アルゼラ書:第三節

 原動天が浮き上がったその時、アルゼラが翼にたたえた光はことごとく歪み、セラのもとへも、トールディンのもとへも行くことがなく、全て都の彼方、「空へ続く海の果て」に浮かぶ原動天へと吸い込まれた。アルゼラは続いて星の光を放ち続けたが、いずれも吸い込まれるどころか、珠が一つ一つ、原動天へ吸い込まれていくのが分かった。

 セラはハルミラ号から飛び降りて逆さに浮いたまま、アルゼラの翼に視線を送っては次々と星を原動天へ送ってみせた。そうして星を送っているうち、アルゼラは星への支配を強め、光を放つのではなく、光を束ねて剣としてセラへ斬りかかった。原動天が放つ力がアルゼラに思うように刃を振らせはしなかったものの、千あるうちの二百の刃がセラへと向かった。

 すると、トールディンが鏡盾で割って入り、刃を防いだ。一度に刃を弾かれたアルゼラがよろめくと、セラはすかさず「矢のない弓」でアルゼラの顔を射た。これにより彼は動きを止めたので、セラが視線を送ることで一つ、また一つと星が原動天へ送られることとなった。

 こうして、アルゼラが支配していた星の半分が送られた。

 アルゼラは言った。

「ならば原動天を支配してくれる。原動天はかつて空にあった『動かない星』の成れの果て。空にあったものならば、私に支配できぬ道理などない」

「いいえ。そんなことなどさせない」

「必死だな、エルシエル。あなたの玉座が奪われるとなれば、当然のことだが」

「あなたは勘違いしているようね」

「私が一体何を間違えていると」

「初めから分かっていたはずよ。私は、星の動きを人に託すべく遣わされた。私のような神の生まれ変わりでも、アルゼラ、あなたのような天使でもなく」

 セラが矢を放ち、ちぎれた翼から珠が送られた。この時、珠が送られたことでアルゼラが平衡を崩したのを見て、トールディンは船を滑らせ、アルゼラの背を船の舳先で突くと、そのままセラのもとへ船を進めた。

 すると、アルゼラの胸元に埋め込まれた山の賢人、堕天使マイアの珠がセラの手に触れた。珠は音を立ててアルゼラの胸を離れた。このあまりの苦痛に彼は思わず叫びをあげ、その声のあまりの大きさに、セラは咄嗟に逃れた。

「ついに私から最初の友を全て奪い取ったのか。ハルミラ、ハドメル、カリギリ、フリエステ、マイア、ニアタ。皆、あの空に輝くばかりとなった。私にはもはや戦う理由など正気のうちには何もない。しかし、だからこそ私は、この都は、セラ・フレイオルタという者に歯向かうのだ」

 セラは涙を一筋流し、矢をつがえて言った。

「私が、あなたをそこまで苦しめ、狂わせてしまった。だから、私が幕を引く」

 矢は天へ昇り、目も眩むような光を放つと、アルゼラを焼き尽くした。そのあまりの激しさに、真下にあった純白の墓標には、アルゼラの影が色濃く残った。

 彼の肉も骨も全て焼け落ちたが、アルゼラの珠は光の中にあってなお、他の星を従え周囲を巡らせていた。セラはそれらに近づき、アルゼラの珠に触れようとした。すると、別の珠がアルゼラを庇うように送られた。一つ、また一つと送られていき、最後に残った珠を前に、セラはわずかに手を止めた。

 すると、セラはアルゼラの声が語り掛けるのを聞いた。

「セラ・フレイオルタよ、私に誓いを立ててくれ。そうすればこの身は原動天へ行くだろうから」

 セラが頷くので、アルゼラは続けて次のことを述べた。

 一つ、己の欲のために星を動かさないこと。

 一つ、他者におもねり、星を動かさないこと。

 一つ、星の動きをもって人々を動かさないこと。

 一つ、星を持ち出さないこと。

 一つ、星に再び意思を与えないこと。

 セラはこれら全てを承諾したので、アルゼラの珠はひとりでに原動天へ向かった。


 こうして、堕天使の都は滅び、後には人の営みだけが残ったのだった。

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フレイオルタ正典 葉桜真琴 @haza_9ra

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