第2話
オスカー様の帰国を祝うパーティ。それは、王家主催の公式のパーティです。
伯爵家、辺境伯家、侯爵家、公爵家のみ出席を許されたこのパーティへは、ご結婚されている方はご夫婦で、婚約者がいる方は婚約者と、いない方はご兄弟等、デビューを果たしている方は必ず男女で出席する事になっています。
私には婚約者がいます。確かに本日の主役ではありますが、正式な婚約者である以上、このパーティにも同伴するのが当然です。
しかし……。
パーティの前日、オスカー様より使者が我が家にきて、同伴できないと言われました。客と共に帰国した為、私とは一緒にいられないという事です。
公式のパーティなのに、同伴拒否。これはもう、どうしようもない所まできてしまっているのかもしれません。
諦めに似た気持ちで、婚約者のいない弟のクラークをパートナーにパーティへ出席しました。
私の周囲には、三大侯爵家――クリストハルト家、ヴァジライド家、ボードネル家の次代を担う方々が集まっています。
アドルフお兄様とその奥方であるヴァジライド家のイライザお義姉様。
ヴァジライド家嫡男であるデイビットお義兄様とその奥方であるボードネル家のアイリーンお義姉様。
ボードネル家嫡男であるフレドリックお義兄様とその奥方となりましたグレンダお姉様。
弟の婚約者候補――既に恋人同士ではありますが――の義妹ヘレン・ボードネル様。
年齢が近い事もあり、家同士の交流等を通して愛を育み、結婚や婚約をした方々です。私にきた手紙やオスカー様、国王陛下の態度等に本気で怒っており、今回もまるで私を守る様に傍にいて下さいます。
三大侯爵家の子息令嬢が一所に集っていても、パーティに参加している他の貴族達は何も言いません。既に王家の見極めは始まっているのですから、何も言うはずがありません。
私のパートナーがクラークで、傍には兄、姉、義兄、義姉、義妹しか居ない状況。高位の貴族になればなるほど、その瞳の奥が険しくなっています。
公式のパーティで婚約者を放置している以上、どのような理由であれ、オスカー様の評価は下がる一方です。
オスカー様……どんな事が起こるのか、理解できない方ではなかったのですが……。
全てを忘れ、盲目になってしまう程に、ヒロインは魅力的ですか?
私と長い年月を掛けて築いてきた関係を簡単に覆せる程に、ヒロインが大切ですか?
私は……貴方にとって、取るに足りない存在なのでしょうか。
悩んでいる私の耳に、ざわめきが届きました。
そのざわめきの中心に目を向けると、そこにはオスカー様が、身なりや顔立ちの整った同じ年位の男性と、華美な装いの女性と共に居ました。お二人の顔には見覚えがあります。画面越しではありますが……。
あのゲームにおいて、オスカー様がヒロインと結ばれるのに必要なのは『説得』です。
心から愛する人ができたのだと、国王陛下を筆頭に、様々な方々の理解を得てから、穏便に婚約を解消しなければなりません。
国王陛下の他に最低でも、先代国王陛下、王太后殿下、王太子殿下、政治・軍部・財務のトップである三大侯爵家。そして――婚約者である私に話を通すのが筋というものです。
ですが今回、国王陛下は分かりませんが、他の誰もが何の話も聞いていません。このまま進めば、待っているのは破滅の道。それなのに――。
オスカー様の隣に立ち、にこやかに会話している方は確か……オスカー様の留学先であるシズーン国の第2王子ヒューバート殿下。あの方がメインの攻略対象だったと思います。
そして、オスカー様とヒューバート殿下の間に立っている華美な装いの女性こそが、多分ヒロインであるリリア様……ゲームのシナリオにはなかった手紙を出してきた方でしょう。
リリア様はまるで周囲に見せ付けるかのようにお二方に体を寄せ、笑顔で話し掛けています。お二方もそんなリリア様ににこやかに応対しており、その近さもあいまって、傍から見れば1人の女性を2人の男性が取り合っているかのようにも見えます。
ああ……こんな見方をして、そんな事を思ってしまうなんて駄目ですね。どうしても割り切れず、未練が顔をのぞかせてしまいます。
ですが、そう思っているのは私だけでないと思います。お三方の姿勢をこの会場にいるほとんどの貴族達が不快そうに見ていますから。
ふ、と顔を上げ、オスカー様が私に気付きました。
リリア様に向けられていたのとは違う笑みがそのお顔に浮かび、微かに口が開かれました時、先触れの声が会場に響き渡りました。国王陛下がいらっしゃったようです。
国王陛下、王妃殿下、先代国王陛下、王太后殿下、王太子殿下、王太子様のご婚約者の入場に合わせ、会場中が臣下の礼を取ります。
許され、姿勢を正した時にオスカー様を見ましたが、もうこちらを見てはいませんでした。
先程、何を言おうとなさったのか分かりませんが、他国の王子殿下と一緒にいらっしゃる場に行く訳にも参りません。
モヤモヤした気持ちを抱えながら、国王陛下のご口上に耳を傾けました。
パーティは恙無く進みます。今の所、何も起きていません。
国王陛下達へのご挨拶、貴族間やお世話になった方々へのご挨拶、友人達との会話。いつも通りの光景と、いつもとは違う、状況。
シャンデリアが煌々と照らす会場に華やかなワルツが流れています。踊られているのはご結婚なさっている方々のみで、皆様、踊りながらも周囲を注意深く観察し、何某かをお話されているようです。
私と同じ年頃の男女は其々に輪を作り、ひっそりと状況を見守っています。
「ディアナ」
とくん、と鼓動が跳ねます。ずっとずっと聞きたかったその声。
傍にいたお兄様方が微かに顔を険しくしつつも私から少し離れ、出来たスペースへ声の主が1人立ちました。私達は礼を取り、許可を得てから顔を上げます。
見上げた先には……深い濃青の髪に穏やかな紫の瞳を持つ3年振りに見るオスカー様。……最後にお会いした時より、背が、伸びています。
「久し振りだね、ディアナ」
「……お久しゅう御座います、殿下」
「――ディアナ?」
目を伏せ挨拶を返しますと、オスカー様が訝し気に私の名を呼びました。
それは当然かもしれません。私がオスカー様を「殿下」と呼ぶのは……式典の時等、オスカー様の婚約者で公人として立たねばならない場合だけです。それ以外は、オスカー様の願いもありお名前で呼んでいます。
オスカー様も、式典の時等、公人として出席している時は私を「ディアナ嬢」、それ以外は呼び捨てです。
今回のパーティは公式ではありますが、オスカー様の帰国祝いの席です。婚約者である以上、
「ディアナ、どうしたんだい?」
「……何がでしょうか?」
「ディアナ……」
目を伏せたまま決して視線を合わせない私にオスカー様は戸惑っている様です。
私の視線の先にあるオスカー様の手が微かに震え、私へと伸びてこようとしました。
「――オスカー! ここに居たのか」
「ヒュー」
画面越しに聞いていた声がオスカー様を呼びますと、伸びかけていた手が元の場所に戻り握り込まれました。
私の周囲は完全に静まり返り、その輪の外では微かな騒めきがさざ波の様に広がっています。皆様、社交をしつつも、私達の会話に聞き耳を立てているのでしょう。
傍に居るお兄様方を見ると、誰もが黙って微かに頷きました。このまま、オスカー様と会話を続ける必要があります。
痛む胸を堪え顔を上げますと、先程オスカー様と一緒に居ましたヒューバート殿下がこちらへと優雅に歩きながら近付いて来るところでした。
「挨拶が終わった途端、一人でいそいそといなくなるからどうしたのかと思ったぞ」
「ああ、早くディアナに会いたかったから――」
「分かってはいるが、そういう時は一言くらい声を掛けてくれ」
「すまない」
「……?」
気安い会話は仲の良さをうかがわせますが……オスカー様の言葉に引っ掛かりを覚えます。
早く会いたかった? なぜ? それ程までに婚約破棄をしたかったのでしょうか?
それにしては、会話する声が明るい気がするのですが……?
「……彼女は?」
「巻いてきた」
「そうか」
巻いてきた? ヒロイン――リリア様を? なぜ?
戸惑ってアドルフお兄様、デイビットお義兄様を見上げますと、お二方は揃って無表情になっており、その表情を見たフレドリックお義兄様、グレンダお姉様等から儀礼的な微笑が消えました。
なんでしょう……やはり、何かがおかしいという事でしょうか?
「ディアナ」
「はいっ」
悩んでいるところに突然呼び掛けられ、私の声が少し裏返ってしまいます。
そんな私をオスカー様は――懐かしい、優し気な瞳で見ると、お隣に立つヒューバート殿下を紹介して下さいました。
「彼は私が留学していたシズーン国の第2王子、ヒューバート・アン・シズーンだ。ヒュー。彼女がディアナ・クリストハルト侯爵令嬢。私の婚約者」
「お初にお目に掛かります。クリストハルト侯爵家が二女、ディアナでございます」
「ヒューバート・アン・シズーンだ。初めまして――といっても、私はオスカーにディアナ嬢の事をかなり聞いていたので、初めてあった気がしないのだが」
「ヒュー!!」
オスカー様がヒューバート殿下の言葉を厳しい声音で遮りました。
では、聞き間違いではないのでしょうか。オスカー様より私の事を、聞いていた?
呆然とオスカー様を見上げる事しかできない私にオスカー様は向き直り、少しだけ心配そうに私の顔をのぞき込んできました。
「今日、エスコートの必要がないと連絡来た時は具合でも悪いのかと思ったけれど、元気そうで良かった」
「え……」
私が、オスカー様のエスコートを……?
「その連絡が来た時のオスカーの落ち込み様は見ていて面白かったぞ」
「ヒュー! お前は黙ってろっ」
ニヤッと笑うヒューバート殿下をオスカー様が少しだけ赤くなって睨み付けています。
王子様というより、普通の男性同士みたいな会話。
でも、待って下さい。
「あの、お言葉ですが、私、そのような使いを送っていません」
「え?」
「それより、私の家の方にいらしたオスカー様の使者より、同伴できないと言伝を受けたので――」
「待て! 私はそのような使者を送っていない」
私の言葉をオスカー様が慌てて遮りました。
おかしい。この時、誰もがそう思いました。話の辻褄が合わないのですから当然です。
「オスカー殿下。失礼を承知でお伺いしてもよろしいでしょうか」
「なんだ」
アドルフお兄様が厳しい表情でオスカー様に問い掛けると、オスカー様も真剣な顔で頷かれました。
「王太子殿下のご病状が回復された頃からディアナに対して手紙が届いていなかったのですが――」
「ちょっと待て! 私は何度も手紙を送っているぞ? それより、ディアナから手紙が届かなくなり、心配していたのだが……」
「妹は……ディアナは、月に2、3回は手紙を送っていました。国境を越えているのも確認しています」
「なんだと――」
目を見開き、オスカー様が固まってしまわれました。
何が、どうなっているのでしょう。私が送っていた手紙はオスカー様に届かず、オスカー様は私に手紙を送っていた? では、なぜ届かないのでしょう?
ふと気が付きましたら、デイビットお義兄様とフレドリックお義兄様、イライザお義姉様、クラークがこの場から立ち去っていました。
クラークは宰相補佐の一人として政治に、デイビットお義兄様は軍部、フレドリックお義兄様は財務にお勤めされており、イライザお義姉様は奥方様やご令嬢方にかなり顔が利きます。
今のこの不自然さを調べに行かれたのではないかと思います。
「オスカーがディアナ嬢に手紙を送り、その手紙が国境を越えた事は私が保証しよう」
ヒューバート殿下が断言した事で、さらに現状が混乱してきた気がします。王族の方が保証されている以上、国境を越えた事は疑う余地もありません。
では、本当に、何が起きているのでしょう? もう、訳が分かりません。
混乱して一歩下がった私の背を、グレンダお姉様が優しく支えて下さいます。
顔を上げれば、アドルフお兄様、アイリーンお義姉様、ヘレン様が心配そうに私を見ていました。ああ、心配を掛けてしまったようです。
ですが、お兄様方を安心させようとしても、混乱に心が引き摺られ、上手く笑みを浮かべる事ができません。
「ディアナ。無理はしなくて良いですよ」
「お姉様……」
「そうです。今はデイビット様達を待ちましょう?」
「アイリーンお義姉様……」
ヘレン様が黙ったまま私の手をそっと握ります。その温かさに、少しだけ、ホッとしました。
「ディアナ」
オスカー様の硬い声が私を呼び、温かな手の平が私の片頬を包み込みました。
「何があったのか分からないが……不安にさせていたようで、すまない」
「オスカー様……」
素直に、オスカー様の名前が私の口から零れ落ちました。
それを聞いたオスカー様は――
「ああ……漸く呼んでくれた」
本当に嬉しそうに、笑いました。
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