第8話 おまけ②
オスカーは悩んでいた。
10年以上の片思いが漸く身を結び、愛しのディアナと名実共に婚約者となったのはめでたい。だが、その幸せをもっともっと実感していたいというのに、お互いの立場上、会える時間には限りがある。小舅達の目を掻い潜るのにも限界があるのだ。
既にプロポーズもすみ、オッケーを貰っているのに結婚できない。その原因・理由をさっさと何とかしなければ、ディアナとの幸せ生活が遠のいてしまう。これは、オスカーにとって由々しき事態であった。
結婚できない原因と理由。それは簡単だった。王太子である兄・ブレンダンが結婚しない為、年齢や立場の関係からオスカーも結婚できないのだ。
「兄上。何故、結婚なさらないのですか」
「私はまだ一人前になっていない。半人前が結婚など、早過ぎるだろう」
オスカーの7歳上の兄は現在25歳。ディアナの5歳上で、現在23歳のアドルフは既に結婚し、2歳になる後継ぎの愛息と1歳の愛娘が居るというのに……。
それだけでなく、デイビットやフレドリックにも子供が居る。居るのに……ディアナ溺愛は別物なのを何とかしてくれないか、と思わずにいられない。
そもそも、兄の言う『半人前』の意味がオスカーには分からない。その基準は一体何なんだろう。
兄にそれを尋ねても、自分の心の問題だと言われるだけなので更に訳が分からない。
何より……王太子である兄の婚約者・ヴィヴィアンは現在23歳。婚約してから既に10年、成人してから5年経っている。それなのにいまだ結婚の話が出ないのは何故だと、ヴィヴィアンの親等が兄に不信感を持ち始めている。今のままだと、年齢的な意味も含め婚約破棄等という話が出てきてもおかしくない。
自分がさっさとディアナを手に入れたいという気持ちもあるが、兄達を心配しているのも本当だ。オスカーはひとつ溜め息を零すと、机に向かって書類仕事をしている兄からそれを取り上げた。
「オスカー。返せ」
「仕事も大事ですが、こちらの話も大事です」
引かないオスカーにブレンダンは訝し気な目を向ける。
オスカーはそれを真っ直ぐに見返し、いいですか、と諭す様に話し始めた。
「兄上はヴィヴィアン様の事を考えていますか?」
「何?」
この世界において女性の結婚適齢期は成人後の18歳から20歳の間だ。つまり、現在23歳の
だが、王家と婚約できる程の爵位を持つ娘である為、まだ取り返しは付く。つまり、早々に王太子を見限り、別の人間に嫁ぐ事も可能なのだ。
恋愛結婚主義な三大侯爵家が例外なだけで、他の貴族達は普通に貴族らしい。どれほどヴィヴィアンがブレンダンを支えようと思っていても、親の意向に逆らう事はそろそろ難しいだろう。
その部分の複雑さをきちんと考えているのか、という話である。
「兄上にとっての『一人前』の基準は誰ですか? まさか、お祖父様ではありませんよね?」
「…………」
兄の沈黙こそが、オスカーの推測が正解である事を雄弁に語っていた。
オスカーは融通のきかないブレンダンに呆れた目を向ける。
「兄上……お祖父様を基準にしていたら、一人前になる等、不可能ですよ」
既に25歳となり、公務もバリバリこなす王太子。その力量は大臣クラスからも認められていた。
父王より遥かに優秀な為、父のコンプレックスを刺激しまくっていたのは余談だ。
それなのに、まだ『半人前』とか言うのだ。望みを高く持ち過ぎだろう。
「以前、ディアナが言っていた事があります。他人と比較するつもりなら、その比較対象と
「ん? どういう事だ?」
「年上の人は、その年齢分の経験を積んでいます。その積み重ねた経験の分、大きく見えるのは当然です」
子供の時の1歳、2歳差も大きいが、5歳も離れればお兄さんお姉さん過ぎて追い付ける気がしない。10歳も離れれば、余りにも違い過ぎて自分がそうなれるのか疑問に思ってしまう。
少しずつ成長し、自分も経験を積んでいくが、やはり数年の差は大きいのだと思う。ディアナの兄達に勝てる気はしない。
「兄上が理想とする『国王』がお祖父様なら、お祖父様が25だった時と比較し、何が足りないのかを考えるべきです」
「出来る訳ないだろうっ!!」
「そうですね。お祖父様が25の頃の事等、私達が知る訳ないのですから。つまり、比較するだけ無駄って事ですよ」
他人から見た評価は、そこにその人の価値観や考え方等が入ってしまう為、無意味だ。しかも、月日が流れれば美化される事もあるし、同じ状況である訳がない。比較される当人の性格とかも違う。
同じ条件で比較できない以上、やるだけ時間の無駄である。
「理想は理想として持つのは構わないと思います。ただ一番大事なのは、兄上が兄上らしい王になる事ではないでしょうか?」
「私らしい……」
「そうです。ですがそれは、1人では無理ですよね?」
オスカーから逸らされたブレンダンの瞳に迷いが生まれる。兄も分かっているのだ。全てを自分1人で行ってきた訳ではないと。
支えてくれる臣下、隣に居てくれるヴィヴィアンの存在があってこそ、である。
「兄上の理想とする『一人前』は、支え合い、共に成長する事でたどり着け、そして追い越せるものではないのですか?」
「……」
執務用の椅子の背もたれに体を預け、ブレンダンが熟考の姿勢になる。
自分の心の中にある理想。偉大な祖父の姿。だがその祖父の隣には、常に祖母が居た。
「くっ、くくくくく……」
ブレンダンの口から笑いが零れる。
今度はオスカーが訝し気な眼差しをブレンダンに送ると、ブレンダンは片手で口元を隠し、もう片手をオスカーに向かってあげた。
「すまない。まさか弟に諭されるとは思ってもみなかったからな」
「兄上……申し訳ありません。かなり偉そうな事を言いました」
「いや、いい。確かに、と納得できる部分があったからな」
「ヴィヴィに会ってくる。今日はもう仕事は終わりだ」
「分かりました。いってらっしゃい、兄上。ご武運を」
「ああ」
颯爽と扉から消えていくブレンダンの背を見送り、オスカーは苦笑する。
決断するまで熟考に熟考を重ねるが、機を逃さず即行動できるのは流石だ。
「兄上を見習わないと……」
義家族達に『情けない』だの『意気地なし』等と言われているのはオスカーも知っていた。
知ってはいたが、ディアナを前にするとどうしても最後の一歩が踏み出せなかったのだ。
だが。
「……言葉も行動も遠慮しないと決めた」
ディアナを失ってなるものかと、ありったけの勇気を振り絞って愛を囁いた日。
ディアナから返された言葉も、表情も、涙も。躊躇っていた自分自身を殴り飛ばしたいくらい、オスカーの胸を熱くした。
あの時のディアナは自分だけの幸せ。常に感じていたいと思って何が悪い。
「あー……兄上の結婚も決まるだろうし、
ディアナと相談するかと、オスカーも兄の執務室を後にした。
後日。
王太子の結婚が大々的に発表される事になる。
めでたいニュースに国中が歓喜する中、最大の功労者は自分の事で苦労しまくっていたのであった。
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