様が何を思い、何を考え、どんな行動を取っているのか分かりません。しかしこの国では、オスカー様のシナリオ通りの展開となり、いつの間にか私への手紙が途絶えました。

 いくら手紙を送っても何の音沙汰もない。そのような状況と、調べてもらいましたオスカー様の事が重なり、この世界は本当に乙女ゲームの世界で、私達はそのシナリオ通りに動かされているだけではないのか。そんな考えが私を縛りました。


 ――恐怖でした。私がオスカー様に抱いたこの気持ちが『シナリオ通り』の『つくりもの』なのではないかと、私は本当にこの世界で生きているのかと、境界線の曖昧になった現実と物語にずっと怯えていました。

 ですが、今こうしてオスカー様とヒューバート殿下が、乙女ゲーム通りなら恋する相手である『ヒロイン』を拒絶した事で、私は漸く、全てが本物であると、自分の意思を持って生きているのだと安心したのです。

 ああ、良かったです。本当に、良かったです。私が抱くオスカー様への気持ちは、間違いなく私のものです。これが『偽物』にされなくて、良かったです。


 そうして安堵する私とは対照的に、自分を拒絶するお二人を呆然と見ていたリリア様は次の瞬間、顔を真っ赤にして叫び出しました。


「あたしはヒロインよっ! この世界はあたしの為にあるのにっ! 何であたしの為に誰も動かないのよ、ふざけんなっ! こんな結末認めないっ! 認めないんだからっ!! 放せっ! 放せーーーーっ!!!」


 騒ぎ、暴れるリリア様の口に猿轡が噛まされます。

 それでも、何かを言いながら暴れるリリア様に、私は一歩、近付きました。


「ディアナッ! 危ないぞ」


 オスカー様が慌てた様に私の腰に腕を回し、まるで守る様に抱き締めて下さいます。

 そんなオスカー様の行動に、私は照れてしまいました。今までこの様な事は一切なさらなかったのに……少しは私の事を思って下さっているのでしょうか?

 リリア様はオスカー様の行動を見て目を丸くした後、私をきつく睨み付けてきました。私は気持ちを切り替え、そんなリリア様の瞳を真っ直ぐ見詰め口を開きました。


「貴女は今、『この世界は貴方の為にある』とおっしゃいましたが、わたくし達を馬鹿にするのも大概になさいませっ!」


 睨み付けてくるリリア様の眼差しに負けないよう、私も瞳に力を込めます。


「わたくし達は感情を持ってこの世界で生きています。様々な事を考え、行動しています。貴女の目には、わたくし達が生きている様には見えないのですか? 感情がある様に見えないのですか? この世界は、虚構にしか見えないのですか?」


 私の腰に回っているオスカー様の腕に、微かに力が入ったのが分かります。私がリリア様に反論するのは意外なのでしょうか?


「濁った眼でしか世界を見れない貴女に、周りをきちんと見ようとしない貴女に、わたくし達が蔑ろにされる謂れなどありません。いい加減、恥を知りなさいっ!」


 ……言いたい事は言えたと思います。私が恐怖していた事や、そこから見えた事実を伝えられたでしょうか?

 ですが、リリア様の瞳を見て、私の言葉は無駄なのだと悟りました。彼女は、どこまでいっても『乙女ゲームのヒロイン』である事を止められない様です。この世界を『現実』だと理解しようとしていません。


「連れて行け」


 先代国王陛下の指示により、リリア様がホールから連れ出されていきます。

 その瞳は、ずっと私を睨み付けていました。


「皆、騒がせてすまぬ」


 扉が閉められ、静寂が訪れたホールに厳かな先代国王陛下の声が響き渡ります。

 誰もが黙ったまま声の主を見上げた後、ゆっくりと臣下の礼を取りました。


「今回の騒ぎ、全てはチャールズを国王とした私の不徳の致すところだ。許せとは言わぬ。すまなかった」


 私達に頭を上げる様に言われた後に続いた言葉。引退されたとはいえ、王族が臣下に頭を下げました事に動揺が広がります。


「しかるべき良き日に、王太子が新国王と――「お祖父様」」


 それまでずっと黙っていらした王太子殿下が先代国王陛下の言葉を遮りました。


「私はまだ修行中の若輩者です。国王としての義務と責任をまっとうできるだけの力が備わっていません」


 ひとつ息を大きく吸い、王太子殿下はきっぱりと言われます。


「どうか、暫くの間はお祖父様が国王に復帰して下さい。私は傍で学びます。お祖父様や三大侯爵家を筆頭とした全ての者が、私が国王だと認めてくれた時、即位したいと思います」


 捕縛された父王を反面教師に、王太子殿下は茨の道を進む事を決められた様です。ですが……。


「兄上はおひとりではありません。私も、兄上を支え、共に歩みます」

「殿下、わたくしもです」


 オスカー様と婚約者様の断言に、王太子殿下は嬉しそうに微笑まれました。


 そんな王太子殿下方の姿を見て誰もが思った事でしょう。きっと、次代は大丈夫だ、と――。

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